12月20日
今日は日曜日だというのに、朝から凍りつくくらい、寒い。
パソコンから目を離して、びゅうびゅう冷たい風の吹く窓の外を眺める。
「やだなぁ、出かけるの…」
「なーに悠長なこと言ってんだよ、時は一刻を争うんだぞ!?」
背後では、仁王立ちしたサラマンドラが、怖い顔で私を睨みつけている。
めんどくさいなぁ…とつぶやいて、私はそちらに目を向けた。
「一刻を争うってさぁ…昨日の感じだと、あんた一人で余裕だったじゃない。なんで私もやらなきゃならないの?」
自分で言うのもなんだけど、私は立派なゆとり世代。
あの戦闘でほとんど役に立てなかったことに…実は結構傷ついていたのだ。
また、あんな風に恥かくのは…出来たら御免蒙りたい。
不愉快そうに眉をしかめ、サラマンドラはベッドに腰掛ける。
「このゲームは…パートナーがいなきゃ出来ねえんだ」
「パートナー?」
「プレイヤーの人間と、相性のいい精霊。二人一組でかからなきゃ絶対にゲームには勝てねぇ。そういう風に決まっちゃってんだからしょうがねえだろ?」
二人一組…ねえ。
「こないだのはただの、精霊の使い魔だ。プレイヤーの人間と精霊が現れたら、正直ちょっとやばかったと思うんだよな。だから…」
「ねえ、ちょっと待ってよ」
プレイヤーの『人間』。
それに…『精霊』?
「このゲームには、他にも参加してる人間がいるってこと?」
「ああ…そうだけど」
敵は…人外とかじゃなくて…人間なの?
「お前みたいに最近参加した奴の場合は、まだ精霊や力の使い方がよくわかんねーから、まぁ大したこたねえと思うんだけどな…精霊との付き合いが長い奴だったりすると、精霊の力を自分で使えちゃったりする…攻め込まれたら、手ごわいぜ」
精霊の力を…自分で。
「それ…魔法が使えるようになるってこと?」
思わず目を輝かせた私を、呆れた様子でサラマンドラが見る。
「けど…お前にゃ無理だぜ、まだまだ日が浅過ぎだ」
「ええーーー???つまんないっ」
「だからせめて銃の扱い方を覚えろ!そのうち自然と使えるようになるもんだからな」
「………わかったわよ。で…その敵っつーのは何人いるわけ?」
「敵が何人っつーか…精霊は俺を含めて4体だ。だから他にあと3人…」
「3人もいるの!?で………負けたら?」
「………さあ、なぁ」
さあ、なぁ…って。
なんて無責任な。
「俺達に関しては、負けたら消滅しちまうらしいから…その後プレイヤーがどうなるかは正直わかんねぇ」
………ぞくっ。
「…やめる」
「………はぁ!?」
「やめる!降りる!こんな恐ろしいゲームこれ以上続けられない!!!」
「ああもう…困った奴だなぁお前は…一回やるっつったら続けなきゃなんねーんだよ!」
「そんなこと知らないわよ!本当にあんたって人はそんな大事なこと、何で先に言わないのよ!?」
「おめえが聞かなかったんじゃねーか!!!」
はぁ。
ため息をついて机にうずくまる。
「どうしよう…まだぴちぴちで萌え盛りのJCだっていうのに…こんな所で死んじゃうかもしれないなんて………」
「おい………JCって何だ?」
その時。
ノックの音に、思わず飛び上がる。
「サラマンドラ隠れてっ」
おう、とつぶやいて、彼の姿がすうっと消えた。
入るわよー、というママの声。
せっかくのお休みだというのに、ママは浮かない表情。
「すずちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど…」
「何?」
「休日診療やってる病院…パソコンで調べてくれないかな?」
反射的に、えー!?という声が口をついて出てしまった。
「そんなの…下のパソコン使えば、ママでもお姉ちゃんでも出来るでしょー?」
それがねえ、とママは不安げなため息をつく。
「お姉ちゃんが急にお熱出しちゃって、病院連れて行こうと思ってるのよ。で、ママは今から支度しなきゃいけないから…」
