第二話 襲撃
白の国 白銀の城近く 平原上空
「ん、んんん…」
私は、心地よいまどろみの中で、小さな揺れを感じていた。…いや、浮遊感とでも言うべきか。ああ、気持ちがいい。まるで、空を飛んでいるかのようだ。
-ん?飛んでいるかのよう?
現状に微かな疑問を抱いた私は、自分の意識を徐々に覚醒させていく。
その目に映ったのは--雲。そして、とても間近に見える、満月。
「え…えぇ?」
夢、だろうか?いや、しかし、先ほど自分の意識を覚醒したのだから、これは現実のはず。あれ?
次第に混乱してきた私は、とりあえず状況の把握に努めることにした。
「ええと…」
どうやら私はゆっくりと降りているようだ。光の筒のようなもの中を降りている。
滑り降りるかのように滑らかに降りている。この高さだというのに、恐怖が無いのも、この降り方のおかげかもしれない。
そして私は男の腕に抱かれている。いや、お姫様抱っこと言うべきか。ともかく、そういう状況で今、私は空から降りている。
「…えええええええええ!!!!??????」
ちょっと、え、なに、やだ、どういうこと?
「お目覚めになりましたか。今しばらく、ご辛抱お願いします」
私をお姫様抱っこしていた人物がそう言った。
「あ、あなたは…」
随分と整った顔だ。幼さが少し残っているが、その顔は凛凛しく引き締められていた。私と同じくらいかもしれない。しかし、どこかで見た顔のような…
「って!あなた、さっきのストーカー!!!」
「ちょっと、暴れないでください!危ないです!!っていうかストーカーじゃありません!!」
なんだ?なぜこの男が私をお姫様だっこしているのだ?しかも空を飛んでるし。
そんな疑問符の嵐とともに、私は意識を失う前のことを思い出していた。
なんか魔法陣が出てきて、それから-
「あなたを、異世界に連れてきました。」
男は、そう言った。
「ちょ、ちょっと、どういうこと!?え?異世界?」
「はい、まぁあなたから見た、ですが」
「なななななんであたしを!!??」
「あなたが神職の子だからです。そちら側の神職の方は、こちら側に来ると膨大な魔力を放つらしいですからね」
「な、何の話をしてるの!?」
「ふむ、しかしまだ魔力はないようで…って、暴れないで!あぶなっ、落ちる!!」
「もう、なんなのよ!!離してよおお!!」
白の国 白銀の城近く 平原の入り口
「白の王、あれでございます」
「あれが『魔力の塔』か」
「左様でございます。あそこを伝って転送されるのです」
「なるほどな。ルシエルが、降りてくるまでに状況説明を終えてくれていると助かるのだがな…」
「どうでしょうか、難しいと思いますね」
「まぁ、私も尽力するとしよう」
「そうですね。 -ん?」
「どうした?」
「……『黒の国』潜伏兵より通信がありました。やはり、あちら側でも『魔力の塔』が確認されました」
「…そうか」
「それから、塔付近に向かったところ、その中より二人の人影を発見したと。現在尾行中とのことですがいかがいたしましょう?」
「そうだな…」
「向こうは、始末できると言っています」
「…了解した。確実に遂行するように」
「っは!そう伝えます」
黒の国 町外れの平原
「で、結局あとどれぐらい歩けば良いんだ?」
「なぁに、あと少しさ」
イルナと一緒に歩き始めてから10分程度か。改めて回りを見渡すと、なんとも美しい景色が広がっている。
「しっかし、綺麗なところだなぁ~。なんだっけ、ここの名前は?」
「ここは黒の国だ。特にこの辺りは平原地帯って呼ばれてるな。読んで字の如し、だろう?」
