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GAME -SUZU-  作者: 転寝猫
4/9

12月21日

「ちと…面倒なことになってきたな」

難しい顔で、サラマンドラが言う。

「あいつのパートナーが相当な手練とすれば…かなり厄介だ」

「あいつって…あの、シルフィードとかいう綺麗なお姉ちゃん?」

何故か不愉快になっている自分に余計イライラしながら、聞き返す。

「そう!シルフィード…ていうかお前、何むくれてんだよ…ヤキモチか!?」

「んなわけないでしょ!?馬鹿じゃないの!?」

あの精霊…死ぬほど美人だったなぁ。

「サラマンドラ…失礼覚悟で聞くけどさぁ」

「…何だよ?」

「ゲームって………実は、あんたとあのお姉ちゃんの痴話ゲンカでした!なんて言ったら…私、怒るからね」

「………馬鹿言ってんじゃねーよ!!!意味わかんねぇ…っていうかお前、マジでヤキモチ妬いてんのかよ!?」

「ち…ちがうって言ってるでしょ!?」

「しんじらんねえ…どっからどう見たらそんな風に見えんだよ、ったく………」

むすっとして腕を組み、黙り込むサラマンドラ。

私もふいっとそっぽを向き、机に頬杖をついて目を閉じる。

…戦うのが楽しみ?

