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GAME -SUZU-  作者: 転寝猫
9/9

Epilogue

けたたましいゲーム音楽に…安らかな眠りを妨げられ。

私は大きくため息をついて、布団から這い出た。

階段を降りると、トントンという心地よい包丁の音が、キッチンに響いていて。

おはよ、とママが笑って、コーヒーカップを掲げて見せた。

「ごはん出来てるから、早く顔洗って歯磨いてきなさい」

ママよりママらしいお姉ちゃんの声が、朝日の眩しいダイニングに響く。

はぁい…と間の抜けた返事をして、私は洗面台に向かった。

………何か、寝起きが悪いなぁ。

久々に…あいつの夢なんか見るからだ。

あの…聖夜に向かう、一週間の不思議な出来事。

…やっぱり、夢だったのかなぁ。

「サラマンドラ…」

試しにつぶやいてみて………

何だか急に、恥ずかしくなる。


常識的に考えて…無いよな。

精霊と一緒に戦った、なんて。

あの学者先生だって………

あの日の新聞記事によると、研究室で自殺していたらしい。

長いこと精神病を患っていて、薬も沢山飲んでいたそうだ。

どこで手にいれたのか、拳銃を使っての自害。

お姉ちゃんに促されて、私も土橋のお葬式に足を運んだのだけど…

冷たい雨の降りしきる教会は、人もまばらで寂しかった。

悲しい記憶を、ブルブル首を振って追い出し。

ちょっと大きめの制服に袖を通しながら…また考える。

サラマンドラが、今でもこの世界のどこかにいて…

いつ会えるかも分からない…なんて考えたら。

寂しくて寂しくて、身動きが取れなくなってしまう。

だから…私は毎日、あれは夢だったのだ…と思う練習をしている。

と………

スカートのウエストがきつくて…思わず顔を顰める。

…お姉ちゃんめ。

お姉ちゃんのお下がりがいい!と主張して手に入れた高等部の制服。

ブレザーはちょっとだけ大きいのに、ウエストはぎりぎりなのである。

「ああ見えて結構スタイルいいんだから…許せないよなぁ」

でも…お姉ちゃんの制服なら、ちょっとは頭も良くなりそうな気がして。

私は毎日、我慢して袖を通している。


「お姉ちゃーん、ごはんっ」

「…はいはい」

私達をダイニングのソファに座って眺めていたママ。

「春ねぇ…」

窓の外に視線を移し、不意にそんなことをつぶやいた。

「暖かくなって、陽射しも明るくなって…外の植物も活き活きしてると思わない?」

「………そうかなぁ」

私には、いつもと一緒に見えるけど。

「ご機嫌斜めねぇ、すず」

「…だって、遊べない日曜なんて、あったってしょーがないもん」

きっぱり言い放つ私を見て、困ったように笑い。

お姉ちゃんが差し出したのは…赤いギンガムチェックのお弁当箱。

「何これ!?お姉ちゃんお弁当作ってくれたの!?」

思わず目を輝かせる私に…ママが意味ありげに笑いかける。

「すずってば…いくらお姉ちゃんでも、学校お休みなのにわざわざ『すずに』作る訳ないでしょー?」

「へ?」

「…ちょっと、ママ!?」

………あ、そう。

一旦上がったテンションが、音を立てて下がっていくのが分かる。

「そっか…そういうことね」

「すず!でも…すずは日曜も学校で、大変だなって思って…それは本当よ?」

大学生って、何て羨ましいんだろう。

土曜は学校ないし、勿論今日の私みたいに、模試を受けに日曜登校する必要もない。

『休講』とか言って、急に授業がお休みになったりするらしいし。

まだ高校生になったばっかりの私だが、早くそんな気楽な身分になりたいものだ。

…受験は嫌だけど。

めでたく志望校に合格したお姉ちゃんは、昼からサークルがあるらしい。

「学校まで、睦月さんが送ってくれるんですって!」

「ふーん…あいつもマメだねぇ」

「違う!違うの…ただ…ちょうど用事があるから、ついでに乗せてってくれるって…」

真っ赤になって否定するお姉ちゃんを、ママは相変わらず楽しそうにからかっている。

「ねぇ文、今度睦月さん、うちに連れてきなさいよぉ!せっかくかわいい娘に彼氏が出来たっていうのに、写真一枚見せて貰えないなんて…ママ、寂しいなぁ」

「えっ…と………それは…然るべきときに、ちゃんと紹介するから………ね?」

さすがのママも、『あの』睦月がのこのこ訪ねて来たりなんかしたら…

きっと、びっくりするどころの騒ぎではないだろう。

