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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第三章 揺れる心の距離

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24/41

3-4

 初恋の人に会って、またその人に恋をして。

 昴との時間が私にとって温かいものになる気がして、胸がときめいていた。

 でも違うのかもしれない。

 私が思っている以上に、昴はヘタレだし、ひとの仕事を馬鹿にするし……。

 私、そんな人に恋をしたんだろうか。

 昴を好きだと思った気持ちは、やっぱり間違いだった。

 そんなふうに割り切れたらいいのに、それでもまだ、彼のことを気にしている自分がいた。


「昴のばか……」


 嫌いになれたらいいのに。

 嫌いになって、もう二度と会わないと叫んで東京へ帰れたらいいのに。

 心のどこから昴が私を探しに来てくれないかな、なんて期待してしまっている。

 昨日、昴が目をきらきらさせて星空について語っていたのを思い出す。昴が作ってくれたカレーの味、だし巻き卵の味。

 そっと口付けをしたときの感触——。


「ふふっ……」


 勝手に自分だけ盛り上がって、恋心に目覚めて、馬鹿なのは私だ。

 アラサーにもなってSNSで即席彼氏をつくって、別れて、また落ち込んで、振り出しに戻る、中高生みたいな恋愛を繰り返している馬鹿は私なのだ。

 一度考え出すと、自分がどうしようもないヘタレにしか思えなくなって、肌に触れる秋風に溶けて消えてしまいたくなった。空を見上げると、私のこの心とは裏腹に突き抜けるような青が広がっている。名前も知らない鳥が群れをなして飛んでいるのを見て、自由でいいなあ、と思う。

 どれぐらい走っただろうか。

 星見里の地理がほとんど頭に入っていない私は、右も左も田畑しか広がっていない大自然の中で、ぽつんと一人取り残されたような錯覚に陥る。


「ここ、どこ……?」


 星見里は山で囲まれている。東西南北は、太陽の位置からしてなんとなく把握できるけれど、背の高い建物が何もなく、完全に方向感覚が失われていた。

 見渡す限りの田畑と、頭上には晴天の空。吹き始めたばかりの秋風が心地よくて、ふつうに歩いているだけなら最高のお散歩日和、お散歩コース。だけど、私の心はどんどん鈍色に曇っていく。


「す、昴……」


 自分から避けたはずなのに、気がつけば口から彼の名前がこぼれ落ちていた。


「昴……どこ……?」


 小さな子どもが親を探すような心許なさで彼の姿を必死に探す。「もう帰る」なんて言っておいて、電波がないせいでバスの予約ができないのは昨日の時点で学習済みだ。にもかかわらず、無防備に飛び出してきてしまった。


「……」


 歩いても歩いても、変わり映えのない景色にうんざりしてくる。

 本当に誰もいないの……?

 いくら人口が少ないとはいえ、昴のように畑仕事をしているひとがいてもおかしくないし、民家だってちらほら見える。それなのに、星見里にはやっぱり自分しかいないのではないかという感覚に恐怖した。

 心細さが募り、気がつけば走ることもやめて歩いていた。後ろから昴が追ってくる気配のようなものは感じられない。完全にひとり。もし今クマに襲われでもしたら確実にやられるだろう。というか、クマなら他にひとがいたとしても太刀打ちできないか……。

 思考があっちこっちへ飛んで、もう自分でも何が何だかわからなかった。どれぐらい歩いたか分からないけれど、何もない道にへたり込む。いつか、誰かが通りすぎるかもしれない。その時に場所を尋ねて、バスの予約のことも聞こう。荷物は昴の家に置いてあるから一度戻らなくちゃいけない。だけどこのままでは元来た道を戻れるかどうかも怪しいから。


「お腹すいたなあ……」

 

 腹の虫が何度も鳴って、自分の浅はかさを呪う。喉もカラカラで、せめて飲み物だけでも持ってくればよかったと後悔した。

 今、何時だろうか。

 すっかりご無沙汰しているスマホのホーム画面で時間を確認すると、十二時三十二分。もうとっくにお昼時を過ぎている。朝ごはんが遅かったとはいえ、畑仕事をして体力を使ったのでお腹が空くのも納得だ。

 昴は毎日、あの大変な作業をしてるんだ。

 なんだか鼻の奥がつんとする。

 体育座りをして頭を膝の中に埋めた。大の大人が何をやっているんだろう。私は所詮、スマホが使えなければ何もできないのだ。自分が今までどれだけデジタルに依存してきたのか、身に沁みて感じた。

 そうしてお腹を空かせながら小さくなって、時間の感覚も失いかけたころ、不意に遠くからブオン、という車のエンジン音が聞こえて、ついでに「波奈」と私を呼ぶ声が周囲にこだました。


「やっと見つけた」


 白の軽トラの運転席から顔を覗かせる昴の額に、びっしりと玉のような汗が浮かんでいた。


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