この通り!お願い!と拝まれて、しぶしぶgoogle先生にお願いする。
プリントアウトして、はいどうぞ!と手渡す。
「ありがとー!さっすがすずちゃん!速いわねぇ…準備しに下に戻る暇もなかったわ」
…褒め過ぎたってーの。
「お姉ちゃん…熱何度くらいあるの?」
「さっき測ってみたら、38度とかって言ってたけど…」
げ。
「それ…インフルエンザじゃないの?」
「うーん分からないけど…そうじゃないといいわねぇ」
そうつぶやいて、ママはまた階段を降りて行った。
ふっ、とサラマンドラの姿がまた現れる。
「おい…何だ?インフルエンザって」
「んー…すっごくタチの悪い、風邪のお化けみたいなもん」
こいつ、『鈴』とか『風邪』とか比較的普通の言葉は分かるけど、『インフルエンザ』みたいな少し専門的な感じの言葉はあまり知らないらしい。
でも、インフルエンザだったら、しばらく学校休まなきゃならないだろうし…
受験生にはかなり…酷かも。
サラマンドラを部屋に待たせてダイニングへ降りると、お姉ちゃんは携帯を握り締めたまま、ぐったりソファーに横になっていた。
「お姉ちゃん、大丈夫ー?」
「うん………ありがと」
お姉ちゃんはふらりと立ち上がり、支度を済ませたママに促され、亡霊のように足を引きずりながら玄関へと歩いていく。
………大丈夫かなぁ。
玄関に向かおうとしたママが、くるりと振り向いて手招きをする。
「今度は何?」
「あのね…お願い。ちょっとデパート行って、文の誕生日ケーキ予約してきてくれない?」
「…ええー?何それ面倒くさい」
「そんなこと言わないでよ…すずの好きなやつにしていいし…」
「…えーだってぇ…」
「そうだ!お小遣いあげるから…ねぇお願い!」
本日二回目の『この通り!』をやられて、しぶしぶ承諾。
部屋に戻って、部屋からサラマンドラを追い出して着替えをし、うちを出る。
『おお、やっとやる気になったみたいだな!』
耳元にサラマンドラの声が響く。
声をするほうを見てみるが…彼の姿は見えない。
「やる気が出たわけじゃないわよ…お遣い頼まれちゃったから…せっかくだから、シューティングゲームもちょっとやってく。そんだけよ」
冷たい風の中、てくてく歩きながら答える。
『お遣い?』
「そ。うちのお姉ちゃんね、もうすぐ誕生日なの。だから、誕生日ケーキ予約して来なきゃいけないのよ」
多分、お姉ちゃんが元気だったら、ママが行く予定だったのだと思う。
お姉ちゃんてば…具合悪いんだったら、教会なんか行かなきゃいいのに。
早起きして日曜礼拝なんて、自発的には絶対行かない私は…不思議で仕方ない。
なんたって、ママだって行ってないんだし。
そういえば、パパが生きてた頃、パパが日曜お休みの日は…一緒に行ったな。
それで、教会の近くの喫茶店に行って、イチゴミルクとか飲んだりした。
『へぇ…そりゃ楽しそうだな』
ぎくっとして、思わず怒鳴る。
「ちょっと、勝手に人の心読まないでくんない!?ていうかそんなことも出来んの!?」
『そ…だから、お前はわざわざ声に出して言わなくてもいいんだぜ?見てみろよ』
はたと気づいて周囲を見ると。
バス停に立っている人は皆、不思議そうに私を見ていた。
かぁっと顔が熱くなって、俯く。
………サラマンドラの馬鹿。
バスの窓から見る景色は、クリスマスムード一色だ。
そっか…クリスマスかぁ。
ママも、クリスマスくらいは教会へ行こうと私を誘う。
ミサに参加して、帰りにケーキを取りに行く。クリスマスケーキじゃなくて、お姉ちゃんの誕生日ケーキ。うちのお姉ちゃんはクリスマスが誕生日なのだ。
うちではクリスマスとお姉ちゃんの誕生日を一緒にやってしまうので、イブは何もせず、25日にまとめてお祝いする。
誕生日くらいは…と、お姉ちゃんを座らせておいて、ママと二人でご馳走を作る。
