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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第二章 星をかたるひと

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2-12

「都会じゃ見られないからな。この満天の星空は。俺も、初めて星見里の星を見たときにはそれはもう感動しちまって。しばらくぼーっと空を眺めてた」


 昴が初めて星見里の星を見た日のことを思い出している様子で両目をすっと細める。星見里に引っ越してきたは三年前だと言っていた。彼が圧倒的な自然の景色に魅入っている間、私は何をしていたんだろう。ちょうど前職の広告会社での仕事を辞めようか迷っていた頃だろうか。あのとき、日々迫り来るタスクを目の前にしていて、自分の外側の世界にこんなにも豊かな景色があるかもしれないなんて、想像さえしなかった。


「なんか……いいね。ここでの暮らしは正直あんまり想像できないけど。でも昴が楽しんで生活してるとこ見ると、ちょっとだけ羨ましいなって思っちゃう」


 昴には昴の苦労があることだって分かっている。いきなりこんな田舎に出てきて、彼が最初から周囲のひとたちやこの環境に馴染めたとは思えない。だけど……虚しさに心を支配されながら都会で一心不乱に働く苦労と何がちがうというんだろう。質は違えど同じように苦労するなら、ふと疲れた時に見上げる美しい星空があるほうがいいに決まっている。


「それならさ、波奈も暮らしてみれば?」


「……は?」


 予想だにしなかった方向から話が飛んできて、思わず間抜けな声がこぼれ出る。


「なーんてな。冗談冗談」


 ははっ、と鼻の下をこすりながら笑う昴の歯はびっくりするぐらい白い。


「でもさ、今日ぐらい泊まっていけば? この辺にホテルなんてないし、もう遅いじゃん」


「いやいや、さすがにバスで帰るよ」


「でもさ、電波ねえし。予約できないしー」


「えっ。バスなら昴がなんとかしてくれるってさっき言ってたじゃん」


「あーあれは、適当! そもそもバスの最終発車時刻は十九時だし」


「はあああああ!?」


 最終バスが十九時!? 

 咄嗟にスマホで時刻を確認する。そうだ。そもそもこのツアーが始まったのが十九時だった。わざわざ確認するまでもない。


「昴……もしかして、分かってて私を星空ツアーに誘ったの?」


「そりゃあ、まあそうだな」


 悪気のない様子で答える。はああ、と盛大なため息を吐いたけれど、不思議と騙されたというような怒りは湧いてこない。


「分かった……とりあえず、今日帰れないっていう現実は受け入れた。でもどうしよう。ホテルもないんでしょ。電話ならできると思ったけど、そもそも泊まる場所がないんだったら仕方ないし……う〜ん……」


 考え得る解決策の中に「野宿」という言葉が浮かんできて、いやいやいやと、打ち消した。

 いくら田舎とはいえ、野宿なんて危険すぎる。そもそもやったことないし。テントも何も持っていないし。

 私が必死に考えあぐねていると、昴が「じゃあさ」と何の気なしにこう言った。


「俺の家に泊まれば?」


「はい?」


 空耳だろうか。さっきから、昴の発言に心が取り乱される。こんなに感情が大きく波打つのはいつぶりだろうか。


「昴、今なんて?」


「だからー、俺んちに泊まればいいじゃんって」


 やっぱり聞き間違いじゃなかった!

 信じられない気分で、昴をじーっと見つめる。彼は恥ずかしそうにちょっとだけ目を逸らしたものの、前言撤回まではしないつもりらしい。

 恋人同士でもない、いい歳した男女が一つ屋根の下で夜を明かす……?

 いやいや、さすがにそれはどうなのよ。

 曲がりなりにも、私にとって昴は初恋の相手だ。今は……まあ、その頃の気持ちはないけれど、それでも再会したばかりの初恋のひとの家に泊まるなんてそんな無謀なこと——。


「大丈夫だって。部屋余ってるし。寝るだけだろ。別になんもしねーよ」


「それは……」


 昴にきっぱりとそう言われて、なんだか逆に私が不埒なことを考えているみたいなって恥ずかしい。

 それになんもしないって……そこまではっきり言わなくても。

 て、私は何を期待しているの!?

 なにもしないっていうのは、昴なりの誠実さではないか。私は、心の底では昴とそういう関係(・・・・・・)になりたいと思っているのだろうか。


「この時間にその、女の子を外に放り出すわけにもいかねえって。星空ツアーは俺が誘ったんだし、俺は今日、波奈を家に泊める責任がある」


「う、う〜ん……」


 確かに、星空ツアーに誘ってきたのは昴だ。だけど、星空ツアーの開始時刻と最終バスの時間を知っていた昴は、どうしても最初からこうなることを考えていたとしか思えなくて。

 ……と、そこまで考えて、私は思考をやめた。

 昴が確信犯だったとして、私にはこれ以上なす術がない。だったらもう、大人しく彼の言う通り一晩泊めてもらうしかないんじゃないだろうか。

 うまいこと口車に乗せられた気がしないではないが、ここは彼の厚意に甘えるしかないな。

 それに、今私のことを“女の子”扱いしてくれたことが妙に嬉しかったのは秘密だ。



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