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GAME -SUZU-  作者: 転寝猫
6/9

12月23日

正直…今夜は眠れそうになかった。

『大っ嫌い!』

お姉ちゃんの泣き叫ぶ声が…耳を離れない。

ドアをノックする音がして『さっきはごめんね』ってお姉ちゃんが顔を出すのを、しばらく待ってみたけれど………そんな気配は全くなかった。

あんなに優しいお姉ちゃんが、あんなに怒るんだもん。

きっと…許してなんてもらえないと思う。

お姉ちゃんに…最初からちゃんと、話しておけばよかったのかもしれない。

そうだ、今からでもちゃんと話したら…

いや………

ちゃんと話したところで、分かってもらえるはずない。

………睦月のせいだ。

あいつが…余計なことしたから。

あいつはひどい奴なんだってお姉ちゃんに言ったら…

『私のことは放っといて!』

………駄目だ。

多分…信じてなんてもらえない。

睦月………そうだよ。

睦月が何か言えば…お姉ちゃんは絶対、睦月の話を信じちゃうと思う。

あいつのせいで…うちはもう、めちゃくちゃ。

「なあ、すず」

サラマンドラの声がして………

私は大きくため息をついた。

………そうだ。

事の元凶は………こいつだった。

サラマンドラのパートナーになんかならなければ。

ゲームに参加しさえしなければ。

「…あんたのせいだからね」

気づいた時には…口からそんな言葉が飛び出してしまっていた。

「俺のせい?………か」

サラマンドラにも…いつもの元気はない。

しょんぼりした顔で、ため息をついて俯いた。

「ごめんな、すず………俺、まさか…こんなことになるなんて思ってなくて」

「…ごめん」

睦月は………やっぱりこれを狙って、お姉ちゃんに接触したのだろうか。

「ついかっとなっちゃって…サラマンドラのせいじゃないよ、ごめんね」

こんなひどいこと…にっこり笑ってやってのけるなんて。

何て冷血人間なんだろう。

信じらんない。

ベッドから這い出て、パソコンのスイッチを入れる。

お姉ちゃんに謝りに行こう…と何度も何度も思ったけど…

私には、出来そうになかった。

「ごめん…サラマンドラ」

心配そうに私を見る彼の視線が…痛くて痛くて仕方がなかった。

「しばらく…一人にさせて」

サラマンドラの姿が消え…

暗い部屋で、パソコンの画面が放つ光だけが眩しい。

Wikipediaを開いてみる。

…本名は書いてない。

でも、名前が芸名だってこと、本名にちなんでつけられてるってことは…はっきりした。

次に開いたのは…

お世話になってる掲示板の関連スレッド。

こんなスレッド…今まで開いたことなかったけど。

ふう…と一つ、ため息をついて。

私は…黙々とキーボードを叩き続ける。

『スレチ』と叩かれようが、『うざい死ね』と罵られようが…

関係なかった。

こいつのせいだ。

本当に………許せなかった。

『睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月睦月』

『見てないのか?見てんだろ?お前のせいでこっちはめちゃくちゃなんだよ。黙ってないで何か言ってみろよ睦月』

馬鹿みたい。

こんなことしたって、あいつは多分痛くも痒くもない。

電話番号も知ってるし、直接言うことも出来るのに…

お姉ちゃんに、睦月の正体を伝えることも、あいつは危険な奴だって教えてあげることも、『ごめんなさい』って一言謝ることも出来るのに…

何で…何も出来ないんだろう。

何て馬鹿なんだろう…私。

全部自分が蒔いた種じゃない。

なのに………

私は…泣きながらキーを叩き続けた。

そんな自分に………ちょっとだけ、ぞっとした。


延々と、虚しい作業を繰り返していたが…

私はいつの間にか…机に突っ伏したまま眠ってしまっていた。

背中には毛布が掛けられている。

「サラマンドラ?」

呼びかけると、難しい顔をして…サラマンドラが姿を現した。

「これ…あんた?」

んー…と困り顔で唸って…サラマンドラは首を振る。

「いや………お前の姉ちゃん」

「お姉ちゃん!?」

慌てて隣の部屋に行ってみると…

部屋はもぬけの殻だった。

昨日貸してもらった、ダッフルコートも見当たらない。

「ねえ、サラマンドラ…」

「…何だ?」

「それ…いつの話?」

「………えーと…30分くらい前かなぁ」

時計は9時を指している。

「あんた…何で起こしてくんなかったの!?」

怒鳴り返してくるかと思ったら…サラマンドラはごめん、としょんぼりつぶやいた。

「起こすなって…言われたんだよ、姉ちゃんに」

「………あんた、お姉ちゃんに姿見られたの?」

いや…と気まずそうな顔をして、サラマンドラは視線を逸らす。

「俺…こないだみたくベッドに座ってたんだ、姿消してさ…なんだけど………」

『あなた、サラマンドラって言うんでしょ?』

お姉ちゃんは、まっすぐ彼の目を見て…そう尋ねたのだという。

今までは…サラマンドラと同じ部屋にいても、お姉ちゃん気づかなかったのに。

「何でわかったんだろう…」

「………さあ、なぁ」

どこ行っちゃったんだろう?お姉ちゃん…

部屋を見渡していたら………

『睦月』と目が合った。

「とにかく…」

私はじっと『睦月』を睨んで…自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「あいつが…お姉ちゃんに何かする前に、お姉ちゃんのこと説得しなきゃ」


