12月24日
大きな水柱が幾つも上がる。
ウンディーネは全身から青い光を放ちながら、固く目を閉じて呪文を唱えている。
シルフィードの体が白い光を放ち…以前と同じように、沢山の分身達が現れた。
土人形も人間くらいの大きさのものから、かなり巨大なものまで…
街灯と同じくらいの背丈がある土人形に、サラマンドラの炎の塊が飛ぶ。
一発目は弾かれてしまい…
「…喰らえ!!!」
目を血走らせたサラマンドラが叫ぶと同時。
両手の中に浮かんだ更に巨大な炎の渦が、土人形を炎上させた。
私は水柱の影に隠れながら。
身を乗り出して…銃を撃つ。
土人形の一つがごおっと炎上し、思わず小さくガッツポーズをするが…
私の居場所に気づいた、沢山の土人形達が…
わらわらこっちに…突進してきた。
「ひっ………」
ぞくっと全身に鳥肌が立ち。
「きゃあああ!!!」
回れ右をして…私は全力で駆け出す。
「いやぁ来ないで!!!助けてサラマンドラ!!!」
私の背後に突如、水柱が現れて…
巻き込まれた土人形達は、水圧で粉々に砕けてしまう。
はっとして見ると…
ウンディーネが厳しい表情で、小さく頷いた。
「サンキュ!」
親指を立ててみせて、私はまた…駆け出す。
今のところ………
『ウンディーネの水柱に隠れながら敵を攻撃する』という作戦は、かなりうまくいっているみたい。
シルフィードの起こす強い風に煽られそうになりながら、ひたすら戦場を駆け回る。
水月はどこにいったんだろう?
睦月も…姿が見えない。
サラマンドラの炎の渦が、分身達や土人形達を次々に焼き尽くしていくが…
依然、奴らの数が減る気配はない。
私も時々水柱の影から出て、何発か銃をぶっぱなしてみるけど…
なかなかこれが…当たんなくて。
「落ち着け…落ち着けすず」
ドキドキする胸に手をやり、小さく唱える。
「一体ずつ、正確に…だ」
ぱっ、と土人形達の目の前に踊りでて、ぐっと銃を構え…
「一体ずつ!」
一番近くにいた土人形が、炎に巻かれて…崩れ落ちた。
次に近くにいる土人形に、まっすぐ銃口を向け…
「一体ずつ!」
素早く引き金を引く。
そいつの足元をかすめた炎が、どうやら他の土人形にも燃え移った様子。
奴らは恐ろしい悲鳴をあげながら、あちらこちらと逃げ惑う。
…チャンス。
比較的狙いやすそうな奴の…頭を狙う。
「一体ずつ!」
頭は燃え、体から吹っ飛んでいった。
燃える頭部が他の土人形にヒットして、更に炎上。
が………
土人形達の背後の、炎の熱でモヤモヤしている空間に…シルフィードの分身の姿が見えた。
あいつが来たら…風で火、消されちゃう。
片目をつぶって、照準を合わせ…
「行けぇ!!!」
はっとした表情で硬直したまま…シルフィードは空中に消えた。
「よし!」
どこからともなく風の刃が飛んできて…
すかさず、水柱の影にダイブする。
「はぁ…はぁ……はぁ………」
ごくん、と唾を飲み込んで、立ち上がり。
思い切ってその場を飛び出し、別の水柱の裏に走り込む。
そして…ぺたんと尻餅をついた。
息が上がってしまって………胸が苦しい。
「でも………ずいぶん…うごけるようになったじゃん、すず」
誰も言ってはくれないので…自分で自分を褒めてあげる。
「すず!!!大丈夫か!?」
どこからともなく、サラマンドラの怒鳴り声が聞こえ。
返事をして、立ち上がろうとして…
「いったぁ!!!」
ドシン、と地面に尻餅をつく。
「すず!!!どこだ!?大丈夫か!?」
「………しまった」
お尻の筋肉…つっちゃった。
慌てて足の指を引っ張ってみるけど…良くなる気配がない。
でも………
「ここよ、サラマンドラ!」
とりあえず私は大声で、サラマンドラに返事をした。
敵に弱みを見せたら…つけこまれてしまうかもしれない。
ほら、肉食動物が狩りするときなんかも…弱ってるシマウマを狙ったりするじゃない?
