12月21日
「ちと…面倒なことになってきたな」
難しい顔で、サラマンドラが言う。
「あいつのパートナーが相当な手練とすれば…かなり厄介だ」
「あいつって…あの、シルフィードとかいう綺麗なお姉ちゃん?」
何故か不愉快になっている自分に余計イライラしながら、聞き返す。
「そう!シルフィード…ていうかお前、何むくれてんだよ…ヤキモチか!?」
「んなわけないでしょ!?馬鹿じゃないの!?」
あの精霊…死ぬほど美人だったなぁ。
「サラマンドラ…失礼覚悟で聞くけどさぁ」
「…何だよ?」
「ゲームって………実は、あんたとあのお姉ちゃんの痴話ゲンカでした!なんて言ったら…私、怒るからね」
「………馬鹿言ってんじゃねーよ!!!意味わかんねぇ…っていうかお前、マジでヤキモチ妬いてんのかよ!?」
「ち…ちがうって言ってるでしょ!?」
「しんじらんねえ…どっからどう見たらそんな風に見えんだよ、ったく………」
むすっとして腕を組み、黙り込むサラマンドラ。
私もふいっとそっぽを向き、机に頬杖をついて目を閉じる。
…戦うのが楽しみ?
負けたら自分が消えちゃうかもしれないっていうのに…すっごく楽しそうに笑ってた。
あいつ…よっぽど自信家なのか、それとも…
「こないだよぉ…」
沈黙に耐えかねたらしいサラマンドラが、面倒臭そうに口を開く。
「俺言ったろ?精霊は4体だって…だからゲームってのは、4人のプレイヤーがいるもんで、俺とあいつがどうとか………そういうんじゃねえよ」
「そっか…そうだったわね」
冷ややかな視線を投げる私を、彼は不機嫌そうに睨む。
「んだよ…信じねえのか?」
「んーそうねぇ………じゃ、信じてあげよっかな」
よかったぁ…というふうに、サラマンドラは大きくため息をついた。
………可愛い奴。
その時、ごはんよーと呼ぶママの声がした。
「じゃあ私、学校行ってくるから、お留守番しててねサラマンドラ!」
「…何言ってんだよ!?一緒に行くに決まってんだろ!」
「…何馬鹿なこと言ってんのよ!?あんたが付いてきたら大変なことになるじゃない!」
ぶーぶー言ってるサラマンドラに、昼には帰ることを告げ、私は階段を降りた。
サラマンドラ…ちゃんと大人しくしてるかなぁ。
あいつ…何考えてんのか、さっぱりわかんないや。
そりゃ私だって、あんたと遊んでたいわよ。でも…学校はサボれないし。
本当は今日から冬休みだっていうのに…何故補習なんてものが存在するんだろう。
冷たい体育館の空気に、ぶるっと身震いする。
目の前の壇上では偉そうなおっさんが、小難しい話をずーーーっと繰り広げていた。
『わが国古来の文化と異国文化の融合』だかなんだか…
よくわかんないが、うちの学校の卒業生なのだそうだ。
大学教授と聞くと有難い気持ちにならないでもないけど…話が長いのは勘弁してほしい。
これに耐えれば今日の学校は終わり、がんばれすず!と…自分を励ましてみる。
今日ははっきり言って、厄日だ。
朝からお姉ちゃんには怒られるし…
そうそう、お姉ちゃんが怒ることなんて、一年に一回か二回…あるかないかなのに。
それを今日…やらかしてしまった。
彼氏もいるんだし、いい加減にアイドルオタは卒業したら?的な事を言った私を、お姉ちゃんはすごく怖い顔で睨んだ。
あれは彼氏じゃないし、だからプレゼントはちゃんと相手に返すつもりだし、そんなこと『すずには関係ない』らしい。
確かにそう、おっしゃる通り。
人の嫌がる話を延々続けた私も、確かに悪い。
でも………
『すずには関係ない』…なんて。
ひどいよ…お姉ちゃん。
そう思ったけど………言えなかった。
ショックで呆然とする私に、お姉ちゃんは物凄く動揺したみたいだった。
『ごめんねっ…すずは私のことすごく心配してくれてるのに…ひどいこと言っちゃって、本当にごめんなさい』
『でも………』
『いいの!すずは全っ然悪くないんだから!悪いのは全部私なの、だから…ね?すず…元気出して』
私も悪いの…と言いかけた私を制し、お姉ちゃんは早口でそう言うと、にっこり笑った。