リビングに下りると、ママがソファーでぐうぐう寝ていた。

被っている布団は…多分、お姉ちゃんがかけてあげたのだろう。

「ママ、お姉ちゃんは?」

もぞもぞと布団から這い出して…ママはあくびを一つして、お出かけ…と答える。

「友達と遊びに行くんだって…あの子、熱下がったのかしら」

「…さあ、ねぇ」

いつの間にか、サラマンドラの口癖がうつってしまっている。

ありがと、と言うと、ママはまた、布団に潜り込んだ。

「ママ………何時に帰ってきたの?」

ママはもうすやすや寝息を立てていて…答えは返ってこなかった。

その代わり…携帯が鳴って、慌てて出る。

『不知火…俺』

水月は、何だか深刻な声だ。

『悪いんだけど…ちょっと付き合ってくんないかな?』


誘われて行った先は…

お姉ちゃんの志望校。

ものすごいエリートばかりが通うその大学だが、休日だからか人がまばらで静かだった。

水月は重厚な雰囲気に臆することなく、ずんずんキャンパスを歩いていく。

「ねぇ、水月…どこ行くの?」

「こないだの講演会…覚えてるか?」

ああ…あのおっさんか。

「あの人に…『精霊に興味があるなら来い』って、前言われたこと思い出したんだ」

「………精霊!?」

彼は厳しい表情で頷く。

「ゲームのこと…もっと分かるかもしんないだろ?それに…睦月が先輩に近づく目的も」

あのおっさん…

そういえば、精霊使いがなんとか…言ってたな。

でも………『精霊がいるかいないかは私の私の専門外だ』とかなんとか。

私達がこんな風に大真面目に尋ねていったところで、馬鹿にされるだけじゃないのかな。

けど…大学教授だもんな。

確かにおっさんが何か知ってるっていうことも…大いに考えられる。

昨夜、あんなことがあったばかりなのに。

水月の行動力に…私は密かに感心した。


『民俗学研究室』という古い木の札がかかった部屋の中は、かび臭くて埃っぽかった。

思わず足が止まるが…

水月はそんなのお構いなしで、失礼しますとか言って中へと入っていく。

「あっ…待って水月!」

古い変色した本や、巻物みたいな物に囲まれて…おっさんは奥の椅子に座っていた。

「やあ…来てくれるとは光栄だな」

白髪交じりの頭に手をやり、おっさんはにっこり微笑む。

「それで…今日は何を聞きに来たのかな?」

「昔、精霊使いがいたって…先生そうおっしゃいましたよね?四精霊について、未発表の発見が沢山あるって…」

おっさんは、にこにこしながら水月の話を聞いている。

「今日は…その事を聞きに来ました」

「………そうだろうと思ってたよ」

嬉しそうに言って、おっさんは椅子から立ち上がる。

「もっと言うと…きっと今日、君達がここを訪ねて来るだろうと私は思っていた」

「………何で?」

私の顔を見て、彼は目を細める。

「不知火すずさん…炎の精霊サラマンドラのパートナーだね?」

どきっとして…彼の顔を凝視する。

「そして…水月仁くん…君は水の精霊ウンディーネのパートナー」

水月は…警戒するような鋭い眼差しで、じっと男を睨んでいる。

「そう怖い顔をしないでくれたまえ…」

彼は私達の前に立ちはだかり…堂々とした笑顔で…名乗った。

「私は土橋研二郎…君達が探している『ゲームマスター』だ」


土橋が淹れてくれたコーヒーは、物凄く良い香りがしたけど…

緊張していて、それに怖くて…味がちっともわからなかった。

「数ヶ月前のことだ」

土橋は静かに語り始める。

そもそも…土橋が調査していたのは、この辺りの宗教についてだったらしい。

仏教のどの宗派がどのくらいの割合いて…とか、そんなこと。

そんな中で、『精霊使い』と名乗る男のことを知った。

「男の身辺の世話をしていた、村の役人の日記が見つかってね…」

『私はこの石を使って、人間を創り出してみせる』

精霊使いは、役人にそう言って『賢者の石』を見せたのだという。