「ああ、そうだな」
「この平原を出れば、城下町がある。その入り口にある大きな広場が、私たちが向き合っている場所だ」
どうやら、俺達が落ちた場所は「黒の国」というらしく、今はその国の中心、「漆黒の城」の城下町へ向かっているそうだ。
「国、ってことは、他にも色々と国があるのか?」
「ああ、そうだな。小さいものなら結構ある。こっから東向きに歩けば『桜の国』ってのがあるな」
「へぇ~。じゃあ、大きな国は?」
「この世界で一番大きな国は、ここ『黒の国』だ。そして、それと比肩する勢力を持っているのが『白の国』だ」
なるほど。世界を二分する勢力が黒と白に分かれてるということか。これはなかなかおもしろいな。
「ま、今は戦争の真っ只中だけどな。」
「え…戦争…?」
突然の単語に、しばし呆気をとられる。
「戦争…って、その二大国が?」
「あぁ、そうだ。世界規模で巻き込みながらやってる」
「世界…」
こっちの世界で言う、世界大戦のようなものか。こんなのどかそうな世界でも、争いがあるのか…
「…ちょうど、お出ましのようだ」
「え、何が-」
そう言った瞬間、イルナが俺を引っ張った。
「うわああ!?」
直後、先ほどまで俺がいた場所が爆発した。
「ななな、何が!?」
「シンは下がってろ!!!」
イルナが俺を後ろへ放り投げた。一体あの細身のどこにそんな力が-
「ッチ!まさか避けるとはな!」
その声とともに、三人の男が現れた。全員が、真っ白な服に身を覆っている。
「まぁいい、たったの二人だ。一気に行くぞ!!」
「「応っ!!」」
そう言って、三人はマントを翻し…真っ白な翼を広げた。
「え…?天使…?」
俺は思わず呟いた。それほどまでに、その翼は綺麗だった。
「ああ、そうだよ!!私たちの敵、『天使』だよ!!」
イルナはそう叫んで、背中にある黒い翼を広げた。
「イ、イルナ。どういうことだっ!?て、天使が敵!?」
天使が敵?天使とは本来、人を助けるためにいるんじゃあ…
「そっちの世界の事情何ざ知るか!!だけどな、私にとっちゃこいつらは『敵』だ!!」
イルナはそう叫び、手を前にかざす。そこから、黒い玉が打ち出された。
「小賢しい!!」
そう言って、天使の一人が腰に携えていた剣を引き抜き、玉を弾き飛ばした。
「俺が小娘をやる。お前達は召還者をやれ!」
その言葉とともに、その天使は駆け出した。イルナもそれを迎え撃つ。
そして後の二人は、なにやら呟いていた。それは-呪文?
「ふん、間抜けが…死ねっ!!!!!」
その瞬間、男の前に魔法陣が展開し、光の剣が伸びた。その矛先は…俺だった。
「え…?う、うわあ!!」
咄嗟のことに、何も身体が動かない。思わず目を閉じる。
「……!」
「…ッチ!」
男の舌打ちが聞こえる。恐る恐る目を開けると、イルナがその剣を掴んでいた。
「あ…」
「シンは絶対に殺させねぇよ」
短くそう言い放つと、イルナはその剣を握りつぶした。
「お、お前、剣を握ったりして…」
「安心しろ、抜かりは無いさ」
見ると、彼女の手には黒い靄のようなものがかかっていた。
「よそ見している暇があるのかぁ!!」
と、先ほどの天使が両手で剣を振りかざし、横なぎにイルナを襲い掛かった。
「ああ?そんなもん-」
「死ねぃ!!!」
「あるに決まってんだろ。」
そう言って、イルナは片手で剣を受け止めた。
「な…!?」
渾身の力で振り切ろうとした剣を片手で止められ、天使は驚愕を隠せない。
「ぬるいんだよ。」
イルナが天使を剣ごと放り投げる。
「甘いんだよおお!!これでも食らいやがれええ!!」
「!」