『これにて喧嘩はおしまい』の笑顔だ。
その証拠に、それ以降はいつも通りの朝の時間が流れていったのだけど…
でもね。
『全部私が悪い』は…言いすぎじゃないかなぁ。
でも…そうなの。
お姉ちゃんはいっつもそう。
喧嘩しても、先に折れるのはいっつもお姉ちゃんだし。
たまにそんな風に怒っても、『私が悪いのにごめんね』って。
行ってきまーす!と手を振って家を飛び出していく、お姉ちゃんの背中を思いだす。
『今日はテスト勉強するために早く学校に行く』んだって言ってた。
…お姉ちゃんはずるい。
いっつもそうなのだ。
お姉ちゃんはいっつも、そんな風に去って行ってしまうのだ。
私のことも、やり場のない私の気持ちも…ぜーんぶ置いてけぼりにして。
………あーあ、憂鬱。
気が付くと、おっさんの話はいつの間にか終わっており、質疑応答の時間となっていた。
眼鏡をかけた高等部生が、ガチガチに緊張しながら、何か熱心に質問している。
内容は…勿論、他の生徒達には理解不能だ。
『質問、ありませーん』と言えば、それで講演会はお開きになるというのに…
いるんだよなぁ…どんな世界にも、オタクって。
「先生の最近の著書の中に、異国の『精霊』と『シャーマン』の関係を、我が国古来の伝承である『式神』と『陰陽師』の関係になぞらえた箇所がありますが…」
………『精霊』?
後の質問はしどろもどろでよくわからなかったが、妙にその言葉がひっかかった。
おっさんは楽しそうに、彼の質問に答え始める。
「この国の人々は古来より、自然に対し強い信仰心を持っていたため、精霊という超自然的な物の存在を受容するのに、とても有効な土壌があったと考えられます。これは今調査中なのですが…異国から渡ってきた人々の中に『精霊使い』を称する者がいて、一部の民に崇められていたらしい。その人物は異国で非常に有名な錬金術師の弟子であったとされ…」
『精霊使い』………
脳裏に、サラマンドラの顔が浮かんだ。
「勿論、これは書物の上の伝承に関するお話です。精霊が本当にいるのか、それともいないのか…ということは、残念ながら私の専門外ですが」
どっと生徒達に笑いが起こる。
いや………おっさん。
いるんだよ。
その…精霊がさ。
講演会が終わり。
友達と、だるかったねー眠かったねーと話していると、背後から声がした。
「不知火」
ぎくっとして…振り返る。
「…水月」
今日は…やっぱり厄日だ。
不思議そうな顔で私を見て、まあいいや…とつぶやき、水月は耳元でこそっと言う。
「放課後…ちょっとつきあえ」
…何だと?
昨日の今日で…一体私に何の用があるというのか。
「………ゆすり?」
「…そんなんじゃねえよ」
「じゃあ…何よ」
彼は、んー…と唸って頭を掻き、まあ後でな…と手を振って去って行った。
呆然と見送る私の肩に…
友達が数人、一斉にタックルを仕掛けてくる。
「ちょっと!!!すず!?」
「今の、あれ何!?」
きらきらした目の彼女達は…絶対に勘違いをしている。
「水月くんとあんたって…仲良かったっけ!?」
「知らなかったわよぉ私達!」
「もしかしてあんた、水月くんと…???」
周囲できゃあきゃあ歓声が上がる。
「ねえねえ、どっちから!?あんたって、ゲームばっかやってんのかと思ったら、実はやることやってんじゃない!」
「ちょっと…見直しちゃった」
「あああーーーもう!うるさいなぁ!!!」
ダン!と床を踏み鳴らし、女子軍団の歓声を制止する。
「そんなんじゃない!断固として!ゲームの神様に誓って!私は水月とは何っでもありません!以上!」
きょとんとした目をする彼女達を無視して、踵を返して教室へと戻る。
…ったく、何が『水月くんと…???』よ。
本当の本当に…今日は、厄日だわ。
「何の用?」
不機嫌な声で言う私を、水月は真剣な顔で見た。
「………何よ」
彼は何か躊躇うように、視線を地面に落とす。
………何よ、この間は。
まさか………本当に告白!?