もし、そうなったら…一斉に仕掛けられたりしたら………怖すぎる。
ぞっとしながら…
空元気を振り絞って、私はどこかにいるサラマンドラに向かって…叫んだ。
「私のことは大丈夫!だからあんたは精一杯敵をやっつけなさい!!!」
突如、沢山の火柱があがる。
物凄い悲鳴をあげながら、シルフィードの分身達が炎の中に消えていった。
土人形達の燃えかすも、熱風に煽られてふわふわ飛んでいる。
………地獄絵図だな。
「すず!何休んでんだよ!?お前も応戦しろ!!!」
サラマンドラが、私を探すように周囲を見回しながら…怒鳴る。
ウンディーネは飛んでくる風の刃を防ぎながら…必死で呪文を唱え続けていた。
しかし…白い肌には所々、血が滲んでいて。
あいかわらず…水月と睦月の姿は見えなくて。
「すずどこだ!?聞こえてんのか!?」
「………分かってるわよ」
おしりを摩りながら…つぶやく。
さっきよりは痛み…ひいてきたけど。
「このままじゃ走れそうにないんだもん…」
今、敵の前に姿を見せるのは…自殺行為だ。
大きくため息をついて…額を流れる汗を拭う。
シルフィード…それに、ノーム。
「本体は…一体どこにいるのよ?」
さっきから小物ばっか出てきて…
ウンディーネやサラマンドラを傷つけるくらいの、大きなかまいたちを放っているのは、おそらく…シルフィード本人だと思うのだ。
「でも…どこに」
水柱の影から辺りをうかがうと…
「あれっ?」
蜃気楼のようにゆらゆらしている周囲の風景に、目を凝らす。
ウンディーネのすぐ…後ろくらい。
暗がりに立っているのは…ノームじゃないだろうか?
「あのちっこい背丈…間違いない」
ウンディーネが危ない。
私はほふく前進の真似ごとをしながら戦場を進み…
ウンディーネとちっさいおっさんの死角になる、水柱の影に隠れた。
「勝負は一瞬よ、すず。あいつ倒せばきっと…勝機が掴めるわ」
心臓の高鳴りを…深呼吸をして抑え込む。
気分は何だか…あのげじげじ眉の、伝説のスナイパーだった。
「よし!!!」
水柱の影から出た私に…ノームが気づいた気配はない。
ウンディーネが驚いた様子で私を見つめ。
「ウンディーネ伏せて!」
銃口を向け、引き金を引く………
と…思った瞬間。
私の体は、不意に上空高く、巻き上げられていた。
「すずさん!?」
「すず!!!」
精霊達の呼ぶ声が…キーンという耳鳴りのせいで遠くに聞こえて。
代わりに、近くで聞こえた声は…
「なかなかの策士ですね…すずさんは」
穏やかな…シルフィードの声。
足元を見ると…さっきの戦場が遥かに遠く、小さく見える。
高層ビルと同じくらいの、高い高い空の上で。
私は彼女に腕を掴まれて…ゆらゆら浮かんでいた。
静かな夜空には、冷たい風が吹いている。
「………何すんのよ?」
残った空元気を振り絞って…凄んでみるが。
「別に…何もいたしませんよ。あなたが私の言うとおりにさえ、してくだされば」
動じる気配も無く、彼女は穏やかに微笑んでいる。
「言うとおりにって………何よ?」
『あんたなんか怖くない』という意思表示をして見せたいのに…
体も声も…ガタガタ震えている。
「怖いですか?…私が」
「う…るさいわね…人外のくせに」
『人外』って言葉…勿論、シルフィードに通じる筈ない。
とにかく私が強がっていることだけは伝わったらしく、彼女はクスッと上品に笑う。
「石をこちらに渡してください…そうすれば、あなたに危害は加えません」
「もう危害…加えてんじゃないのよ?」
「いえ?これは…脅しです」
彼女はぱっと私の腕を離し。
ふっと無重力状態になった私の腕を…もう片方の手で掴んで見せる。
「わかりますね?私があなたの手を離したら…あなたは地面に真っ逆さま」
この姉ちゃん…明るい声でとんでもない事を言う。
少し間があって………
やっと何事が起こったか認識出来たらしい体から、冷や汗が流れ始める。
ドクンドクンと心臓が高なる。
鳥肌はもう…立ちっぱなしで。
「何で………あんたは…こんなこと」
「傷つけたくないからです。あなたを」
「………傷つけ…たく………ない?」
「あなたは文さんの妹ですからね」
はっとした。
文さんの………?
「あなたが傷つけば…もっと言えば…私達があなたを傷つければきっと…文さんはひどく、悲しむでしょうから」
どういうこと?
お姉ちゃんが………何だっていうの?
「ですから、せめて貴方一人だけでも…無傷でお帰ししたいのです。文さんのために…ね」
「お姉ちゃんは………あんた達にとって…」
「大事な方です。どんな手段をもってしても、お守りしなければならない…大事な方」
………何よ………それ?
