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……が、考えが甘かった。
星見里で昴と共に生活を始めてから一週間。
毎朝五時に昴に起こされて一緒に農作業を始める。途中休憩を挟みながらお昼前まで身体を動かし続ける。もうそれだけで一日分の体力を吸い取られたような心地になるのに、また午後からも農作業が待っている。昴には、「午後はやらなくていい」と言われていたが、他にやることがないのだ。だから自然と昴の仕事を手伝うことになり、十五時ごろには腰がガクガクとして動かなくなっていた。おまけに毎日圏外になっているスマホを眺めては、どうしてもデジタルの世界に触れられなくてイライラが募る。
星見里の外の世界が、今どんなふうに動いているのかまったく分からない。
日本では今なにが起きている?
私のファンはなんて言っている?
分からない。知りたい。見れない。知りたい。見たい。
完全にスマホ依存者の禁断症状が出始めていた。身体の疲労と心の疲労が、たった一週間で限界まで積み重なっていく。
「波奈〜今日はこれで終わろっか。てか大丈夫!?」
畑のすぐそばで地べたにへたり込んでいる私を見た昴が飛んでやってきてくれた。
「こ、腰が……動かない」
「うわ、それギックリ腰じゃね? ちょっと待ってろ」
そう言いながら、昴がひょいっと私の膝下と背中に手を添えて持ち上げた。
「えっ、ちょっ!?」
お姫様抱っこをされた。気づいたときには身体が宙に浮いていて、昴の首元に手を回すしかなくなっていた。
「お、降ろしてよ、恥ずかしい……!」
「降りたところで歩けないだろ。いいから家に戻るぞ」
「う〜〜」
悔しいけれど、本当に昴の言う通りだ。降ろしてもらっても自分の足で歩くことができない。たぶん、おんぶの体勢も痛くてできないから、お姫様抱っこをしてくれているのだろう。
だけど昴は恥ずかしくないの……?
私は昴に運ばれながら彼の顔を見上げた。よく見ると昴の耳が赤くなっている。それに、身体も心なしか熱い。農作業をした後だから熱がこもっているだけなのかもしれないけれど、それでもやっぱり照れ臭かった。
今度は昴の胸に頭を預ける。
心臓の音が聞こえる……。
彼の心音が聞こえるほど密着したのは初めてだ。ずっと、こんなふうにくっついてみたいと思っていた。高校時代からずっと。私の手のひらをすり抜ける彼の手に触れたかった。昴が後輩のまなかと付き合い始めてから、とても遠くなっていたこの身体が、今はすぐ近くにある。
いいのかな……。
ドキドキとうるさいほどに鳴っている私の胸が、いろんな感情で弾けそうだ。
このまま、少しでも長い時間昴に抱っこをされていたいと思うのに、昴の家はもうすぐそこにあった。
「腰を冷やすから、ここで寝てて」
リビングのソファの上に寝かせられて、昴が台所から保冷剤を持ってきた。丁寧にハンカチで包んでから、私の腰に当ててくれる。昴の手が自分の腰に触れるたびに、なんだかむずがゆい心地がして、恥ずかしかった。ひんやりとした保冷剤により、痛みが少しずつ和らいでいく。初めてギックリ腰になったけれど、思っていたよりずいぶん痛かった。たぶん、昴がいなければ今頃その場で動けずに泣きそうになっていただろう。
「手慣れてるね」
「まあね。ほら、田舎って高齢の方が多いだろ? ギックリ腰になるひともたくさんいるからさ」
「なるほど……確かにそうだね。昴はこうやってこの場所に住んでいるひとたちの生活を守ってきたんだ」
「なんだそれ、大袈裟だな」
ははっと大きく笑った彼が、なんだか頼もしい。星見里いにる昴のことが、昔の昴とは違うように見えたり、変わらないなと思ったり。高校時代、長い時間を一緒に過ごしたと思っていたのに、やっぱりまだまだ彼について知らないことばかりだ。
「こっちでの生活はどうよ」
腰に当てられた保冷剤の冷たさが心地よいと感じていた最中、昴がそっと聞いてきた。
「やっぱり全然慣れない。でも自然の空気は美味しい。スマホが見たくて仕方がない。いや、スマホが見たいっていうか、外の世界の情報が知りたい」
「そうか。そうだよなあ。俺も、今でこそ慣れたけど、ここで暮らし始めたばっかの頃は世間で何が起こってるのか分かんねえのはしんどいと思ってた」
ちょっと意外だった。こんな田舎に——とは言っては失礼だが、自ら好んで田舎に住み始めた昴のことだから、デジタルに触れられなくても平気なんだと思っていた。でも、考えてみれば彼だって二十年以上、便利な場所で生活をしてきたのだ。町田だって23区に比べたら田舎だとは思っていたけれど、今思えばあれは田舎ではなかったのだ。
「自然の空気が美味しいって思うならさ、たぶんそのうちスマホのこともしんどくなくなるよ」
「んーそういうものかな?」
「大丈夫、大丈夫!」
からからと笑いながら楽観的な口調で言う昴だったが、どうも彼の言葉には納得できない部分があった。私は昴とは違い、インフルエンサーとして働いているのだ。スマホありきの職業だし、スマホの向こう側から自分を見ているひとたちの顔が浮かぶ。この辺の感覚は、インフルエンサーになってみないと分からないのだろう。