負けたら自分が消えちゃうかもしれないっていうのに…すっごく楽しそうに笑ってた。

あいつ…よっぽど自信家なのか、それとも…

「こないだよぉ…」

沈黙に耐えかねたらしいサラマンドラが、面倒臭そうに口を開く。

「俺言ったろ?精霊は4体だって…だからゲームってのは、4人のプレイヤーがいるもんで、俺とあいつがどうとか………そういうんじゃねえよ」

「そっか…そうだったわね」

冷ややかな視線を投げる私を、彼は不機嫌そうに睨む。

「んだよ…信じねえのか?」

「んーそうねぇ………じゃ、信じてあげよっかな」

よかったぁ…というふうに、サラマンドラは大きくため息をついた。

………可愛い奴。

その時、ごはんよーと呼ぶママの声がした。

「じゃあ私、学校行ってくるから、お留守番しててねサラマンドラ!」

「…何言ってんだよ!?一緒に行くに決まってんだろ!」

「…何馬鹿なこと言ってんのよ!?あんたが付いてきたら大変なことになるじゃない!」

ぶーぶー言ってるサラマンドラに、昼には帰ることを告げ、私は階段を降りた。


サラマンドラ…ちゃんと大人しくしてるかなぁ。

あいつ…何考えてんのか、さっぱりわかんないや。

そりゃ私だって、あんたと遊んでたいわよ。でも…学校はサボれないし。

本当は今日から冬休みだっていうのに…何故補習なんてものが存在するんだろう。

冷たい体育館の空気に、ぶるっと身震いする。

目の前の壇上では偉そうなおっさんが、小難しい話をずーーーっと繰り広げていた。

『わが国古来の文化と異国文化の融合』だかなんだか…

よくわかんないが、うちの学校の卒業生なのだそうだ。

大学教授と聞くと有難い気持ちにならないでもないけど…話が長いのは勘弁してほしい。

これに耐えれば今日の学校は終わり、がんばれすず!と…自分を励ましてみる。

今日ははっきり言って、厄日だ。

朝からお姉ちゃんには怒られるし…

そうそう、お姉ちゃんが怒ることなんて、一年に一回か二回…あるかないかなのに。

それを今日…やらかしてしまった。

彼氏もいるんだし、いい加減にアイドルオタは卒業したら?的な事を言った私を、お姉ちゃんはすごく怖い顔で睨んだ。

あれは彼氏じゃないし、だからプレゼントはちゃんと相手に返すつもりだし、そんなこと『すずには関係ない』らしい。

確かにそう、おっしゃる通り。

人の嫌がる話を延々続けた私も、確かに悪い。

でも………

『すずには関係ない』…なんて。

ひどいよ…お姉ちゃん。

そう思ったけど………言えなかった。

ショックで呆然とする私に、お姉ちゃんは物凄く動揺したみたいだった。

『ごめんねっ…すずは私のことすごく心配してくれてるのに…ひどいこと言っちゃって、本当にごめんなさい』

『でも………』

『いいの!すずは全っ然悪くないんだから!悪いのは全部私なの、だから…ね?すず…元気出して』

私も悪いの…と言いかけた私を制し、お姉ちゃんは早口でそう言うと、にっこり笑った。

『これにて喧嘩はおしまい』の笑顔だ。

その証拠に、それ以降はいつも通りの朝の時間が流れていったのだけど…

でもね。

『全部私が悪い』は…言いすぎじゃないかなぁ。

でも…そうなの。

お姉ちゃんはいっつもそう。

喧嘩しても、先に折れるのはいっつもお姉ちゃんだし。

たまにそんな風に怒っても、『私が悪いのにごめんね』って。

行ってきまーす!と手を振って家を飛び出していく、お姉ちゃんの背中を思いだす。

『今日はテスト勉強するために早く学校に行く』んだって言ってた。

…お姉ちゃんはずるい。

いっつもそうなのだ。

お姉ちゃんはいっつも、そんな風に去って行ってしまうのだ。

私のことも、やり場のない私の気持ちも…ぜーんぶ置いてけぼりにして。

………あーあ、憂鬱。

気が付くと、おっさんの話はいつの間にか終わっており、質疑応答の時間となっていた。

眼鏡をかけた高等部生が、ガチガチに緊張しながら、何か熱心に質問している。

内容は…勿論、他の生徒達には理解不能だ。

『質問、ありませーん』と言えば、それで講演会はお開きになるというのに…

いるんだよなぁ…どんな世界にも、オタクって。

「先生の最近の著書の中に、異国の『精霊』と『シャーマン』の関係を、我が国古来の伝承である『式神』と『陰陽師』の関係になぞらえた箇所がありますが…」

………『精霊』?

後の質問はしどろもどろでよくわからなかったが、妙にその言葉がひっかかった。

おっさんは楽しそうに、彼の質問に答え始める。

「この国の人々は古来より、自然に対し強い信仰心を持っていたため、精霊という超自然的な物の存在を受容するのに、とても有効な土壌があったと考えられます。これは今調査中なのですが…異国から渡ってきた人々の中に『精霊使い』を称する者がいて、一部の民に崇められていたらしい。その人物は異国で非常に有名な錬金術師の弟子であったとされ…」

『精霊使い』………

脳裏に、サラマンドラの顔が浮かんだ。

「勿論、これは書物の上の伝承に関するお話です。精霊が本当にいるのか、それともいないのか…ということは、残念ながら私の専門外ですが」

どっと生徒達に笑いが起こる。

いや………おっさん。

いるんだよ。

その…精霊がさ。


講演会が終わり。

友達と、だるかったねー眠かったねーと話していると、背後から声がした。

「不知火」

ぎくっとして…振り返る。

「…水月」

今日は…やっぱり厄日だ。

不思議そうな顔で私を見て、まあいいや…とつぶやき、水月は耳元でこそっと言う。

「放課後…ちょっとつきあえ」

…何だと?

昨日の今日で…一体私に何の用があるというのか。

「………ゆすり?」

「…そんなんじゃねえよ」

「じゃあ…何よ」

彼は、んー…と唸って頭を掻き、まあ後でな…と手を振って去って行った。

呆然と見送る私の肩に…

友達が数人、一斉にタックルを仕掛けてくる。

「ちょっと!!!すず!?」

「今の、あれ何!?」

きらきらした目の彼女達は…絶対に勘違いをしている。

「水月くんとあんたって…仲良かったっけ!?」

「知らなかったわよぉ私達!」

「もしかしてあんた、水月くんと…???」

周囲できゃあきゃあ歓声が上がる。

「ねえねえ、どっちから!?あんたって、ゲームばっかやってんのかと思ったら、実はやることやってんじゃない!」

「ちょっと…見直しちゃった」

「あああーーーもう!うるさいなぁ!!!」

ダン!と床を踏み鳴らし、女子軍団の歓声を制止する。

「そんなんじゃない!断固として!ゲームの神様に誓って!私は水月とは何っでもありません!以上!」

きょとんとした目をする彼女達を無視して、踵を返して教室へと戻る。

…ったく、何が『水月くんと…???』よ。

本当の本当に…今日は、厄日だわ。


「何の用?」

不機嫌な声で言う私を、水月は真剣な顔で見た。

「………何よ」

彼は何か躊躇うように、視線を地面に落とす。

………何よ、この間は。

まさか………本当に告白!?

