苛立ち③
日本は久し振りの大不況に陥り、影響は大学生たちにも押し寄せてきた。就職先が決まっていた大学生たちの中には内定を取り消しにされる者が続出した。
リーマン・ショックが起きた当初、栄二はニュースで各国の状況を聞いても、危機感が募らなかった。その頃は就職活動というものが遠い未来のように感じていた。
ところが、現実は思っていた以上に早くきた。
三年生の九月になると大小様々な会社の人物が大学にきて説明会を行うようになった。
そのころになり栄二も自分がどういう状況に置かれているのか、ようやく気付かされた。
栄二は就職活動をする決意をした。
最初にスーツを購入して手元に置き、次に自分が志望する業界について研究してみた。従来、読書が好きだった栄二は出版業界をあたることにした。
これで準備は整えたと満足していたが、現在の就職活動が容易でないことにまだ気付いてなかった。
十二月から最初の会社にあたってみたが、思った以上に進展しなかった。
志望していた出版社は全て落ちてしまい、その後食品、ベンチャー系の会社なども受けてみたが、ことごとく落ちた。
就職活動を始めたころは、エントリーシートという用紙に苦戦していたことを記憶していた。会社の意にそぐわない書き方をすると、大概の人物はこれで落とされる。
栄二もその一人であり、約二十社がエントリーシートだった。
たかが印刷した紙切れにどうして俺が負けるのだ。
毎日悔しさでいっぱいだったが、次第に要領を得てきたのでエントリーシートで落ちることはなくなった。
それでも適性試験が待っていた。栄二はこれと相性が悪いらしく最近落ちる原因がそればかりだった。
「くそがっ!」
思わず口から本音が出た。
かばんをつかむと再び壁にぶつけた。どうせ隣人はいないのだ。
このまま、ぶつけ続けても構わないだろう。
我ながらいい考えだと栄二は、ほくそ笑んだ。
しかし、すぐにやめた。
部屋を出る時が面倒だった。壁の傷が原因で、修復の費用を払わされるのは嫌だった。
でも、ここ最近就職活動が進展しないので、少しは鬱憤を晴らしておかないと気がすまない。
栄二は手にしている「会社案内」の冊子に目を移した。
実に簡単な方法があった。どうして気付かなかったのだろうか。