先ほど、呪文を唱えていた天使のもう片方が叫ぶ。
直後地面に魔法陣が現れ、そこから光の竜が現れた。
「食らい尽くせええ!!!」
竜は咆哮し、イルナと俺を飲み込もうと、凄まじい勢いで迫ってきた。
「それで?」
イルナが片手をかざす。するとそこにあった黒い靄がやりのように伸び、そのまま竜を串刺した。
竜は硬直し、そのまま消え去った。
「あ……あ?」
恐らくは自慢のものだったのだろう。天使は驚いた、というよりも、放心状態であった。
「おいおい、そんなもんかよ?」
イルナが笑みを浮かべる。その笑みは、まさしく悪魔のものであった。
「な、なんなんだ、お前は!?」
足を震わせながら、天使の一人がそう聞いてきた。
「ああ?そんなことも知らずに襲ってきたのかよ」
イルナが呆れた、とでもいうように言い、お尻についた尻尾を見せ付けた。
「ほら、この尻尾。なんか分かるか?」
…それは少女漫画に出てくるような、ハート型の小悪魔の尻尾。一体そんなものがなんだというのか-
「な…槍の如き漆黒の尻尾…」
「ま、まさかお前は…」
「『黒槍のイルナ』!?」
…めっちゃかっこいいやん、あの尻尾。
「やっと分かったか。じゃあ今度はこっちからいくぜ…?」
そう言うとイルナは両手を前にかざし、意識を集中した。
「貫け!!!-『悪魔の槍』!!」
イルナの両手の靄は一箇所に集まり、三人のところへ伸びた。
それは巨大な漆黒の槍。先ほどの竜をも超えるその巨大な槍は、一直線に伸び、天使達を飲み込んだ。
「うわ、すげぇ…」
槍が消えた後、残っていたのは一直線に抉り取られた地面だけだった。
「分かったか、シン?これが、この世界だ」
全てが終わり、静寂となった時、彼女はそう言ってきた。
「お前達の世界にはない魔法がこの世界の根源だ。そして、天使と悪魔が争っている」
魔法。それに、天使と悪魔。
「正直、信じられないとは思う。でも聞いてくれ。お前は天使に命を狙われている」
にわかには信じられない話だ。だが、実際に俺は狙われた。
「これには色々と事情があるんだ…。もちろん全部しっかり話す。だけど今は時間がないんだ」
「そうか…」
「ただ、これだけは言いたい」
「ん?」
イルナが真剣なまなざしで俺を見ている。
「私は、お前の味方だ。いきなり連れて来ておいてなんだが、これだけは信じてくれ」
「…」
「私だって自分が胡散臭いのは承知済みだ。だけど-」
「イルナ。」
イルナの言葉を遮り、俺は言う。
「一つ、聞いてもいいか?」
「あ、ああ…」
「お前は、俺をどうするつもりなんだ?」
正直、今ごちゃごちゃ言われても、何がなんだかさっぱりだ。
ただ、彼女が俺をどうするつもりなのかさえ分かればいい。味方だろうが、敵だろうが俺が頼りに出来るのは彼女くらいなのだから。
「守るよ。」
キッパリと。キッパリと彼女は答えた。
「守るよ。この命に代えても。」
「…なら、俺はお前を信じるよ。」
守るといってくれた。なら、俺はこの悪魔を、信じなくてはいけないだろう、と思った。
「…ありがとう」
イルナは、少し微笑んだようだった。
「お、ありゃお迎えじゃねぇか」
「え?」
見ると、向こうからなにやら人影が来たようだ。
「やっと休めるぜ。ああ、疲れた!」
「…やっぱイルナも疲れるんだな」
「当たり前だ。あんなにがんばったのは久しぶりだ。…と、そうだ。お前がこの世界に呼ばれた理由って話したっけ?」
「いや、まだだ」
「じゃあ、とりあえず迎えのやつに担がれながら話すとするか」
「ああ、頼む」
そう言って俺達は、その場に腰を下ろした。