………なんて。

ドキドキしながら、もう一度尋ねる。

「ちょっと、何なのよ一体!?」

「………あのさ」

「だぁーもう!!!言いたいことあるならさっさと言いなさいよ!」

「…わかった。じゃあ言う」

意を決した様子で、じっと私を見つめる。

「精霊の話なんだけど…」

「……………」

史上最強にびっくりして…

心臓が…口から飛び出すかと思った。

「せ………精…霊…???」

「知らないとは言わせないぞ。お前のパートナー…サラマンドラって精霊なんだろ?」

「さ…サラ………な…なんだろ?私…そんなもん………」

「お前昨日、俺に『ゲーム』って言ったな!?あれ…サラマンドラって精霊と一緒に戦ってるゲームのことだろ?」

………なんで?

なんで水月が…そんなこと…知ってんの?

「どうなんだ?不知火」

「……………言えない」

サラマンドラがあんなに『他人に話すな』って言ってたんだもの。

今の私に出来るのは…貝のように口を閉ざすことだけだ。

俯いて黙り込む私をじっと見て、水月は…私の『聖地』でありゲームの陣地である…あの街の名を口にした。

「今夜…あの街には行くな」

「…何?今夜って」

「とにかく行くな!お前が思ってるような遊びじゃないんだ、あのゲームは…」

その時。

はっとした顔で…水月が怒鳴った。

「不知火先輩!危ない!!!」


その時、私の目の前で起こった出来事…

全てが、スローモーションみたいに見えた。

高3の補習はお昼休みだったらしい。

向こうの渡り廊下を、とぼとぼ歩いているお姉ちゃん。

それに一直線に向かう…一本の弓道の矢。

弓道部で練習をしていた誰かが、間違って射たものらしい。

お姉ちゃんは水月の言葉に立ち止り、振り返る。

そして。


矢はその鼻先をかすめて…傍の柱に突き刺さった。


突然の災難に気を失ってしまったお姉ちゃんに付き添って、保健室へ。

水月も心配そうな顔をして、私と一緒に来てくれた。

目を覚ましたお姉ちゃんは真っ青な顔で、額に手を当てる。

「お姉ちゃん………大丈夫?私、わかる?」

頷くお姉ちゃんにほっとして…涙が出てきた。

水月が気遣うように、私の肩に手を置いてくれる。

やっぱりこいつ…良い奴だな、と思った。

「…仁くん」

お姉ちゃんは、水月のことを下の名前で呼ぶ。

水月の亡くなったお姉ちゃんと、うちのお姉ちゃんは大親友だったのだ。

家に遊びに行ったりして、水月のこともかなり前から知っていたらしい。

そういえば…

あの『ひかりちゃん』っていう人、うちにも何回か遊びに来ていた。

ショートカットで日焼けしていて、男の子みたいな人だなぁと思った。

大きな声でよく笑って…面白い人だったな。

死んじゃったなんて…何だか信じられない。

熱もあるし、もう少し休みなさいという保健室の先生の言葉に、お姉ちゃんは首を振る。

「…大丈夫です。5時間目テストなんで…行かないと」

「お姉ちゃん!!!」

今朝の喧嘩のことなど頭から吹っ飛んでしまって…思わず怒鳴る。

「そんなもんどうでもいいじゃない!お姉ちゃん顔真っ青だよ!?」

「………本当?」

「休んでなきゃ駄目だよ!テストだテストだって………馬鹿じゃないの!?」

「そうですよ…先輩」

水月も援護に回ってくれる。

お姉ちゃんは不思議そうな顔をして、私達を交互に見た。

「私…そんなに顔色悪い?」

同時に頷いた私達を見て…お姉ちゃんはふっと表情を緩ませる。

「お姉ちゃん、ショックで頭どうかしちゃったんじゃないの!?」

にこにこしているお姉ちゃんに、ぞっと背筋が寒くなる。

「大丈夫。さっきね…ちょっと怖い夢見ちゃって。だから…多分、顔色悪いのはそのせいだと思う」

「確かに…何かちょっと、うなされてるみたいだったけどさ…」

「でしょ?だから…大丈夫」

大丈夫なわけないと思うんだけど………

今、朝みたいに『関係ない』って言われたら多分…泣いちゃうと思うから…

私は黙って頷いて、お姉ちゃんのしたいようにさせてあげた。

「はぁ………」

良い子過ぎるんだよ…お姉ちゃんは。

