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第八話 雷撃のまなざし



ドン!!!!!!!!!!!


 一際大きな四度目の轟音に流石の浪牙も足を止めた。闇に浮くように光る怪物の目の位置を見上げるが、そこに目はなかった。


(怪物の目が見えなくなったな。足を削がれて地に伏したか。)


 浪牙は怪物の足止めの成功に安堵するが、直ぐに険しい顔へと戻った。


 (……皆…任務を果たした。俺は……俺だけが……また無力か。)


 既に怪物の後方まで来た。

 しかし何も無かったのだ。怪物の後方の森には、大量の魔獣が潜んではいたが何も無かった。

 ごろごろ転がる魔獣の死骸を見渡し、募る苛立ちを隠せぬままに舌打ちをして駆け出す。


(成果は無かった。……撤退だ。)




『渡る渡る♪暗い空を抱き♪』


「!!?」


 浪牙は加速しだした足を慌てて止める。


『風を掴めない翼広げ♪』


(歌……!)


 少女の様な澄んだ声で歌が聞こえる。


『映る月は♪行く道を作る♪』


 歌につられて浪牙が月に目をやり海の方を向く。


『私が持つのは♪波を切る翼♪』


 引き潮で現れた岩礁には、低く昇った月に照らされた祠があった。


「祠……先程も見たが…。」


『流れ流れ♪銀色の原♪』


 祠から聞こえる歌は続く。


 浪牙は岩礁を渡り祠に近づく。


『長い旅の果てに♪凍える翼♪』


 浪牙が祠を覗くと札があった。


【封】


「二ヵ所の祠に封印札……鬼門封じか!」


(!!ならば御使い殿は……!)


『寄せあう熱に♪星屑が溶ける♪』


 浪牙が慌てて札を剥がして握り潰した。


『見渡す世界には♪煌めきが満ちていた♪』


 浪牙の目の前に突如現れたそれは、歌の通り正に鮮烈な煌めきだった。







 沈黙。



「(はっ!…俺は!?…ここはいったい………お前は…なんだ…!?)」


「……初対面で『お前は何だ』とは……随分と不躾ですね。」


「!?」


(声に出ていた!?)


 その娘は突如現れた男に、眼を大きく見開いたが、直ぐに警戒をして距離をとり眉を寄せて睨みつける。


 浪牙からすれば突如現れた不思議な格好の娘に睨まれているわけだが、眼が合った瞬間に浪牙は雷撃を受けた心地がした。それは浪牙の人生において未だかつてない程の衝撃だった。



「じょ…状況の把握を………。」


(そう、状況の把握をせねば。)


 混乱する頭ではもう、自身が何を発言しているかさえ理解できない。

 辺りを見回したいが何故か首が動かない。

 首だけではなかった。気付けば全身が硬直していた。何故か暑く、汗が止まらない。心臓はうるさく早鐘(はやがね)を打つ。


「なんだ…これ…は……!」


 浪牙は何か言おうと口をぱくぱくさせるが、頭が上手く回らず言葉すら覚束(おぼつか)ない。


「?……こちらの台詞ですが。」


 何やらわたわたしている浪牙を怪訝(けげん)そうに娘が見つめる。


「…あ、いや…その……。」

(と…とにかくまずは……警戒を解かなくては!)


 しかしどうすれば警戒が解けるのか全く頭が回らない。いつもの冷静な態度は見る影もなく、その挙動不審な様には怪しさしかなかった。


 娘はしばらく浪牙を見ていたが、少しずつ後退り降参でもするように両手を振ってわたわたし出した。


「……はぁ。……よく分かりませんが、少し落ち着いてはどうですか。」


 それだけ言うと娘は浪牙から視線を離し、歌い出した。


『青い空を♪映す水面は♪』


(これは無害認定を得たと思っていいのか……。)


 浪牙は内心でホッとしたが、顔には出さない。


『白波を上げて♪空を揺らす♪』


「!」


 娘が歌い出すと周囲の空気が澄んでいくのが分かった。


(どうやら先程まで薄く瘴気が立ち込めていたらしい。)


『飛べぬ私は♪青に揺蕩う♪』


 浪牙は、今やっと辺りを見回す。

 そこは洞窟の様に岩に覆われた空間だった。赤い灯籠が所々にあり、橙色の光を灯す。


『星の降る海を♪探しに行こうよ♪』


 

