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 無機質な白の壁が、この世とあの世の境界を映しているようだった。

 隣で眠る君に、カーテンの隙間から覗く月の光が当たる。緑の猫ぽいものが君の顔の横で、身を小さくした。獣の金の瞳と目が合った。



 にゃー



***


「ねぇ、もう気になってしょうがない。フウマ、この前何いれたの?」

「おぉ、それ俺も気になってた。俺らはいったい何の出汁を飲んだんだ?」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。もう過ぎたことですし、食べても害はない……と、いいなと思っています」

「おいおい、なんだ、その歯切れの悪さ。マジで教えろって!!」

「そうよ、今聞かなかったらいつ聞けるか分かんないじゃない」

「あ。カオリさん。来ましたね。そろそろカオリさんの話が聞きたいです」

「……おい、話かえるなって。じわじわ怖ぇじゃねーか」

「タケルさん。尖ってた人が闇鍋ごときで情けないですね。恥ずかしくないんですか」

「恥ずかしいわっ! 今の俺じゃなくて、その頃の俺がな!」

「ちょっとタケル、フウマの口車に乗らないで。微妙に話の主旨変えてきてるから」

「おっ、逃げる気か!」

「……カオリさん。カオリさんもなんだったか気になります? 僕が入れた具……あれが」



 フウマが鍋に箸をつけた。渋々タケルとサヤカも箸を鍋につける。



「あ。僕ですね。……僕が引いたらこの話をしようと決めてました」




***



 秘密―フウマ


 僕には義理の母と姉がいるんです。いわゆる連れ子同士の再婚です。僕が中学1年生。義姉(あね)が中学2年生のときに家族になりました。中学1年なんて多感なときです。いつも知らない女子がなぜだか近くにいるんです。知らないって義姉なんですけどね。



 義姉は炊事洗濯掃除、何でもできました。どれも、にこにこ楽しそうにやってのける人。


「僕にはそれが鼻についたんです。だってまだ中学生ですよ? 嘘くさくて気持ち悪い」


 僕はそんな不気味な義姉を受け入れることができなかった。

 だって、その義姉の姿は僕がありたかった、父さんにとっての息子像そのものだったから。


 義姉が笑顔でごはんができたと告げてくるたび。洗い物中、よく眠れた?って振り返るたび、僕は過去の自分を責めることになったんです。


 僕もそうやって父を助けたかったから。理想の形の義姉と、それを叶えられなかった僕。義姉の存在は僕を責めるだけだった。近づける訳がない。話が出来るわけがない。彼女が笑うたび、自分の不甲斐なさを思い知らされるだけでした。




 そんな日々が数年続いた。僕が高二、義姉が高三のときでした。それまでと変わらない、笑顔の義姉と、そんな義姉を疎む僕。



 その日、家には僕しかいなかった。


 しんと冷えて、静まりかえった室内に響く着信音。なんだか嫌な予感がした。



「もしもし」

「こちら○×警察です。#*@(ピー)さんのご自宅でお間違いなかったでしょうか?」

「はい」

「数時間前、衝突事故にあわれ、今○○病院で手術中です。至急お越しいただきたく……」



 今ってなんなんでしょうね。今僕はここにいて、でも数秒後には今は変わるんです。

 家に父がいて、義母がいて、義姉がいる。みんなで鍋を囲んで、はふはふと息をもらして食べる。


 それがずっと、一生続くものだと思っていました。あのときまでは……。



 病院についたとき、義姉は頭と右腕に包帯を巻かれ、何も映していないような目で、ただ空を見つめていました。



 到着した義母が、義姉の目をみて泣き叫びました。父が義母の背中をさすり慰めます。



「この子ね。私にはもったいないくらいの娘なの。いつもにこにこ笑って。家事も全部やってくれて。あなたには勉強があるでしょって言ったら、照れたように笑いながら、それが嫌だから家事してるんだよって言うの。でも、私は知ってる。この子が寝る間を惜しんで勉強してたこと。子供が好きだから、保母さんになりたいんだって。でもこのへんじゃ、保母さんの資格のための学校は私立ばかりだから」



 義姉は大好きな母を支えながら、自分がなりたいものになりたいだけだった。




 義母の話を聞いて知ったのですが、義母は一時精神的に落ちてしまったときがあったそうです。それを助けようと義姉は……。



 義姉が頑張れば頑張るほど、それは義母を追い詰めたそうです。きっと僕が感じた劣等感みたいなものを、義母も義姉に抱いてしまったのでしょう。そして義母は義姉を責め立てた。




「媚びでも売りたいの? そんなに完璧にして! それとも、そうやってすることで、完璧にできない私を責めてるの?!」



 義母にそう言われて、義姉は泣き叫んだそうです。




「私が本当に完璧だったら、お母さんが苦しむことはなかった!」



 それだけ言って、逃げるように自分の部屋に戻って。次の日にはいつも通り、朝ごはんを作っていたそうです。



 義姉はただ自分の大事なものを守りたかっただけだったんです。無理したり強がったりはあったかもしれない。でも、そんなことは義姉にとって些末なことだった。



「その義姉の温かさを、もう感じられなくなって初めて、僕は求めてしまうんです」


「滑稽ですよね」と言って、自嘲するように、軽く首を横に振ったフウマが、わたしの手を両手で包んだ。








「カオリさん……。いや、義姉さん。あなたの目に、僕はどう映っていましたか?」





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