だから今朝みたいに…時々急に爆発しちゃうんだから。

お姉ちゃんと保健室の先生が出て行ったのを見計らって、水月が不意に口を開く。

「不知火………さっきの矢…見てたか?」

「…しっかり見てたわよ」

「あの矢………変な曲がり方、しなかったか?」

………あんたは…さっきから一体何なのよ。

「急に強い風が吹いたろ?それで…不知火先輩を避けるみたいに、矢がちょっと…曲がったみたいに見えたんだけど」

「水月さぁ…さっきから精霊だゲームだ変な曲がり方だって…ノイローゼなんじゃないの?野球のやり過ぎだって、多分」

お姉ちゃんのことがあって…憂鬱な気持ちで胸がいっぱいだった。

ゲームの話なんて、してる余裕がない。

私は水月を残して立ち上がると、保健室を後にした。


「水月って…昨日のシューティングゲームのガキか」

「そう…あんた、知らない?」

リビングでサラマンドラに、今日の話を打ち明ける。

彼は首を振って、うーむ、と腕組みをする。

「そこまで知ってるってことは…だ。そいつもゲームのプレイヤーなのか…もしかして、シルフィードのパートナーはその水月って奴なんじゃないのか?」

首を振る。

「あの人、パートナーのこと『睦月』って言ってたでしょ?水月の名前は『仁』だし…」

『風が吹いた』とかなんとか…

「シルフィードの力使ったんなら、そんな事わざわざ自分で言うかなぁ?」

「……………さあ、なぁ」

…役に立たない奴。

その時。

ただいまーという間延びした声が、玄関に響いた。

サラマンドラがぎくっとした顔で、私を見る。

「いけね…俺、部屋戻ってるわ」

「え?ちょっと…」

………今、二人にしないでよ。

お姉ちゃんは、話があると言って、私の隣に腰掛けた。

『サラマンドラ…?』

声をかけてみるが…返事はない。

『ちょっと…姿消せるんだから、傍にいてくれたっていいじゃないの、バカ!!!』

何か言いたげに黙っているお姉ちゃんに…思い切って、聞き返す。

「あのさ…何か言いたいことあるなら、言えば?」

えっと…と、お姉ちゃんも気まずそうな顔で口を開く。

「さっきは…ありがとう」

「いいえ、どういたしまして。最初に気づいたのは水月だもん」

「仁くんと…仲、良いのね」

…またかよ。

クラスメイトといい、お姉ちゃんといい…何でそんな風に思うんだろう?

「勘違いしないでよ!あの時、たまたま一緒にいただけ。別に何でもないんだからね」

「…そっか」

「で………用事はそんだけ?」

あ…とつぶやいて、お姉ちゃんはちょっと困った顔をした。

そして、ごそごそとコートのポケットから、携帯電話を取り出す。

見た瞬間………

さっきまでの憂鬱は、一気に吹っ飛んでしまった。

「馬鹿じゃないの!?」

「………やっぱ…そうだよね」


その話というのが…ひどい話で。

最近お姉ちゃんには、見知らぬ男からメールが来るらしい。

『風邪の調子はどう?あんまり無理しないでね。お大事に♪』

『学校終わった頃かな?お疲れ様』

などなど………

鳥肌が立ってしまう。

「もしかして…あのプレゼントも!?」

私の勢いに押されて首をすくめ、小さく頷くお姉ちゃん。

「もう…信じらんない!」

もしかして…昨日電話で話してたのもその男なんじゃ。

そんなストーカー男なんかに、ほいほい乗ってあげるなんて…

お人よしとか…そういう範疇を越えている。

「そんなの完っ全にストーカーじゃないの、常識的に考えて!!!相手してやるなんて、お姉ちゃん人が良いにも程があるわよ!?そういう輩はねぇ、こっちがリアクションしてくるのを楽しんでるんだから!女子高生にちょっかい出すなんて、変態よ変態!」

気持ち悪いは腹は立つはで…躊躇する間もなく、口からぽんぽん言葉が出てくる。

怒りに震える私に、でも…と気まずそうに笑って。

お姉ちゃんはしどろもどろに、その男の弁護を始めた。

「その…帰りに後つけられるとか…帰ってきたら『お帰り』ってメールが来るとか…さ。無言電話とか…そういうんじゃないし…なんて言うか………普通のストーカーとは違う気がするんだ…けど」