「……その歌は何だ?」


 娘が歌い終わると、瘴気を払った歌について浪牙が問う。


「ペンギンの歌ですが。」


 娘は浪牙を見ず、素っ気なく返す。


「ぺんぎん?」


 浪牙にはペンギンが分からない。

 浪牙がペンギンに疑問を抱くとは思わなかったのだろう。娘は少し驚き浪牙のほうを向いた。

 娘が振り向いただけで落ち着いたはずの浪牙の鼓動が、また早くなっていく。


「……知らないんですかペンギン。飛べない鳥ですが、海を泳ぐのが得意なんです。」


 娘はロング丈のスカートが地面に付かない様に気をつけつつその場にしゃがみこみ、石で地面に絵を描く。

 浪牙は近づき、その絵を上から覗き込んだ。

 丸いフォルムに大きな(くちばし)、短い足と左右についた翼は、確かに飛ぶには不向きだろう。


「………こんな珍妙な鳥がいるのか?」


 果たして本当にこんな鳥がいるのか、将又(はたまた)この娘の画力の問題か。……などとは思っても言えず、浪牙は何とも複雑な顔をした。


 頭上から降る不思議そうな浪牙の呟きに娘が顔を上げる。


「いますよ。世界は広いんです。……ここ数日は正にそれを痛感しています。」


 浪牙は娘と至近距離で眼が合い、またも硬直した。


「!?!!!」


 しかし娘は構わず言葉を続ける。


「このペンギンの歌は、飛べないペンギンが海で星を見つける為に、旅をするというお話の童謡です。誰でも知っている童謡ですが、私はペンギンが好きなのでこの曲をよく歌います。」


(そうか……ぺんぎんになりたい。)


 浪牙は脊椎反射でそう思った。

 見たこともない珍妙な鳥になりたいと思う程には浪牙は参っている。


「この歌も…ペンギンも貴方は知らない。」


 少ししょんぼりしたまま娘が続ける。


「………町で出会った子どもに、ここは龍宮玉燐(りゅうぐうぎょくりん)国と言う国だと聞きました。……私の聞いたことない国です。それにあんな恐ろしい怪物も…見たことない。」


 浪牙を見ると娘は、困ったように無理やり笑う。


「どうやら私は……知らない世界に来てしまったみたいなんです。」


 その痛々しい笑顔に、浪牙の胸が締め付けられる。

 浪牙は後退りで広がったはずの娘との物理的距離を瞬時につめて、娘の両手を自身の両手を包み込んだ。


「心配するな。俺が護ろう。」


 娘は眼を見開き浪牙を見上げた。


「!!。…あ、いや、すまない!!これは…!」


 浪牙は自分の行動に驚き、慌てて手を離して、また二歩ほど後退る。


「護るって…貴方は…その…生贄ではないんですか?」


 娘が淡い期待を込めて見つめれば、浪牙は嬉しさを隠して答えた。


「俺は生贄などではない。龍王の御使い殿、そなたを助けに来た。」


「!?。……龍王の…御使い?」


 娘は小首を傾げる。


(そんな(さま)も愛らしい。……違う。)


 うっかり魅入りそうになり、咳払いをする。


「…ごほんっ。…ああ。そなたの姉君はふたりとも既に保護されている。そなたも龍王様の力でこの世界に呼ばれた、『龍王の御使い』なのだ。」


「龍王様に…呼ばれた!?…ちょっと待って下さい!雪姉(ゆきねえ)さんも月姉(つきねえ)さんも無事なんですね!?」


 娘が眼をぱちくりさせて浪牙に詰め寄る。


「ああ。無事だ。」


 それを聞いて娘は心底安堵した。


「はぁ…よかったです……。」


 安心して力が抜けたのか、娘がその場に崩れ落ちるのを浪牙が慌てて抱き止めた。


「力が抜けてしまって……すみません。ありがとうございます。」


「いや、いいと思う。」


「?」


 娘がきょとんとする。


「ごほんッ…なんでもない。こちらの話だ。」


 浪牙は娘を抱き止めた体勢のまま、咳払いをして早口で言うとそっぽを向く。


「もう立てます。ありがとうございます。」


 娘に言われ、名残惜しくも抱き止めた体を離す。


「俺は…和具浪牙(わぐろうが)。浪牙だ。そなた、名はなんと言う。」


「私は越賀華江(こしかはなえ)です。」


(服装も雰囲気も街の人達とは違うと思っていましたが、やはり生贄じゃなかったんですね。青い平安時代の貴族みたいな服……。偉い人なんでしょうか?)


