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「別に意地悪したかったわけじゃねえよ。波奈に、星見里の魅力を伝えたくてあえて教えなかった」
そう言う昴の気持ちは本当なのだろう。スマホの画面じゃなくて、この場所の自然の景色を見て心癒されてほしい。彼の魂胆はよく分かっている。それなのに、どういうわけかお腹の底から沸々と湧き上がるのが怒りのようなものだと悟ってしまった。
「……もういい。分かった。昴は私のことを考えてくれてたんだよね」
「あ、ああ。そうだよ」
「でもごめん。やっぱり私は自分の仕事に誇りを持ってるし、ハナに対する批判の声を聞いちゃったから、無視するわけにはいかないかな」
「波奈……?」
昴の瞳が不安気に揺れる。私はどうしようというのだろう。自分でも自分が何をしようとしているのか分からない。
「ここにいる間は、今まで通り畑仕事ちゃんと手伝うよ。だけど、私の仕事についてももう口出ししないでほしい」
自分でもびっくりするぐらい冷たい声が口からこぼれ落ちた。昴が唖然として、それから諦めたように眉を下げる。昴は何を諦めたのか。
私を説得すること?
私をこの場から引きずって外へ出すこと?
それとも、私と分かり合うこと?
たぶん、全部だろう。
昴と分かり合えない。一度はぶつかってお互いの意見を尊重し、ここで共同生活を送ることを決意したはずなのに、ものの一週間でこのざまだ。全部自分が悪いことは分かっている。だけど、止められないのだ。
私は所詮、二十八年間東京で生きてきた人間だから……。
「帰るぞ」
昴が一応、私に声をかけて踵を返す。すぐに彼の後を追うことができない私は、再びスマホの画面へと視線を落とす。
【星見里って最近観光地として人気が出てるってYouTubeで見たよ! ハナちゃん、もっと村での生活を教えて!】
Xに綴られたひとつの意見が目に飛び込んでくる。
「もっと教えて、か……」
去っていく昴の背中を見つめながら、その言葉を繰り返す。
教えて、と言われて黙っていられる私じゃない。
“ハナ”としての自分が、“波奈”をどんどん遠くへと置き去りにしていこうとしている。
昴が役場から完全に出ていくのを見届けてから、私は「ふう」と一息ついた。そして、Xの投稿画面に指を這わせる。
「教えてあげるよ。待ってるひとがいるなら」
誰にも聞こえないほどの小さい声なのに、しんと静まり返る役場の中で残響する。
結局私は一人なんだ。
一人でこの場所から発信するしかない。私が知る星見里の魅力、ここでの暮らし。都会にいる自分だからこそ感じることのできるささやかな命の輝きを。
昴の清潔な石鹸のような残り香を感じながら、投稿画面とにらめっこするのだった。




