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「城山さん、大事なこと教えてなかったんですね、かわいそう」
星田さんは笑いながらも同情するような口ぶりだった。
「波奈〜そろそろ帰るぞ」
役場のWi-Fiの存在を知ったところで、ちょうど昴が後ろから声をかけてきた。星田さんが「お疲れさまですー」と昴に向き直る。
「城山さん、海野さんにWi-Fiのことを教えてないなんてちょっとかわいそうですよー」
くつくつと笑いながら昴の肩を軽く叩く星田さん。あんなふうに気軽にボディタッチができるなんてすごい。
私は……昴が眠っている間に不意打ちでキスした時のことを思い出す。
星田さんの軽いボディタッチと私のキス、どちらがやり手かって考えたら、全員後者だと言うに違いない。でも私にとっては、日常の関わりの中でドキッとする仕草ができる星田さんのほうが上手だと思ってしまう。
「Wi-Fi? あ、ああ。そんなもんあったな」
昴はどこか、ばつが悪そうに首をすくめる。確信犯だ、と分かった。
昴は私に、わざとWi-Fiの存在を隠していたに違いない。そうでなければ、今この場で気まずそうな表情をするはずがないもの。
「昴」
勇気を出して、昴の腕を掴む。星田さんが目を丸くして私を見つめた。自分でもなぜそんな積極的な行動に出られるのか分からない。星田さんという女の子が昴の近くにいるからかな——。
「役場に行こう」
拒否権を与えないという圧をかけながらゆっくりと意思を伝えた。
昴は、私と星田さんを交互に見つめたあと、ため息を吐いて「ああ」と頷いてくれた。
不本意そうだけれど、今は昴の気持ちに構っている余裕はない。
これからどんどん輝きを増していく星空の下、ツアーコンダクターの彼を引きずるようにしてロープウェイに乗り込むのだった。
【ひぃーん。ハナが見られなくてかなしい】
【活動休止してるって話だけど、俺、この前星見里で見た気がする】
【あ、私も。男のひとと一緒だったよ】
【星見里? なにそれ。田舎? FIRE的な?】
【えーそれならファンに一言ほしいわ】
【ね〜。このまま引退したらなんかイメージ悪いかも】
「あ……あぁ……」
口から声にならない悲鳴が漏れ出たのは、役場でXを開き、エゴサーチをした時だ。私の隣では昴が床に座り込んでむっとした顔をしている。私が一人、頭を抱えながらスマホの画面を凝視する姿を、パントマイムでも見ているかのように眺めていた。
【ハナって正直、最近肌荒れとかひどくて気になってたんだよねw 美容コスメインフルエンサーとしてないわ〜】
「うっ……」
エゴサをしていると嫌でも目に飛び込んでくる自分への悪評。聖人君子でないかぎり、どんな有名人にもアンチと呼ばれる存在は必ずいる。そういうひとたちの意見にいちいち心を研ぎ澄ませていたら身が持たないことも知っている。無視するのが一番だ。心に蓋をして、雑音が入ってこないように目の前の仕事に集中する。アンチは声が大きいけれど、自分を好きでいてくれるファンだって大勢いるのだ。そのひとたちの声だけを聞け。
——と頭では理解しているのだけど……。
「私って肌荒れひどい……?」
思わずスマホのカメラを起動して、セルフカメラモードに画面を反転させる。化粧をしているから多少誤魔化せてはいるが、確かによく見たら肌にくすみやクマが見られた。
スマホを片手に落ち込む私を見て、昴は呆れた様子でため息を吐いた。
分かってるよ、昴が言いたいことぐらい。
いちいち気にするなって思ってるんでしょ。SNSでの評判なんて千差万別。全部の意見に反応してたら精神衛生上良くないって。知ってるよ。でも気になるじゃん。昴は、自分の噂話をしているひとの声が気にならないの?
まだ昴が何か言ったわけでもないのに、心の中で彼と喧嘩をしている気分になる。
「昴」
彼の名を呼ぶと、床に座り込んでいた昴は「ん?」と立ち上がった。
「Wi-Fiのこと教えてくれなかったのってわざと?」
きっと、今昴に見えている私の顔はひどく情けない顔だろう。肌は荒れているし、不安で表情がこわばっているのが自分でもよく分かった。
昴は、頭を掻きながら「そうだな」とため息混じりに答える。
「Wi-Fiのこと伝えたら波奈、またずっとスマホに依存するんじゃないかって思って」
「……」
呆れを通り越して、胸がむずむずと痛痒い心地にさせられた。
昴のことをひどいやつだと思ったのは間違いないが、同時に昴の言う通り、Wi-Fiの存在を知ったら自分がデジタルに依存することは目に見えていた。だから昴のことを責められない。




