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きみと、まるはだかの恋  作者: 葉方萌生
プロローグ

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プロローグ

 恩田川(おんだがわ)の川沿いの道は、春になると桜が咲き乱れて、お花見をするひとたちがわんさか訪れる。満開の時期もそうだけれど、花筏(はないかだ)が美しいのだと評判だった。だけど、秋の夕暮れ時の今は、歩いているひとは少ない。一応東京都なのに、ここは地方出身のひとが想像する“東京”とは程遠い。川も桜の木もいつだってここにあることには変わりないのに、桜の時期しか見てくれるひとがいないなんて、ちょっとかわいそうだ。


——なんて、好きなひとの隣を歩いている私は、自然の気持ちになって感傷的に浸っていなければ、つい緊張で呼吸が乱れてしまいそうになる。


「どうした波奈(はな)、さっきから黙りこくって」


 私の想いびと——城山昴(しろやますばる)が無邪気な瞳で私の顔を覗き込む。ち、近い。そんなに間近で見ないでって。ほら、心臓が暴れてるじゃん。心音、聞こえちゃいそうだよ——と、頭の中で、私の乙女心はいつも忙しなく荒れている。


「なんでもない! なんかこういうの……いいなって思って」


 同じ高校。同じ部活。男女で活動は別だけれど、共にバスケ部に所属する彼とは高校一年生の時に出会って、一年半を迎える。高校二年生の秋、色づいていく木々の横目に、私の心も淡く移り変わっていく。恋心に気づいたのは二年生の春。ちょうど、ここの桜が満開になった頃だった。


『波奈って桜が似合うな』


 部のみんなで新歓を兼ねてお花見をしていた時だ。これまで男子部員たちと大口を開けて笑っていた昴が突如、私のほうを振り返って言った。


「ここを歩いてると、いろいろ思い出すの。通学路だし、毎日通る道だけど……。思い出が積もっていくのがいいなって」


 柄にもないことを言っている自覚はある。普段、友達グループの中では明るいキャラクターで通っているし、感傷的になるのも自分の性分とは違う。だけど、昴の隣にいる時はいつだって調子を狂わされている気がする。


「なんだそれ、らしくないな。でもまあ、気持ち分からんでもないわ」


 ふっ、と笑みをこぼして鼻の頭を掻きながら言う。彼が照れくさくなっている時の仕草だ。触れてしまいそうな距離にいるのに、なかなか触れられない。そっと、彼の左手に自分の右手を伸ばす。もう少しでこの手をとれる——その刹那、彼のスマホがブッと震えた。


「あれ、まなかからだ」


「まなか?」


 まなか、とは女子バスケットボール部の後輩である幸村(ゆきむら)まなかのことだ。ふわふわの長い髪の毛をお団子にして練習をしている。身長が低くて小動物のような見た目をしている彼女は可愛らしく、バスケ部の間では癒し的な存在だ。私の同級生が彼女のことをぎゅっと抱きしめて「まなかは可愛いねえ」とよしよしと頭を撫でるのも日常茶飯事だ。

女バスと男バスは隣同士で練習をするので、男女の垣根を超えて交流がある。私と昴がこうして仲良くなっているのもそのためだ。

 だから、もちろん先輩や後輩も男女の区別なく関わることが多いのだけれど……。


「なんだろうな。バスケの相談か?」


「相談? なんで昴に」


 バスケのことで相談があるなら、普通なら女子の先輩に相談するだろう。

 でもまなかは昴に電話をかけてきた。きっとバスケの相談なんかじゃない。

 うっすらと感じとる、まなかの真意。昴はそれに気づいているのかいないのか、少し考える素ぶりを見せて、通話ボタンを押した。

 この時にきっと、私の恋は終わったのだ。

 ぬくもりを掴むことができずにすり抜けた手が宙を彷徨った。


 昴がまなかと付き合い始めたのは、それからおよそ半年が経ち、私たちが高校三年生になった頃だ。

 告白をしたわけでもなく、消化不良のまま、青く燃えていた恋の炎がしぼんでしまった。  

 大丈夫。こんな恋はいつか忘れてしまうから。

 初恋は叶わないっていうじゃない。

 だから仕方がない。そういう運命だったんだから。

 悲しくなんて……ない。


 間違いなく、昴が私にとっての初恋だった。

『え、似合う……?』


 新入生の女の子たちと楽しくお弁当を食べていた私は、不意に聞き捨てならないセリフを耳にして、昴のほうを凝視する。私と目が合った昴は照れくさそうに鼻の頭を掻きながら、だけどキリッとした眉でしっかりと私を見つめ返していた。

 他の部員もいる手前、彼の言葉の真意をその場で確かめることはできなかった。「なになに、どうしたの二人!?」と友達が愉しげに茶々を入れてきたのが恥ずかしくて、俯いてしまう。男子のほうも、「ひゅーひゅー!」といつのまにか囃し立てている。これにはさすがの昴も耳まで顔を赤くして、「お前らやめろ」と声を上げた。

 恥ずかしいなら、なんで今あんなことを——。

 そう彼に訊いてみたい。けれど、みんなの前でこれ以上昴を会話をすることも憚られて、ただ甘い気持ちだけが胸に溶けていくのを感じた。

 恩田川の表面にちらちらと落ちていく桜の花びらみたいに、私の胸にも降り積もっていく確かな恋心を、この時初めて自覚したのだ。


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