最初の添削④
何がいいか尋ねてみると、かなめはコーヒーと返した。砂糖は少なめ、ミルクたっぷりと注文してきた。
注文が細かい女だと溜息をつきながらも、栄二は注文通りのコーヒーを用意してやった。
手元の布巾が目に入った。栄二の脳裏に濡らした布巾のしぼり汁を混入しようという邪推な考えがよぎった。
「変なものを混ぜたら、ただじゃ済まさないわよ」
かなめのどすの利いた声が耳に入った。
「はい」
栄二は即答した。
コーヒーを持って来たころには、かなめはすでに五枚目の添削を終えていた。
「とりあえず、ここまでね」
「全部やらないのか?」
「ええ。一気にやると疲れるから、少しずつやった方がいいわ。さてと始めましょう」
かなめの指摘によると、栄二の文章には断定の内容がかなり強いようだった。
「歴史の論文なのだから、なんでも『~である』はまずいでしょう」
「そうなの?」
「そうよ。それとも、あなたは三国志の時代にでもタイムスリップして、ここに書いてあることを全部見てきたの?」
「そんなわけないだろ」
「だったら、これからは自分の仮説の部分は『~と考えられる』としなさい」
「分かった」
栄二は素直に頷いた。かなめの言っていることは確かに間違っていない。改めて卒業論文に目を通したが、思わず苦笑した。
確かにこれは小説だ。
栄二は自分が今までやってきて誇らしくしていたことが、あまりにも馬鹿げていたので、穴があったら入りたいという気持に襲われた。
だが、その分やる気も出てきた。
「帰るわ」
「もう帰るの?」
「やるだけのことはやったわ。次までに、あなたの卒業論文の中身が成長しているのを楽しみにしているわ」
「ちょっと待った」
栄二はベッドに放り出していた携帯電話を取った。
「携帯電話のメールアドレスと電話番号は?」
「どうして尋ねるの?」
「知っていた方が連絡がとりやすいからな。これからここにくる時は、携帯電話に連絡してほしい」
「携帯電話は持ってないわ」
驚いた。今時、携帯電話を持っていない人間がいるなんて珍しかった。
大学生の身分までならまだしも、かなめは立派な社会人だった。持ってないというのは奇妙である。
「持ったことがないのか?」
「前は持っていたけど解約したの」
「なんで?」
「大学生の時に周囲にいた人たちはみんな携帯電話を持っていたし、彼らの携帯電話の中は私の知っている人や知らない人のメールアドレスでいっぱいだったわ」
遠くを見つめながら語っているかなめの様子は、どこか気だるさがうかがえた。