「あの方を守ること………それが私と…あの人との…約束ですからね」
「あの人って………睦月のこと?」
笑顔で小さく首を振り、おしゃべりはここまでです…と彼女はきっぱり言い放つ。
「10数える間にご決断ください…あまり気が長い方ではないもので、お許し下さいね」
………いや。許せないだろ、常識的に考えて。
1、2、3…と、彼女のよく通る声が、ゆっくり数をカウントし始める。
どうしよう………
落ちたら…確実に死んじゃう。
でも…石を渡したらサラマンドラが………
別に勝ちには拘らないけど、消えたくはないって言ってたし…
せっかく仲良くなれたのに…消えちゃうなんて。
5、6、7…と確実に10に近づいていく。
やだ。
あいつが消えちゃうなんて…絶対やだ。
ふと………気づく。
私の右手には…まだ銃が握られていた。
落ちたら確実に死んじゃう…けど。
絶対………サラマンドラが助けてくれる。
だから…
「9、10!さあ、すずさん…」
はっとした目で…シルフィードが私を見る。
体中の力を振り絞って…私は…
「お断りよ!!!」
彼女に銃口を向け、引き金を引いた。
炎の塊は、シルフィードの腹部を貫き。
その細い体は、地面に向かって落ちていく。
耳がまたキーンと痛くなるけれど…
真っ逆さまに落ちる私は…それどころでなく、恐怖でいっぱいだった。
「すず!!!」
サラマンドラの声がする。
気を失いそうになりながら…
下に…巨大な炎と、青い光が見えたような気がした。
そして………
ウンディーネの青白い、柔らかい光に包まれ。
私の体は…ふんわりとランディングした。
呆然とする私の前に………
腹部から血を流し、地面に倒れているシルフィードの姿があった。
私が上空でシルフィードとやり合ってる間に、地上では色々あったらしく。
ボロボロに焼け焦げた服のノームが…力なくうなだれている。
少し離れた所には…水月がずたずたに切り裂かれたジャンパー姿で立っていて。
傍らには、若干負傷した様子だけど…まあ元気そうなサラマンドラが立っていて。
魔力を消耗してしまったのか、地面にぺたりと座り込む…ウンディーネの姿もある。
………何これ?
私達、勝ったの………?
瓦礫が崩れる音がして…中から睦月が…姿を表した。
いつになく………余裕のない様子。
肩で息をしながら、ぼんやりと二体の精霊に視線を移す。
そして、大きくため息をついて…
暗い空を仰いだ。
「俺達の…勝ちだ、睦月」
水月が厳しい声で言う。
諦めたような笑顔で彼を見つめ、睦月は突然…声を張り上げる。
「だってさ。どうすんの!?」
………何?
「そろそろ姿…見せたらどう?」
虚空に向かって睦月が叫ぶ。
しかし………何も返事はない。
あいつ………頭…どうかしちゃったんじゃないの?
しばらく沈黙が続き。
睦月はゆっくり…前髪を掻き上げた。
「やれやれ…そういうことですか」
ふっ…と笑って。
睦月は低い声で…つぶやいた。
「俺達は捨て駒ってわけ………ならいいよ。これにて…交渉は決裂だね」
突如起こった突風が、弱っているノームの体を吹っ飛ばした。
ぐっ…と鈍い声を上げ、小さな体は地面にたたきつけられる。
「なっ………お前!?」
叫ぶサラマンドラに…睦月は冷たい目を向ける。
「君達は邪魔しないで…ここは俺達と彼らの問題だから」
広げた右手から放たれたかまいたちが、ノームの体をずたずたに切り裂く。
血だらけになった体で…
「む…つき………き…さま………」
睨むノームを長い脚で蹴り倒し、睦月は低い声で笑う。
「そこでしばらくノビてなよ…とどめは後で刺してやるから」
右手には…白く光一振りの刀が現れ。
………はっとしたときはもう…遅かった。
「動くな」
睦月の低い声が…耳元で聞こえる。
首筋にきっちり当てられた刀は…冷たくて、重い光を放っている。
「すず!!!」
「動くなって言ってるだろ?」
サラマンドラは唇を噛んで…じっと睦月を睨みつける。
「何を…する気だ!?」
水月が静かに問いかけ。
「賢者の石をこちらへ…渡してもらおう」
重苦しい…緊張した空気が流れる。
「さぁ、どうする?君達は、パートナーの女の子を見捨ててまで…ゲームに勝ちたいのかな?」
「てめえ!!!」
「そういう態度は良くないな」
刀がぐっと首に押し付けられ…サラマンドラは両手を上げて、一歩後ろに退く。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ…悪いようにはしないさ」
「…何が悪いようには、よ!あんたどうせ、とんでもないこと企んでるんでしょ!?石の力で…土橋にすごい精霊呼び出させて、それで…世界征服とか、そんな願いを叶えさせようと思ってるんでしょ!?」
明るい声で笑い…睦月は私の耳元で囁く。
「土橋が…精霊を呼び出す?」
「そっ…そうよ!だって………あいつはゲームマスターで」
「………ずいぶんうまく丸め込まれたもんだね、君達も」
………何ですって?
