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星見里に再び到着したのは、その日のお昼過ぎだった。
バスの中で、「もうすぐ到着します」と昴に送ろうとしたけれどその時にはすでに圏外になっていて、できなかった。改めて、自分が今からどういう世界で生活しようとしているかを思い知って、大丈夫かなと不安になる。
しかし実際に星見里のバス停に着くと、なんと昴が待っていてくれた。
「お疲れ様。ようこそ、星見里へ!」
ツアーガイドのように両手を広げておどけてみせる昴だが、そういえばこいつは星空ツアーコンダクターだった。
「昴、どうして待っててくれたの?」
「そりゃ、『今から向かいます』って連絡きたからじゃん。迎えに行かないとあとで引っ叩かれると思って」
「もう、私そんな凶暴な女じゃないよ!」
大きな声でツッコミを入れると、昴がくくっとおかしそうに笑った。
「その調子なら大丈夫そうだな。ほら、荷物貸して。行くぞー」
昴は自然な手つきで私の手元からキャリーケースをすっと引き取ると、バス停のロータリーの隅っこに停めてあった軽トラの荷台にキャリーケースを積んだ。
「あ、ありがとう」
なすがまま、なされるがままに助手席へと乗り込む。
「軽トラの助手席に乗ったの、初めてかも……」
「そうか。まあ、都会に住んでたら普通は乗らないよなー。結構楽しいぞ?」
にやり、と口元を緩めて彼がハンドルを握る。ブオン、とエンジンをふかせて、軽やかに走り出した。田舎道だからか、軽トラの助手席は思ったよりも揺れが激しかった。衝撃が座席を揺らし、絶妙にお尻が痛い。だけど、隣でハンドルを握る昴の横顔が眩しくて、左腕に浮き上がる筋にどきりとさせられた。
高校時代も、この腕の筋が好きだったんだよな。
それを昴に伝える勇気はもちろんなかった。伝えたところでおかしなフェチだと笑われそうだし。このきゅんポイントはそっと胸にしまっておく。
「仕事は大丈夫そうだった?」
「うん。当分は撮影の予定がなかったから大丈夫そう。PR案件に関しても、いろいろ調整したらなんとかなった」
「そうか。自分で言い出したけどさ、問題が起きてたらさすがに申し訳ないなと思って」
「大丈夫」
昨日は私の仕事について物申していた昴が、そこまで心配してくれているとは思っておらず、素直に驚いた。でもこれが彼の優しさなのだ。昨日は私のほうも余計なことを言ってしまったから、本来であれば昴が他人の仕事を馬鹿にするようなやつじゃないってことは、私が一番よく知っている。
「これからさ、俺の家でしばらく泊まるのでも大丈夫? もし気になるようだったら、知り合いに頼んで空いている持ち家がないか確認してみるけど……」
「う、うん。昴の家で大丈夫」
さすがに、よそ様のお宅に迷惑をかけるわけにはいかない。
昴と一つ屋根の下でしばらく過ごすことを考えると少し——いや、かなり緊張するしドキドキする。昴はどうなのかな。私と一緒の家に住むことを自分から提案してきたけれど、彼は今の私のようにドキドキなんてしていないんだろうか。
「了解。一昨日使った部屋をそのまま使ってくれていいから。それと、午前中だけでもいいから農作業手伝ってくれると嬉しい。ご飯は俺が作るし、波奈は基本家でゆっくりしてていいよ」
「え、さすがにご飯ぐらい作るよ」
昴は農作業で一日中体力を使うだろうに、自炊までお任せするのはとても忍びない。
とはいえ、私にまっとうな自炊スキルなんてないのだけれど……。
「いや、波奈ってあれだろ。東京であんま料理とかしてないだろ」
「うっ……どうしてそれを」
「いや、だって毎日あくせく働いてたら誰だってそうなるって。俺だって昔東京で働いてたから分かる」
「そ、そっか……。そういえば昴は東京で建築系の仕事をしてたんだっけ?」
「そうそう! 建築設計事務所で建築施工管理技士として働いてた」
「建築施工管理技士……なんだか大変そうな仕事だね」
そのいかつい名前のついた仕事が具体的にどんな仕事なのかちっとも分からないけれど、建築関係の仕事はどれも体力勝負というイメージがある。
「ははっ。そうだな。現場の管理、監督をする仕事なんだけどどっちかっていうと調整役だな。でもどんな仕事も大変なのは変わりないだろ。波奈も、周りからは“自由でいいね”とか言われてない? 実際はめっちゃ苦労してるのに」
「う、うん。友達からはよく羨ましがられる。自由業ってのんびり好きなときだけ仕事ができていいねって……」
フリーランスになってからこういうことを言われすぎてもう慣れたけれど、最初は「そうだね」と笑いながら「何も知らないくせに」と内心憤っていたことを思い出す。
「だよなー。華やかに見える世界ほど、裏では大変な思いをしてるのにな。あ、そろそろ着くぞ」
さらりと私の気持ちを汲んでくれる昴が、なんだか愛しく思えてくる。
昴は分かってくれるんだ。私の仕事ぶりを知らなくても、私がどんな気持ちで仕事をしているのか、理解してくれる気がする。
これから星見里で過ごす時間が、暗いトンネルにほのかに差し込む光のように思えて、ちょっぴり楽しみになった。