普通だったらそんなこと、信じられるわけないと思うんだけど…

精霊使いは、難病の村人を回復させてみたり、嵐の来る日を予言して的中させたり、奇跡みたいなことを色々やって見せていたので、役人は彼の言葉を丸々信用したらしい。

しかし…実験は失敗。

『代わりに…とんでもないものを呼び出してしまった』

彼はそう言って、四つに割れた『賢者の石』を役人に見せた。

『君には姿が見えていないかもしれないが…ここには4体の精霊がいる。炎の精霊サラマンドラ、水の精霊ウンディーネ、風の精霊シルフィード、土の精霊ノーム…彼らは今半分眠っているような状態だが、目を覚まし暴れだしたら大変なことになる。それだけは何とか…食い止めねば』

そう言って彼は…『賢者の石』の欠片を、四つの場所に隠した。

一つは西の神社の泉の中。

一つは東の巨木の根元。

一つは南の海。

最後の一つは北の大きな池の中。

神社にあったのは…ウンディーネの石だ。

巨木は長い年月の間に切り倒されてしまい、その場所に今では電気機器で有名な大きな街が出来ている。つまり…サラマンドラの石。

南の海は埋め立てられ、大きな人工の島が出来あがった。これはシルフィードの石だ。

そして…最後の一つ。

「この大学よりもう少し北に…大きな公園があるだろう?あの池の中に、もう一つの石はあったらしい。それを見つけたのは…風群睦月だったようだがね」

………そういえば、そのこと。

「ねえおっさ…じゃなくて、先生!あいつのチート能力は反則になんないの!?」

おっさんと水月は…ぽかんとした顔で私を見ている。

『チート』が…わかんないのか、くそっ。

「だから…2つの精霊とペア組んでるなんて反則にならないの?ゲームマスター的には」

「それは………」

難しい顔で…おっさんは顎に手をやった。

「難しい問題でね…彼がシルフィードとペアを組むに至った過程が…私にもよくわからんのだよ。君達は、精霊に『一緒に戦いましょう』と言われて、承諾して…パートナーになったんだろう?だが………彼は生まれた時既に、シルフィードのパートナーだった。自らの意思でパートナーとなったのは…ノームのみということになるから」

「生まれた時すでにゲームのプレイヤーだったなんて…何故、そんなことが?」

水月の質問に、わからないというように、おっさんは首を振った。

「ゲームって…一体何なんです?」

水月が…もう一度訊く。

「二人がやってみての通りだよ…精霊同士の殺し合いだ。最後の一人が賢者の石を一つにして、勝者となったとき…その精霊はより力の強い、高位の精霊となることが出来る。しかし彼らのそんな戦いが、我々の世界を惨事に巻き込むことも…無い話では無いだろうね」

惨事………

この前の…あのガス爆発事故とかいう…あれか。

「君達の精霊はゲームのことを、そんな風には話さないのかね?」

サラマンドラのやつ………

今日は水月に言われて、家に置いてきたけど…

あいつバカだから、適当なことばっかり言うもんなぁ。

何が陣取りゲームだよ。

全然違うじゃん。

私が言いたいのは…と、椅子に座り両手を組んで、土橋が言う。

「君達は精霊のことを非常に信頼しているようだから、こんなことを言うのはなんだが………要は…精霊達が更に大きな力を持つための戦いに、君達は利用されているんじゃないか?ということなんだ」

『パートナーがいないとゲームは戦えない』から…か。

土橋は、固い表情で黙り込む私達を見て困ったように笑い、ため息をついた。

「私は日記の中の儀式に沿って、ゲームを取り仕切る権限を持つことになったんだが…精霊自体と接触したことは殆ど無いからね。彼らが本当は何を考えているか、なんて………私よりむしろ、君達の方がよく分かっているのかもしれないが」

うーん………どうなんだろう。

あいつが…私を騙してるってこと?