「それに、世界征服なんて、馬鹿馬鹿しい…そんな気は毛頭ないよ。俺の目的は………ゲームの勝敗とか、祈願成就とか…そんな所にはない」
「………じゃあ、一体」
「けど…他のペアを勝者にすることだけは…絶対に出来無い。だから」
彼はまた、水月達の方を見て…怒鳴った。
「すぐに石を渡せ!さもなくば…」
その時………
遠くに聞こえた………聞き覚えのある、声。
はっとして………叫んだ。
「お姉ちゃん!!!」
お姉ちゃんはパジャマにこの前のダッフルコート姿で…
青い顔をして、私達の前に立ち尽くした。
「睦月さん………」
辛そうな顔で俯いて…
顔を上げると、厳しい目でじっと…睦月を見据えた。
「すずを離してください。その子は…私の妹なんです!」
「………文ちゃん」
お姉ちゃんの名前を呼ぶ、睦月の声が………
私にはすごく………痛々しく聞こえた。
「ゲームっていうのが、何なのか…私は全然わかりませんけど…もうやめてください!これ以上私の大事な人達が傷つけあうの…見てられないんです!!!」
………大事な人達…か。
やっぱり…お姉ちゃん………
「メール見ました。あれ…どういう意味ですか?」
メールって………
「この期に及んで…私のこと…からかってるんですか!?」
「…文ちゃん、それは………」
「睦月さんは…一体私をどうしようっていうんですか!?すずや仁くんと戦うのに、私を味方につけておけばゲームを有利に戦えるって…そういうことですか!?」
お姉ちゃんの目から…大粒の涙が流れる。
「私のこと…利用したんですか!?」
「文ちゃん!?」
「本当は分かってるんです私!自分がどれだけ馬鹿か…あなたのこと、本当に良い人だって…思ってたんです。睦月さんはきっと、私のこと守ってくれる、優しい人だって………」
「違うんだ、文ちゃん!そうじゃなくて…」
お姉ちゃんは睦月の弁解に耳を貸す様子もなく………きっぱりとこう、言い放った。
「でも…騙されてたってわかっても…やっぱり私、嫌なんです!あなたが…すずや仁くん達と戦うの…見てられないんです!!!」
お姉ちゃんの気持ちが、痛いほど伝わってきて…
いつの間にか、私も一緒に泣いていた。
お人好しで…本当馬鹿なんだから………お姉ちゃん。
でも………それが…お姉ちゃんらしい。
睦月は…俯いて、黙り込んでしまう。
そして…
私の首に当たっていた刀が、不意に…離れた。
体の力が抜けて…ぺたりと地面に座り込む。
「不知火!」
水月が駆け寄ってきてくれて…
睦月は…お姉ちゃんの方をじっと見つめていた。
「ごめん………」
か細い声で…彼はぽつりとつぶやき。
切ない笑顔で…お姉ちゃんも口を開いた。
「睦月さん…私………」
その時だ。
瀕死と思われていた…ノームがすっくと立ち上がった。
両手を天にかざすと、大きな岩の塊が上空に現れ。
こちらに向かって飛んできた。
その一直線に向かう先は………
思わず目を瞑り…叫ぶ。
「お姉ちゃん!!!」
目の前を…眩い白い光が包む。
風もなく、無音の空間が周囲に広がり………
岩の塊は、お姉ちゃんにぶつかること無く粉々に砕けて…
砂になって、さらさら地面に落ちていく。
それはスローモーションみたいな…ゆっくりとした速度で。
お姉ちゃん………?
光の中心にいたのは………
お姉ちゃんと同じ年くらいの少女。
古びた絣の着物姿の…長い黒髪を後ろで束ねた少女。
その人はお姉ちゃんに良く似ていたけど…お姉ちゃんじゃなかった。
あなたは誰?
