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抱擁③

 次の質問をすることをした。これが最も尋ねたいことだった。


「かなめ、君は人の声が『ねずみ花火』の音のように聞こえたことはあるか?」


「無いわ」


「そうか……」


 答えを聞くと、栄二は鈍器で殴られたような気分になった。


 頭がぐらついたが、はっとした。


 これでようやく理解できた。前からなんとなく分かっていたが、人の声が『ねずみ花火』の音のように聞こえるなんてどうかしていた。


 聞こえていた時点で、誰でもいいから相談するべきだった。


 だが、しなかった。というより、できなかったのだ。就職活動が進展しないこと、卒業論文を津川教授から小説と指摘されたこと、自分より後から就職活動を始めた後藤が就職したことなど、くだらないプライドが邪魔をしていたからである。


「俺って嫌な奴だな……ようやく気付いたよ」


 栄二はワイングラスに口を付けた。再びもやが晴れて、見慣れた自分の部屋に戻っていた。


 自分が悟ったことを、かなめに話した。


 かなめはただ黙って耳を傾けていたが、黒いひとみは真摯に栄二を見つめていた。


 語り終えると、ぽつりと呟いた。


「こんなことなら、最初からお前に話しておくべきだったな」


「私に話しても、皮肉しか返ってこないわよ」


「そうかもな」


 酔いがある程度回ってきたみたいである。体中が熱くてたまらない。


 横になりたかった。


 だが、時計に目を移すと午後十一時を回っていた。かなめを適当な場所まで送らねばならない。


 思い返せば、彼女を送ることが今まで一度もなかった。たまには男らしいことをやってみるのも悪くなかった。


 自分がこんな男らしいことを思いつくなんておかしな話である。


「泊まるわ」


 かなめが言った。


「はっ?」


「帰るのが面倒だから、泊まっていくわ。迷惑だったかしら?」


「いや、迷惑じゃないよ。むしろ、面白いよ」


「面白い?普通は嬉しいでしょう。どうやら狂ってしまったようね」


「違うさ」


「違う?それじゃあ、言語の勉強を小学校からやり直すことを推薦するわ」


 栄二はこらえ切れずに腹をかかえて笑ってしまった。酔いのせいで、自分の声がこもって聞き取りづらいが、きっとすごく大きな声で笑っているはずだ。

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