第五話 理解
黒の国 城下町への街道
「う…うう…」
「イルナ!」
俺がその場にへたり込んでからしばらく、イルナがうめき声をあげながら意識を取り戻した。
うっすらと目を開けた彼女の黒い瞳には、しっかりと俺が映っていた。
「シン…?……ッ!シン!?」
しばし呆けていた彼女ははっとして起き上がる。
「あ、あいつは!?霧竜は…」
そこまで言って、イルナは止まる。口をポカーンと開けたまま、目の前に広がる巨大な一本の焼け跡を見つけたのだ。
「…なんだ、これ…?」
どうやら、その光景は、いささか不思議なものだったようだ。
「これは…霧竜が?いや、そんなことはあいつには…」
今、もう俺の身体には火が無い。出そうと思っても出し方も分からない。こんな状態では、確かに俺がやったのはわからないだろう。
「イルナ、俺がやったんだ」
「っていうか霧竜はどこいったんだ?誰かが倒してくれたのか?」
おかしい。明らかに聞こえていた気もするんだが。
「イルナ、俺が霧竜を倒したんだ」
「シンも無事だし…一体なんだってんだまったく…」
「俺がやったんだってば!!!」
少し涙目になりながら、叫んだ。
「はぁ?何言ってやがる。一体お前がなにをどうしたらあいつを倒せるんだよ」
呆れた、というか、何言ってやがんだこいつは、みたいな目で見てきやがる。
「なんか火が出たんだよ!俺の身体から、火が!!」
「火…?」
思わず叫んだら、イルナが訝しげな表情をした。
「お前…魔法が使えたのか?」
「え、いや、使えたというか勝手に出来たというか…」
「そうか…やはり転送者には素質があるんだな」
「えっと…」
イルナが一人考え込んでいる。なにかまずかったのだろうか。
「えと…よかった…のか?」
心配になって思わず聞いてみる。
「…ん?あぁ、そうだな、確かにお前のおかげで助かったよ」
われに返ったイルナは、しかしそんな台詞を吐きながらも沈痛な表情だった。
その顔に耐え切れず、俺は何か言葉を発するしかなかった。
「なぁ、シン。」
しかし、そんな俺がを話そうとしたのを遮って、イルナが語りかけてきた。
「一つ、とても厳しい話をさせてくれ」
「え…?」
イルナが真っ直ぐ俺の目を見てくる。
「私はな、霧竜を殺せたんだよ。負け惜しみじゃなくて、客観的に見てな」
それは、きっと本当なのだろう。イルナは沈痛な面持ちを揺るがせず、淡々と話している。
「だけどな、そうしたら、きっとお前は死ぬ。あいつらが自分を守れても、多分、お前までは守りきれない。私も、お前を生かしながらは戦えない。私は、そこまで強くない」
あいつらが自分を守れても。つまりそれは。
「……じゃあ、あの人たちは」
イルナが、痛みをもった、でも、とても強い言葉で、俺を遮った。
「あいつらはな、覚悟を決めてきたんだ。お前を守るために、命を捨てる覚悟をな」
「俺を…」
俺のせいなのだ。あの人たちが死んだのは。
「だけどな、別にあいつらはお前を恨んじゃいない。私だってお前を責める気なんざ、一切無い。そもそも、お前は悪くないからな」
「そう…か…」
「だけど、せめて覚悟だけしてほしい。これからもお前を襲う何かがいるかもしれない。その時は命を投げ捨ててでもお前を守る。だから、…覚悟をしてほしい。」
「俺のために…自分のために、皆に死ねって言えってことかよ…」
「……こればっかりは、お前の意思は関係なくやらせてもらう。絶対にお前を守る。」
「……」
「ただ…せめて認めてやってほしい。お前のために死んでいったやつらを。お前が否定したまま死んでいったんじゃ、何も浮かばれないからな」
「認める?…犠牲を?」
「ああ、そうだ」
「…」
「……いきなり連れて来て、こんなこというのも間違ってるよな。だけど…わかってくれないか?」
分かってくれ。そういうイルナのほうが泣きそうな顔をしていた。
「…あぁ。分かったよ。…がんばってみるよ」
「そうか…ありがとう」
正直実感は無い。実感は無いが俺のために誰かの命が消えたのだろう。ならば、せめて俺はその人たちに感謝しなくてはいけない。たとえそれが俺の意思でなくとも。
「…こんな話をした後に申し訳ないんだが…」
「ん?」
「弔わせてくれないか?…あいつらを、このままにしたくないんだ」
イルナの目は空を見ていた。
「あぁ、当たり前だ」
「…すまないな」
もう彼らの身体は残ってはいないだろう。それでも、彼らのために、彼らが戦った証を作るべきなのだろう。
俺達は墓標を作るための木材を探した。
白の国 白銀の城
私は目を覚ますと、全く見覚えの無い部屋にいた。
広くて大きなベッドに、高級感のある絨毯。壁にかけられた肖像画には、威厳漂う男の絵が描いてあった。そして天井にはシャンデリアがかけてある。
「……知らない天井ね…」
思わず呟いた。
「おや、お目覚めでしたか」
その時、一人の男が入ってきた。
「あ、はい、今起きました」
男は綺麗な服に身を包んでいた。白を基調として、とことどころに金色の刺繍が施してある。まるでどこかの王族がきるような服である。
「えっと…あなたは…」
このハンサムな顔。なんとなく見覚えがある気が…
「私は白の王です」
……?
