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 蒸し暑い夏の夜。ベランダに出て缶ビールを開ける。うっすらと花火の光に照らされたアスファルトに、色が落ちる。闇の中に淡い緑の光が集まり、猫ぽい形を作る。それは、少し浮いたまま、それでも確かに歩いて向かってきた。


 にゃー




***



「うわっ! タケルまたやったでしょ! 今度は何入れたの!」

「大丈夫だって。今度は食べられるもんだから」

「え。タケル君が”火が通れば大丈夫”って言うから……」

「え。フウマ……? 何入れたの……?」

「え、サヤカさん。なんでそんな震えた声で聞くんですか? タケル君が変なもの入れたときと反応が違うじゃないですか」

「こういうのは普段真面目な人の方が想像できなくて怖いのよ」

「……あ。カオリさん。カオリさんは何をいれますか?」

「おい、フウマ。話を変えるな。何入れたんだ?」

「カオリさん。今日は誰がアタリを引きますかね?」

「おい、フウマ」

「ねぇ、フウマ……?」



 ガスコンロの仄かな灯りだけが4人がそろったことを告げる。醤油ベースのおいしそうな香りが漂う。



「さて。今日は誰がアタリを引くんですかねー?」



 それぞれ順番に鍋の具材に箸をつける。



「アタシかー」



 誰も入れた覚えのないソレに、箸をつけたのはサヤカだったらしい。珍しくサヤカの言葉が詰まる。



「……アタシもこれ言ったことないんだけどね。まぁ。なんていうか。きっと自分の心を守るためだったんだろうな」




 苦しそうに絞り出すように。それでも“ルール”だから、サヤカは続ける。




***



 秘密―サヤカ


 こんなアタシにも大事な友達がいたの。その子はね、目立つ子ではなかったけど、清廉で潔白な子だった。凛とした目が印象的で。その目が大好きで。だけど、怖くもあった。


 アタシは彼女を確かに好きだった。でも、その凛とした瞳がアタシの汚いところを見つけてしまわないか怯えてもいた。そんなとき、彼女の視線に気付いたの。


 彼女の視線の先には輪の中で笑う男の子がいた。



 そして気付く。一人でいる彼女の視線の先には、いつも同じ男の子がいることに。時々人間味さえ感じない彼女に好きな男がいるって分かって、アタシ嬉しかった。




 自分と同じところに彼女が降りてきてくれた。

 アタシはそのままの気持ちで、聞いた。



「もしかして、あの子のこと好きなの?」



 みるみるうちに頬を赤くした彼女は、静かに頷いた。どこかつかみ所のない子だったから、彼女の気持ちの一番柔らかいところに触れられた気がして嬉しかったの。


 アタシ調子にのって、彼がどんな人なのか、どんなところに惹かれたか、いつから好きなのか、喋ったことはあるのか。もう質問攻め。



 ふふっと自虐的に笑ったのが、声で分かった。手元の取り皿からは湯気がもう消えていた。



「彼女はただただ顔を赤くするだけで、何も答えてはくれなかった。答えてくれないからこそ、彼女の彼への思いの強さを感じた」


 だから、彼女の中に占める自分の存在の脆さに気付いてしまった。


 アタシはいらないのかもしれない。思えば、アタシばかりが彼女を求めていた。朝の挨拶もアタシから、休み時間トイレに誘うのも、昼休みに彼女の腕にしがみついて食堂に行くのも。全部がアタシから。



「アタシは彼女の一番になりたかった」



 ある日、「アタシには話したくない?」って聞いたの。ずるい聞き方だよね。そんな風に聞かれて話さないで済ますことの出来る子じゃなかった。アタシは彼女のその優しさにつけ込んだの。



 すると彼女は、いつもの穏やかな口調で話してくれた。彼のどんなところが好きか。彼との出会い、思いが届かないことの苦しさ。



 彼女は言った。

「話したくないんじゃなくて、話せなかったの。自分の気持ちが届かないことを知ってるから。こうやって言葉にするでしょ? 自分の声でもその事実を聞くのは辛いなって……」




 彼女のその魂っていうのかな? アタシこんな言葉使ったことないんだけど“美しい”と思ったの。でもそれがアタシは悲しかった。同じ所にいたかったから。



 彼女のこの美しさは、彼を思う気持ちが生んでいる。そう思うともう、自分の中の醜い感情がふつふつと沸いてきて。



「アタシはあの人のこと知らないけど、そういう気持ちで彼と関わってきた当事者がそう思うなら、届く可能性は低いのかもね」



 自分の声で聞くのも辛いって言っていた彼女に、()()()()()()()()()。アタシは意図して彼女を傷つけた。彼女の一番になりたいっていう幼い、身勝手な感情で。



「今はもう彼女と話すことはなくなってしまったけど、今でもずっと悔やんでる」



 サヤカの掠れた声に後悔が滲む。



「なんか暗くなっちゃったね。ごめんね!!」



 サヤカは、誰も入れた覚えのないソレを箸でつまむと、そっと口を開けた。





***

 

 真白の中に一人取り残されて、あの時間の終わりを知る。



 サヤカは明るいって言葉を地で行く元気いっぱいの人。男の人にも物怖じせずにテンポ良く話す姿は羨ましいと思っていた。男女問わず、たくさんの友達に囲まれているんだろうなって。



 誰にだって悲しい、取り戻せない過去はある。感情のままに動いて、人を傷つけて、自分も傷ついたサヤカは、明るさの中に深い優しさを持っている気がする。


そう思うと、なんだか自分も救われるような気がした。




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