2-15
お風呂はとても気持ち良かった。
一日外にいたからだろうか。
疲れた身体に熱いお湯が沁みる。湯船にたっぷり浸かったあとにお風呂から出ると、昴が居間のソファに座ってビールを飲んでいた。
「お風呂、ありがとう。気持ち良かったです」
「それは良かった。波奈も飲む?」
昴が右手で缶ビールをひょいと持ち上げて私に見せる。どうしようかと一瞬迷ったものの、完全な答えを出す前に「うん」と頷いていた。
昴が冷蔵庫から持ってきたビールはキンキンに冷えていて、お風呂上がりに飲むには最高すぎた。普段、夜は忙しくて晩酌をする間もない。実家で暮らしていたころ、父親がこうして夜にお酒を飲んでいた気持ちが今ならよく分かる。
「波奈、大きくなったよな〜」
酔っているのか、ソファで隣に座る昴が、私の頭をぽんと撫でた。不意打ちの出来事に、身体がぴくんと跳ねる。
「な、なにを……!」
大きくなった、なんて親戚のおじさんでもあるまいし。いったい何を言ってるんだろうか。
「大きくっていうか、でっかく? インフルエンサーなんて、想像もしてなかった。なんだか波奈が遠くに行っちまったなって……」
普段の凛々しい表情はどこへやら、感傷に浸るように眉を寄せて、私の顔を見つめる。昴の頬も耳も真っ赤だ。
昴、お酒めちゃくちゃ弱いじゃん。
「えっと、それは、寂しいってこと?」
この状況につけこむようにして尋ねる。彼が少しだけ私のほうに身を寄せる。自分もビールを飲んでいるけれど、彼の吐息からお酒の匂いがぷんぷん漂う。
「……そうかも」
こてん、と私の肩に昴の頭が乗っかった。心臓の音がかつてないほど大きくなっていく。ついでにドクドクと激しく脈打つ。
ど、どうしたの昴っ。
ちょっと酔っ払いすぎじゃない!?
私は自分の左肩に乗っている昴の頭をじっと見つめた。さらさらの髪の毛が首筋に触れてくすぐったい。
「昴——」
私も酔ってるのかな。たった一杯で? 彼が「ん?」と返事をする。だけど、そのあとには言葉が続かなかった。
彼の顔を覗き込むと、すでに寝てしまっていた。
「寝ちゃったか」
相当疲れたんだろう。昼間は農作業をして、夜はツアーコンダクターをして。そりゃ、クタクタになるに決まっている。
私は、昴の手からビールの缶をそっと抜いて、そのまま彼をソファに寝かせようかと思った。でもその前にふと、自分の中の恋心が揺れた。
「私、今……」
私は、昴のことが好きだった。
彼は初恋のひとで、忘れられないひとだ。
だからなのかな。
初恋のひとに再会したら、みんなまたそのひとのことを好きになるもん……?
初めての経験だから分からない。SNSで捕まえた男としか恋愛をしてこなかった私には分からない。
だけど今、昴に一秒でも長く触れていたいと思う心は、確かに本物だ。
自分の肩に乗っている昴の頭を支えて、そっと彼の顔に自分の顔を近づける。
そのまま——唇を重ねた。
「ん……」
昴がちょっとだけ声にならない声を発する。だけど、寝ているのは変わりないようで、目を開けることはない。ほんの一瞬の口付けだった。目を開けられるのが怖くて、一瞬で離れてしまった。だけど、口付けをした瞬間、やわらかな彼の唇の感触に胸が震えた。甘い気持ちがどんどん広がって、できることならもっと昴のすぐそばにいたいと思ってしまった。
もう自覚してしまった。
私は、昴のことが好きだ。
初恋のひとにまた恋をしてしまった。
星の見える美しい里で、一つ屋根の下、心臓の音が爆発しそうなほどに胸が燃え上がるのを感じて、夜、なかなか眠りにつくことができなかった。