「えっとぉ…」
何を言ってるのだ?
いまいち現実感の無い部屋に、何を言ってるのかわからないハンサム。
戸惑う私の目に、そのハンサムの背中にある純白の翼が映った。
その瞬間、私は気絶する前の出来事を思い出した。
突如家に現れた天使。
その天使ルシエルに、私は連れてこられたのだ。異世界に。
夢から覚めてもまだ異世界ということは、本当にここは現実なのだろう。
そして、目の前の男は、
「あ、あの…」
「はい?」
「もしかして、王様ですか?」
「はい、そうです。白の国の王、白の王です」
王様。白の王。
「ええと、偉いんですよね?」
「まぁ、偉いですね」
「ええと……」
どうしよう。王様への接し方とか全然分からない。とりあえず、ひれ伏しておいたほうが良いのか?
「どうか楽にしてください。朝食をお持ちしました。とりあえず、それを食べて、ゆっくりとしてください」
そんな私の考えを知ってか知らずか、白の王は部屋から出ていき、すぐにお盆を持ってきた。お皿に乗せられたトーストと、紅茶が、そのお盆には載せられていた。お盆と書けば、ひどくもさったい字体だが、それは銀色の光沢を持つ、ひどく美しいものである。
「どうぞ、こちらへ」
白の王は、ベッドの近くにある細い足で立っている、丸い机にその朝食を置き、椅子を引いた。
私は、とりあえず立ち上がってその椅子まで歩いていき、座らせてもらった。いただきます、と戸惑い気味に呟くと、向かい側に白の王が座ってきた。
「ええと…」
「あ、私のことは気になさらず。どうぞ、ゆっくりお食べください」
柔らかな微笑を浮かべながら、言ってくる。なんというか、気障な態度がすごく様になる人だ。
しかし、とても美味しそうな匂いがトーストからしてきたので、私は様々な考えをとりあえず頭の片隅に追いやり、一口いただく。
「あ、おいしい」
思わず呟く。
「なにこれ、おいしい」
無駄なものが入っておらず、外はカリカリと、中はもっちり。
思わず顔がニヤついてしまう。
「そうですか。そこまで喜んでもらえるとは、こちらとしても、嬉しい限りです」
と、白の王もひどく嬉しそうに笑った。
…こんな顔もする人なんだな
ふと、そんなことを考えた。
「ふぅ、ご馳走様でした」
トーストを食べ、紅茶を飲んで、私は一息ついた。ああ、おいしかった。
「いえいえ、それよりノア様、ご加減はいかがですか」
「え、体調なら別に」
その時、白の王が、ひどく真剣な顔をしていることに気づいた。
それと同時に、私は今とんでもない事態にいることを、今更ながらに思い出した。
「…ええとですね」
「はい」
白の王が聞きたいのは、多分体調ではなく、この状況に陥っている私の心境とか、その辺りだろう。
「聞きたいことは山ほどあるけど、何を聞けばいいのかさっぱりです」
「…」
正直言って、許容範囲外だ。異世界なんて、もうなにがなんだか。
「…なんでもおっしゃってください。私に答えられる範囲でなら、お答えします」
白の王が静かな声で言う。その声には、少しの苦渋が混ざっている気がした。
「そうですね、とりあえず…」
「はい」
真剣な顔で、白の王はまっすぐこちらを見ていた。
「とりあえず、私との話にはどれくらい時間がとれるのですか?」
「時間…ですか?」
白の王が、虚を衝かれた、という顔をする。
「いえ、王でしたら、公務とか、色々あるんじゃないんですか?」
「あ、はい、いえ、今日は大丈夫です。ノア様が望むのなら、一日中でもお相手させていただけます」
「そうですか、それはありがたいです。じゃあ、とりあえず、私がここにつれてこられた理由を詳しく教えていただけませんか?」
白の王が、呆然とした顔をしばらくしてから、我に返った、というような顔になった。
「の、ノア様。一つ良いですか?」
「え?」
どうしたというのだろう。何か様子がおかしい。
「どうしたのですか?」
「い、いえ、その…」
王はしばらく逡巡するようなそぶりを見せ、おずおずと言った。
「ノア様は、私を非難しないのですか?」
「え?」
「ノア様をここへ連れてくるように命じたのは私です。それは、ルシエルからもお聞きになったでしょう。何か、いいたいことは無いのですか?」
そんなこと言われても…