………いやないだろ、常識的に考えて。

あいつバカだけど…嘘なんかつける奴じゃないもん。

「あくまで老婆心からの忠告だと思って…心の奥にでも留め置いてくれると有り難いな」

………はいはい。

でも…このおっさんはゲームのこと、私達より…

下手すると、精霊達よりもよく知ってる訳で。

帰ったら…サラマンドラのこと、ちょっと問い詰めてみよう。

水月は依然厳しい表情のまま、質問を続ける。

「さっき、実験は失敗した…とおっしゃいましたね?」

「ああ…それがどうかしたかね?」

「失敗したのに…精霊使いはどうして、精霊なんか呼び出したり出来たんですか?」

「それが………」

これはあくまで日記の記述だが…と前置きして、彼は話しだした。

それは…とても悲しい物語。

精霊使いが実験を行ったその頃、遠く離れた西の村では水害が相次いでおりました。

田畑も増水した川に押し流され…人々は飢えに苦しんでいたのです。

そんな折、その村の有力な領主が、神社に相談を持ちかけたところ…

神主はこう言いました。

『水の神は怒り、人柱を欲しておられます。川の神に若い娘を生きたまま捧げれば、神の怒りは静まることでしょう』

そして………

生贄として選ばれたのは、17歳の娘。

キリシタンの家に生まれ、優しかったその娘は結婚を控えていましたが…

『みんなのためになるなら』とにっこり笑い、人柱となることを快諾したのです。

かくして彼女は、生きたまま川のほとりの土深く、埋められてしまいましたとさ。

「精霊使いは…『人柱となって死んだ乙女の清らかな魂が、精霊達を呼び寄せてしまったのだ』と役人に語ったそうだよ」

………ひどい話。

17歳なんて…お姉ちゃんと同じ年じゃない。

そんな馬鹿げたお告げがなければ、その子は結婚して幸せになれたはずなのに…

しかも…彼女がそんな目に遭ったのには、別の理由があったらしい。

『村の有力者が、娘の縁談相手に自分の娘を嫁がせたくて、その娘が邪魔だったから』

つまり…人柱云々は、仕組まれたことだったのだ。当然、神主もグル。

「信じらんない!!!何て奴らなの!?」

憤る私に…おっさんは小さく頷いた。

「しかし…天罰も下ったようだよ…それから数日後、有力者や神主、それにその一件に関わった者全てが…不審な死を遂げている」

「不審な死?」

水月の方をじっと見て…おっさんは低い声で言った。

「殺されたのだよ…刀でばっさり斬り捨てられてね」

「そんなの当然よ!!!きっと結婚するはずだった恋人か、親か兄弟がそのこと知って…」

「いや………下手人はおそらく…婚約者ではない」

その惨劇の後…一人の青年が姿を消した。

それは…亡くなった娘の幼馴染で。

「それって…つまり………本当にその子が好きだったのは…婚約者じゃなかったかもしれないってこと?好きじゃない人と結婚させられそうになった挙句に、その事で他人に妬まれて、殺されちゃったって事!?」

………そんなの、可哀想すぎる。

「まあ…今の話の後半は、人柱となった娘の村の歴史を調べていて思いついた…私の勝手な憶測に過ぎないのだがね」

「憶測なんかじゃないよ!絶対そうだと思うな、私。ねえ、水月もそう思うでしょ!?」

「………えっ?」

水月はまた、何か考え事をしていたらしい。

…もう。

私の質問には答えず、水月は最後にもう一つだけ、と土橋に尋ねる。

「風群睦月の目的は………一体何なんですか?」

「それは………私にもわからない」

難しい顔で、土橋は窓の外に視線を移した。

「私があの若者に会ったのも、たった一度きりだからね…ただ…」

あの…ゲームを心から楽しんでいるような様子。

「彼は精霊の力を使って…何かとんでもないことを企んでいるのではないかと…思えてしまうときがあるんだ。しかし、あくまで第三者の立場でゲームを取り仕切るのが私の役目。私が直接彼に…手を下すことは出来ん」

