抱擁②
栄二は微かであるが、胸が高鳴った。
「出版社は一社だけ面接まで行くことができたよ。後は全て、エントリーシートで落ちたけどね」
「そんなものよ。出版社なんて狭き門よ」
「そう言われてみれば高校生の時に『狭き門』という小説を読んだことがあったな」
「ジッドの作品ね。でも、あれは就職活動とは関係ないわ」
「まったくだ。とにかく俺は就職活動がうまくいかなかった」
栄二はそこで、ワインをちびりと飲んだ。
周囲の白いもやが、今度は赤いもやに変わった。
「辛かった?」
かなめが尋ねた。その声はいつものように棘はなかった。おっとりとしており、相手を包み込むようだった。
かなめらしくないと苦笑した栄二だったが、その声のおかげなのか口が自然と動いた。
「とっても。考えてみれば、俺が悪かったのかもしれない。後藤が言ったように、面接官の質問に馬鹿正直に答えていたのがいけなかったのかもしれない」
「今さら後藤君の考えに賛同するなんて、調子がよすぎるわ。あなたって、馬鹿正直ではなく、本物の馬鹿ね」
「確かにその通りかもしれない……いや、その通りだ」
溜息をついた栄二は、自分の頭をかきむしった。
少し前から後藤と和解したいと栄二は思っていた。迷っていたが、これで踏ん切りがついた。
卒業論文を出したら、後藤に謝ろう。
栄二は自分の拳を握りしめて誓った。
「かなめ、話は変わるが君は『ねずみ花火』を知っているか?」
「小学生の時に、いたずらで使ったことがあるわ。後で先生にたっぷりとお灸をすえられたけどね」
「どんな音が聞こえるかい?」
「シュー・シューじゃないの?」
「俺にはチュー・チューと聞こえる」
「それは『ねずみ花火』というより、『ねずみ』そのものね。でも、それも表現の一つかもしれない。表現は一つだけじゃないから」
かなめの言う通りだった。栄二もねずみの鳴き声が、チュー・チューかどうか確かめたことはなかった。
だったら、『ねずみ花火』がシュー・シューではなく、チュー・チューと聞こえるのもいいではないかと自分で納得した。