………なんて。
ドキドキしながら、もう一度尋ねる。
「ちょっと、何なのよ一体!?」
「………あのさ」
「だぁーもう!!!言いたいことあるならさっさと言いなさいよ!」
「…わかった。じゃあ言う」
意を決した様子で、じっと私を見つめる。
「精霊の話なんだけど…」
「……………」
史上最強にびっくりして…
心臓が…口から飛び出すかと思った。
「せ………精…霊…???」
「知らないとは言わせないぞ。お前のパートナー…サラマンドラって精霊なんだろ?」
「さ…サラ………な…なんだろ?私…そんなもん………」
「お前昨日、俺に『ゲーム』って言ったな!?あれ…サラマンドラって精霊と一緒に戦ってるゲームのことだろ?」
………なんで?
なんで水月が…そんなこと…知ってんの?
「どうなんだ?不知火」
「……………言えない」
サラマンドラがあんなに『他人に話すな』って言ってたんだもの。
今の私に出来るのは…貝のように口を閉ざすことだけだ。
俯いて黙り込む私をじっと見て、水月は…私の『聖地』でありゲームの陣地である…あの街の名を口にした。
「今夜…あの街には行くな」
「…何?今夜って」
「とにかく行くな!お前が思ってるような遊びじゃないんだ、あのゲームは…」
その時。
はっとした顔で…水月が怒鳴った。
「不知火先輩!危ない!!!」
その時、私の目の前で起こった出来事…
全てが、スローモーションみたいに見えた。
高3の補習はお昼休みだったらしい。
向こうの渡り廊下を、とぼとぼ歩いているお姉ちゃん。
それに一直線に向かう…一本の弓道の矢。
弓道部で練習をしていた誰かが、間違って射たものらしい。
お姉ちゃんは水月の言葉に立ち止り、振り返る。
そして。
矢はその鼻先をかすめて…傍の柱に突き刺さった。
突然の災難に気を失ってしまったお姉ちゃんに付き添って、保健室へ。
水月も心配そうな顔をして、私と一緒に来てくれた。
目を覚ましたお姉ちゃんは真っ青な顔で、額に手を当てる。
「お姉ちゃん………大丈夫?私、わかる?」
頷くお姉ちゃんにほっとして…涙が出てきた。
水月が気遣うように、私の肩に手を置いてくれる。
やっぱりこいつ…良い奴だな、と思った。
「…仁くん」
お姉ちゃんは、水月のことを下の名前で呼ぶ。
水月の亡くなったお姉ちゃんと、うちのお姉ちゃんは大親友だったのだ。
家に遊びに行ったりして、水月のこともかなり前から知っていたらしい。
そういえば…
あの『ひかりちゃん』っていう人、うちにも何回か遊びに来ていた。
ショートカットで日焼けしていて、男の子みたいな人だなぁと思った。
大きな声でよく笑って…面白い人だったな。
死んじゃったなんて…何だか信じられない。
熱もあるし、もう少し休みなさいという保健室の先生の言葉に、お姉ちゃんは首を振る。
「…大丈夫です。5時間目テストなんで…行かないと」
「お姉ちゃん!!!」
今朝の喧嘩のことなど頭から吹っ飛んでしまって…思わず怒鳴る。
「そんなもんどうでもいいじゃない!お姉ちゃん顔真っ青だよ!?」
「………本当?」
「休んでなきゃ駄目だよ!テストだテストだって………馬鹿じゃないの!?」
「そうですよ…先輩」
水月も援護に回ってくれる。
お姉ちゃんは不思議そうな顔をして、私達を交互に見た。
「私…そんなに顔色悪い?」
同時に頷いた私達を見て…お姉ちゃんはふっと表情を緩ませる。
「お姉ちゃん、ショックで頭どうかしちゃったんじゃないの!?」
にこにこしているお姉ちゃんに、ぞっと背筋が寒くなる。
「大丈夫。さっきね…ちょっと怖い夢見ちゃって。だから…多分、顔色悪いのはそのせいだと思う」
「確かに…何かちょっと、うなされてるみたいだったけどさ…」
「でしょ?だから…大丈夫」
大丈夫なわけないと思うんだけど………
今、朝みたいに『関係ない』って言われたら多分…泣いちゃうと思うから…
私は黙って頷いて、お姉ちゃんのしたいようにさせてあげた。
「はぁ………」
良い子過ぎるんだよ…お姉ちゃんは。
だから今朝みたいに…時々急に爆発しちゃうんだから。