………呆れた。

「馬鹿じゃないの?」

声が裏返ってしまう。

あろうことか…お姉ちゃんはその男に、情が沸いてしまっているらしい。

頭良いくせに…何でそんなこともわかんないんだろう。

「最初はみんなそんなもんだってば。だんだんエスカレートしてくるもんなの!本当にお姉ちゃんはお人よしなんだから…」

お姉ちゃんをびしっと指差し、私はきっぱりと言い放った。

「もう絶っ対に、その男と連絡取っちゃだめだからね!」


「あーーーもう!本当に信じられない!」

我が姉ながら…本当に嘆かわしい。

お姉ちゃんって、昔っからそう。

たとえ1円拾っても、交番に届けないと気が済まない子供だった。

よろよろ歩くおばあちゃんの荷物を持って、遠くのおうちまで一緒に行ってあげるとか。

突然の雨で困っている小さな子供に傘を貸して、ずぶぬれになっちゃって風邪をひくとか。

でも………

そういうのなら、まだいい。

道を教えて、という変なおじさんに、うっかりついて行きそうになったり。

悪いお姉ちゃんにお金貸して、と言われて貸しちゃったり(要はカツアゲ)。

パパがお姉ちゃんを、一生懸命教会に連れて行ったのが、まずかったんだと私は思う。

真面目なお姉ちゃんは、『汝隣人を愛せよ』を本気で実行するようになってしまったのだ。

さすがにやりすぎだ…と気づいたらしく、最近ではそういう所も影を潜めて来たのだが。

「ちょっと、サラマンドラいるんでしょ!?姿見せなさいよ!!!」

サラマンドラは、初めて会ったときのように、ベッドの上にあぐらをかいて座っていた。

「お前…何怒ってんだよ?」

…これが怒らずにいられるだろうか。

「あんたさぁ…さっき、何で逃げたのよ!?」

ああ…と気まずそうに笑うサラマンドラ。

「悪い………ちょっとな」

「ちょっとな、じゃないでしょ!?姿消して傍にいてくれたらよかったのに」

「あっ………そっか、そうだよな!?」

………ばーか。

それが…と頭を掻いて、彼は困ったように私を見た。

「俺………何故か………お前の姉ちゃんて苦手でさ」

「………本当!?」

きたこれ。

同志発見!?

