第一章 苛立ち①
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腕時計に目をやると、時刻はすでに午後七時をまわっていた。田中栄二は住居として借りている学生マンションに帰宅した。
ドアを開けて最初の一歩を踏み出した瞬間、玄関にある傘たてと栄二の足が接触した。
かしゃん。
床に倒れた傘たてが、玄関から廊下にかけて盛大な音を立てた。
栄二は舌打ちした。これで何度目だろうか。雨の日にやった時は、特に気分が悪い。
ついこの間も、折りたたんだ傘をしまおうとしたところで倒してしまった。
元に戻すのが面倒なので、栄二は倒れた傘たてに目もくれず、その場で革靴を脱ぎ捨てた。
栄二は帰宅したというのに手も洗わずに、居間に置いているパソコンを起動させた。
見たくもないのだが、見ておかねばいけないものがあった。起動から約五分といったところだろう。パソコンの画面に表示された文章を、栄二は熟読していた。
ご通知
本日は、弊社新卒採用試験を受けていただき、誠にありがとうございまし
た。選考いたしましたところ、残念ではございますがご期待に沿いかねる
結果となりましたのでご通知申し上げます。
末筆となりましたが、これからのご健闘をお祈り申し上げます。
敬具
栄二は深い溜息をつくと、スーツからジャージに着替えてベッドに突っ伏した。
まだ、自分が手を洗ってないことに気付いていなかった。
「また落ちたか。次を考えないと」
誰かに向かって言っているわけではないが、とにかくひとり言を呟かずにはおれなかった。
栄二が二度目の溜息をついたのと同時に、携帯電話の着信音が鳴った。
着信音は四年前に流行したアニメのオープニングテーマだった。すでに大衆の頭では忘れ去られたものだが、マニアたちの間では伝説的な歌として、まだ記憶に残っている。