お姉ちゃんと保健室の先生が出て行ったのを見計らって、水月が不意に口を開く。
「不知火………さっきの矢…見てたか?」
「…しっかり見てたわよ」
「あの矢………変な曲がり方、しなかったか?」
………あんたは…さっきから一体何なのよ。
「急に強い風が吹いたろ?それで…不知火先輩を避けるみたいに、矢がちょっと…曲がったみたいに見えたんだけど」
「水月さぁ…さっきから精霊だゲームだ変な曲がり方だって…ノイローゼなんじゃないの?野球のやり過ぎだって、多分」
お姉ちゃんのことがあって…憂鬱な気持ちで胸がいっぱいだった。
ゲームの話なんて、してる余裕がない。
私は水月を残して立ち上がると、保健室を後にした。
「水月って…昨日のシューティングゲームのガキか」
「そう…あんた、知らない?」
リビングでサラマンドラに、今日の話を打ち明ける。
彼は首を振って、うーむ、と腕組みをする。
「そこまで知ってるってことは…だ。そいつもゲームのプレイヤーなのか…もしかして、シルフィードのパートナーはその水月って奴なんじゃないのか?」
首を振る。
「あの人、パートナーのこと『睦月』って言ってたでしょ?水月の名前は『仁』だし…」
『風が吹いた』とかなんとか…
「シルフィードの力使ったんなら、そんな事わざわざ自分で言うかなぁ?」
「……………さあ、なぁ」
…役に立たない奴。
その時。
ただいまーという間延びした声が、玄関に響いた。
サラマンドラがぎくっとした顔で、私を見る。
「いけね…俺、部屋戻ってるわ」
「え?ちょっと…」
………今、二人にしないでよ。
お姉ちゃんは、話があると言って、私の隣に腰掛けた。
『サラマンドラ…?』
声をかけてみるが…返事はない。
『ちょっと…姿消せるんだから、傍にいてくれたっていいじゃないの、バカ!!!』
何か言いたげに黙っているお姉ちゃんに…思い切って、聞き返す。
「あのさ…何か言いたいことあるなら、言えば?」
えっと…と、お姉ちゃんも気まずそうな顔で口を開く。
「さっきは…ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。最初に気づいたのは水月だもん」
「仁くんと…仲、良いのね」
…またかよ。
クラスメイトといい、お姉ちゃんといい…何でそんな風に思うんだろう?
「勘違いしないでよ!あの時、たまたま一緒にいただけ。別に何でもないんだからね」
「…そっか」
「で………用事はそんだけ?」
あ…とつぶやいて、お姉ちゃんはちょっと困った顔をした。
そして、ごそごそとコートのポケットから、携帯電話を取り出す。
見た瞬間………
さっきまでの憂鬱は、一気に吹っ飛んでしまった。
「馬鹿じゃないの!?」
「………やっぱ…そうだよね」
その話というのが…ひどい話で。
最近お姉ちゃんには、見知らぬ男からメールが来るらしい。
『風邪の調子はどう?あんまり無理しないでね。お大事に♪』
『学校終わった頃かな?お疲れ様』
などなど………
鳥肌が立ってしまう。
「もしかして…あのプレゼントも!?」
私の勢いに押されて首をすくめ、小さく頷くお姉ちゃん。
「もう…信じらんない!」
もしかして…昨日電話で話してたのもその男なんじゃ。
そんなストーカー男なんかに、ほいほい乗ってあげるなんて…
お人よしとか…そういう範疇を越えている。
「そんなの完っ全にストーカーじゃないの、常識的に考えて!!!相手してやるなんて、お姉ちゃん人が良いにも程があるわよ!?そういう輩はねぇ、こっちがリアクションしてくるのを楽しんでるんだから!女子高生にちょっかい出すなんて、変態よ変態!」
気持ち悪いは腹は立つはで…躊躇する間もなく、口からぽんぽん言葉が出てくる。
怒りに震える私に、でも…と気まずそうに笑って。
お姉ちゃんはしどろもどろに、その男の弁護を始めた。
「その…帰りに後つけられるとか…帰ってきたら『お帰り』ってメールが来るとか…さ。無言電話とか…そういうんじゃないし…なんて言うか………普通のストーカーとは違う気がするんだ…けど」
………呆れた。
「馬鹿じゃないの?」