嬉しくなって…巣食っていた不機嫌の虫が、一瞬で吹っ飛んだ。

「でしょでしょ!?やっぱそうだよねぇ。なんてゆーかさぁ、良い子で完全無欠の優等生なんて、今時流行んないわよね!?」

「そういう…もん…なのかな」

「そうそう!でさ、唯一の欠点が『人が良過ぎる所』なんて…そりゃ、あんたもどっちかっていうと私寄りのいい加減な性格してるもん、息苦しくもなると思うな!」

「………そういうのとは」

躊躇いがちに…つぶやく。

「ちょーっと…違う気はするんだけどな」

「…じゃあ、どういう意味よ?」

「いや………ごめん!やっぱよく分かんねえ」

………もう。

ふと、さっきビリビリに破いて捨てた、小さな付箋紙が目に留まる。

その『ストーカー男』が最初に接近してきたのは、近所の図書館だったという。

勉強道具を広げて居眠りしていたお姉ちゃんのノートに、その付箋紙は貼ってあったそうだ。

書いてあったのは、携帯の電話番号とメールアドレスらしきもの。

そして…

『携帯にはロックかけなさい』って、私…お姉ちゃんにさんざん言ってたのに。

言いつけを守らなかったお姉ちゃんは、電話番号とメアドを知られてしまったらしい。

そんなの、誰か気づいて声掛けろよ。本当に現代人は他人に無頓着で…

ていうかお姉ちゃんも、そんなことされてんのに、何で目覚まさなかったんだろう。

まったく…そんなおっちょこちょいだなんて、知らなかったわ。

また不機嫌の虫が暴れだして…ふう、と大きくため息をつく。

………そうだ。

「サラマンドラ」

「…何だ?」

「お願いがあるんだけど」

付箋紙をパズルみたいにつなぎ合わせ、電話番号を完成させる。

「もし、怖い展開になったらさ…『文の父ですが』って電話代わって」

「………何だそりゃ」

「いいから…お願いね!」

ドキドキしながら、携帯電話を握る。

5コール目くらいで………相手は出た。

『もしもし?』

…若い男の声。

『もしもし…どちら様ですか?』

………お前の方こそ、どちら様だ。

若い身空で、こんな陰湿なことして…うちの馬鹿正直なお姉ちゃん困らせて。

すうっと息を吸い込んで、ワントーン高い声色で…怒鳴った。

「もしもし!?ワタクシ、不知火文の母ですけれども」

男は…黙った。

「あのですねえ、うちの娘は育ちが良くて、それに純粋なものですから、あなたのような方にこのような形で言い寄られて、本当に困ってるんです!ですから金輪際!文には関わらないで頂けません!?でなければ…今度うちの娘にちょっかい出したら、警察に訴えますからね!よろしいですね!?」

男は………

電話の向こうで、何やらクスクス笑っている。

…やっぱ、バレたか。

となれば、仕方あるまい。

「ちょっと!ふざけんじゃないわよ!私本気よ!?本気で警察に言うからね!!!」

『………お母さんの真似は、もう止めたの?』

どきっ。

『君…すずちゃんだろ』

…私の名前。

携帯を持つ手が…ガタガタ震える。

「………何でそんな事…知ってるのよ?」

『何でって言われると困るけど…知ってるよ。文ちゃんの妹さんだろ?』

………なにそれこわい。

これは…本気でママに相談かも。

「あんた…誰よ?」

『知りたい?』

「…あ…当たり前でしょ?」

じゃあ、と笑って、男は………

あの街の名を口にした。

今日水月が言っていた…あの街。

『そこへおいで。今日の深夜12時…俺、待ってるから』

「…そんなの無理よ。そんな時間じゃバスは止まってるし」

『来れるでしょ?サラマンドラと一緒ならさ』

…はっとする。

サラマンドラ…って………言ったの?こいつ。

サラマンドラが、怖い顔で私を見ている。

『サラマンドラと一緒においで。ゲームをしよう…俺も精霊と一緒に待つよ』

「おいっ」

サラマンドラが握力を失った私の手から、携帯電話をひったくる。

「てめえ何者だ!?誰のパートナーだ!?ウンディーネか、ノームか、それとも…」

『シルフィードだよ』

「…何だと!?」

『じゃ…先に名乗っておこうかな』

明るい声で…男は言った。

『俺は風群睦月。シルフィードと一緒に…待ってるからね』


街は、まだ電車も動いているというのに…人気がなく、異様に静かだった。

暗い大通りで、電化製品店のネオンだけが、賑やかな明かりを放っている。

『今夜、あの街には行くな』

水月の言葉が、頭の中にこだまする。

『ゲームは、お前が思っているような遊びじゃない』

…分かってるわよ、そんなこと。

でも………

これじゃ、お姉ちゃん人質に取られたようなもんじゃない。

どうして、行かないことなんて出来るの?

「すず…」

サラマンドラが低い声で私を呼ぶ。

前方に目を凝らすと、車一台通らない大通りに…男は静かに立っていた。

黒いフード付きのスウェットに、黒い細身のジーンズ。

身長は180センチくらいだろうか、学校でよく見る高等部の先輩達より一回りデカイ。

顔はフードにすっぽり覆われ、それに辺りは暗いので、口元くらいしか確認出来ない。

男の隣には…昨日会った、風の精霊シルフィード。

「早かったね…約束の時間にはまだ、10分もある」

「その…10分の間に…聞かせてくれない?」

じっと男の姿を見据えて息を吸い込み、怒鳴る。

「あんた!何でうちのお姉ちゃんに付きまとうのよ!?」

男は…何も答えない。

「ゲームにお姉ちゃんは関係ないでしょ!?あの人を人質にとって、優位に立ったつもりかもしんないけど、そうはいかないんだからね!!!」

「…そっか」

にやりと笑う…睦月という男。

「話はそれだけ?」

「…それだけ?じゃないわよ!あんたも質問に」

答えなさい!…と言おうとした瞬間。

突然起こった強風に煽られて、地面にたたきつけられる。

「きゃっ!」

ドン!という音と振動と…痛みが全身を走った。

「すず!?」

サラマンドラが私を抱き起こし、男を睨む。

しかし…睦月と名乗った男に、動じる様子は微塵もない。

「じゃ…早いけど、始めよっか」

彼が何気ない様子でつぶやいた言葉と同時に、シルフィードの体が白い眩い光を放つ。

そして………

幾つにも分裂して、私達の周囲を取り囲んだ。

「………分身の術!?」

…何なのこいつ!?