それで、シャンメリーで乾杯をして、ケーキを食べて、プレゼントを交換するのだ。
そうだ…プレゼント。
「サラマンドラ…いる?」
『ああ。何だ?…だから、声出さなくていいぞ?』
『そ…そっか。あのね…お姉ちゃんのプレゼント買うの、付き合ってくれない?』
クリスマスも迫り、街はカップルだらけだった。
いちゃいちゃと手を絡ませて歩いているカップルは、もう相手しか見えてないみたいで、にこにこ笑いあいながら道をぶらぶら歩いている。
この辺のカップル…ぜーんぶ箒で掃いてまとめて、ゴミ箱に捨ててやりたい。
『お前…物騒だな』
サラマンドラの声が聞こえ…ぐっと拳を握る。
『ちょっと…だから、呼ぶ時以外は心読むなって言ったでしょ!?』
『あーもう…わかったから、早くお遣いとやらを済ませろよ』
我が家は女だけなので、甘い物を選ぶときは責任重大だ。
その上、この時期は数え切れないくらいのデコレーションケーキが、デパ地下を埋め尽くすので、選ぶのも大仕事である。
どうしよっかなぁ。
人ごみを掻き分けながら進むと、目の前にチョコレートショップのブースが見えた。
そうだ、あれにしよう。
お姉ちゃんが…もとい…KEIとかいうアイドルが好きなお店だ。
お姉ちゃんに高級チョコの味が分かるのかは分からないが、誕生日なんだし、あのショップのケーキにしたら、きっと喜ぶに違いない。
私の好きなやつでいい…と言われたので、ホワイトチョコとイチゴのケーキにした。
高いだけあって、デコレーションも凝っていてかわいい。
楽しみだなぁクリスマス。
そして、次の大仕事。
「お姉ちゃんのプレゼントかぁ…何にしよう?」
そんなに貯金があるわけじゃないし…あんまり高価なものは無理だ。
それに、はっきり言って女子高生の欲しがりそうな物なんて、全然イメージできない。
『お前の欲しい物にしたらいいんじゃねーの?』
悩んでデパートをうろうろする私を見かねたらしく、サラマンドラが口を出してくる。
『私の欲しいものなんか…お姉ちゃんが欲しがるわけないじゃない?』
私とお姉ちゃんじゃ、性格も好みも全然違うんだから。
しかも、お姉ちゃんは完全無欠の優等生と来ている。
お化粧だってしないし、アクセサリーもほとんどしないし。
かといって時計とかは高いし…
うーーーん………
その時ふと、お姉ちゃんが今朝、携帯電話を握り締めていたことを思い出した。
唯一女子高生らしいところといえば、携帯中毒な所くらいか。
と言っても、決まった友達とメールのやり取りをしてたり、友達が作ったブログやプロフを、小まめにチェックしてたりするくらいだけど。
携帯不携帯でも大して支障のない私と比べたら、遥かに毎月の携帯代は高い。
孤高の優等生かと思いきや、お姉ちゃんは割と、人と交流することが好きなのだ。
携帯ストラップにしよう。
それだったら…
ずっと欲しかったストラップ、お姉ちゃんとお揃いで買っちゃおう。
それは、細かい電子部品を組み合わせてロボットの形にしたストラップだ。
一目ぼれした私だったが、何も考えずに買うにはちと高い。
ちっちゃくてかわいいから、お姉ちゃんも多分気に入るだろう。
そう思ったらなんだかすごく、ほくほく嬉しくなってくる。
私は小さな石のついたロボットのストラップを、色違いで二つ購入した。
『さて、いよいよ本題だな!』
勢い込んで言うサラマンドラに…思わずため息をつく。
正直久々に人ごみに揉まれて…大分疲れていた。
『…やんなきゃ駄目?』
『当たり前だ!!!俺が何の為についてきたと思ってんだよ!?』
『…でもあんた…シューティングゲームのやり方なんて分かるの?』
う………と言葉に詰まる。
仕方が無いので、カップルで埋まる細い道をすり抜け、ゲームセンターに向かう。
シューティングゲームの前には人だかりが出来ていた。
人山を掻き分けて見てみると、今風のお兄ちゃんが、銃でバンバン敵を倒している。
