5-2
「私はさ、昴と一緒だからこそ、ここで暮らしてみたいって思えたんだ。実際住んでみて、星見里の空気って確かに美味しくて最高だなって。星空も、うまく写真で撮れないけど、なんとか都会にいるひとたちに伝えてみたいなって思ってる。昴が全部教えてくれたの……本当だよ」
夜だからか、二人きりの車内だからか、自分でも驚くほど素直な気持ちがあふれ出ていた。昴が一瞬だけ大きく瞳を開いて私のほうを見る。それから、口を開いたり閉じたりして何かを言いたそうな雰囲気を醸し出した。「どうしたの」と尋ねると、「俺さ……」と彼はそっとつぶやく。
「高校のころ、本当は波奈のこと好きだったんだ」
好きという二文字が、好きなひとの口から出てくることに、こんなにも胸がときめくのかと初めて知った。と同時に、その「好き」が過去形であることに気づいて、すぐに鈍い痛みが押し寄せる。
「好きって……本当に? でも昴、まなかと付き合って……」
「あれは……。波奈が俺のこと好きじゃないだろうって思って、諦めたんだ。諦めかけてたところに、まなかから告白された。俺、卑怯だからさ。まなかと付き合って、波奈への気持ちを忘れようとしたんだ」
「……うそ」
十年前の出来事が信じられなくて言葉を失う。
あの頃、昴への想いを拗らせて告白できないでいた私のほうこそ、昴は私のことなんて好きじゃないのだと諦めていた。その矢先に昴がまなかと付き合いだして、私の恋はいよいよ儚く散っていったのだ。
それなのに、本当は両想いだったなんて……。
思わず、昴の横顔を凝視する。
「まなかと付き合って私への気持ちは忘れられた?」って訊いてみたい衝動に駆られた。でも、できない。そこまでの勇気を私は持ち合わせていなかった。
「まったく俺は馬鹿だったよ。まなかに失礼だったし、結果的にあいつのことも傷つけちまった。……それから俺は恋をしてない」
「恋してない? 十年も?」
「ああ」
沈黙が訪れる。昴が、高校時代の恋愛を引きずって十年間も恋をしていないなんて話が信じられなくて、言葉を失った。
「大学で気になるひとぐらいできたでしょ」
「告白をされたことはあったけど、好きになれなかった」
「じゃ、じゃあ社会人になってからは?」
「東京では男ばかりの職場だったからな。こっち来てからは見ての通り、恋愛なんてできる環境じゃないだろ」
「星田さんは——」と言いかけて、口を噤んだ。
昴が、星田さんのことを現状恋愛対象として見ていないことはよく分かる。だけど、星田さんはきっと昴のことが好きだから、今ここで彼女の恋愛をぶち壊すようなことはしちゃいけないと思った。
「今は……」
「ん」
「今は私のこと——どう思ってる?」
ブン、と軽トラが止まった。昴が思い切り急ブレーキを踏んだのだ。身体が前のめりに跳ねて、思わず「わっ」と小さく悲鳴を上げる。
「どうしたの?」と聞かなくても分かった。目の前を、一匹の鹿が通り過ぎている。のそりのそり、とマイペースに歩いていく鹿さんを見て、気持ちが和やかに変わった。
「……っと。あぶねー。考え事してたら轢いちゃいそうになった」
「こんなに大きな動物とぶつかることなんてある?」
「あるある。鹿やらイノシシやら急に飛び出してくるからさ」
「へえ〜。東京では見ない光景だね。でも轢かなくてよかった」
「そうだな」
ふう、と昴が大きく息を吐く。鹿さんはちょこんとお辞儀をするように頭を下げて、私たちの前を通り過ぎていった。
気を取り直した様子の昴が、再びアクセルを踏み直す。
「さっきの質問だけど」
鹿さん騒動で忘れられたかと思ったのに、まっすぐ前を向いた彼が続けた。
え、もしかして答えてくれるの?
自分で聞いたはずなのに心の準備ができていない。バクバクと心臓が一瞬にして激しくなった。
どうしよう。ここで答え、聞いちゃう? 今両想いかどうか分かるの!? ちょっと待って、それは——。