 浪牙に対して構えていた華江の雰囲気が少し和らぐ。


「助けくださるというお話ですが、具体的にどの様な策なんですか。」


 華江の問いに浪牙が答える。


「今、あちらでは俺の臣下が黒森の怪物の足止めに成功した。」


「あの巨大な怪物の足止めにですか!?」


「ああ。臣下は皆優秀だからな。」


 驚く華江に浪牙は誇らしげである。


「足止めの間に、そなた…華江殿を見つけ、共に黒森を出て狼煙を上げ、臣下達と共に街の外の拠点まで撤退する算段だが。……しかしこれは。」


 浪牙は辺りを見回す。


「……私はこの空間からの出方が分かりません。あの…浪牙さん…は、どうやってここに来たのですか。」


(〝浪牙さん〟と!)


 浪牙は名前を呼ばれて顔が綻びかけるが、顔に力をいれてなんとか取り繕う。


「祠から先ほどの歌が聞こえたのだ。祠の札をはがして破棄し、ここへ来た。」


 浪牙は札を握り潰した自身の右手の平を見た。握り潰した札はいつの間にか消えており、跡形もない。


「確か祠がもうひとつあった。これは『鬼門封じ』だろうと思う。」


「鬼門封じ?」


「ああ。鬼門と裏鬼門から鬼はこの世に出入りする。『鬼門封じ』とは本来、鬼門と裏鬼門を封じることで鬼の出入りを禁ずるものだ。……しかし今回は恐らく華江殿を、輪廻(りんね)の端に閉じ込め封じたのだろう。」


「輪廻の端って……。」


 困惑する華江に浪牙が問う。


「……華江殿はここへ来てどのくらい経つ。」


「そうですね……正確な時間は分かりませんが、お腹は空いていないので数時間?……1日は経っていないかと思います。」


 華江の言葉を聞き、浪牙の仮説は確信に変わる。


「………。町の子どもの証言では、華江殿が怪物に連れていかれて少なくとも3日は経っている。」


「3日ですか!?…けれど私、何も食ず何も飲まずに……眠ってもいません……。」


 驚く華江だが浪牙は冷静に話を続ける。


「ここは所謂(いわゆる)『あの世の入り口』と言ったところだろう。飲食も睡眠も必要としない。」


「そんな……!では私はもう……死んでいるのですか…?」


 華江はゾッとして前屈みに縮こまり、震える両手を胸の前で組む。


(最初からそのつもりで生贄になったのに、今さら怖いだなんて……。)


 (うつむ)く華江の肩が小刻みに震える。


「……心配するなと言っただろう。」


 浪牙はそう言うと華江の左手首を掴み自身に引き寄せた。

 大きな手を華江の頬に添える。


「ほら…まだちゃんと温かい……。」


 華江が見上げる先には、優しい翠色(すいしょく)の眼があった。


(温かい眼。…南国の海の色。)


 不思議と華江の心から恐怖が消える。


「……少し取り乱しました。ありがとうございます。」


 華江が微笑む。


 浪牙は華江の不安気な顔が笑顔に変わる様に、開く大輪の花を重ねた。眼を見開き、瞬きも忘れて笑顔を見つめる。


(なんだこれは!?……触れている手が熱い…!)