ライフを一個も減らすことなく、ステージをクリアするとギャラリーからため息が漏れる。
私も思わずため息をついた。
…駄目だ、ここじゃ。
恥かくの、目に見えてるもんなぁ。
しかも、カップルばっかりのゲーセンで、女の子が一人でシューティングゲームなんて…
痛過ぎる。
店を出ると、またサラマンドラの怒鳴り声が頭に響く。
『おい!何やってんだよ!?特訓するんだろ!?』
『………そんなの無理だよぉ。見たでしょ?あの超プロってる兄ちゃん』
『だったら、あいつに教えてもらえばいいじゃねえか』
「あんた何馬鹿言ってんの!?そんなこと出来る訳ないでしょ常識的に考えて!」
思わず怒鳴って…ふと気づく。
「不知火…何してんだ?」
目の前で不思議そうな顔をしていた少年は…野球部の水月だった。
「あ………」
思わず赤面してしまう。
「誰としゃべってたんだ?今…」
「あ、いやその………あれぇ…私何してたんだろ!?」
誤魔化そうって誤魔化せるレベルじゃない…
変な奴って思われただろうなぁ。
でもまぁ…周囲の私の認識は『学年一のゲームオタク』なので、変な奴は元々か。
「ねぇ水月、お願い!今見たことは誰にも言わないで!」
「…はぁ?」
「だからぁ!クラスの子とかに言いふらさないでって…お願いしてるんだってば!!!」
彼はいぶかしげな顔でしばらく私を見つめていたが、いいよ、と頷いてくれた。
さすが、爽やか野球少年は話が分かる。
あ…そういえば。
「水月ってさ…シューティングゲームとかって、得意?」
「………は?」
これは彼が一生懸命やってる野球とは違うかも知れないけど…スポーツの出来る奴は何でも出来そうな気がする。
変なことを訊く奴だ…と顔に書いてある水月は、まぁな…と頭を掻く。
「別にすげぇ得意なわけじゃないけど…友達何人かでやってて、一番最後まで生き残れるくらいには、得意かな」
………きた。
「ねえ水月、もう一つお願いがあるの!」
「………何だよ?」
パン!と両手を合わせて、この通り!と頭を下げる。
「シューティングゲーム、教えて!」
水月の銃さばきは、本物のガンマンかと思うくらい、鮮やかだった。
2人プレイでやってても、私の分まで敵を倒してくれるので、あんまりライフを減らさなくて済む。よって、お金も使わなくて済む。
「水月すげー!!!」
「すげーじゃなくて、お前もちゃんと狙えよ!!!」
きゃあきゃあ言いながら3回くらいプレイしたところで、小休止。
近くのファーストフード店に入って、ポテトとコーラを注文した。
お小遣いは厳しいけど…ここは私の奢りということにする。
頬杖をついて、ポテトを口に運ぶ水月。
スポーツ万能の彼は、実は女子に結構人気がある。
差し向かいで座っていると、きっと…恋人同士に見えるんじゃないかな。
でも………まあ、そんなことはどうでもいいや。
「どうでした!?先生!!!」
面倒臭そうに、ちらりと私の顔を見る。
「…どうって………ひどいな」
………ひどい、か。
「ねえねえ!どうやったらあんたみたいになれるの!?」
どうやったらってなぁ…とコーラの氷をガシャガシャかき混ぜる。
「お前の撃つとこ見てたけど…ちゃんと敵を狙ってないだろ?」
「…狙ってるわよぉ」
「いーや狙ってない。目の前に沢山現れた時とか、『とりあえず沢山撃っときゃ当たるだろう』って風に見えたぜ?」
「………だって、一匹狙ってたら違うところから狙われちゃうじゃない!?」
「でも結局一匹も倒せなければ、そんだけダメージ受けるんだぞ」
………そっか。
「俺がちゃんと援護しててやるから、今度はちゃんと狙って撃ってみろよ。一番近くにいるやつから、落ち着いて一匹ずつ、な」
「…まだ、付き合ってくれるの!?」
目を輝かせる私に、しょうがないだろ…とため息をつく。
「観るつもりだった映画、もう始まっちゃったし」
………え!?