私が問いかけると………
その人はこちらを見て…にっこり微笑んだ。
そして………この前と同じように。
讃美歌が…遠く聞こえた。
すっと光が消え…周囲は元の暗闇に戻る。
はっとして…
「お姉ちゃん!?」
お姉ちゃんは無傷だったけど、地面に倒れて気を失っていた。
「大丈夫!?ねぇ…お姉ちゃん!?」
う…と小さなうめき声を上げるお姉ちゃんの体は…すごく熱い。
「まだ…熱下がってなかったの?」
とにかく…無事で良かった。
でも………さっきのは何なの?
こないだといい、今日といい…
あの子は………一体。
水月が周囲を駆けまわって様子を見てきてくれたが…
睦月達の姿はどこにもなかった。
代わりに………
『また明日ここで』
携帯には、睦月からたった一言だけ…そんなメールが届いていた。
今日はクリスマスイブだというのに。
何で授業は休みにならないんだろう?
いや…正直イブなんてどうでもいいのだ。
昨日の疲れが取れなくて…出来たら夜まで寝ていたかった。
睦月………本当に来るのかな?
『うまく丸め込まれた』?
どういう意味よ?
ちゃんと話してくれないと…わかんないじゃない。
それに………
お姉ちゃんに対する…あの態度よ。
睦月はお姉ちゃんのこと、手玉に取って利用してるだけだって思ってたけど…
なーんかあれは………違う気がする。
それに…ゲームの勝敗でも祈願成就でもなかったら………
あんたの目的は…一体何なの?
「ねぇすず、今日昼からって暇?」
友達が声を掛けてくる。
「遊ぼうよ、クリスマス寂しい者同士さぁ」
「はぁ?…何よそれ」
不満げにつぶやいた私に、別の友人が眉をつり上げる。
「あんたねぇ…こんな日にまで家に篭ってゲームするわけ!?街はクリスマス一色なのよ!勿体無いと思わないの!?」
「別に街に出たって…うじゃうじゃカップルがいるだけじゃん」
「だぁから!そんな連中に負けないくらい、みんなでワイワイ楽しもうよ!えりんちでケーキ食べようって話もあるから、すずも一緒にどう?」
みんなでワイワイ…かぁ。
せっかくのクリスマス。
独り身の女子が集まってパーティーって………悲しすぎる。
別に彼氏なんて欲しいわけじゃないけど…
一緒に出掛けて、イルミネーション見て、プリクラ撮って…楽しいだろうなぁ。
………待てよ。
一緒に?
「ごめん!私…用事思い出しちゃった」
ぎょっとした顔で…彼女達は私をじっと見つめる。
「まさか………デート!?」
「んーまぁ…そんなようなもの?」
「まさか………水月くん!?」
「………それは…全然違う」
「たっだいまー!!!」
帰って部屋に戻ると、私はサラマンドラの名前を呼んだ。
「おう、お帰り!どうした?」
「あのさ、サラマンドラ…今から街で、シューティングの特訓しようと思うんだけどぉ…」
私の積極的な発言に…彼は相当感動したらしい。
「本当か!?お前、やっとやる気になったんだな!」
「だからぁ…ね?一緒にお出掛けしない!?」
実体化したサラマンドラは…やっぱり結構人目を引いた。
でも…コスプレイヤーの数多くいる街だし、しかも今日はクリスマスイブだ。
外人レイヤーさんがうろうろしてたって、そうそう違和感はないだろう。
私もクリスマスっぽくお洒落して、ツインテールに赤いシュシュをつけてみた。
「大丈夫なのか?すず………」
怪訝そうな顔で耳打ちするサラマンドラに、いいのいいの!と即答。
「堂々としてなさいって!だーいじょうぶ、私に任せてっ」
その時…不意に携帯が鳴り。
ドキドキしながら…通話ボタンを押す。
最初無言だった…電話の相手は。
私の、待ちの一手が効いたらしく…おずおずと口を開いた。
『………電話した?』
「したわよー?昨夜はどうもっ………で、今何してんの?」
『………仕事』
………けっ。
「クリスマスイブだってのに何やってるわけ!?芸能人って大変ねぇ」
『………で…何?』
睦月は…突然の電話攻撃に若干ひいている様子。
そりゃそうだ…昨日の今日だもんな。
私だって…好き好んでお前に電話なんぞ、掛けたくもないわい。
でも………今日はクリスマスイブ。
せめて今の一時くらい、今までのことは水に流してあげようじゃない。
「実はね…今日はうちのお姉ちゃんも学校終わるの早いの。だからさ、『どっか行こう』って誘ってみたらどうかなって思って」
