第三話 到着
黒の国 町外れの平原
「はぁ~、すごいもんだな、魔法ってのは」
俺は迎えの人間の背中に乗りながら感嘆する。
「まぁ、飛行魔法が使えるやつなんて数が知れてるよ。それに、相当翼も鍛えないといけないしな」
イルナも男の背中に乗りながら答える。
俺達は今、迎えにきてくれた悪魔達の背中に乗って空を飛んでいる。滑るように飛ぶ感覚はとても気持ちが良かった。
「いや、でもやっぱりすげぇよ。だって人間を乗せられるんだぜ?」
「それをいうなら、お前達の世界の『ヒコーキ』とやらのほうがよっぽどすげぇよ。一体何人の人間を一気に運べるんだよ?しかも海を渡ってだぜ?」
イルナが、背中に担いだ鎌でこちらを指してくる。
「はぁ、そんなもんかね…ん?」
「ん?どうした?」
「いや、お前、その鎌、さっき戦闘に使ったっけ?」
俺はふと思い出す。そういえばさっきイルナが戦っていた時、一切その鎌には触れていなかった。というか、『黒槍のイルナ』が鎌を持っていていいのだろうか?
「ああ、これか。いやな、これは戦闘用じゃないんだ」
「え?そんなに鋭いのにか?」
見たところ、その鎌は確かに美しい装飾がなされているが、刃の鋭さは普通の剣なんかよりもよっぽどありそうだ。なにやら禍々しいほどの気も感じる気がする。…まぁ、武器なんてさっき見たのがはじめてだけど…
「いや、確かに戦闘用の鎌なんだが、これは私のものじゃなくて、使者の証なんだ」
「え?どういうことだ?」
「つまりな、この鎌は私が使者であることの印に女王が渡してくれたものなんだ」
「女王が渡した?ってことは、それはその女王様のものってことか?」
「ああ、そうだよ」
なるほど。通りであの鎌はあんなにも美しい装飾が為されていたわけだ。女王が持つのにふさわしい輝きだ。それにあの刃の鋭さも…
「なぁ、イルナ…」
「ん?」
「その、女王様って…その鎌で戦うの?」
「ああ、そうだが?」
「その、めっちゃめちゃ研ぎ澄まされているっぽい刃がついてる鎌で戦うのですか?」
「ああ、そうだよ」
「……」
「?なんだってんだ?」
「…俺って、その女王様に呼ばれてんだよね?」
「あぁ、そうだ。女王がお前を連れてくるよう、命令を出したんだ」
「……」
やべぇ。めっちゃ怖くなって来た。すごい怖そうなんですけど、女王様。
「…帰っていいですか、イルナ様?」
「次そんなこといったらこっから叩き落とす。」
「ちょ、そんな殺生な!!」
嫌だ!なんか下手のこと言って胴体から真っ二つなんて絶対に嫌だ!!
「仕方ねぇだろぅ、女王がお前から神職の気を感じたらしいんだからよ~」
「何言ってやがる!俺はごく普通の無宗教で多神教の一般庶民だ!!!」
ここで神職やらなんやらの話が出るのには理由がある。そしてそれは、俺がこの世界に来た理由でもある。
なんだが、聞く話によると、俺は勘違いでこの世界に呼ばれたっぽいのだ。
というのも、地球からこっちの世界に人間を呼び寄せる理由は膨大な魔力を手に入れるためだという。なんでも、地球の人間の一部は、こちら側に来ると凄まじいまでの魔力を放出するらしい。その魔力さえあれば、拮抗している戦争をひっくり返すことが出来るほどらしいのだ。そのことに感づいた『白の国』は、即座に計画を立てて転送を開始しようとしたらしい。その情報を聞きつけた『黒の国』も急いで地球から人間を連れてきた、というのだ。
で、連れてこられたのが、俺。まぁ、ここまではいい。だが、こっからが問題なのだ。
凄まじいまでの魔力を放出する、一部の人間。
その「一部」というのは、どうやら地球で神職についているものらしいのだ。
牧師とか、神主とか、その辺。
で、俺は無宗教。お正月も祝えば、クリスマスパーティーもする。神職?そんなもの、乃亜に頼めってんだ。
「ったく、とんだ災難だなぁ、こりゃぁ…」
思わず愚痴ってしまう。
「むぅ~…まさか女王が観測を外したというのか…?いや、まさかそんな…」
イルナがぶつぶつと何か呟いている。
「…まぁいい、とにかく、シンには女王に会ってもらう。とりあえずはそこで今後の方針を決めようと思う。なんていうかその…すまないな」
「…まぁいいよ、気にすんな。乗りかかった船だ、そっちが納得いくまで付き合うよ」
「…ありがとな」
ここでイルナにとやかく言っても仕方ないだろう。とにかく、一度は女王に会ってからだ。
「ん?」
ふと、俺は気づく。
「なぁ、イルナ」
「なんだ?」
「『白の国』もこっち側に誰かを呼んだのか?」
「ああ、そうだよ。というか、あっちのほうが先に計画をしていたんだ。それを知った私たちが大慌てで作戦を実行した、ってとこだ」
「となると、あっちは確実に神職を連れてきてるよな?」
「あぁ、きっとそうだと思う」
「……」
「どうした?何か心当たりでもあるのか?」
「まぁ、少しな…」
「ふ~ん…。まぁ、神職なんていっぱいいるんだ。知り合いが呼ばれるなんて、ありえないさ」
「……」
なぜだか、無性に幼馴染の顔が、頭に浮かんで離れなかった。
白の国 白銀の城近く 平原中央
満月に照らされ、輝きを放ちながら、二人の男達は平原を馬で駆けていた。
「…白の王、通信が途絶えました」
「それは、潜伏部隊とのことか?」