「ひょっとして………デート…すっぽかしちゃったってこと?」
私ってば…何てお邪魔虫なことを………
「そうじゃねえよ」
呆れたように笑って、水月はポテトを口に放り込む。
「クラスの奴らだよ。さっき電話あったんだけど、急用出来たからって断った」
「…よかったの?」
「別に映画観たいって気分でもなかったし…」
彼はそうつぶやいて、クリスマスっぽくデコレートされた街の景色に視線を移した。
若干の憂いを帯びた…どことなく醒めたまなざし。
一見ただの熱血スポーツ少年のようでありながら、水月は時々こんな風に、クールな一面を覗かせることがある。
小学生の頃、病気でお姉さんを亡くした…とかいう経験が、そうさせるのだろうか。
ミステリアスな雰囲気に、そんな母性本能をくすぐるエピソードが加わったとなれば、そりゃ女子が放っておくはずがない、といったところ。
とはいえ…ぼんやり外を眺めている水月は、まるで私がここにいることなど忘れてしまっているかのように見える。
「ねえ、水月!?」
顔の前で手を振ってみせると、彼はぎょっとした顔をして、ごめん…とつぶやく。
「ちょっと…考え事してた」
こいつ………ただの天然なのかな。
「…で」
コホン、とわざとらしく咳払いをして、水月はいたずらっぽい目で私を見る。
「お前のほうこそ、どういうことなんだ?」
「…何が?」
「だから、シューティングゲームだよ。上手くなりたい理由」
………ああ。
「普通の女子だったら、あんなもん上手くなくたって困りはしないんだろうけど…ゲーマーを名乗る不知火としてはやっぱ、出来なきゃ格好付かないってとこ?」
「格好って…誰に?」
そんなの…と笑って、水月は声を潜める。
「一緒に、シューティングゲームやりたい男がいるってことだろ?」
「あんた何言ってんの!?」
テーブルをひっくり返してやろうかと思うが…さすがに堪える。
動揺を抑えるように、ストローをくわえてつぶやく。
「…そんなんじゃないわよ」
「本当かぁ?」
「本当!もう…急に意味わかんないこと言わないでくれる!?びっくりしたじゃない」
そうか、と拍子抜けしたように目を丸くして、水月は尚も尋ねる。
「じゃあ、何なんだ?」
「………それは」
『おい、すず!』
斜め上から声がする。
『お前、そいつに気があるのか何なのか知らねーけど、無関係な奴にゲームのことぺらぺらしゃべんじゃねーぞ!』
むかっとして、声のする方向をじっと睨む。
『ちょっと、馬鹿なこと言わないでよ!誰が水月なんか…こいつはただの同級生!シューティング教えてくれたんだから良かったじゃない、何ヤキモチ妬いてんの!?』
けっ、と毒づくサラマンドラの声。
『誰がお前にヤキモチなんか妬くか。とにかく、うまく誤魔化せ』
『………分かったわよ』
あんたは気楽でいいよ…と思ったのも伝わったかも知れないけど…まあいい。
「うまく説明出来ないんだけど…」
頷く水月に…冷や汗を掻きながら説明する。
「訳あって…どうしてもシューティングゲームの腕を上げなくちゃならなくて…これは…これはね………うーん」
「…何だよ、訳って」
…しつこいなぁ。
えっと……………
そうだ。
「これは…一つの課せられたミッションなの」
「…ミッション?」
「そう。ゲームをクリアする上で、どうしても越えなくちゃならない壁っていうか…」
「…ゲーム」
こら!というサラマンドラの怒鳴り声が頭に響くが…この表現なら、ぎりぎりセーフじゃないだろうか。
「そんなゲームに、不知火は参加してるのか?」
「そう!そうなの。普通はゲームってオンラインでやるけど…あれよ、オフでカードバトルやったりとかするじゃない!?ああいうのと同じ」
「オフ…?」
「オフって言ったらオフライン、ネット上じゃなくて現実にって意味に決まってるでしょ?だから…今日は助かったわ、水月のお陰で!」
満面の笑みで…次の質問を断固拒否する。
まあいいや、と頭を掻いて、水月も笑う。
「じゃ、特訓再開と行くか…礼は上手くなってから、言ってもらわないとな」
「おっけー!よろしくお願いしますっ」
水月の言うように、上手くはいかない…と思ったものの。
最初の頃よりは、随分敵に弾が当たるようになった。
「そろそろ帰らなきゃ。本当に今日はありがとね!水月」
「ああ。俺も結構楽しかったよ」
笑ってそう言ってくれる水月は…やっぱりかなり良い奴だと思った。
ほくほくしながら帰る道中、サラマンドラはずっと黙り込んでいた。
『ねえ、サラマンドラ…あんた、本当にヤキモチ妬いてんの?』
家の前で姿を現したサラマンドラは、呆れ顔で私を見下ろしていた。
『だから…お前みたいなお子様に、何で俺がヤキモチなんか妬くんだっての!何度も言わせんじゃねえ』
『…誰がお子様ですって!?そういう言い草、女の子に対して失礼なんじゃない!?』
『…お前みたいに胸洗濯板みたいな奴は、お子様で十分だっ』
「誰が洗濯板よ!?見たことも無いくせによくもそんなこと…」
………はっ。
近所のちびっこが…きょとんとした顔で私を見ている。
とりあえず…微笑みかけてみる。
「あ…あはは………バイバーイ」
手を振って…玄関に滑り込む。
と………
新聞受けに、小さな紙袋を発見。
クリスマスっぽい赤の紙袋には…若い女の子向けのアクセサリーブランドのロゴがある。
何だ?これ…
ちょっとドキドキしながら袋を覗く。
中には、可愛くラッピングされた小箱とカードが入っていた。
カードには、『不知火文さま』の文字。
…なあんだ…ちょっとがっかり。
…じゃなくて。
思わずカードを凝視する。
不知火文さま!?