 華江を引き寄せた体勢から、浪牙は慌てて手を離し、またもや降参するかのように両手を上げる。


(顔も燃えるように熱い……。)


 体を離して距離を取る。


「引っ張ってすまない……。」


 浪牙は顔を逸らして小さく謝罪した。


「いいえ。私を元気付けようとしてくれたんですよね。分かっていますから大丈夫です。」


「……そうか。」


(女の励まし方など俺には分からんが……上手くいったのなら…よかった。)


 浪牙は内心で胸を撫で下ろした。


「……話を続けるが、華江殿は生きたままここに放り込まれたのではないかと考える。死んでいれば魂は正しく導かれ、この場に止まることはないだろう。強い未練があれば別だが……。」


 華江も思い返しながら考える。


「そうですね。……私自身、死んだという感覚は全くありません。島に渡って……気がついたらここにいました。痛みも怪我もありません。」


 浪牙が頷く。


「とは言え、長いは危険だろう。鬼門と裏鬼門は各々、鬼が出てくる出口と、帰る入り口になっている。ここが俺が来た入口と言うことは、鬼が帰る方角『裏鬼門』。」


 浪牙は己の現れた辺りを指差す。


「ならば出口は鬼が()でる方角『鬼門』にある筈だ。」


 浪牙は自分の現れた位置と直線上の真反対を指差した。

 ふたりで鬼門の方角へ歩む。

 灯籠に照らされた岩の壁に特に変わったところは無い。


「……知り合いに聞いた話だが、この様な空間を利用する術で術者がそこに居ない場合は、何か……この空間を保つ為の道具や仕掛けがあるはずだ。」


 浪牙は壁を見つめて考え込む。


(あいつは何と言っていたか……。)


 浪牙の脳裏には飄々とした水色髪のアホ毛が揺れている。


「確か……『基本的には見えない様に工夫がされているから、意識の外にあるものに眼を向けること。』」


「意識の外…ですか。」


(謎かけか何かですかね……。)


 華江にはさっぱり分からない。


 浪牙は少し前の記憶を辿り、気にも留めなかった鬼門の祠を思い出す。


(何か模様や特徴はないか…。)


 鬼門の祠には近付かず、前を一瞬で走り去った為に米粒のようさ大きさの祠しか思い出せない。

 仕方なく入ってきた裏鬼門の祠を思い出す。


(特徴…特徴……なんの変哲もない祠に特徴ど………)


「!!」


 浪牙は思い出し、バッと勢いよく顔を上げた。


「水だ。」


「水…ですか?」


 華江が訳が分からず聞き返す。


「ああ。祠は時間帯によって海に沈む岩礁にあった。しかし濡れた痕跡がなかった。」


 浪牙は札を握り潰した右手を見る。


(札は濡れておらず、乾いた紙独特のごわつきもなかった。)


 満ち潮では海に沈む筈の祠だが、札は水に濡れておらず札の文字には滲みひとつ無い。岩礁に直接掘られた祠には、本来付着するだろう甲殻類や貝類もついていなかったのだ。


「この国は大海龍王(たいかいりゅうおう)を祀る。謂わば水と深い(えにし)がある国だ。そこで敵は土剋水(どこくすい)を使ったわけだ。」


(敵……この国の明確な『敵』がいると見て、間違いないのだろう。)


 浪牙は自身の発した言葉に一瞬鋭く眼を細めた。


「どこくすい?……すみません。話がよく分かりません。」


 聞きなれない言葉の数々に華江が混乱する。


「……説明すると長くなるが、五行と言って万物が成り立つ五つの要素がある。その五つには相性がいい『相生(そうせい)』と、相性の悪い『相克(そうこく)』という組み合わせがある。今回は相克だ。今は簡単に『水は土に弱い』とだけ覚えておけばいい。」


「……水の国なので土の力を使った……と言うことですか。……なんとなくですが分かりました。」


「理解が早いな。」


 こんな状況だが、冷静に理解しようとする華江に浪牙は少し微笑む。


「……これだけ海の近くにいて龍王がそなたを見つけられなかったのも、この術との相性だろう。……と言うことは十中八九、術の発動媒体はこの岩の壁の中だろう。」


「ではここを出るには………土と相性が悪いものを使うんですか?」


 浪牙はまた考え込む。


「いや……土に強いのは木だが生憎俺は術者ではない。木の術を使い脱出は出来ない。水があればこの術を発動している道具を探し出せるだろうが……。」


(あいつが居れば……。)


