第六章 喫茶店での添削①
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後藤の言ったことを受け入れることはなかった。それどころか、就職活動に対する熱意も失せていた。
一体、自分はどうしたのだろうかと思い、栄二は喫茶店の窓から遠くを見つめていた。
「ちょっと」
かなめが呼びかけた。
「寝るのなら、私が帰ってから寝てちょうだい。卒業論文の添削中なのよ」
「この性悪女めと」心中で悪態を突きながらも、栄二は首を縦に振った。
今日もかなめが栄二のマンションまでやってきた。栄二が部屋に招こうとしたら部屋で卒業論文の添削をする気分じゃないと言った。
仕方がないので近くの喫茶店まで連れて行った。
「まったく喫茶店で寝るなんて、信じられないわ。私だったらできないことよ」
「これが寝ているように見えるなんて、君はお目でたい人だよ」
「昔、『おめでたき人』って小説があったわね。作者は誰だったかしら?」
「さあね……」
「答えは武者小路実篤よ」
「あっ、そう……」
こんな時に文学の知識をひけらかして、何が面白いのだろうかと顔をしかめた栄二は、コーヒーを飲むためにカップに口を付けようとした。
カップの中は空だった。栄二は手を挙げて近くにいた店員を呼んだ。
「私はいらないわ」
「君のを頼むなんて言ってないけど」
「あら、女性に気が利かないのも問題ね」
「うるさいな」
「ねえ、今まで付き合った女はどのくらいいたの?」
「君に話す必要ないだろう。そんなことより、今回の卒業論文の出来はどうだった?」
かなめから返事をもらおうとしたところで店員が来たので、栄二は話を中断してコーヒーを一杯注文した。
頼んだのはホットコーヒーだった。
しばらくするとコーヒーはテーブルに置かれた。砂糖を入れた栄二は、かなめに目を向けた。
今日のかなめは卒業論文に興味が無さそうだった。ただ、テーブルを指でトントンと叩いている。
「もう一度尋ねるけど、今回の卒業論文はどうだった?」
「まあまあかしら。断定の内容が、かなり減ったから、この調子で頑張ってね」
「ありがとう」
なんだか嬉しくなかった。ほめられているようにも思えなかったし、かと言って悪い箇所を指摘されているわけではない。
面倒なので適当に答えたという感じである。
見ているだけで嫌になった。