土橋は椅子から立ち上がり、真剣な表情で私達の顔をじっと見た。

「君達に…頼みがある」

「………睦月を止めろ…ですか?」

厳しい声で水月が言うと、土橋は小さく頷いた。


私たちは、こないだと同じファーストフードのお店に入り、お昼を食べることにした。

「………どう思う?」

水月は難しい顔をしたまま、ストローでガシャガシャ氷をかき混ぜている。

「俺………何か、いまいち信用出来無いな。あのおっさん」

「…ウンディーネのこと、悪く言ったから?」

彼はちょっとむっとした声で、そういう訳じゃないけど…とつぶやく。

「ゲームマスターは第三者の立場でなんとか…って言ってた割に、俺達に味方するようなこと言ってただろ?だから…何か、変だなって」

「そりゃ…睦月が悪い奴だからでしょ?」

「確かに…そうかも知れないけど」

「私は完全にあのおっさんの、サラマンドラが私に嘘ついてるみたいな言い方が気に食わなかったな」

願い事云々の話も、全然話題に上らなかったし。

まあでも…あのおっさん自体もゲームマスター歴はまだ数カ月なわけで。

「おっさん自体さ、あんましゲームのこと分かってないんじゃないの?だっておっさんはただ、『ゲームマスターになりませんか?』『はい、なります』って…私達がプレイヤーになったのと同じようにして、ゲームマスターになっただけなんだから」