「はい。…先ほど、部隊の隊長とリンクさせていた水晶が割れました。確認のため、部隊の三人全員に魔力通信を試みましたが、一切返事がありません」
「つまり…全滅ということか?」
「はい、おそらくは」
「他の二人の水晶は?」
「いえ、荷物になるので部屋に置いてあります。ですが、望みは薄いかと」
白の王は、顔を曇らせた。
「彼らを全滅とは…相当の者がいるな。ガルダ、お前はどう思う?」
男-ガルダは少し考え、答える。
「連絡を飛ばす暇もなくやられたものかと思われます。…もしかしたら、召還者の力は、我らにとっても脅威なのかもしれません」
「なるほどな…」
白の王はしばし、思案する。
「あまり考えたくはない可能性だが……」
「なんですか?」
「仮に、黒の女王が召還作戦に本気を出したとしたら…『黒槍』が送られてるやもしれん」
「イルナが…ですか?」
「ああ」
「それは考え難いでしょう。この作戦は信用度が甚だ疑問視されています。裏づけを取る時間さえない黒の国がそこまで重要視できるものとは思えません」
「それはそう…だが」
白の王は、鋭いまなざしで前を見つめながら答える。
「黒の女王の『先読み』は侮れん。あれをしたとなれば…もしかしたら、な」
「…果たして、そこまで出来るでしょうか?」
「…さぁな」
これ以上考えても仕方ない。そう考えた白の王はその話題を打ち切った。
「白の王、ここで降りましょう」
ガルダが言った。
「『魔力の塔』はその周りだけでも強い力を放っています。馬で行くのは限界かと」
「だろうな。見れば分かる」
二人は馬から降りた。そこは光の柱の前。『魔力の塔』のすぐそばである。
「どうやら、まだ降りてきてはないようだな」
「ですが、もうすぐのようです」
「ん?」
ガルダが上を指差す。見ると、人影がゆっくりと降りてきていた。
「さぁノア様、地面に着きます」
「…やっとですか…ありがとうございます…」
私はもう疲労困憊だった。最初こそ暴れたものの、上空高くからの景色を見せられては異世界を信じるしかなかった。この男の背中に生えている翼を見れば、もう仕方がない。私はおとなしく、説明を受けていた。なぜ私がこの世界に来たのか。どうして私なのか。色々と聞いた。
「正直信じられないけど…私も一応神主の家の子だし、まぁ筋は通ってるからなぁ~…」
小声で愚痴りながら地面に降りる体勢に入る。
「信じがたいでしょうが、受け入れてくださいませんか?」
「…まぁ、ルシエルさんも悪い人ではなさそうですしね…」
天使-ルシエルが困ったような表情で言うので、ついそんなことを言ってしまった。
男の足がふわりと地面に触れた。と、同時に光の柱は消え、重力が私に降りかかった。
「うわ…」
なにこれ、気持ち悪い。身体が重たい。
「大丈夫ですか」
「うん、ありがとう…大丈夫です」
そう言って地面に降りる。あぁ、まだ視界がゆれる。
「あっ…」
あ、こける。そう思った時にはもう、地面が目の前だった。
「…!」
ギュッと目を閉じる。
…ふわりとした感覚。
「大丈夫ですか?」
「へ?」
見ると、真っ白な翼が私を受け止めている。
「お怪我はありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です…」
それは、どうやらこのかっこいい男の人のものみたいだった。心配そうな顔をしてこちらをのぞきこんでいる。
「私は、白の王です。あなたは?」
「あ…水無月 乃亜です…」
「ノア殿、ですね」
相手に名乗られて、こちらも自己紹介をする。うん?王?
「どうやら、相当お疲れのようですね…。おい、ルシエル。状況の説明は出来ているのか?」
男の人が、ルシエルに何か聞いている。
…それにしても、この羽、あったかいなぁ~。
「はい、一応一通りは説明いたしました。しかし、やはり仕組みの全てを理解するのは困難かと」
「まぁ、混乱しているだろうからな…精神状態は大丈夫なのか?」
なにやら難しそうな話をしている。聞いてるだけで眠くなる。ていうか眠たい。しかし、眠たい。その上、こんな気持ちのいい羽に包まれてたら…
「取り乱してはいましたが、思っていた以上には冷静でした」
「それは良かった。さて、とりあえずこの方には休息を…」
白の王が、言葉を切る。不思議に思ったガルダが聞いた。
「?どうしました、王?」
「…どうやら、かなり疲れていたようだな…」
「…すぅ…すぅ…」
「おや、眠ってしまわれたのですね…。ルシエル、ノア様を城まで送ってくれ」
「いや、ガルダ、私が行こう」
「いいのですか、王?」
「当たり前だ。私の羽で寝られていらっしゃる。私が送り届けなければいけないだろう」
「では、我々は先に飛んでいきます。王は、馬にてご帰還を」
「分かった」
「ルシエル、行くぞ」
「はっ」
そういって二人は王に一礼した後、翼を広げ羽ばたいていった。
後に残された白の王は、翼を丸め、乃亜を包み込みながら、馬にまたがった。
「すぅ…すぅ」
「……」
静かな寝息をたてながら眠っている少女の顔を、王は見つめる。
「う、ううん……すぅ…」
「本当に…申し訳ない…」
顔を少しだけ歪ませながら、王はそう呟いた。
「けど、…私は、負けるわけには、いかないのです。」
王は、少女を背中に背負いながら、満月の平原を馬で駆けていった。




