白き月、青き地球
人間が太古より眺めてきた月。
それは時に美しく、時に禍々しく、
時に優しく、時に残酷に。 如何なる文明にも月は付き物であったし(洒落に非ず)、地球上の幾つかの物理現象もまたそれ に左右される。 そんな月だが、地球には常に同じ面を向けて周っている、というのは御存知であろうか。 月の公転周期と地球の自転周期がほぼ同じである為、月は常に同じ面を見せて回るのだ。 逆に捉えれば、半永久的に裏の面は見えない。 地球の文明も、月の裏を観ることができたのはごく最近である。 故に、月の裏については、未だに未解明の事象が数多くあるのである。
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ザザーッ。 波が打ち寄せ、砕ける。だが其処に「潮の香」はない。 周りに広がるは、岩ばかりの単調な風景。 上に広がるは、漆黒の宇宙の闇。 そんな月の裏の浦に、青き地球が映り込む。
「今日もまた、あの惑星は青いな」 呟きは、誰かに聞かれることもなく、闇に消えていった。
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ある大学の、その日の卒論研究が終わった研究室。 そこで、二人の大学生が、新聞に目を走らせていた。 そこには、「宇宙旅行ツアー 民間発売へ 大手旅行会社、交渉開始」と大きく書かれていた。 「今度、宇宙へのツアーが民間向けに発売されるそうだよ」 「へぇ、一度は行ってみたいものね」
黒い学生服を着た青年が、記事の下の方に目を向ける。 「価格は............うわぁ、壱万ドルだってよ」 紫色の私服を着た少女が、真剣な表情で返した。 「それほどの価値があるってことよ。人類の英知も此処まで来たのねぇ。 最近やっと、ヒッグス場での光速とかも判ってきたし」 青年はふむ、と違って暫く考える仕草を見せ、口を開いた。 「でも、こんなこと言っちゃあ何だけど、人間は『知で神に為れる』 という妄想を抱いているのかも知れない」
「でもねえ、『創られし者が創りしものを超える』なんてこと、有り得るのかしら」 そう言って、二人は視線をまた新聞に戻した。
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黒き闇のもと、月に掛かるベール。 人間より先に産み出された者が創った、謂わば"結界"のようなものである。 その民族は知によって、太古に地球を征服した。 全員が結束し、協力しあって築き上げた巨大文明。 そこでは、"知の結晶"、科学力は見る見るうちに進歩を遂げ、 もはや哲学といえる域にまで達していた。 だが皮肉なことに、最早急激な進展を見せることがなくなった文明に、権力が飽き始めたのだ。 嘗ての強力な結束は消え去り、対立する者どうしが争い始めた。 栄華を誇った都市に、落とされる科学兵器。
犠牲が多く出てもなお、それは続いた。
「あの頃はまだよかったのに」
しかし人々は、そのような状況でもまだ欲を求めた。 そう、自分だけは生き残りたい、と。 神話で言う「ノアの方舟」を創りだし、地球から逃げ出した。 そして、乗り遅れたものは皆、「証拠隠滅」とばかりに、1km ほどの人工物を落下させ、痕跡をも残さずに、消し飛ばしたのだった。 方舟に乗れたのは、元の民族全体の一握りにも満たなかった。
月の浦。そこに生命的なものは存在しない。 それでも、昔の面影を思い起こす要素を、それは持っていた。 生命の営みにおいて、必ずその基盤に在りしもの。 その何かを無くして、営みが成り立つわけもなかった。
「今日はどんなお日様が見られるだろうな」 どれほどの時間が経ったのだろう。
青き地球はとうに地平線に沈み、浦には陽が昇り掛けていた。




