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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第四章 つまずいたり、進んだり

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4-5

 ゴンドラから遠ざかっていく村の風景を眺めながら、昴はしみじみと語ってくれた。夜、完全に日が落ちて星がちらちらと瞬き始めた時分。こんなふうに大自然の中で囲まれて過ごすのは、こんなにも心安らぐことなのかと実感していた。


「良かった。昴が元気に過ごしてくれて。助けてくれるひとがいて」


 不意に、本音が口からこぼれ落ちる。昴が「え?」と弾かれたように私の顔を見た。私ははっと我に返り、「今のは、その」と口籠る。二人きりの狭い空間にいることをやけに意識してしまい、恥ずかしさで顔から火が出そうだった。


「ごめん。なんか昴のこと、親目線で見ちゃってた。でも本当はね、私……」


 あなたのこと、恋人として見られたらどんなにいいかって思ってる。


 ……なんて、口が裂けても言えない。言えるはずない。十年前に言えなかった気持ちを、今更こんなところで伝えられるはずがない。

 昴は私が何かを言いたそうにしていることを察してくれているようで、「波奈?」と問いかける。が、その時ちょうどロープウェイが星見高原へと到着した。


「やっぱりここは寒いな。今日はちゃんと上着持ってきて良かった」


 心の中に彼への恋情を押し込めて、持ってきたダウンコートを指差す。


「ああ、そうだな。今日は波奈がヘマしてなくて俺も良かったよ」


「む、ヘマって何よ。ど田舎の高原の気温なんて知らないわよ」


「はは、まあそうだよなー。あ、ごめん。早速準備しに行くわ。波奈も来る?」


「うん」


 昴は、受付のある白い建物の中へと入っていく。その背中を追って、私も関係者のような心持ちでバックヤードに入れてもらった。

 いいのかな、と思ったけれど、他のスタッフは特に何も言わない。むしろ、またニヤニヤとした笑顔を浮かべながら見られているような。田舎のひとたちの寛大さと、こういうゴシップネタが娯楽になるのだという事実を改めて思い知る。

 バックヤードには、星空観察のためのレジャーシートや、足元を照らすライトなどの道具が整然と並べられていた。昴は棚の上にきちんと揃えて置いてあったノートを一冊取り出して、何やら熱心に読み込んでいる。ちらりと横から見ると、ノートにはびっしりと文字が綴られていて、ずっと見ていると頭がくらくらしてきそうだった。話しかけるのも憚られるぐらいの集中力だ。五分ぐらいして「よし」とノートをパタンと閉じたあと、私が隣にいるのを思い出したように「あ、ごめん」と小さく謝られた。


「今日のツアーガイドの予習をしていたんだ。何パターンかこのノートに書いてあるから、時期ごとにいろいろ変えて説明してる」


「へえ、そうなんだ。覚えるのめっちゃ大変じゃない?」


「大変だけど、勉強になることも多いし楽しいよ。今日はお客さんがどんな顔をして聞いてくれるかなって想像しながら予習してると、気持ちも乗ってくる」


「そっか。なるほど」


 自分の仕事について語る昴の瞳は活き活きと輝いていた。高校時代、大好きなバスケの試合でスリーポイントシュートを決めた時のようだ。彼はスリーポイントシューターだった。鮮やかな放物線を描いてゴールネットの中へ吸い込まれていく球を眺めては、何度その背中にときめいたか分からない。あの時も今も、昴は目の前の大好きなものに夢中になる時は少年のようにまっすぐなまなざしをしていた。


「あれ、今日も一緒なんですか?」


 そろそろ外へ行こうかと昴が提案したところで、後ろから声をかけられた。このきゃぴきゃぴと明るい声は、星田さんだ。


「ああ、お疲れ。実はしばらく星見里に滞在することになったから、連れてきたんだ」


「滞在?」


 星田さんの眉がぴくりと持ち上がる。私は、なんだか気まずくなって曖昧に「はい、そうなんです」と頷いた。


「えーすごい! こんな田舎に、よく暮らそうと思いましたね〜」


 何の皮肉でもなく、純粋に目を丸くして驚いている様子だった。


「それを言うなら俺たちみんな移住者はそうなるだろ。俺も星田も同じだろ」


「いやまあそうですけど〜。私の場合は、祖父母の実家なのでもともと馴染みがあったんですよ。その点城山さんもそっちの方も、物好きですよね」


「あ、海野です」


「失礼しました。海野さんも、城山さんも変わってますね」


 ふふ、と可愛らしい笑みをこぼして、彼女が「さ、仕事しますかー」と外へと繰り出していく。昴は頭の後ろをぽりぽりと掻きながら、「ごめん、星田はああいうやつなんだよ」となぜか私に謝ってきた。


「別に、何とも思ってないよ。そりゃ都会からここまでの田舎に引っ越してくるなんて普通は物好きでしょ」


「ははっ、まあそうだな。でもまあ、俺は波奈が星見里の魅力に気づいてくれたら嬉しいな、なんて」

 

 昴がけろりと笑う。その笑顔が、やっぱり少年のように純粋で胸がどきりと鳴った。

 もう、どうして私……昴の一言一句にこうも胸が動かされてしまうのだろうか。


「じゃあ、俺たちも行こうか。今日も波奈のこと、最高の星空ツアーに案内してやるよ」


 勇ましい一言に、これまた心臓がとくんと跳ねた。


「何その言い方。期待しちゃうよ?」


 私もいたずらっ子のように笑って返してみせる。昴の頬が綻ぶのを見て、ずっとこの笑顔を見ていたい——そう思ってしまった。



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