お姉ちゃんは…また風邪が悪化してしまったらしい。
いい加減休みなさい!と鬼の形相で命令するママを尻目に、あと二日だけだから…とつぶやいて、今日もふらふら学校へ行っていた。
体のこと考えたら、帰って寝るのが一番いいと思うんだけどさ…
イブにKEIくんとデート出来るなんて言ったら…タチの悪い風邪も、一気に吹っ飛ぶんじゃないだろうか。
黙り込む睦月に…思わず怒鳴ってしまう。
「あのねぇ、あんたお姉ちゃんのこと好きなんじゃないの!?昨日お姉ちゃんに怒られてめちゃくちゃ凹んでたじゃない」
『…騙すとか騙されるとか………君達…言ってたじゃん』
「そりゃ…常識的に考えたら…そうだけどさ」
『睦月さんのことはもういいの』って…
いいわけないんだって、うちのお姉ちゃんの場合。
あくまで良い子を貫こうとするからなぁ。
それに…こいつもこいつで。
昨夜水月とも話したけど…そこまで悪い奴じゃないような気がしてきちゃったんだ。
「いいの!不知火すず15歳、ロマンスを信じたいお年頃なんだから…その代わり、今夜は逃がさないわよ!覚悟してなさい!じゃあね睦月っ」
ピッと電話を切ると…サラマンドラが目を丸くして私を見ていた。
「…大胆だなぁお前は」
「うるさいわねぇ…敵に塩を送ってやったのよ」
「………何だそれ?」
「敵でも相手が困ってる時は助けてあげるっていう事!本当あんたってバカなのねぇ…」
ムッとした顔で口を尖らせるサラマンドラの手を、ぐいっと引っ張る。
「よし!やらなきゃいけないこともやったし、私達も遊ぼっか!?」
はっとした顔をして…サラマンドラが怒鳴る。
「お前っ………特訓っつったじゃねーか!何だ遊ぶって………」
「あれぇ私、そんなこと言ったかなぁ???」
「すず!?」
「まあ細かいことはいいじゃない。とりあえずゲーセンへGO!GO!」
最初こそ、リロードがわからなくて、何だ!?どうすんだ!?とあたふたしたものの…
サラマンドラのシューティングの腕は…上々だった。
真剣なまなざしでモニターを見つめ、次々に敵を倒していく長身の男性。
それは結構…ほれぼれする光景であり。
この街の住人達は…その場違いな兄ちゃんに、恨めしそうな目を向けて通り過ぎる。
「すず!これ楽しいな!」
きらきらした目で私を見るサラマンドラに…何故か、ちょっとドキッとしたりして。
「今まで人がやってんのしか見たことなかったけど…すっげえ面白い!お前、何でこんなもん、うまく出来ないんだ!?」
むかっ。
「………うるさいわねぇ。努力してんのよ」
「しっかし人間って、面白いもん思いつくよなぁ…あっちのもこっちのも面白そうじゃん」
活き活きした声で言いながら、サラマンドラはモニターに向かっている。
私はバッグの中でお財布を開き…さりげなく中身を確認した。
「あのさ…サラマンドラ」
「おう!何だ!?」
「あっちもこっちもやってもいいけど………1個1回ずつにしてね」
精霊は特に、ご飯は食べなくても平気らしい。
でも…まあ、食べれば普通に食べれるらしく。
「美味い」
うむ、と唸って…ハンバーガーを頬張るサラマンドラ。
「お前いっつもこんなもん食ってんだな、羨ましいぜ」
「そうかなぁ…」
こんなどこにでもあるもの、そんなに喜んでくれるんだったら…もっと色々、連れてってあげればよかった。
ポテトを口に放り込んで、そうだ!と手を叩く。
「あのさ!ハンバーガーよりもっと美味しいもの、うちにあるんだけど」
「へぇー、何だそれ?」
「昨日私、お姉ちゃんとカレー作ってたでしょ!?」
あれ…確かまだ、残ってるはずだ。
「あれの方がぜーったい美味しいから!帰ったら一緒に食べよっ」
小さな子供みたいに目を輝かせて…うん!とサラマンドラは大きく頷いた。
が………
急に…何か考え込むような顔つきになる。
「…どうしたの?」
「いや…あの………お前の姉ちゃんの話なんだけど…さ」
「ああ…昨夜のこと?」
そうそう!と、彼は私の顔を指差す。
「やっぱ、俺の言った通りだったろ!?何か強そうだって…」
「…うーん」
白い光………
私がこないだ見たのと…おんなじ。
あの時私が着てたのは…お姉ちゃんのダッフルコートで。
「お姉ちゃんのコート…お姉ちゃんの髪の毛とかも付いてたと思うし…こないだ私が睦月の攻撃から助けてもらった白い光も…お姉ちゃんの力ってこと?」
