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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
第二章 星をかたるひと

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2-5

 彼のほうは名残惜しそうに『ハナさん!』と私を呼んでいたが、私は振り返らずにダッシュで走った。

 たぶん、私が教えるまでもなく、彼もいずれあの投稿を目にするだろう。

 その時彼がどんな気持ちになるのかを想像するだけで吐き気が込み上げてきた。

 なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの……?

 何も悪いことなんてしてないないのに。

 ただ必死に毎日生きてるだけなのに。

 なんでこんな目に……。

 涙が目に浮かぶ。拭っても拭ってもあふれてくるのは、今まで死に物狂いで積み上げてきたものがあっけなく壊れてしまう音を聞いてしまったからだ。

 あとから冷静に考えると今回の件で私の信用が失われたわけではないはずなのに、この時の私には物事を俯瞰して考える力がなかった。

 ふらふらとした足取りで家に辿り着いた時には、スマホで明日発の星見里行の高速バスを検索して、予約までしていた。どうして星見里に行こうと思ったのかは、正直自分でも分からない。あの場所で昴に出会ったことが私の背中を押しているはずなのに、昴には会わないでおこうと考える自分もいて、矛盾だらけだ。


 そんな私の気分とは裏腹に、嫌味なほど抜けるような青が広がる空を仰ぐと、自然と喉が開いていくような心地がした。


「ぐふっ」


 肺のほうは開ききっていなかったらしく、空気が胸につかえたような気がしてごほごほとむせる。実体のない空気がつかえるはずないのに。いつもとにかく緊張で身体が張り詰めている証拠だ。


 さて。

 勢いで来てしまったのはいいものの、今日私はどうするつもりなんだろう。

 そもそもいつ、東京へ帰る予定なのかすらも決めていない。幸い今日は日曜日なので、相手のいる仕事は入っていない。やるべき仕事があるとすれば、インスタグラムでお気に入りの最新ファッションの紹介をするぐらいだ。

 でもそれも、絶対今日しなくちゃいけない仕事じゃない。

 時刻は十四時二十分。お昼ご飯をまだ食べていないことに気づく。意識するとお腹がくう、と情けない音を立てた。

 前回来た時は木川さんに地産地消の食堂を紹介してもらったっけ。

 今日もそこに行くのもありだけれど、せっかくだからいろいろ見て回ろう。

 幸い九月も下旬に差しかかり思っていた以上に涼しい。山間の村だからかな。標高が高いのが関係しているのかもしれない。


「よし」


 何に対しての意気込みなのかよく分からないけれど、とにかく身体を動かそう! の精神で一歩前へと踏み出すのだった。


 星見里は中央部に役場があり、その役場の前を、南北にかけて一本の川が流れている。川の名前は分からないけれど、川の水音が小鳥のさえずりみたいで心地よいメロディを奏でていた。

 役場の周りには小さな郵便局、それから診療所、コンビニ程度の大きさのスーパーがあるのが特徴だった。スーパーといっても売店のようなこじんまりとしたお店で、日曜日の昼間だがお客さんはいなかった。辛抱強く覗いてみると、店の奥のほうで高齢の女性店員さんが椅子に座って船を漕いでいるのが見えた。


「ご飯屋さんは、う〜ん……」


 飲食店があるとすれば役場の近くかと思ったが、どうやらここには一つもないらしい。やっぱり前回行った食堂にしようかと思い立ってそちらのほうへ歩いていくも、時刻は十五時前で、閉まっていた。

 それもそうか。

 もうとっくにお昼時を過ぎている。

 なんで私はバスでご飯を食べてこなかったんだろうと、我が身を振り返って心の中で愚痴をこぼす。日頃の疲れが溜まっていたせいか、心地よく揺られる高速バスのなかで眠りこけていた。


 田んぼの畦道を歩きながら、きょろきょろと視線を動かした。見渡す限り田んぼや畑が広がっている。時々民家らしきものが現れ、農家の家なのだと悟る。


「食べ物がなーい!」


 田んぼには収穫前の稲穂がきらきらとした日の光を浴びて、さわさわと風に揺れる。その風景は心に沁みる。だけど、腹の虫がぐうぐう鳴いていては景色を堪能することもできなかった。

 なんとか気持ちを保ちつつ、食糧を求めて前に進む。

 それからどれぐらい歩いただろうか。

 食堂の前を通り過ぎてから時間にして二十分程度だろうか。ここにいると時間の感覚がなくなる。それぐらい時がゆっくりと流れているような気がするのだ。


「『喫茶きこり』……」


 それは、ぱっと見小さな木造の家だった。

 他の民家と変わらない、二階建ての三角屋根の家。だが、玄関の格子状の木の扉の横に『喫茶きこり』と小さな看板がかかっている。正面から中は見えない。でも、その家——否、お店の周りをぐるりと歩くと、窓から店内の様子がうっすらと窺えた。

 木製のイスとテーブルが四セットほど並んでいる。また、奥には座敷もあり、絵本や子どもの頃遊んでいたけん玉、かざぐるま、コマ、紙風船などのおもちゃが置かれていた。

 その温かみのある空間に、思わず「おお」とため息が漏れた。

 再び正面に戻り、意を決して扉を開ける。

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