声が裏返ってしまう。
あろうことか…お姉ちゃんはその男に、情が沸いてしまっているらしい。
頭良いくせに…何でそんなこともわかんないんだろう。
「最初はみんなそんなもんだってば。だんだんエスカレートしてくるもんなの!本当にお姉ちゃんはお人よしなんだから…」
お姉ちゃんをびしっと指差し、私はきっぱりと言い放った。
「もう絶っ対に、その男と連絡取っちゃだめだからね!」
「あーーーもう!本当に信じられない!」
我が姉ながら…本当に嘆かわしい。
お姉ちゃんって、昔っからそう。
たとえ1円拾っても、交番に届けないと気が済まない子供だった。
よろよろ歩くおばあちゃんの荷物を持って、遠くのおうちまで一緒に行ってあげるとか。
突然の雨で困っている小さな子供に傘を貸して、ずぶぬれになっちゃって風邪をひくとか。
でも………
そういうのなら、まだいい。
道を教えて、という変なおじさんに、うっかりついて行きそうになったり。
悪いお姉ちゃんにお金貸して、と言われて貸しちゃったり(要はカツアゲ)。
パパがお姉ちゃんを、一生懸命教会に連れて行ったのが、まずかったんだと私は思う。
真面目なお姉ちゃんは、『汝隣人を愛せよ』を本気で実行するようになってしまったのだ。
さすがにやりすぎだ…と気づいたらしく、最近ではそういう所も影を潜めて来たのだが。
「ちょっと、サラマンドラいるんでしょ!?姿見せなさいよ!!!」
サラマンドラは、初めて会ったときのように、ベッドの上にあぐらをかいて座っていた。
「お前…何怒ってんだよ?」
…これが怒らずにいられるだろうか。
「あんたさぁ…さっき、何で逃げたのよ!?」
ああ…と気まずそうに笑うサラマンドラ。
「悪い………ちょっとな」
「ちょっとな、じゃないでしょ!?姿消して傍にいてくれたらよかったのに」
「あっ………そっか、そうだよな!?」
………ばーか。
それが…と頭を掻いて、彼は困ったように私を見た。
「俺………何故か………お前の姉ちゃんて苦手でさ」
「………本当!?」
きたこれ。
同志発見!?
嬉しくなって…巣食っていた不機嫌の虫が、一瞬で吹っ飛んだ。
「でしょでしょ!?やっぱそうだよねぇ。なんてゆーかさぁ、良い子で完全無欠の優等生なんて、今時流行んないわよね!?」
「そういう…もん…なのかな」
「そうそう!でさ、唯一の欠点が『人が良過ぎる所』なんて…そりゃ、あんたもどっちかっていうと私寄りのいい加減な性格してるもん、息苦しくもなると思うな!」
「………そういうのとは」
躊躇いがちに…つぶやく。
「ちょーっと…違う気はするんだけどな」
「…じゃあ、どういう意味よ?」
「いや………ごめん!やっぱよく分かんねえ」
………もう。
ふと、さっきビリビリに破いて捨てた、小さな付箋紙が目に留まる。
その『ストーカー男』が最初に接近してきたのは、近所の図書館だったという。
勉強道具を広げて居眠りしていたお姉ちゃんのノートに、その付箋紙は貼ってあったそうだ。
書いてあったのは、携帯の電話番号とメールアドレスらしきもの。
そして…
『携帯にはロックかけなさい』って、私…お姉ちゃんにさんざん言ってたのに。
言いつけを守らなかったお姉ちゃんは、電話番号とメアドを知られてしまったらしい。
そんなの、誰か気づいて声掛けろよ。本当に現代人は他人に無頓着で…
ていうかお姉ちゃんも、そんなことされてんのに、何で目覚まさなかったんだろう。
まったく…そんなおっちょこちょいだなんて、知らなかったわ。
また不機嫌の虫が暴れだして…ふう、と大きくため息をつく。
………そうだ。
「サラマンドラ」
「…何だ?」
「お願いがあるんだけど」
付箋紙をパズルみたいにつなぎ合わせ、電話番号を完成させる。
「もし、怖い展開になったらさ…『文の父ですが』って電話代わって」
「………何だそりゃ」
「いいから…お願いね!」
ドキドキしながら、携帯電話を握る。
5コール目くらいで………相手は出た。
『もしもし?』
…若い男の声。
『もしもし…どちら様ですか?』
………お前の方こそ、どちら様だ。
