表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第一章 見失っていく

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/36

1-1

「みなさんこんばんは〜。ハナです。やばいね、もう深夜一時なんだね。こんな夜中だけど誰か見てくれてるかな? あ、すごい。続々来てくれる。わーありがとう! もしかしてみんな明日学校やお仕事休みな感じ? いや、でもこんなにたくさんのひとがみんな休みなわけじゃないよね。『明日会社ですが最後まで見ます!』て、嬉しい〜ありがとう。でも無理はしないでね。睡眠っていちばん大事じゃん。最近めっちゃ感じるもん。夜更かしはお肌の大敵だよ! ……て、私がいちばん気をつけないといけないけどね」


 カーテンを閉め切って、部屋の明かりはばっちりとつけた状態。外の暗さと部屋の中の人工的な電気の明るさのギャップに、体内時計が狂っていく感じがする。それでもやめない。私の——“ハナ”の活動は今始まったばかりだから。

 インスタライブ、通称“インライ”は一週間に一度行っている。かなり高頻度なほうだと思う。美容、コスメのインフルエンサーとして活動し始めてからもう五年が経つ。最初の一、二年は全然知名度がなくて、売れてきたのはちょうど三年目ぐらいだろうか。その頃から、勤め先の広告会社での仕事に辟易としてきて、「会社を辞めたいなあ」とぼんやり考えていた。


 学生時代の友人である裕美(ゆみ)に相談してみたところ、「いっそのこと辞めたら? 背水の陣ってやつ」と、ご意見を頂戴した。チューハイとポテトチップスを片手に、である。私ももちろん、彼女と同じように右手にはビールを、左手にはチータラを持っていた。「裕美がそう言うなら〜そうしよっかなあ〜」と鼻歌なんかを歌いながら返事をした。それから、裕美が「あたしが書いてあげる」と面白おかしく笑いながら退職届を認めた。その届を翌日には上司に提出したのだが、最初は退職願を出すのが普通だとチクリと言われる羽目に。いや、今思えばなんの前触れもなく突然退職届を提出した私が100%悪い。だがもう退職の意思を固めた部下にこれ以上強く注意をする気力も残っていなかったのか、上司は渋々「もういい。退職希望日はいつだ」と淡々と事務手続きを始めていた。


 そういうわけで、無事に(?)退職することができた私は、晴れてフリーのインフルエンサーとしての活動を始めたわけだ。

 今では夜中にこうしてインスタライブをしても、五千人の視聴者が集まるほどに有名になってしまった。ありがたいことに。


「こんな夜中にお肌の手入れしてまーす。てか、寝たほうが絶対いいよね、うん、私もそう思う。でもさ、最新コスメを手に入れたら真っ先にみんなに共有したくなっちゃう。だから今から紹介しまーす! まずはこの化粧水。『サクブルーム』の最新作だよ。ほんのりシトラスの香りがして、保湿力抜群。とろみがあって塗りやすいのもポイントなんだよね〜」


 企業からいただいた案件でも、あたかも自ら進んで紹介しているというふうを装う。そういうのは暗黙の了解で、きっと視聴者の半分以上はPR案件だって気づいている。だけどいちいちツッコむひとなんていない。それがインフルエンサーへの最低限の礼儀とでもいうように、「めちゃ使いやすそう」「欲しい」などと肯定的なコメントが送られてくる。


「わ〜嬉しい。じゃあ後でまた購入サイトのリンク付きで投稿するから、そこからまた見てみてね。普通に調べても出てくるよ。次は乳液ね。こっちも『サクブルーム』なんだけど、これがまたパッケージからおしゃれで上品じゃない? 女子同士の旅行とかで持っていったら絶対みんな食いついてくるから。もちろん、彼氏や家族との旅行にも最適」


 私が喋ると、みんなが喜んでくれる。

 そうでも思わないとやっていけない。


「みんなのおすすめのコスメもぜひ教えてね!」


 三十分……いや、一時間ほど喋り倒しただろうか。時折コメントを拾い上げる時間も挟んで、なんとか呼吸を整えつつ本日のインライを終了した。深夜二時過ぎ。さすがに夜更かししすぎだ。

 

「あー疲れたっ」

 

 スマホを充電器に繋いでベッドに横たわると、ふかふかのマットレスに身体が沈んでいくような感覚に陥る。

 良かった。すぐに眠れそうだ……。

 一日の終わりに、どっと込み上げる疲れは新卒から勤めていた広告会社のそれとはまた違った質のものだ。あの頃は、そう。身体的な疲れのほうが精神的な疲れよりも勝っていた。朝九時から夜八時ごろまで、ひどい時は夜十時を過ぎるまで残業をしていたんだけど……。それでも、今のほうがよっぽど疲れているな、と思う。


「サラリーマンよりも楽になるって思ってたのになぁ」


 そんなもの、幻想でしかなかった。

 フリーでの活動は、確かに時間的には融通が利く。自分がやりたい時に仕事ができる場合がほとんどだ。でもその代わり、不安定なことが多い。社会保険や雇用保険はないから、急病や妊娠・出産して休んだ場合は単に収入が減るだけだ。もちろん他で保険に入っておけばいいのだろうけれど、今の私にそこまで考える余裕がない。幸い収入は多いほうだから、なんとかなっているけれど。

 でもこの収入だって、いつなくなるか分かったもんじゃない。

 リスク管理——今まであまり考えていなかったが、会社員の頃は会社がおのずと背負ってくれていたのだ。大海原に放り出された私は、身一つでなんとか頑張っていくしかない。三年目でも、いつ訪れるかわからない危機にはずっと怯えているし、慣れない。だからこそ、今私のファンでいてくれるひとたちは離れて行かないように、ファンサービスも仕事もどっちも大事にしなくちゃいけなかった。それが、こんな時間までインスタライブをする生活につながっている。


「ばかみたーい」


 って、自身を揶揄するだけだならいくらでもできた。

 ばかでも考えなしでも、生きていかなくちゃいけないのだ。

 

「とにかく寝よ……」


 寝る前に考え事に耽るのはあまりよろしくないらしい。何かのサイトで見たことがある。いつどこで見たんだろう。思い出せない。でも、誰に教えられなくたって、体感的になんとなく分かるよ。寝る前に考えすぎたらどんどんマイナスな方向にいっちゃいそうだから。

 できるだけ何も考えないように、深呼吸をして布団に身を沈める。

 疲れているから簡単に眠りの世界にどっぷり入り込むことができた。

 おやすみ、今日の自分。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