懸命だわ…お姉ちゃん。

………なんてことを思っていて。

壁の時計の針に………目が釘付けになる。

「やばい!!!行かなきゃ!!!」

ちょっとすず、朝ごはんは?と言うママの声を背中に受け。

まだあったかいお弁当箱を抱えて、私は家を飛び出した。


ギリギリセーフで、休日ダイヤのバスに間に合って。

いつもより人の少ないバスに揺られながら、ふと考える。

『ついでに送ってくれる』…って。

あいつんち、うちとは全然方向違うじゃん。

まぁ、あいつも相当マメだけど、わざわざお弁当なんか作ってあげるお姉ちゃんも、かなりのものだと思う。

恋愛には努力が必要!とか…よく聞くけど。

面倒だなぁ。

私にはまだまだ…無理。

バスを降りて、正門に向かって歩き出した時。

「不知火!」

水月の声がして…振り返る。

自転車を飛ばして近づいてきた彼は、何だかすごく慌ててるみたいに見えた。

「何?あんた…遅刻?」

「馬ー鹿、俺が遅刻ならお前も遅刻だ!」

それより、とつぶやいて、大きく息を吸い込み…

真剣な顔で………とんでもないことを言い出した。

「………サラマンドラに会った!!??」

………嘘。

登校途中、何気なく立ち寄った『ウンディーネの』神社で、急に声をかけてきた人物。

それは…まぎれもないサラマンドラだったのだという。

「何でも…偶然あっちの世界と交信出来たみたいなこと言って…ウンディーネから伝言預かってきたんだと」

『私は元気です。いつの日か、あなたに会える日を楽しみにしています』

そんな…優等生らしいメッセージ。

でも………

その言葉を私に告げる水月は…この上なく嬉しそうで。

こないだ応援に行った、野球部の試合の完封勝利より、もっともっと嬉しそうだった。

何か…私まで嬉しくなってしまう。

………が。

「あんた…何であいつ、ここに連れて来なかったのよ!?」

サラマンドラの奴…

近くにいるならいるで、何で私に会いに来ないのよ?

「いや…それが」

「ったくもぉ…あんたもあんただけど、サラマンドラもサラマンドラよ!」

ぎゅっと水月の腕を掴む。

「ねぇ、あいつ…今どこにいるの!?神社に行ったら私も会える!?」

別に………

今すぐ会いたいなんて、思っていたわけじゃない…けど。

会えるチャンスがあるんだったら…会いたい!

目を輝かせる私に、水月は申し訳なさそうに言う。

「ごめん、多分………もうあいつ、どっか行っちゃったと思う」

「……………えええ?何でよぉもう、あの馬鹿」

「お前に会うと………別れんの辛くなるからって言ってた」

………え?

あんまり言いたくなかったんだけどな、と気まずそうに笑う…水月。

「『俺がこんなこと言ったなんて、すずには言うな』って…言われたんだけど」

あの………馬鹿。

でも…そうね。

「分かった!私も聞かなかったことにしてあげるっ」

だって、私は…サラマンドラのパートナーだもん。

あいつがそんな風に思うんなら…その気持ち、大事にしてあげなくちゃ。

それにきっと私も、一回会っちゃったら…また別れるのは辛い。

何だか、目が熱くなってきて………

腕の時計を見て、わざと慌てた風に大声で叫ぶ。

「あ、やっばーい遅刻しちゃう!!!ちょっと水月!後ろ乗っけて!!!」

「あ!?何だよお前…重い」

「うっさい黙れ!!!」

えっちらおっちら自転車を漕ぎ始めた水月の背後で、流れて行く街並みに目をやると。

木々の緑は、五月の日差しを受けて、まるでうきうきしているみたいに見える。

と………

「………あ」

「…どうした?不知火」

今………

「…んーん、何でもない」

街路樹の影に、笑って立っている…あいつの姿が見えた気がしたのだ。

すずには会わない、なんて言っておきながら。

…たく、しょうがないなぁ。

思わず、顔がにやけてしまうのを感じながら…

変な奴…とつぶやく水月の背中に、私は元気良く声をかけた。

「ねえ水月!?」

「…何だよ?」

不貞腐れたような水月の声が、ワンテンポ遅れて返ってくる。

今はまだ、照れくさいし、寂しいから…面と向かっては会えないけれど。

約束したもん。

また会おうね…サラマンドラ。

その時。

青い匂いのする、心地よい風がさらりと頬を撫でた。

「水月………春だねっ」

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