若い身空で、こんな陰湿なことして…うちの馬鹿正直なお姉ちゃん困らせて。
すうっと息を吸い込んで、ワントーン高い声色で…怒鳴った。
「もしもし!?ワタクシ、不知火文の母ですけれども」
男は…黙った。
「あのですねえ、うちの娘は育ちが良くて、それに純粋なものですから、あなたのような方にこのような形で言い寄られて、本当に困ってるんです!ですから金輪際!文には関わらないで頂けません!?でなければ…今度うちの娘にちょっかい出したら、警察に訴えますからね!よろしいですね!?」
男は………
電話の向こうで、何やらクスクス笑っている。
…やっぱ、バレたか。
となれば、仕方あるまい。
「ちょっと!ふざけんじゃないわよ!私本気よ!?本気で警察に言うからね!!!」
『………お母さんの真似は、もう止めたの?』
どきっ。
『君…すずちゃんだろ』
…私の名前。
携帯を持つ手が…ガタガタ震える。
「………何でそんな事…知ってるのよ?」
『何でって言われると困るけど…知ってるよ。文ちゃんの妹さんだろ?』
………なにそれこわい。
これは…本気でママに相談かも。
「あんた…誰よ?」
『知りたい?』
「…あ…当たり前でしょ?」
じゃあ、と笑って、男は………
あの街の名を口にした。
今日水月が言っていた…あの街。
『そこへおいで。今日の深夜12時…俺、待ってるから』
「…そんなの無理よ。そんな時間じゃバスは止まってるし」
『来れるでしょ?サラマンドラと一緒ならさ』
…はっとする。
サラマンドラ…って………言ったの?こいつ。
サラマンドラが、怖い顔で私を見ている。
『サラマンドラと一緒においで。ゲームをしよう…俺も精霊と一緒に待つよ』
「おいっ」
サラマンドラが握力を失った私の手から、携帯電話をひったくる。
「てめえ何者だ!?誰のパートナーだ!?ウンディーネか、ノームか、それとも…」
『シルフィードだよ』
「…何だと!?」
『じゃ…先に名乗っておこうかな』
明るい声で…男は言った。
『俺は風群睦月。シルフィードと一緒に…待ってるからね』
街は、まだ電車も動いているというのに…人気がなく、異様に静かだった。
暗い大通りで、電化製品店のネオンだけが、賑やかな明かりを放っている。
『今夜、あの街には行くな』
水月の言葉が、頭の中にこだまする。
『ゲームは、お前が思っているような遊びじゃない』
…分かってるわよ、そんなこと。
でも………
これじゃ、お姉ちゃん人質に取られたようなもんじゃない。
どうして、行かないことなんて出来るの?
「すず…」
サラマンドラが低い声で私を呼ぶ。
前方に目を凝らすと、車一台通らない大通りに…男は静かに立っていた。
黒いフード付きのスウェットに、黒い細身のジーンズ。
身長は180センチくらいだろうか、学校でよく見る高等部の先輩達より一回りデカイ。
顔はフードにすっぽり覆われ、それに辺りは暗いので、口元くらいしか確認出来ない。
男の隣には…昨日会った、風の精霊シルフィード。
「早かったね…約束の時間にはまだ、10分もある」
「その…10分の間に…聞かせてくれない?」
じっと男の姿を見据えて息を吸い込み、怒鳴る。
「あんた!何でうちのお姉ちゃんに付きまとうのよ!?」
男は…何も答えない。
「ゲームにお姉ちゃんは関係ないでしょ!?あの人を人質にとって、優位に立ったつもりかもしんないけど、そうはいかないんだからね!!!」
「…そっか」
にやりと笑う…睦月という男。
「話はそれだけ?」
「…それだけ?じゃないわよ!あんたも質問に」
答えなさい!…と言おうとした瞬間。
突然起こった強風に煽られて、地面にたたきつけられる。
「きゃっ!」
ドン!という音と振動と…痛みが全身を走った。
「すず!?」
サラマンドラが私を抱き起こし、男を睨む。
しかし…睦月と名乗った男に、動じる様子は微塵もない。
「じゃ…早いけど、始めよっか」
彼が何気ない様子でつぶやいた言葉と同時に、シルフィードの体が白い眩い光を放つ。
そして………
幾つにも分裂して、私達の周囲を取り囲んだ。
「………分身の術!?」
…何なのこいつ!?
