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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第三章 揺れる心の距離

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3-3

「もう、なにこれ。全然うまくできない!」


 私がしゃあしゃあと声を上げると、昴が「はは」と小さな子どもを眺めるように笑った。


「波奈、力入れすぎだよ。鎌はこう、滑らせる感じで」


「滑らせようとしたら手が滑るの」


「それなら逆にもう少しだけ力を入れてみたら? 稲を持っているほうの手も適度に力入れて」


「こ、こう?」


 言われた通りに力加減を変えてみると、確かに鎌の刃がすっと稲に入るのを感じた。


「そうそう! あと、刃はまっすぐ、地面と平行になるように向きを変えてみて」


 昴がここで鎌を持つ私の手首にそっと触れて、鎌の向きを修正してくれる。その指の温もりに頬が一瞬熱くなる。

 ち、近いんだけど……!

 彼の身体が私を覆うようにして密着している。ドキドキドキとどんどん心臓の音が速くなっていくのは私だけなんだろうか。昴はこの状況でも平常運転しているというふうに、「おお、そんな感じだよ」と私を褒めてくれる。だけど、ふと触れた昴の腕は思った以上に熱く、ちらりと横目で彼の顔を見ると耳も真っ赤になっていた。

 もしかして私と同じ気持ちでいてくれる?

 それとも、農作業で汗を流して身体が熱くなっているだけ?

 知りたい。だけど、さすがにそんな恥ずかしい質問はするわけにもいかず、私はただ稲を刈る手に力を込めた。


 昴にコツを教えてもらったおかげで、さっきよりはスムーズに稲を刈れるようになった。が、それででもペースは遅く、なかなか思うように進まない作業にイライラが募る。対して昴はサクサクと作業を進めていく。彼の足元にどんどん積み重なっていく稲。私は、まだ作業を初めて二十分ほどしか経っていないのに足腰がすでに痛くなるのを感じていた。


「ねえ、この作業いつまでやるの? 腰痛いし、効率悪すぎ。てかずっとスマホも圏外だし、そろそろ私、やっぱり自分の仕事のことも考えないと……」


 つい、言わないと思っていた愚痴がこぼれ出た。

 昴は一瞬自分の手を止めて私を一瞥してから、「あのさ」と呆れ口調で言った。


「効率とかってさ、都会の話だろ? ここでは稲と対話しながら作業するぐらいがちょうど良いんだよ」


「稲と対話? なにそれ、ちょっと引くかも」


 昴への恋心を自覚したはずなのに、いや自覚したからこそ、彼が自分とは全然違う価値観のもとで生きていることを痛感して無性に腹が立った。

 高校生までは同じ場所で生きてきたじゃん。

 社会人になって、昴だって三年前まで東京で働いてたんでしょ?

 まだたった三年だよ。都会での生活のほうが長かったんじゃないの。


「引かれてもいいよ。これが俺の仕事だし、俺の生活だから」

 

 昴は真剣なまなざしでまた稲と向き合う。私はそんな彼の言葉を聞こえないふりをして、つなぎのポケットからスマホを取り出した。


「はあ。やっぱり電波ない。一昨日発売した雑誌の反響とか知りたいのに。YouTubeのコメントだって見れないじゃん……」


 今日一日は自分の仕事のことを忘れても大丈夫。

 ここで作業を始める前はそう思っていた。でも、思っている以上に、私はスマホとデジタルに依存し切った生活をしていたらしい。そんなに簡単に、二日間もデジタルから離れられるわけがない。ネット環境があるということが当たり前だった私が、ネットの繋がらない場所に来たらこんなにも調子を狂わされるのか。昨日は初日だったからなんとかなったけど、二日目の今日、やはり普段の自分の生活のことを思い、焦りが生じてくる。


 そんな私の心中を見透かしたのか、昴が「波奈」と私の名前を呼んだ。


「十分でいいからスマホのこと忘れてみ?」


 稲を束で括って地面に置きながら、彼は穏やかな顔で言った。


「この稲、俺が春に植えて、毎日水やって、虫と戦って、ようやくここまで育ったんだ。フォロワーの『いいね』より、こいつらの輝き、めっちゃ価値あると思わない?」


「フォロワーの『いいね』より……?」


 私はむっとした。


「私が一回投稿するだけで、何十万っていうお金が動くんだけど」


 いやらしい言い方だと自分でも思った。でも、こうでも言わなければ昴には私の気持ちが分かってもらえない。そんなふうに感じてしまって。


「お金? ああ、インフルエンサーだもんなー。いいな、SNSで楽に稼げて。でもスマホ依存になるぐらいなら、俺はこうして自然の中で働いてるほうがいかな。そりゃ、収入は波奈よりずっと低いと思うけど。今の波奈、何かに追われてる感じがしてなんか可哀想だ」


「……っ!」


 そこまで聞くのが限界だった。

 私は持っていた鎌をその場にカタンと落として、手足に泥をつけたまま田んぼから飛び出した。


「私、もう帰るっ!」


「おい!」


 突然、私が走り出したものだから、昴が驚いて私の背中に「波奈どこ行くんだよ」と声をかけた。が、私は振り返らない。そのまま田んぼの畦道を飛び出して、右も左も考えずに走り出した。

 SNSで楽に稼げていいな?

 何かに追われてる?

 先ほどの昴の言葉がフラッシュバックして、胸がツンと痛い。

 そりゃ、インフルエンサーになってから畑仕事みたいに重労働をして働いたことはない。泥まみれになったり、夏の暑さに命の危機を感じたりしたこともない。

 でもだからと言って、インフルエンサーの仕事が決して楽なわけじゃないのに。

 毎朝早起きをするのは農家と一緒だ。メイクも髪の毛も綺麗に整えなければ、みんなが私を笑い者にするようで、毎日必死だ。最新美容コスメの情報を追いかけるのだって実は結構大変だし、撮影はもちろん、動画の編集作業なんて肩は凝るわ目は疲れるわで常に肩こりと眼精疲労が溜まっている。


「私だって、依存したくて依存してるわけじゃないんだよ……」


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