お姉ちゃんにプレゼントってこと!?
てことは…まさか………彼氏ってこと!?
一気にテンションが上がる。
よく見ると、端っこに『M』という文字。
………まさか、水月?
そういや、あいつのお姉ちゃんがうちのお姉ちゃんと仲良しだったとか何とか、聞いたことがあるような…
いやでも…彼氏が苗字のイニシャルなんか使わないか。
お姉ちゃんの雰囲気からして、年下ってのはないだろうし…
「ただいまー」
おかえり…というか細い声のするリビングへダッシュ。
こういうことはやっぱり、本人に訊くのが一番!
私が突き出した紙袋を見て、お姉ちゃんは、なぁに?と首をかしげた。
もう…とぼけちゃって。
「…なぁに?は、こっちの台詞ですぜ、お姉ちゃん」
きょとんとした目で袋を受け取り、カードを手にしたお姉ちゃんは…
とてもわかりやすく、そのままの姿勢で固まってしまった。
「何何!?どうしたのそれ!?」
ママが騒ぎを聞きつけてやって来て、黄色い声をあげる。
ねえねえ、と肩を叩いて、私は呆然としているお姉ちゃんの顔を覗き込んだ。
「彼からのプレゼント!?」
「…そんなんじゃないわよ」
「ええー!?そんなんじゃない、じゃなくない!?前にネットで見たことあるけどさぁ、結構高いでしょ、そのブランドのアクセって」
「…そうなの?」
「もう、お姉ちゃんとぼけちゃって」
自分でおねだりしたんじゃないんだろうか?
それとも、彼が自分で選んできたとか…?
ああ…何だか自分に縁遠い話すぎて、眩暈がする。
もう一度ぽん、と肩を叩いて、更にもう一押ししてみる。
「クリスマスも間近に迫ったこの時期にぃ、アクセサリープレゼントする奴なんてぇ、もうぜーったい彼氏でしょ!常識的に考えて」
「だから…違うってば」
否定するその声は低くて…何だかちょっと恐い。
そんなに怒らなくてもいいのに。
ま…いいか。お姉ちゃんも慣れないことして、きっと恥ずかしいんだ。
「ねえ、見たい見たい!早く開けてよお姉ちゃん!」
「もう、すず!そんなに急かしたら文ちゃん可哀想でしょー!?」
お母さんも嬉しそうに、にこにこ笑いながら私を制する。
こういう時の、女子の団結力は素晴らしい。
お姉ちゃんはしばし、迷惑そうに私達を見つめていたが…
やがて諦めたようで、小箱の包装を解いた。
中から出てきたのは…
「わぁ!かわいい!!!」
「トルコ石の…ブレスレット!?」
トルコ石は、12月生まれのお姉ちゃんの誕生石。
誕生日知ってるって事は…やっぱり彼氏だよね。
つまり、彼は誕生日兼クリスマスってことで、高校生の懐にはちょっと厳しいであろうこのブレスレットを、一大決心でプレゼントしたのかな!?