怯む私をじっと見据え、シルフィード達は静かに右手を空中にかざす。
と…カッターのように鋭い風が、いくつもいくつも飛んできた。
「きゃあ!サラマンドラ!?」
尻餅をついた私の傍らに、こないだと同じ形の銃が現れる。
すかさず銃に飛びついた私の腕を、サラマンドラがぐいっと引っ張った。
「こっちだ!」
体が一気に空高く浮き上がり…耳が少し、ツンとなる。
シルフィード達の追撃をかわしながら、少し離れた所へ着地。
「いくぞすず!」
サラマンドラの…余裕のない、怖い顔。
これは…こないだとは違う。
こいつ…やっぱり強敵なんだ。
見ると、着てきたパーカーとジーンズが、所々破れていた。
直撃受けてなくて…これか。
ぞくっと背筋が寒くなる。
「…すず!?」
「う………うん」
「大丈夫…負けやしねーよ!俺を信じろ!!!」
「うん!」
サラマンドラが何か呪文を唱える。
手のひらから現れた幾つもの炎の塊が、シルフィードの分身達を次々に燃やしていく。
でも…
ふうっと彼女が吹いた息に、炎はすっ…とかき消されてしまった。
「なかなか…面倒だな」
サラマンドラの額を一すじの汗が流れる。
と。
ごおっという音と一緒に、鋭い風が私の体を切りつけた。
「いっ………!」
咄嗟に顔を覆った腕を…血が流れる。
「すず!応戦しろ!」
呆然と…流れる血を見つめる。
ドクドク流れる血。
焼けるような痛み…
ママの手伝いをしていた時、包丁で指を切ってしまったことがある。
あの時は、びっくりする気持ちの方が痛みより大きくて…
そんなに痛いと思わなかったけど。
ずきんずきんと、心臓の鼓動に合わせて痛みが襲う。
………刃物で切ると、こんなに痛いんだ………
さぁっと全身から血の気がひく。
これは…やっぱりただのゲームじゃない。
これはゲームであって………現実なんだ。
ちっ…と舌打ちしたサラマンドラがまた何か唱え、地面から沢山の火柱が上がる。
怯んだ様子でシルフィード達は…一瞬、動きを止めた。
「すず!?」
返事をしようにも…言葉が出てこない。
ガタガタ体が震えている。
私………このままじゃ…殺されちゃう。
私じゃとても、勝てっこない………
怖い。
シルフィードの攻撃をかわし、懸命に応戦するサラマンドラが…また、怒鳴る。
「すず!!!」
こわい。
どうしよう。
たすけて。
「………助けて!お姉ちゃん!!!」
ぎゅっと目を瞑って…銃をめちゃくちゃにぶっ放す。
激しい風に吹っ飛ばされそうになりながら。
「いやぁぁぁ!!!」
私はいつの間にか、叫びながら………泣いていた。
すず、落ち着け!と言うサラマンドラの声が遠くに聞こえるが…
落ち着けるわけないじゃない。
銃から放たれた炎は…相変わらず………一発も当たらない。
絶望する気持ちを奮い立たせようと必死で…また、叫ぶ。
「お願い!!!お願い当たって!!!」
周囲の景色は、火柱の熱で蜃気楼のようにゆらゆら揺れている。
それが、ふっ、と突然吹いた突風でかき消され…
私の体は、大きく吹き飛ばされた。
ビルの壁に叩きつけられて、目から火が出るみたいな気がする。
「うっ………」
…痛い。
幸い、銃は私の右手にしっかり握られていた。
もう一度、銃を構えようと思うけど…
体ががたがた震えて…出来ない。
目の前には、笑顔で迫り来るシルフィードの分身達。
「いや…来ないでっ!」
また目をぎゅっと瞑って、銃を手当たり次第にぶっ放す。
「きゃああああ!!!!!」
…たすけて。
たすけて…だれか。
その時だ。
背後から…声がした。
「不知火!!!」