おっさん自体は、精霊達を呼び出した精霊使いでも、呼び寄せた娘でもないんだもの。

「そう…だな。確かに…まだどう取り仕切っていけばいいのか、迷ってるような気もした」

「でしょー?だから…やっぱ睦月だよ」

睦月をやっつけて、シルフィードがパワーアップすることを防ぐこと。

これが私達とおっさんの共通目的ってわけだ。

「ゲームのエンディングがどうあれさ…とにかく今、私達がやるべきことは睦月を倒すことでしょ?それがはっきりしただけでも、よかったじゃない」

「まあ、なぁ………」

水月はしばし考え込むように、テーブルに置かれたトレイに視線を落としていたが。

やがて何か決心するように、じっと私の顔を見て、笑った。

「そうだな。とにかく…今夜の決戦か」


家に帰ると…

「おかえりなさい」

お姉ちゃんが玄関に、にっこり笑って立っていた。

どきっとして…ただいま…と答える声が少し震える。

「ママね、今日もちょっと遅くなるんですって…だから、夕ご飯一緒に作らない?」

「ママ…今朝ソファーで寝てたけど」

それが…と困ったように笑う顔は………全くいつものお姉ちゃんだ。

「お昼過ぎに目が覚めて、慌てて会社に行ったらしいわよ。朝起きなきゃいけなかったんなら、ちゃんと私達に起きる時間教えててくれればよかったのにね」

お姉ちゃん………どうしたんだろう。

昨日はあんなに…怒ってたのに。

戸惑う私をよそに…お姉ちゃんはお買い物行こう、と笑ってスニーカーを履いた。


カレーにしよっか、と提案したのはお姉ちゃんだ。

カレーは、ハンバーグの次に私の好きな食べ物で…しかも、お姉ちゃんの作るカレーは何故か、ママのカレーよりずっとずっと美味しいのだ。

人参とか玉ねぎとか、あれこれ買い物カゴに入れていくお姉ちゃんを…

私はただ、ぼんやり見守っていた。

何で…何も言わないんだろう。

そっか………『昨日はごめんね』って…言わなきゃいけないのは私の方じゃない。

何待ってるのよ?私。

そうだ、それに…睦月のことも。

水月はその話、半信半疑だったみたいだけど…

『そいつが本当に睦月なら…何でそんなにゲームに拘る必要があるんだ?』

確かに…そうなんだけど。

でも………私、確かに見たんだもの。

しかも…最初の推理も的中してしまったし。

「すず?」

はっとして、不思議そうに私を見つめるお姉ちゃんに駆け寄る。

「ごめん…ぼーっとしてて」

「疲れてるんじゃない?昨日ちゃんと、お布団で寝てなかったから」

どきりとするが…お姉ちゃんはいつもの穏やかな口調。

レジで精算を済ませ、夕焼けに染まる道を二人並んで歩く。

「久しぶりだね…こんな風に、二人でおつかい行くの」

「………うん」

「大きくなったね…すず」

「……………うん」

私ね…とつぶやいて、お姉ちゃんは優しい笑顔で私の顔を覗き込んだ。

「サラマンドラとお話したわ。もしかしたら…もう、聞いてるかもしれないけど」

「えっと………うん」

「内緒にしてねって言ったんだけどな」

困ったみたいに笑うお姉ちゃんに…慌ててあいつのフォローに回る。

「あの…でも…何話したとかは聞いてないよ?なんていうか…来たよってことだけ」

「そっか………優しいのね、サラマンドラって」

ふふふ、と笑って…お姉ちゃんは夕日に染まる空を見上げた。

「私ね…睦月さんにちゃんと話したんだ………『あなたにはもう、これっきり連絡はしません』って」

「………え!?」

「でもそれね…今日のことなの。もう連絡取ってないなんて…嘘ついちゃってごめんね」

私は…思わず立ち止まって、お姉ちゃんの腕を掴んだ。

『私のほうこそ、お姉ちゃんにゲームのことずっと黙ってて、心配かけて、泣かせちゃって…ごめんなさい』

って………言おうとしたけど。

何故だろう…声が出てこなかった。

「私ね、今まで言えなかったんだけど…前に一度、シルフィードに会ったことがあるの」

………そう…だったんだ。

「最初に熱出して寝込んだ日にね…お見舞いに伺いますっていきなり現れて」

懐かしそうに話すお姉ちゃんは…

「『チョコレートはお好きですか?』って…お見舞いにチョコレート持ってきてくれたの。覚えてるでしょ?私が前買いに行ってさ…すずに『そんな高いチョコ、味もわかんないのに勿体無い!』って怒られたの」

「………睦月に………会ったの?」

小さく頷いて…びっくりしたよね、と笑うお姉ちゃんは…

「ファン失格だよね…私、KEIくんの本名なんて…知らなかったもの」

すごく………ものすごく寂しそうだった。

「………いいの?」

「何が?」

「睦月に………もう…会わないって………」

でも、お姉ちゃんははっきり頷いてくれて。

「だって…すずは私の妹だもん。私はずっと、すずの味方なんだから…すずを傷つけようとする人と、一緒になんていられないわ」

私は…思わず涙ぐんでしまう。

「………好き………だったんじゃないの?あいつのこと………」

うーん、と困り顔で笑って、お姉ちゃんは私の頭を撫でる。

「そうだなぁ………正直…ちょこっとだけ、好きだったかもしれないな」

でもいいの、とお姉ちゃんは目を細める。

「どうするの?すず…ゲーム…続けるの?」

………睦月。

あいつ………なんだか………

本当に………悪い奴なのかな。

本当は………本当にお姉ちゃんのこと………好きだったんじゃないのかな。

ゲーム………か。

あいつは何で…あんなにゲームで勝つことに、拘るんだろう。

でも………

あいつがサラマンドラから賢者の石を奪おうとする以上、私も…一緒に戦ってあげなきゃ。

「………ごめんなさい」

「今夜も…出かけるの?」

頷く私の肩をぽんと叩いて、行こう、とお姉ちゃんは歩き出す。

「じゃあ、しっかり夕ごはん食べなきゃね。気をつけてね、すず…」

「ごめんね…心配かけて」

本当だよ、と笑って、お姉ちゃんはくるりと振り返った。

「バツとして、今日はカレー作るの手伝ってね。すず一人でも作れるように、ちゃんと作り方を覚えること!」

「…一人でなんて…作れないよぉ」

私はお姉ちゃんと違って、不器用なんだから。

「そんなことないってば!慣れよ、慣れ」

そう言ってまた前を向いて歩き出したお姉ちゃんは…

ぽつりと…変なことを口にした。

「私がいなくなっても…ちゃんとお手伝い出来るようにならないと」

………え?