「お姉ちゃん、相手誰なの!?うちの学校の人?同じ学年?同じクラス?ねぇー教えてよお、たった二人だけの姉妹でしょー?」
「………内緒」
テンションがマックスに上がった私とママを残し、お姉ちゃんは部屋へと戻って行った。
「ねえ、すず?」
「…うん」
「なんだかお姉ちゃん…不機嫌そうじゃなかった?」
…言われてみれば、確かに。
でも、不機嫌になる理由なんて…私達が茶化したこと以外には考えられないし。
「恥ずかしかったんじゃない?絵に描いたような優等生のお姉ちゃんが、男子と付き合ってるなんて知れたらきっと、学校中大騒ぎだもん」
「そっか…そうよね」
ふふふ、と微笑むママも、とても嬉しそうだ。
「そっかぁ、文もそういうお年頃かぁ…KEIくんKEIくんって騒いでるから、ママそういうのはまだ先なのかと思ってたけど、そうねぇ、もう高校3年生だもんねぇ」
「あ………いっけない、宿題あったの忘れてた!」
で、すずは?という質問が飛んできそうな予感がしたので、慌てて私も部屋に戻った。
「おい、どうした?」
机に突っ伏している私の髪を、サラマンドラが引っ張る。
「別に…どうもしないけど」
そうかぁ?と彼は怪訝そうに眉をつり上げる。
なんか…むなしくなってきた。
ゲームが何だ…何の得があるんだ、こんなゲーム。
隣の部屋からは、何やら話し声が聞こえてくる。
晩ご飯も食べないでさ…
さっきは寝るって言ってたくせに、彼氏に電話か。
………いいなぁ。
「ねぇ、サラマンドラ」
「…何だ?」
「ゲームのさ…何でも願い事が叶うって…あれ、どのくらいのパワーがあんの?」
「………さあ…なぁ」
はぁ…
「けど!俺達みたいな精霊が存在出来るくらいのパワーはあるんだからさ!大概の願い事は叶うんじゃねえか!?」
励ますみたいなサラマンドラの言葉に…更に体が重くなる。
ふいに、メールの着信音が鳴る。
こんな時間に誰だろう!?
ちょっと期待しながら開いてみるが…
『ラジオ録音してください。よろしくお願いしますm(__)m』
………お姉ちゃんかよ。
『ばかじゃないの?』
すかさず返信。
ラジオなんて…彼氏に電話する元気あるんだったら、自分で録音しろっての。
リビングに行って、コンポのスイッチを入れる。
『今日のゲストは、ドラマにCMに大活躍中のKEIくんでーす!』
ちゃらい男の声と、どうも、と笑うアイドルの声。
お姉ちゃん…いい加減にしないと彼氏が泣くぞ。
それにしても…あのアイドルのどこがいいんだ?
冷蔵庫からコーラを持ってきて、しばし内容に耳を傾けてみる。
が………
ドライブが趣味だの、剣道部だっただの、私にすりゃどーでもいい話ばっかり。
『でもさ、絶対モテたでしょ!?』
『いやぁ、そうでもないですよ?』
「…嘘つけ」
話題はクリスマスだ何だという内容に移り、ちゃらいDJは更にヒートアップする。
『KEIくんって、最近色んなところで『運命の人』発言してるみたいだけど、それって結婚意識するとか、そういうことなの!?』
『いや…結婚とか…そういうんじゃなくて、本当にそのまんまの意味なんですけど』
「そのまんまの意味って何よ…ナンパの常套句ってこと?」
私のツッコミなどお構いなし(当たり前だけど)に、話はどんどん進む。
『で、どう!?クリスマスを一緒に過ごせる運命の人とは…出会えたのかな!?』
ふふ、ともったいぶった様に笑うKEI。
『僕ね…スイーツとか結構好きなんですけど』
「スイーツ…ときたか」
男が言うなよ、気色悪い…
『チョコレートを贈りました』
「逆バレンタインきた…ていうかバレンタインじゃねえし。マジ意味わかんない」
何何!?とDJがでかい声で喚く。
『それってお相手見つけたってこと!?マジで?こんなところで言っちゃっていいの!?これ、明日のスポーツ誌一面だよ!?』
………うざっ。
かたやアイドルは、なーんてねっ、と楽しそうに笑っている。
『そういう夢を見ました、今日』
『………もー何言ってんだよーーー!?うーわぁ超ビビッた!マネージャーさん大丈夫!?ってブースの外見ちゃったもん、まじでっ』
ああ………うざ過ぎる。限界。
後はコンポに任せて部屋に退散しよう。
と………
「…しまったぁぁぁ!!!」
録音ボタン…押してない。
さぁっと…血の気が引くのがわかる。
とにかく…
階段を駆け上がり、お姉ちゃんの部屋にダッシュ。
ダンダンドアを叩いて、緊急事態を告げる。
「お姉ちゃん!ごめん!トラブル発生!!!」
「え!?…ちょ…ちょっと待って!!!」
待ってじゃない…こっちは緊急なんだってば!
