苛立ち②
栄二もそんなマニアの一人だった。着信音のサビに聞き入りながらも、自分に電話をかけてきた人物を確認した。
携帯電話に表示されている名前は、大学で同じゼミに所属している後藤準平だった。
何についての話なのかは予想していた栄二だったが、とりあえず電話に出てみた。
「栄二、どうだった?」
かけてきて早々挨拶もないのかと文句を言いたくなったが、我慢して会話を続けた。
「落ちたよ」
「やっぱりか。俺もだ。今日の適性試験はひどかったな」
ひどいという表現は、どういう意味か分からないが、後藤と一緒に同じ適性試験を受けた栄二は難しいと感じていた。
栄二は後藤としばらく話すと、携帯電話の電源を切った。
部屋は静かだった。自分以外誰もいないから当然である。
すなわち、ここは自分の王国である。
王国にいるたった一人の自分は王である。
王は何をしても許される。
手中の携帯電話に目を向けた栄二は、にやりと笑った。
悪い(・・)ことを思いついてしまった。
突然、野球のピッチャーと同じ構えをとった栄二は、壁に目がけて携帯電話を投げつけた。
がつん。
ふう、と栄二は一息ついた。
案外大きな音が部屋中に響くものだ。現代のマンションは防音設備が完璧だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
これだと音は隣の部屋まで貫通しているだろう。普通なら激怒した隣人が、壁に物をぶつけ返すか、けんかを売りにくるかのどっちかだろう。
しかし、幸いなことに隣人は、いつも遅く帰ってくるので今はいない。
だから大きな音を立てたところで、自分に文句を言う者はいなかった。
微苦笑した栄二は、かばんをつかむと中から何かを取り出した。よく会社の説明会で配られている「会社案内」という冊子だった。
途端に微苦笑は失せた。
英治は今日、ある会社の説明会に行き、説明会が終わった後に入社試験を受けていた。
合格者は夜に会社のウェブサイトに受験番号が公開されることになっていたので、帰宅した栄二は急いで確認した。
結果はさっきの通りである。
栄二は今年で大学四年生だった。つまり、就職活動に最も力を注ぐ年でもある。
だが、栄二が就職活動を始めていたのは、去年の秋からだった。
二〇〇八年の秋にアメリカでリーマン・ショックが起きて多国の会社、特にヨーロッパのほとんどが打撃を被り被害は日本にも及んだ。