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昴と別れたあと、木川さんに案内されて星見里の農業を紹介してもらった。地産地消の食堂でご飯を食べると、いよいよ雨が土砂降りに近くなり、今日のところは早々に解散することになった。乗ってきたマイクロバスに再び乗り込み東京へ。東京も雨が強かったので、北村さんのご厚意でそのまま私のマンションの前まで送ってくれた。
「ほえ〜ものすごいタワーマンション。さすがハナさんですね」
「とんでもないです。見栄張ってるだけです」
中井さんが車内からマンションの上の方まで見上げようとしているようだが、おそらく対象が近すぎて上までは見えないだろう。一番上は二十七階まである。真下から見上げたら首を90°に曲げなくちゃいけなくなる。
「日取りが悪くて申し訳ないね、ハナさん」
「いえ、仕方ないですよ。事前にご相談さえいただければ、私のほうはまたいつでも馳せ参じます」
「心強いよ。ちょっとまた会社に帰っていろいろと確認して、また星見里を訪ねることになったら連絡します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
マイクロバスから降りると、中井さんが溌剌と手を振ってくれた。いつまでも元気な彼女を見ていると、なんだか学生時代の自分を見ているようだ。
“波奈って明るくてムードメーカーで青春映画の主人公って感じ”
高校時代に仲が良かった友人に言われた言葉がフラッシュバックする。
「青春映画の主人公か……」
そんなはずない。私が主人公なら、どうして今、見栄ばかり張って購入したタワーマンションの前でやりきれない気持ちになっているのだろう。
雨が傘を打ちつける音を聞きながら、星見里ですれ違った昴の姿を思い出す。
昴はあの場所で、どんなふうに生きてるのかな。
楽しんでるのだろうか。それとも苦労だらけなんだろうか。
分からない。知りたいと思うけれど、どうしたって彼とこれからの人生で交わることはないのだと悟ってしまう。
住む世界が違うのだ。
私と彼では、住んでいる場所も、環境も、何もかも違っている。
きっと、彼はもう私と過ごした時代のことなんて忘れて新しい人間関係の中で頑張っているのだ。
降り頻る雨の中で一人、どういうわけか襲ってくる切なさに胸が締め付けられた。
「……で、私はどうしてまたここに来たんだっけ」
あれから二週間が経った。
日曜日の今日、高速バスに乗り込んで、私は再び星見里を訪れていた。しかも今回は『ベストツーリズム』さんからの依頼ではない。自分の意思で、この場所に舞い戻ってしまった。
猛暑ばかりだった日々が過ぎ去り、三十度を下回る日が三日連続で続いて、なんだか秋めいた風が吹いていると感じていた最中だ。
「晴れてると全然違うなあ」
バス停で降りて、見上げた晴天の空には雲ひとつない。よく言われているように、空が高く澄んでいるような気がする。雨の日のペトリコールの匂いもしないし、どこか哀愁を感じさせるような空気感に、心臓ごと掴まれた気分だ。
私が再びこの場所にやってきた事の発端は、昨日、Xで私に会いたいという切実なメッセージを送ってきた男性と実際に会ったことだ。会ってみるとすっきりとしたメッセージから受ける印象とはちがい、どこか根暗そうなオーラを放っているひとだった。まあ、SNSでの出会いなんて九割はこんなもんだ。それでも、カフェで話しているうちに相手の誠実そうな性格に惹かれて、このままお持ち帰りされてもいいかな、なんて不埒なことまで考えていた。
が、事件は帰り道に起こった。
彼のほうが「もう少し一緒に」と言いかけた時だ。
カシャリ、とカメラのシャッター音がして、振り返った時にはもう遅かった。
スマホを構えた女子高校生らしき三人組と目が合い、「あ、やば」と彼女たちが去っていくのをぼんやりと眺めた。
どうしたものかと男性と道端で突っ立っていると、少ししてXに私たちが二人で並んでいるところの写真をアップされてしまった。
『ハナが根暗男性と一緒に歩いてるところを見た! こういう男が好み?笑』
明らかに悪意のある書き込みで、さっきの女子高校生が投稿をしているなんて信じたくないような文章だった。
みるみるうちに「いいね」と「リポスト」が増えていく。コメント欄では、「だれ?」と私を知らないひとたちのコメントに紛れて、「うわ、ハナの好みまじか」「がっかり」「というか男の方、一般人?」「全然格好良くない」「ていうかブサイク」といった私のファンからの批判が殺到していた。「勝手に写真上げるとか最悪じゃん」と私を擁護する声も上がっていたけれど、そういうやさしいコメントは轟々と燃えている非難の海の中ではまったく目立たない。
『あー……』
最悪。
男性と二人でいるところをスクープ感覚で写真に撮られること自体も嫌だが、それをネットの海に放りこまれて好き勝手言われるなんて。
『どうしたのハナさん』
彼には申し訳なさのほうが勝ってしまって、『なんでもない』と慌ててスマホをポケットにしまい込んだあと、急用を思い出したフリをしてその場で別れたのだった。