「…お姉ちゃん?」

「なあに?」

「『私がいなくなっても』って………何?」

お姉ちゃんは…きょとんとした目で振り返る。

「私…そんなこと言った?」

「え???…えっと………ごめん、気のせいかも」

「もう…変なすず」

行こう、と言われて…久しぶりに握った、お姉ちゃんの手。

ママみたいにあったかくて…柔らかかった。


その日の夜。

空を飛ぶことには…もう、だいぶ慣れてきた。

「ねえ、サラマンドラ…」

さっきの…おっさんの話をしてみる。

が………

しばし考え込んだ後、サラマンドラは不思議そうな顔で私を見た。

「何だそれ?俺が高位の精霊に?何バカなこと言ってんだよ」

…やっぱりそうだ。

こいつが私のこと利用しようなんて…そんなこと出来るわけないもん。

でも………

「あんた自身…ゲームの本当の目的を知らないだけだったり…しない?」

現にゲームマスターが…そう言ってるわけで。

「そいつがゲームマスターだって、証拠はあんのか?」

「うん。見せてもらったもん」

『証拠はあるんですか?』

水月も…実はさっき、おっさんに同じことを聞いた。

おっさんは私達に、白い法衣のような物を見せてくれて。

それは…賢者の石と同じように鈍い光を放ち、何か不思議な力を秘めているようだった。

法衣に刺繍されていた模様は、日記の中に出てきた『精霊使いの儀式用衣装』に施されていたのと同じ模様。

「内緒なんだっつって、ちゃんとは教えてくれなかったけどね…何かその日記に書いてある通りの儀式をしたら、その法衣が現れたんだって言ってた」

考え込むような顔のサラマンドラは、そっか…とつぶやく。

「じゃあ…召喚主は………俺達に嘘言ってたってことかよ。だとしたら、シルフィードは…どうやって本当の目的を知ったんだ?」

「聞きに来たらしいよ、睦月が…『私はシルフィードのパートナーです』って。おっさんもあいつがそんな奴だなんてわかんなくて、ついうっかり話しちゃったんだって。物腰が丁寧だったし、何より…有名人だしね、あいつ」

んー…と依然、納得の行かない様子のサラマンドラ。

「お前………それ、いつ気づいたんだ?その…KEIってアイドルのこと」

「あの…写メール騒ぎの時に、うっかり顔見ちゃったんだもん。それに…」

『KAZEMUREMUTSUKI』とローマ字で並べた時。

あれ?って思ったのだ。

『K azemur E mutsuk I』と携帯のメール画面に表示して見せる。

「『風群睦月』のローマ字表記から、間6つずつアルファベット除くとKEIになるの…なんかこの並び見た時に、ふと『KEI』っていうのが浮かび上がって見えてさ」

ほおーと…この緊急時だというのに、サラマンドラは感心した声を上げる。

「お前頭良いんだなぁ!ちゃんと勉強すりゃ、姉ちゃんみたいになれんじゃねーか?」

「…なれるわけないじゃない」

だいたい…気づいたのはたまたまなんだし。

姉ちゃんといえば…と。

サラマンドラが不意に険しい顔になる。

「あの人さ………やっぱし………ちょっと変だよ」

「…どうして?」

こいつ…一体何を言い出すのだ。

「お姉ちゃん、もう睦月との縁はキレイさっぱり切ったって言ってたんだよ!?それなのに…あんた、お姉ちゃんが私を騙してるって言うわけ!?睦月の為に…そりゃ、友達より男取っちゃうもんだとか、色々そういう話は聞くけどさぁ!お姉ちゃんは…そんなこと…出来るような人じゃないよ!!!なのに…何であんたそんな風に思うのよ!?あんたの方こそ証拠あるわけ!?」