 浪牙の脳裏には飄々と笑う親友が(よぎ)るが居ない者をあてにしてもしょうがない。

 浪牙はイラつきつつ脳裏の親友を追い払う。


「水ならあります!」


 華江は下げている鞄からペットボトルの水を取り出す。

 灯籠に照らされたペットボトルを見て浪牙は眼を丸くする。


「美しい容器だ……!中の水も透明で……随分綺麗だ。」


 興味深げにペットボトルをまじまじと見る浪牙に笑いそうになる華江だがラベルを見てあっと固まる。


「あ…あの、桃の香りがついたお水ですが……大丈夫でしょうか。」


 ついつい買ってしまう「い・○・○・す 桃」だ。フルーティーなフレーバーで非常に美味しい。


「桃の香りの水?これ程までに透明な水が果実水なのか!?」


「いえ……果実は入ってなくて、香りだけなんです。」


 浪牙は心底不思議そうな顔をしている。


「ふむ…まあ龍王は桃が好きだと()われている。腐った水でないのなら問題はないだろう。その水を手に取り、この壁に振りかけて欲しい。濡れない場所に、恐らく術の発動媒体がある。」


「はい。やってみます。」


 華江はペットボトルの水を右手に出し、壁に向かってかけた。


 すると予想外の現象が起きる。

 空中に飛び散った水分が青く輝き空中に(とど)まったのだ。

 浪牙の持つ佩玉(はいぎょく)が蒼く光る。灯籠の()が消えて夜光虫のような幻想的な輝きは次第に集まり、大きくはっきりとした蒼い龍の形に変わる。


「大海龍王……!」


 浪牙は驚き呆然としたが、ハッと我に返り慌てて頭を垂れ拝礼をする。

 華江は龍の巨体に驚き、見開いて立ち尽くす。


「夢で見た……青い龍?」


『如何にも。探したぞ()()が古き友よ。我は龍王 娑伽羅。大海龍王などと呼ばれておる。』


「あなたが、大海…龍王!」


『うむ。良い反応じゃ。』


 驚く華江を見て愉快なのか、蒼い龍は豪快に笑った。


『ときに我を()んだこの水は実にいいぞ!善き香りに心が踊るようじゃ。気に入った。』


 娑伽羅は浪牙を見た。


『ほう、この場所は若僧が見つけたか。ここは……。』


 呼ばれて浪牙が顔を上げる。

 娑伽羅は岩の壁に囲まれた空間を見回す。


『この我を相手してこの程度の術で目眩ましか……何とも馬鹿にしよる。これしきの土塊(つちくれ)なんぞ全て飲み込み押し流してやろう。』


 登場時のご機嫌な様子と打って変わり、なんとも拗ねた物言いで娑伽羅は言った。

 そして娑伽羅は華江に眼を向け、まじまじと見つめる。

 緊張で華江の背筋が伸びる。娑伽羅から放たれる圧に華江がふらついたが、後ろから浪牙が肩を抱き支える。


『しかし見つけるのが遅くなったのは我の落ち度じゃな。……お主は(いささ)かこの場に長く居すぎたようじゃ。…魂がえらく不安定になっておるで、ここから出た(のち)その桃の水を飲め。』


 浪牙と華江がペットボトルを見ると、先ほど壁に向かって振り撒いた為に減った筈の水が、どこらからともなく湧いき、ペットボトルの中を満たした。

 ふたりは眼を丸くする。


「なんと…!!」


「水が…増えました……!」


『お主は見た目以上に内側に痛手(ダメージ)を受けておる。このままでは、ここから無事出られたとて長くは持つまい。』


「なっ……!」


 浪牙は動揺し言葉に詰まる。自然と肩を抱く力が強まる。


『案ずるな。その水は謂わば霊薬よ。甘露(アムリタ)程ではないがな。乾いてひび割れた魂を潤し、肉体を治癒し、心に癒しを与える。』


「すごい薬ですか!?」


 華江は瞳を輝かせてペットボトルの中を見た。


『ああ、すごい薬だとも。此度(こたび)()びじゃ。受け取れ。』


 華江は両手でペットボトルをしっかり掴み、深く頭を下げてお礼を言う。


「ありがとうございます、龍王様!」


 娑伽羅は華江の喜び様に満足気に笑った。


『はてさて、ここからの脱出じゃが先ほど申した通り、我が力でこのちんけな空間をぶち破ってやろうぞ。』


「龍王様が?」


『おうよ。そこな若僧より頼りになろう?』


 娑伽羅は浪牙を見てニヤニヤと笑う。

 華江の後方で浪牙は複雑な顔をした。


『外は海。我の領域よ。多少暴れても咎められん……筈じゃ。』


(龍王でも怒られるのか?……誰にだ?)


