第一話 異世界
白銀の城 城主の部屋
「満月…か……」
端正な顔立ちをした青年が、窓の外を見てポツリと呟く。
コンコン、と、ノックの音がした。
「なんだ?」
「白の王。お伝えすべきことが」
「分かった。入ってくれ」
青年は窓から離れ、机の上に置いてあった紙を取りに言った。
扉を開けて、純白の服に身を包んだ男が入ってくる。
「用件は何だ?あの作戦のことか?」
「はい。先ほど、城の裏の平原に『魔力の塔』が確認されました。恐らく、転送に成功したものかと思われます」
「そうか……朗報、なのだろうな」
「はい、その通りです」
青年は、少しだけ顔を曇らせたようだった。だが、その顔もすぐ引き締まる。
「よし、至急保護に向かえ。私も行く」
「…!白の王。何もあなたまで行く必要は…」
「何を言う。全く関係の無い人間まで巻き込んでおいて、その主導者が動かずにいて良い訳が無いだろう」
「しかし、なんらかの危険があるやも…!」
「相手はあちら側では民間人だと聞く。逆に、すぐさま保護すべきであろう」
「…分かりました。そこまで言うのであれば」
「感謝する」
青年は掛けてあった白銀の衣を取り、一振りの剣を腰に携えた。
その姿は窓より降り注ぐ月光によって鮮やかに照らされていた。
それは、まるで地上にもう一つの月が現れたかのような輝きを放っていた。
「よし、では出るぞ」
「は、はい。かしこまりました」
思わず見とれてしまうほどに美しい光を放っていた青年に呼ばれ、男は慌てて後ろにつく。
「白の王、もう一つ報告したいことが」
「ん?言ってみろ」
「あまり確実性はないのですが……。黒の国の方角にも、『魔力の塔』らしきものが発見された、と」
「……やはり、な…」
「何か心当たりでも?」
「満月が一瞬揺らいだ気がしてな。もしやあれが塔なのかもしれない、と思ってな」
「もしや、召還者でしょうか?」
「…さぁな」
白銀に照らし出された二つの影が、夜の平原まで馬を走らせていた。
黒の国 上空
「う、うをおおおおおおお!!!!」
あふれ出る光と風の奔流の中、俺は叫びを上げながら飛び続けていた。-いや、落ち続けていた。
「なんだこれ!?なんなんだこれっ!?」
「ああ、やかましい!暴れるな!!こっちのことも少しは考えろ!」
悪魔の少女がこちらに向かって怒鳴る。…いや、俺が怒られるの?
「っち!二人で飛ぶのがこんなにきついなんて…!っくそ、女王め、もっとガッツリ準備させろってんだよ!!」
少女が愚痴りながら叫んでいる。黒い羽が舞い踊るかのように散っていた。
「ちょ、大丈夫なのか!?なんか飛んでるみたいだけど、大丈夫か!?結局死にそうなんだけど!??」
「うるせぇ、大丈夫だ!!死にしないよ!!…多分。」
「おい、最後の一言なんだ!?」
「あんま喋ってると舌かむぞ!!」
「へ?」
「ゴールだあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
そうして俺達は凄まじい衝撃とともに地面に墜落した。
黒の国 町外れの平原
「っ、ててて……」
恐ろしいほどの揺れと轟音が収まったころ、ようやく俺は上体を起こした。
ふと周りを見渡すと、そこにはクレータがあった。-正確に言えば、クレータの中心は俺だった。
「うわ、なにこれ、俺よく生きてるなぁ…」
「転送術式には緩衝機能もあるからな。どんなことしても死ぬことはねぇよ。…まぁ、本来ならもっと優しく着地するもんなんだが……」
と、少女が起き上がって言ってきた。
「大丈夫か?どっか怪我してないか?」
「あ、ああ大丈夫だ…って!」
唐突に優しい言葉を掛けられたので咄嗟に大丈夫だと言ってしまったが、そんなことを気にしてる場合ではないと気がついた。
「な、なんなんだよ、これ!?一体何があったんだよ!?」
つい先ほどまでのことを思い出す。
家に帰ってきたらこの少女と出くわして、お迎えに来たといわれたらいきなり魔法陣が出て、空にぶっ飛ばされたと思ったらいつの間にか墜落していた。
もう無茶苦茶過ぎる。
「おい、落ち着け」
「いやもう、ほんとなにこれ!?なんなのこれ!?」
なにこれ、以外の言葉が全然出てこない。
「落ち着けってば!」
「訳が分からない!なんだ!なんなんだよ!?」
ほんともう、パニック状態です。
「大体、落ち着けって言ったって、そもそもお前が…!」
「落ち着けって言ってんだろ!!!!」
少女が俺の顔を掴み、強引に顔を向き合わせる。すぐ目の前に少女の瞳があった。
「あ……」
その瞳の色は、とても綺麗な夜空の黒のようで。
その瞳を見ていると、不思議と心が落ち着いていった。
「…どうだ、もういいか?」
「あ、ああ、…」
そう答えると、少女は離れた。
「確かに訳が分からないとは思うが、あんまパニクんないでくれ。そうなればなるほど、余計わかんなくなるからな」
諭すように、少女はそう言った。……なんかこんな際どい服装の少女に諭されたと思うと悔しいが、正しいので反論はしない。
「ああ、分かった……すまない…」
「なぁに、悪いのはこっちだ。こっちこそ悪かったな」
少女は少し申し分けなさそうに苦笑した。
「だけどな、こっちも切羽詰ってるんだ。許してくれ」
「切羽詰ってる?なんのことだ?」
俺に関することで、なにかが切迫しているのだろうか?落ち着いてもやはり状況は掴めない。
「ああ、そのことも含めて、全部説明するよ。ただ、ここは本来の着地場所じゃないから、歩きながらにさせてくれ」
そう言って、少女は手を差し伸べてきた。
「立てるか?」
「あ、ああ」
まだ座り込んでいた俺は、少女の手をとって起き上がる。
「私はイルナだ。お前は?」
「え?」
「名前だよ、名前。それぐらいはあるだろう?」
「あ、ああ…。心。…黒川 心だ」
「シン…か。いい名前だな」
軽く微笑みながらそう言う少女の顔は月光に照らし出され、とても美しかった。
「……ん?」
月光?確か今日は新月だったような…
そう思い周りを改めて見回した。
「な……!!」
さっきまではクレータに座り込んでいたから見えなかったが、立ち上がると少しだけ景色が見えた。
「な、なんだ、ここ…!」
そこには、月明かりに照らされている、森、山脈…そして、まるで影絵のように見える美しい城が遠くにあった。
明らかに日本ではない。いや、現代ですらないであろう景色。
「異世界だよ。お前達から見た、な。」
「え?…異世界?」
「ああ、そうだ。ここはお前達の住んでいる場所とは違う世界だ」
「違う…」
「昔、お前以外にもここに来たやつがいたらしくてな。そいつはこう言ったらしい」
「…」
「heaven……楽園、ってな。」




