最初の添削③
「いつまで拭かないで立っているつもりだよ?」
「いつまでタオルを渡さないつもり?鈍い男ね」
持っているタオルを投げ渡した栄二は、かなめに聞こえないように「性悪女」と悪態を突いた。
「人の陰口を叩くな、性悪男」
かなめが聞こえるほどの声で栄二に悪態を突いた。
栄二は黙らされた。
部屋を見渡したかなめは、ぽつりと呟いた。
「ここは案外片付いているのね。意外だったわ」
どうやら最悪な光景を想像していたようだ。
だが、予想が外れてしまったので、かなめの表情はわずかであるが、がっかりしていた。
栄二は、にやりとした。何かの勝負をして、勝ったという気分に似ていた。
おかげで、さっきまでの嫌な気分はどこかに吹き飛んだ。
栄二の様子が癪にさわったのか、かなめは肩にかけているかばんを床に置くと、中から筆箱を取り出した。
「始めるわよ。卒業論文を出してくれない」
「……ああ」
言われた通り、未完成の卒業論文を机上に置いた。
かなめは初対面の時と同じように卒業論文に目を通し始めた。前と違って読み方は若干速かった。
間もなく行動に出た。筆箱から赤ペンを取り出すと、原稿用紙一枚目の十行目に縦線を引いた。
しゅっ、という音が栄二の耳に印象的に残った。
「あっ!」
「文句でもあるの?」
「清書をしていたのだけど……」
「これが清書?文法がメチャクチャじゃない。こんな出来で提出するつもりだったなんて笑わせてくれるわ」
栄二が呆気にとられている間にも、かなめは原稿用紙の二枚目を読み進めていた。
二枚目にもいくつかの赤線が引かれた。赤ペンで、線が一気に引かれるたびに栄二は自分の身が刃物で斬られたような奇妙な錯覚を起こしていた。
次はどこに引かれるのだろうかと心臓が高鳴った。
三枚目は、原稿用紙全体にでっかい、バツ印を付けられた。
何もかも支離滅裂であり、論外という意味らしい。
「小学生の方がましね」
「そこまで言うか?」
「他人が言わないと気付かないこともあるのよ。とにかく詳しいことは後で説明するわ」
栄二は、こくりと頷いた。待っているだけではつまらないので、かなめに飲み物でも出してやることにした。