 浪牙が首を傾げる。


(ちょっと不安ですね。)


 華江も首を傾げた。


『姉達同様にお主にもこれを授ける。これで地の眷属を討て。』


 娑伽羅が華江に手を(かざ)すと、華江の右手に光が集まる。

 華江は光が集まる(てのひら)を見つめた。すると、掌の上に三鈷杵(さんこしょ)が現れた。


「!……これは…どう使うんですか?」


 不安気に娑伽羅を見る。


『姉達は上手く使えたようじゃし、お主も大丈夫じゃろう。』


 答えになっていない。


雪姉(ゆきねえ)月姉(つきねえ)も……?」


「ああ、姉君たちは素晴らしい戦いぶりだった。」


 浪牙は蛍火の谷での戦いを思い出しながら言う。


「戦ったのですか!?あの猪の化け物と!!?」


 華江は驚き、浪牙を振り返った。


「いや、魔獣ではないが『邪見(じゃけん)』という不浄の影を見事打ち払ったのだ。素晴らしい勇姿だった。」


 先ほどまでの不安は晴れたのか、華江は眼を輝かせた。


「さすが姉さんたちです。活躍をもっと詳しく聞きたいです。」


 華江に期待の眼差しで見つめられ、浪牙はまたもや固まる。


(!……なんとも愛らしい。)


 浪牙の耳には全く華江の言葉は届いていなかった。


『……わしも聞きたいが、今は時間が無い。ここを出て直接姉たちから聞くといいじゃろう。』


「それもそうですね。早く姉さんたちに会いたいです。その為に私、頑張ります!」


『その意気じゃ。』


 話が進んだことにさえ気付かず、未だ固まったままの浪牙を娑伽羅が呆れながら横目で見やる。


((こやつも内側が重傷か。))


『はぁ……いつまで(ほう)けておる、若僧。お前はしっかり補助をせい。』


 娑伽羅に言われてハッと我に返る浪牙。


「むっ…無論だ!補助は任せて貰おう。」


 慌てて取り繕いキリッとした顔で応えた。


((こういう時、顔のいいやつは何かズルいの……。))


 娑伽羅はジトっとした眼差しを浪牙に向けた。


「ありがとうございます、浪牙さん。よろしくお願いします。」


 浪牙と娑伽羅のやり取りになど気付かない華江は、頼もしい浪牙の言葉に笑顔をこぼす。

 そして浪牙はまたしても固まるのだ。


大概(たいがい)にせいマジで。』





『次回、怪物討伐大作戦。……の予定じゃ。』



さっむ。鍋や今日。絶対鍋や。



『鬼門と裏鬼門』や『五行相生と五行相克』などは、もう我々にはお馴染みでしょう。

あらゆる作品でもよくお見受けするPopularな陰陽五行説ですね。

頭の中に図を浮かべると読みやすいと思います。





ペンギンの唄は、若い頃に短期派遣で小さな水族館で働いていた時にペンギンプールを掃除しながら作った詩です。

前にも書きましたが、シャーマニズムの根本には「音」や「歌」があると考えています。そこで何か童謡のような歌を登場させたいと思いました。何かないかとメモ帳をペラペラしていたら、当時の仕事のメモ帳に走り書きした詩を見つけました。


マゼランペンギンやフンボルトペンギンのような南米の太平洋沿岸に住むペンギンが、星空を飛ぶ事に憧れて、海にも星がいっぱいあるのだと聞き、旅に出る感じです。多分。


見つけた煌めきがなんだったのか、当時何を思ってこの詩を書いたのかは、ちょっと思い出せないです。ただ、ペンギンはかなり好きです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ペンギンの歌


青い空を映す水面は

白波を上げて空を揺らす

飛べぬ私は海に揺蕩う

星の降る海を探しにいこうよ


渡る 渡る 暗い空を抱き

風を掴めない翼広げ

映る月は往く道を作る

私が持つのは波を切る翼


流れ 流れ 銀色の原

長い旅の果てに凍える翼

寄せ合う熱に星屑が溶ける

見渡す世界には煌めきが満ちてた


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