『気をつけてね』とにっこりにっこり笑っていたお姉ちゃん。

そんなこと…お姉ちゃんに、出来るわけないじゃない。

お姉ちゃんは良い子だし、それに………優しいんだから。

「わ…わかった…わかったから少し落ち着け」

「これが落ち着いてられると思う!?あんたねぇ…」

「わかったって!俺の勘違いだ!ただ…お前の姉ちゃんて…何かこう………」

上手い言い方が見つからないらしく、首を大きく捻って…

サラマンドラはそうだ、と手を打った。

「なんつーか、あれだ!何か強そうなんだよ、お前の姉ちゃん」

「何よ?強そうって…あんた、お姉ちゃんが精霊の仲間かなんかだって言うの?」

「………さあ、なぁ」

………だったら言うなよ。


そうこうしているうちに…昨日の広場に到着した。

水月とウンディーネは、もうその場に立っていて。

「先輩…どうだった?」

心配そうな顔で…水月が尋ねる。

安心させてあげようと…私は笑顔で頷いてみせた。

「もう睦月とは会わないって…言ってた」

「もう…って」

「会ったんだって、今日…睦月に。でもね、『私はすずの味方だから』って言ってくれて」

さっきのやりとりを水月に話しながら…何故か胸がチクチク痛んだ。

ごめんね…お姉ちゃん。

辛い思いさせちゃったのは、多分…私のせいで。

でも………

お姉ちゃんが辛い思いしたのは、100パーセント…睦月のせい。

「私…決めたの。絶対あいつに勝って………お姉ちゃんに『ごめんなさい』って謝らせてやるんだ!」

両手を握りしめて宣言する私の顔を見て…水月がぷっ、と吹き出す。

「…何がおかしいのよ?」

「いや…何も」


会話が途切れ………

静かな広場に、びゅうびゅう吹く風の音だけが聞こえる。

そのまま数十分が経過し。

「ごめんね…遅くなって」

そう言って現れた、睦月。

今夜は…フードを被っていなかった。

アッシュグレイの髪は、さらさら風になびいていて。

目元を隠すくらいの長い前髪の間から、黒い瞳がじっとこちらを見ている。

街灯の明かりに照らされる、抜けるような…女性のように白い肌。

そいつは…テレビで観るよりずっと………綺麗だった。

呆然とする私を見て、睦月は首を傾げてくすりと笑う。

「そんなに…俺が珍しい?」

「………も…もう…顔隠すのはやめたの?」

「だって…バレちゃったみたいだからね。それに」

振り返った彼の視線の先には…シルフィードとノームが静かに佇んでいる。

「今日は真剣勝負って約束したし…フードは正直邪魔だから」

けど…と、彼は静かに私達に近づく。

水月が、咄嗟に私を庇うように前に出る。

でも…仕掛けてくる気配は全くなく。

「最後に一度だけ…警告させてもらうよ」

「………何だ?」

鋭い視線で睨む水月を真っ直ぐ見つめ…次に睦月は、私に向かって微笑んだ。

「悪いことは言わないから…石と精霊をこちらに渡しなよ」

「…何ですって!?」

「そうすれば戦わずに済むし………」

私達の顔を交互に見て…睦月は天を仰いだ。

「君達の大切なお姉さんが、悲しむこともないだろうし」

「お…お姉ちゃんは………あんたなんかもう知らないって言ってたわよ!?」

「そうだね…確かにそう言われた。でも…」

じっと私を見つめる彼の黒い瞳からは…一切の表情が読み取れない。

「悲しんでると思うぜ?文ちゃんは………俺と君達が傷つけあうことをさ」

「それが…お前の狙いか?」

水月が低い声で尋ねる。

「俺達の大切な人を盾にして…お前はそこまでしてゲームに勝ちたいのか?」

「盾になんて…心外だなぁ。そんなことしてるつもりは全然ないんだけど」

「してるじゃない!!!あんたってサイテーよ!!!」

「サイテーか…しょうがないな」

小さくため息をついて、彼は額に手をやった。

「まぁ、誰に何と言われようが俺は構わないよ。俺は…何としても、君達に負けるわけにはいかないんだから」

睦月が言い終わるのと同時。

ぐらっと地面が大きく揺れた。

「何!?」

「すず!!!」

サラマンドラが厳しい声で叫んで、銃を投げて寄越した。

急に強い風も吹き始め。

睦月の髪は、荒れ狂う風にさらさらなびいて。

ウンディーネの瞳が、青い光を放ち始める。

水月の右手には、青白い光の球が現れ。

私は大きく深呼吸をして…銃口を真っ直ぐ、睦月に向けた。

睦月は一度軽く目を閉じて………

かっと見開くと…良く通る声で、高らかに宣言した。

「さあ…ゲームを始めよう」

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