「王への遠慮などいりません、どうぞ言いたいことをおっしゃってください。どのようなお言葉でも、私は甘んじて受け入れます」
何か切羽詰った表情で、白の王は言ってくる。
「あ、あの、王」
「はい。」
「私は、あなたを非難する気なんてありません」
「え?で、でも、いきなりこんなところへ連れてこられて、何か思うことは…」
「いや、思うことなんていくらでもあるけど、なんであなたを非難することになるんですか」
「そ、それは」
私はその時、この王がひどく不器用な人間な気がした。たぶん、私をこの世界に連れてきたことへの責任を感じているのだろう。だから、私になじられることを覚悟して、この場を設けたのだろう。
…なんというか、潔いんだけど、なぁ…
「私の責任なのです!私が、あなたを向こうから連れ去らせたのです!!」
必死で自分が悪いことをアピールしてくる。なんだろうこの人は。マゾなのか。
「王。いいですから、そのことは。私は…」
「そんなわけにはいきません!ノア様に多大な迷惑をかけておきながら…」
なんか、だんだん苛々してきた。
「…王。本当に、もういいですから」
「いえ!そんなわけには!!どうぞ…」
プチンッ。
「いい加減にしてください!!!!」
バンッと机を叩く。
「えっ…!?」
「いいですか、白の王!私はあなたを責める気なんて全然ありません。恨みや怒りなんか覚えていません。」
「は、はい」
「っていうか、状況もよく分かってないんだから、怒るって何に怒るんですか。ルシエルから教えられたことなんて、何も整理できてません。あなたが私を呼んだ理由も、詳しく知りません。そんな、状態で私に怒ることを強要するんですか、あなたは。」
「い、いえ、そんな、」
「第一ですね。そんな罪悪感に満ち溢れたオーラをまとわせてる人を、この上、更に怒れと?私は加虐趣向は持ってません。そんな暇があるなら、とっとと状況把握に努めます。」
「は、はい、すいません」
「それに、あなたは王なんでしょう?だったら、もっと王らしく、堂々としてたらどうなんですか!!!」
もう一度、バンッ、と机を叩く。すっかり呑まれていた王は、その音で肩をびくっ!とさせる。
「…」
「…」
そしてクールダウン。気まずい沈黙。そして私は、自分の蛮行に気づいた。
「す、すいません!こんな暴言!!ああ、すいません!!!」
王に対して机を叩くなど、なんという言語道断だろうか。
「い、いえ、なんでもおっしゃってくださいといったのは私ですから!頭をあげてください!」
そんな私に打ち首を命じることなく、王は許してくださった。
「あ、ありがとうございます!ほんとうに申し訳ございません。この上は如何様な処罰も…」
「待ってくださいノア様。これでは先ほどの逆になってしまいます」
王が手で、頭を下げようとする私を押しとどめた。
「…すいません、ノア様。私が、最初から決めつけておりました、さぞや不快な思いをさせてしまいましたね」
「いえ、そんなっ」
慌てて否定する私に、王はもう一度真剣な顔を向けてきた。
「では、ノア様。今一度聞かせてください。何か、お聞きになりたいことは?」
まっすぐこちらを見てくる目には、先ほどの苦渋は無かった。
「……では、お聞きします」
私は落ち着いて、白の王を見つめ返す。
「私はどうなるのですか?」
「守ります。」
王は即答した。
「この先、何か危険なことがあるかもしれません。でも、ノア様だけは、王の名にかけて、お守りします」
白の王は、強い目でノアを見ていた。
「…そうですか」
ふっ、と息を吐き出す。
正直、分からないことだらけだが、この人は信じても良いだろう。私はそう思った。
「では、順を追って話を聞かせてください。この世界のこと。私が呼ばれた理由。ルシエルさんからの話をもう一度整理させてください。そこから、本題に入りましょ」
「……」
王が、じっと、こっちを見てくる。
「…なんですか?」
「あ、いえ、」
王がはっ、とし、次いで顔を綻ばせる。
「この状況でそんな考えが持てる。ノア様。貴方は本当に賢明で、聡明な方ですね。」
そう言ってから、王は、この世界の事を順に語り始めた。
どうも、読んでくださりありがとうございます。
感想、批評、よろしくお願いします。