ドアを開けてくれたお姉ちゃんに、ジャンピング土下座で謝罪。
「ごめん!!!録音ボタン押すの、忘れてた!!!」
「えっ………?」
きょとんとした目のお姉ちゃん。
「コンポは付けに行ったんだよ!?でも…付けたら安心しちゃって、ついうっかり…本当ごめん!!!」
「そう…なの。珍しいわね………」
「でもね!ちょっと内容は聞いてたんだよ!?えっと………」
どんな話してたっけ………
えーと…
駄目だ。内容が無さ過ぎて覚えてない。
「ごめん………」
さぞ楽しみにしていたであろうお姉ちゃんは、いいよ…と微笑みかけてくれる。
「自分でやっとけばよかったのに、忘れてたんだもん。気にしないで、すず」
冷却ジェルシートをおでこに貼った、お姉ちゃんの笑顔は天使のように見えた。
でも…
「ちょっとくらい…何でよ、もう!って…怒ってくれてもいいのに」
部屋に戻って、ぽつりとつぶやく。
と。
目の前に立つサラマンドラは、何だか恐い顔で私を見つめていた。
「………何?」
私の言葉には答えず、彼は厳しい目で窓の外を見る。
「行くぞ、すず………敵だ」
サラマンドラに連れられて、家の前の地面に降り立つ。
「おい!!!」
サラマンドラが怒鳴り、振り返ったのは…
ブロンドのロングヘアの…それはそれは綺麗な女性だった。
彼女は緑色の目を細め、あら、とつぶやく。
「サラマンドラではありませんか…お久しぶりですね」
「お久しぶりじゃねえ!何でお前がここに…」
「そちらの可愛らしいお嬢さんが…あなたのパートナーですか?」
興味深げに、彼女は私をまじまじと見る。
思わず、ドキドキしながら…頷く。
サラマンドラは、恐い顔で彼女を睨みながら、私の背中を突く。
「おい…油断すんじゃねえぞ。こいつは風の精霊シルフィード…パートナーも、きっとどこかに」
「パートナーは…今日はここにはいませんわ」
にっこり笑ってシルフィードは言う。
「彼はまた、別の所で…」
はっとした顔で、サラマンドラは彼女に問いかける。
「お前のパートナーは…お前がいなくても術が使えるのか!?」
…術?
「別の所で…他の精霊と対峙してるって…そういう意味だろ!?」
つまり………
今朝サラマンドラが言ってた、『魔法が使えるようになる』って…あれ?
「どうなんだよ、答えろ!」
仕方がないですね…と彼女は長い髪をかき上げる。
「…おっしゃる通り。睦月は生まれたときから私のパートナーですもの。私が傍にいなくても、そのくらいは容易いことです」
「ずるい!」
「…ずるいでしょうか?」
思わず叫んだ私を、彼女は楽しそうに見る。
「確かに、ゲーム上は有利かもしれませんね。あなた方や…ウンディーネ達と比べると」
「ウンディーネも…目覚めてるのか?」
「勿論。四精霊が目覚める時…ゲームは幕を開けるのですから」
にっこり笑うシルフィードからは、警戒する様子などかけらも感じられない。
ゲームを心から楽しんでいる…そんな雰囲気。
「どうやら…」
サラマンドラの額を、汗が一すじ流れる。
「一番の敵は………お前らみたいだな」
「あら…私達も、あなたが一番の強敵だと思っておりましてよ。攻めの魔術は、サラマンドラ…あなたが一番ですもの」
そう言ってシルフィードは、ふっ、と空に舞い上がる。
「あなた方と戦える日を………楽しみにしております」
私とサラマンドラが見つめる中。
美しい風の精霊は…澄みきった冬の星空に消えた。