あずまらい
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
地雷、機雷……といったら、そこを動くものにとって非常に恐ろしい存在のひとつだよねえ?
積極的に動いて、こちらを害してくるものは、確かに差し迫った脅威。けれど、必死に対処するから思ったよりも被害が出ずに、切り抜けられることもある。
しかし、受動的でこちらが踏み込んでくるのを待っているものというのは、不意をつかれる。準備が整っていないタイミングで喰らうのは、同じものでもダメージが大きい。
備えあれば憂いなし、というのはダメージゼロで切り抜けるケースばかりじゃない。ダメージ喰らってもその被害はごく小さく済ませる。そういう意味合いもあると思っているのさ。
それらを知っているというアドバンテージは、いつの世もでかい。
最近、友達と会う機会があったんだけど、その酒の席でちょっと酔っ払いながら教えてくれたネタがあるんだ。聞いてみないか?
友達が中学校へあがって、間もないころだったという。
授業中、窓の外からけたたましい急ブレーキの音が聞こえてきた。西から東へ向かって、教室を横断する勢いで、皆の鼓膜を一気に揺さぶる。
――これ、事故じゃね?
おそらく、友達以外にも大半の人が同じことを考えたのではないかと思った。
みんなの視線は一斉に窓の外を向いたし、続くであろう音を期待しながら、まるで凍り付いたような数瞬が続いたらしい。
事故に遭う当人は溜まったものではないが、退屈とお友達になりがちな活力持てあまし気味の思春期の少年少女にとって、不謹慎さよりも刺激が勝りがちだ。
期待通りの衝突音は確かに響いたが……問題はその直後だ。
音がぷつんと、途切れてしまったんだ。
大きな音が出たなら、そこには響きが残るもの。しかしそのときは、衝突音が出るや否や、ほとんど間を置かずに静寂がやってきてしまった。
動画を止めたか、防音性のある幕でたちどころに仕切ってしまったか、そのような不自然さだったのだとか。
生徒のみんなもだが、授業をしていた先生がなにより早く動く。つかつかと窓へ近寄り、音が消えたであろう東側をにらんだ。
校舎の三階にある教室。ここから見下ろすことができる車道は思ったよりも近い距離にあり、アスファルトには黒いタイヤの跡が残っている。
だが肝心の事故車が見当たらない。車そのものも、事故にあったであろう人影もだ。
「……『あずまらい』かもな」
ざわつく生徒たちの間で、先生がぽつりとつぶやいたのを友達は聞いた。
直後、臨時の職員会議が開かれて、授業は中止。しばらくして、早めの下校と相成ったが、喜びの声が学校を満たすのもつかの間。
「皆さんには、今からいうことをきっちり守ってもらいます。そうでないと、命の保証はできません」
まさか、先生からマジメにそう警告されるときが来るとは思わなかったらしい。
そこから順次、生徒たちには分厚いレインコートが渡される。真っ黄色のそれは手に取ってみると、ずしりと重みを感じるものだった。
あずまらいを防ぐため、と先生は話してくれたらしい。
あずまらいは、感じで書くと「東雷」となる。
端的に話せば、空中機雷に近いかもなと先生は語ったらしい。でも、人の手のものでないのは確か。自然のいたずらか、あるいは未解明の超自然の手によるものではないかと。
友達の住むあたりでは、ごくごくまれにあることで、ひと昔前は数十年の生涯で一度も出会わない人もざらにいたという話だが、ここのところわずかながら間隔が狭まっているようにも思われているとか。
端的にいうと、あずまらいはしかるべき防護を施されていないものを消す。ぶつかった気配とともに、消す。過去には人が目の前で消えることもあったという。
このレインコートは、そのしかるべき防護が施されたものであって、そこからできる限り肌を出さずに帰宅せよとのことだったとか。
学校の中にいれば安全なのか、という質問もあったものの、このあずまらいは奇妙なことに子供が多く集まるところでよく見られ、建物に次々穴を開けて、倒壊させることもあるとのこと。
下校の危険はあれども、それぞれの家にいたほうがかえって安全……との判断だったそうな。
結論からいう。
友達はあずまらいを、体験することになった。命を落とすことはなかったものの、失う部位はあったんだよ。
右の眉毛だ。
下校中は細心の注意を払ったものの、自宅の玄関先でコートのフードを取り払うや、東から西へ急スピードで通り過ぎる何かに、根こそぎやられたとのことだった。
おそらく、もう少し深くやられていたら肌やその下のものも無事では済まなかっただろうけど、鏡で見たところすっぱり右の眉毛の部分がなくなっていたのだそうだ。
それは数十年経った今でも、まったく生えてくる様子を見せず、困っているとか。




