喫茶店での添削⑤~第七章 公園での二人①
もうここにはいたくなかった。
「今日は帰る」
「代金の払い忘れがないようにね」
「分かっている」
立ち上がった栄二は逃げるようにレジに向かった。チュー・チューと鳴く『ねずみ花火』がうるさいが、ここは我慢するしかなかった。
レジを担当している女の店員は、栄二の様子に怪訝な表情を示していたが、さすがに尋ねようとはしなかった。
面倒事に関わりたくないというのが表情に出ていた。
支払いをすませた栄二は外に出た。
外の空気はうまかった。
7
「ほう。田中君の卒業論文はよくなっているね。前と比べると、まるで別人だ」
「ありがとうございます、津川教授」
ゼミの時間だった。津川教授は栄二が途中まで執筆した卒業論文を読みながら、感心していた。
すでに十月の半ばだった。卒業論文の提出期限は十二月十日となっており、すでに二か月を切っていた。
九月に行われた二回目の卒業論文の報告会から栄二の調子は悪くなかった。
指摘された箇所はほとんどなく、今の調子で執筆していけば大丈夫と津川教授は太鼓判を押してくれた。
「本当に変わったね、田中君」
「どこがですか?」
「内容はもちろんだが、何よりも文章だな。文章が大学生らしくないもの。これぐらいだったら、出版社に勤務している人のレベルだね」
「出版社ですか……」
ふと、かなめの姿が栄二の脳裏に浮かんだ。思い返せば、かなめは社会人だった。
しかし、彼女がどこに勤務しているのか今まで一度も尋ねたことがなかった。
津川教授の言ったことから推測すると、かなめは出版社の人間と考えられるかもしれない。
尋ねてみたくなった。
心中に軽い好奇心が湧いてきた。
「田中君、まさかゴーストライターを雇っているのではないだろうね?」
津川教授が、にやにやしながら尋ねた。表情から冗談であるのは分かるので栄二は嫌悪感がなかった。