きょとんとした目で私を見て、サラマンドラはコーラを啜る。
「そう考えると…そんな気もするなぁ」
『初めて会った気がしない』と…ウンディーネは言っていたらしい。
「でも、お前の姉ちゃん…ゲームのこと、知らなかったんだろ?」
こくり、と頷く。
今朝目を覚ましたお姉ちゃんに聞かれて…一応色々説明はしてあげたんだけど。
お姉ちゃんも………ウンディーネと同じようなこと言ってたな。
『それ…引き分けには出来ないの?』
「『ゲームマスター次第だと思う』って言ったら…『聞いてみたら?』だって。でも私なーんか…あのおっさん好きじゃないんだよねぇ、どっか胡散臭くてさぁ」
酔っぱらいOLがくだを巻く…みたいな口調になってしまいながら、テーブルに頬杖をついて、コーラのストローをくわえる。
「引き分けになったら…あんた達はどうなっちゃうんだろうね」
ウンディーネが言ってるみたいに…ちゃんと元の世界に帰れるのかしら。
ちゃんとあの子を、返してあげられるんなら…
引き分けにしちゃえば睦月とも、もう…戦わなくて済む訳だし。
「ゲームは勝たなきゃ駄目って私…言ったけどさ。何だかどうでも良くなってきちゃった」
昨日、至近距離で銃をぶっ放して…
あの手応え…何だかすっごく後味が悪い。
シルフィード…大丈夫だったかなぁ。
死んじゃったりしてないかな。
「精霊って…死ぬの?」
「死ぬっつうか…魔力が尽きたら消えるけどな」
「ウンディーネが言ってる、あんた達の元の世界って…楽しい?」
みるみるサラマンドラの表情が曇る。
「………いやぁ…楽しかないぜ?」
「そうなの?」
「ああ、退屈で退屈で…お前らの世界のほうがずーっと面白いと思うけどな」
ファーストフードショップを出て、賑やかな街を歩く。
「あんたが目覚ました頃って…この街はどんなだったの?」
「…そうだなぁ」
何か思い出すように、サラマンドラは電化製品店の派手な看板を見上げる。
「何かもっと………ごちゃごちゃしてたな。ちっちゃい店がいっぱいあって」
「パソコンの部品とか細かいもの沢山売ってるお店?」
それだったら、まだ残ってるには残ってるけど…
大きなお店が増えて、減ってきちゃったんだろうな。
「あんな…変な格好の姉ちゃん達とかは…いなかったし」
ミニスカサンタがビラを配っている姿を見て…首を捻る。
「もっとみんな地味だったけど………秘めたパワーがあったよな」
…ふぅん。
確かに、街の移り変わりを嘆くお父さんの声とかって…よく聞く気がする。
「けど…俺好きだぜ?この街」
「…本当!?」
「だって、みんなむすっとして愛想は悪いけどさ…好きなことに一直線に突っ走るっていうか…楽しそうじゃん」
何か自分が誉められてるみたいな気がして…ちょっと嬉しい。
「なあ、すず…あの人だかり何だ?」
「ああ…あれ?」
大きな電気屋さんの前にたむろしている若者達。
「みんなちっこいゲーム機持ってるでしょ?こんなやつ」
ポケットからDSを取り出して、サラマンドラに見せる。
「これ使って、他の人とアイテム交換したりとかすんの。要は…遊んでんのよ、みんな」
「でも………何でみんな、あんな風に黙り込んでんだ?」
黙り込んでって…言われてみれば、そうだけど。
別に…普通だと思うけどなぁ。
「別に…人と直接会話しなくても、ゲームは出来ちゃうからねぇ。だから最低限のコミュニケーション以外とる必要ないんでしょ、みんな自分のゲームに一生懸命だし」
「そうかぁ?けど…せっかくみんなで遊んでんだろ?つまんねーじゃん、一緒に遊んでるのがどんな奴かわかんないんじゃさあ」
………確かに、そうねぇ。
顔の見えない相手と仲間になって、一緒にどうこう…とか。
最近は全然抵抗無くなってしまったけど…確かにこいつの言うとおりかも。
「顔の見える相手とゲームをしてるんなら…一緒にやってる相手がどんな奴かわかんないって………余計、つまんないわよね」
睦月………か。
「決めた!私…今日は戦わずに、睦月とちゃんと話す」
ぎょっとした顔で…サラマンドラが私を見る。
「すず、お前…大丈夫なのか?」
「勿論!やっぱあいつ…口下手で不器用なだけで、悪い奴じゃないよ、きっと」
だって…あのお姉ちゃんが好きになった奴だもん。
カップルなんて場違いな気がするこの街にも、クリスマスイルミネーションの見られるスポットがある。