怯む私をじっと見据え、シルフィード達は静かに右手を空中にかざす。

と…カッターのように鋭い風が、いくつもいくつも飛んできた。

「きゃあ!サラマンドラ!?」

尻餅をついた私の傍らに、こないだと同じ形の銃が現れる。

すかさず銃に飛びついた私の腕を、サラマンドラがぐいっと引っ張った。

「こっちだ!」

体が一気に空高く浮き上がり…耳が少し、ツンとなる。

シルフィード達の追撃をかわしながら、少し離れた所へ着地。

「いくぞすず!」

サラマンドラの…余裕のない、怖い顔。

これは…こないだとは違う。

こいつ…やっぱり強敵なんだ。

見ると、着てきたパーカーとジーンズが、所々破れていた。

直撃受けてなくて…これか。

ぞくっと背筋が寒くなる。

「…すず!?」

「う………うん」

「大丈夫…負けやしねーよ!俺を信じろ!!!」

「うん!」

サラマンドラが何か呪文を唱える。

手のひらから現れた幾つもの炎の塊が、シルフィードの分身達を次々に燃やしていく。

でも…

ふうっと彼女が吹いた息に、炎はすっ…とかき消されてしまった。

「なかなか…面倒だな」

サラマンドラの額を一すじの汗が流れる。

と。

ごおっという音と一緒に、鋭い風が私の体を切りつけた。

「いっ………!」

咄嗟に顔を覆った腕を…血が流れる。

「すず!応戦しろ!」

呆然と…流れる血を見つめる。

ドクドク流れる血。

焼けるような痛み…


ママの手伝いをしていた時、包丁で指を切ってしまったことがある。

あの時は、びっくりする気持ちの方が痛みより大きくて…

そんなに痛いと思わなかったけど。

ずきんずきんと、心臓の鼓動に合わせて痛みが襲う。

………刃物で切ると、こんなに痛いんだ………

さぁっと全身から血の気がひく。

これは…やっぱりただのゲームじゃない。

これはゲームであって………現実なんだ。


ちっ…と舌打ちしたサラマンドラがまた何か唱え、地面から沢山の火柱が上がる。

怯んだ様子でシルフィード達は…一瞬、動きを止めた。

「すず!?」

返事をしようにも…言葉が出てこない。

ガタガタ体が震えている。

私………このままじゃ…殺されちゃう。

私じゃとても、勝てっこない………

怖い。

シルフィードの攻撃をかわし、懸命に応戦するサラマンドラが…また、怒鳴る。

「すず!!!」

こわい。

どうしよう。

たすけて。

「………助けて!お姉ちゃん!!!」

ぎゅっと目を瞑って…銃をめちゃくちゃにぶっ放す。

激しい風に吹っ飛ばされそうになりながら。

「いやぁぁぁ!!!」

私はいつの間にか、叫びながら………泣いていた。

すず、落ち着け!と言うサラマンドラの声が遠くに聞こえるが…

落ち着けるわけないじゃない。

銃から放たれた炎は…相変わらず………一発も当たらない。

絶望する気持ちを奮い立たせようと必死で…また、叫ぶ。

「お願い!!!お願い当たって!!!」

周囲の景色は、火柱の熱で蜃気楼のようにゆらゆら揺れている。

それが、ふっ、と突然吹いた突風でかき消され…

私の体は、大きく吹き飛ばされた。

ビルの壁に叩きつけられて、目から火が出るみたいな気がする。

「うっ………」

…痛い。

幸い、銃は私の右手にしっかり握られていた。

もう一度、銃を構えようと思うけど…

体ががたがた震えて…出来ない。

目の前には、笑顔で迫り来るシルフィードの分身達。

「いや…来ないでっ!」

また目をぎゅっと瞑って、銃を手当たり次第にぶっ放す。

「きゃああああ!!!!!」

…たすけて。

たすけて…だれか。


その時だ。

背後から…声がした。


「不知火!!!」

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