表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/44

抱擁②

 栄二は微かであるが、胸が高鳴った。


「出版社は一社だけ面接まで行くことができたよ。後は全て、エントリーシートで落ちたけどね」


「そんなものよ。出版社なんて狭き門よ」


「そう言われてみれば高校生の時に『狭き門』という小説を読んだことがあったな」


「ジッドの作品ね。でも、あれは就職活動とは関係ないわ」


「まったくだ。とにかく俺は就職活動がうまくいかなかった」


 栄二はそこで、ワインをちびりと飲んだ。


 周囲の白いもやが、今度は赤いもやに変わった。


「辛かった?」


 かなめが尋ねた。その声はいつものように(とげ)はなかった。おっとりとしており、相手を包み込むようだった。


 かなめらしくないと苦笑した栄二だったが、その声のおかげなのか口が自然と動いた。


「とっても。考えてみれば、俺が悪かったのかもしれない。後藤が言ったように、面接官の質問に馬鹿正直に答えていたのがいけなかったのかもしれない」


「今さら後藤君の考えに賛同するなんて、調子がよすぎるわ。あなたって、馬鹿正直ではなく、本物の馬鹿ね」


「確かにその通りかもしれない……いや、その通りだ」


 溜息をついた栄二は、自分の頭をかきむしった。


 少し前から後藤と和解したいと栄二は思っていた。迷っていたが、これで踏ん切りがついた。


 卒業論文を出したら、後藤に謝ろう。


 栄二は自分の拳を握りしめて誓った。


「かなめ、話は変わるが君は『ねずみ花火』を知っているか?」


「小学生の時に、いたずらで使ったことがあるわ。後で先生にたっぷりとおきゅうをすえられたけどね」


「どんな音が聞こえるかい?」


「シュー・シューじゃないの?」


「俺にはチュー・チューと聞こえる」


「それは『ねずみ花火』というより、『ねずみ』そのものね。でも、それも表現の一つかもしれない。表現は一つだけじゃないから」


 かなめの言う通りだった。栄二もねずみの鳴き声が、チュー・チューかどうか確かめたことはなかった。


 だったら、『ねずみ花火』がシュー・シューではなく、チュー・チューと聞こえるのもいいではないかと自分で納得した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