暮れかけた街に灯る美しい電飾に…サラマンドラは言葉を失い、ため息をつく。
「やっぱ…お前らはすげえな」
そう?と…自分のお手柄みたいに澄まして答えてみる。
「ああ。こんな綺麗なもん作れるんだったら…魔力なんて、必要ないよな」
「………そうかもね」
ゲームが幕を閉じて、精霊達も元の世界に帰れることになったら…
もう………会えなくなっちゃうのかな。
「サラマンドラ…私、願い事なんて無いって…言ったけどさ」
急にシリアスな声になった私を…不思議そうな顔でサラマンドラが見る。
「私、願い…叶っちゃったな」
「…何だ?」
涙が出そうになって…バレないように、少し早足で歩く。
「おい、すず!?」
「私ね!」
くるっとターンして…サラマンドラの顔をじっと見る。
そして、出来るだけ元気な声で…せっかくのデートを楽しく締めくくれるように…笑って言った。
「一回あんたとこんな風に…思いっきり遊んでみたかったの!」
サラマンドラは………
少し驚いたみたいに目を丸くして。
そして…にっこり笑ってくれた。
「ああ…そうだな!」
帰り際に、姿を消したサラマンドラは………
「あれ?」
部屋に戻って、いくら待っても…
「サラマンドラ?」
姿を…現さなかった。
「サラマンドラってば…いないの?」
はっとして…机の上の、ごちゃごちゃしたゲームソフトの山を漁るが。
あの………炎のゲームソフトが…見当たらなかった。
「どこ………行っちゃったの?」
さぁっと背筋が寒くなるのが分かって。
慌てて隣の部屋に飛び込むけど…
「お姉ちゃん!?」
お姉ちゃんの…姿も無い。
携帯を鳴らしてみるけど…圏外で。
睦月の携帯も通じないし………
「あいつ…まさか」
やっぱり…悪い奴だったのかよ。
その時、ただいまーというママの暢気な声が玄関に響いた。
どうしよう………
とにかく…誤魔化さないと。
「あら?すず…お姉ちゃんは?」
「あっ…うん………何か…友達んちに泊まるとかって…言ってたけど。ほら、今日イブだし…女子会するって言ってたよ?補習も今日までだからって………」
「あの子…熱下がったのかしら」
心配そうなママの顔。
嘘も付いてるし、不安だし…しくしく胸が痛むけど。
ここは…ひたすら我慢だ。
「ねえママ!昨日のカレーまだ残ってるよね!?明日はお姉ちゃんの誕生日でご馳走作るしさぁ、今日は私カレーが食べたいなっ」
空元気を振り絞ってそう言って…
夕飯のカレーは………何故かとっても苦かった。
サラマンドラ………食べさせてあげるって約束したのに。
どこ行っちゃったのよ…もう。
ママが寝てしまうのを見計らって…うちを出た。
電車に乗って…昨夜の場所へ。
ゲームのフィールドは…相変わらず静かだ。
「不知火!」
水月が私の姿を見つけて、走りよってきた。
「サラマンドラは…?」
首を振って…私も同じことを尋ねるが。
彼も、難しい顔で首を振る。
「どうして…?一体…二人はどこへ行っちゃったの?」
しかも…お姉ちゃんの姿も見えない。
険しい表情で…水月が爪を噛む。
「睦月の奴………まさか、また何か」
その時だ。
「お待たせ」
現れたのは………睦月。
精霊達の姿はなく…彼一人だ。
「あんた…お姉ちゃんを…どこにやったの!?」
「精霊達が見あたらないみたいだけど?」
「お前っ………!?」
そう怖い顔するなよ、と…睦月は首を傾げるように笑う。
「俺も同じ状況なんだから………で、賢者の石はどこにあるの?」
あれは………
「精霊達が持って…姿を消したってわけ」
「あんたじゃ…ないの?」
私の言葉に………
睦月は小さく頷いた。
「じゃあ………一体…誰が」
「土橋だろうね、多分」
はっとした。
「土橋って………だって!あいつはゲームマスターで、ゲームの進行には関われないって」
「ゲームマスターの意味を…君達はどうやら取り違えているみたいだし、それに………あいつはゲームマスターなんかじゃない」
………何ですって?
「炎の精霊を操るのが…不知火すず。水の精霊が…水月仁。風の精霊が…風群睦月。とくれば、土の精霊は………誰だと思う?」
呆然と…水月が呟く。
「土橋…研二郎………か」
「その通り」
睦月は私達に…厳しい視線を向けて、言った。
「土橋研二郎…彼は土の精霊ノームのパートナーであり…ゲームのプレイヤーだ」