第七話 精霊の剣
時は島へと向かう数刻前に遡る。
有利が仮眠をとる横で、勝利が作戦を皆に伝える。
「作戦は怪物の出方次第で二通りあります。
黒森への上陸前に怪物から仕掛けてきた場合。浪牙様以外の我々四人で囮を務めます。出来るだけ引き付けますので、その隙に浪牙様が島に上陸し御使い様を捜索。我々は攻囲で怪物の足を崩し、全力で足止めに徹します。
次に、怪物が御使い様を取られまいと島を動かぬ場合。やはり大型の敵は足から崩すのが常套です。上陸後は即、皆散り散りに走り怪物の足を目指して下さい。機動力のある私、俊敏な幸泰殿で左右に別れて森の奥まで一気に進み、後ろ足を削ぎます。前足は有利と雅之が左右別れて削いで下さい。浪牙様は御使い様の捜索を。見つけて保護し次第、島を離れ狼煙で合図を下さい。合図で我々も撤退します。そのまま御使い様をつれて伴洋を出て、『青竹の塔』まで後退します。」
「……街はどうなる。」
浪牙が目を細め勝利を睨み、低く地を這うような声で言葉を絞り出した。
「……今回は御使い様の保護が最優先です。怪物の動きを鈍らせることができれば上々。我々の足止めなど保って四半刻(15分くらい)でしょう。『御使い様の保護』それ以上の成果は望めません。」
御使いを取り戻せば街がどうなるかなど分かりきっている。
子どもにはそこまで思考力が及ばない。しかし自分たち大人は、嫌という程に現実が見えてしまう。この場には、全てを護れる勇者はいない。それが現実だった。そして勝利大将は軍大将として『国』を選んだのだ。
浪牙は苦い顔をし、奥歯を噛み締めた。
気付いているのだ。その選択は確かに己の脳裏に過った。しかし己では選べぬ選択だった。だから勝利が発案したのだと。
勝利はどこまでも合理的に最悪を確実に回避する為、浪牙の出来ぬ決断をした。この国を想い、国を護る為に、御使いが導く勇者に託すという決断をしてみせた。
当然決して軽くはない発案者の重責を勝利は背負う気だ。
「…………そうか。各自無理はするな。捜索は見つからずとも四半刻で切り上げる。各々危険と感じれば直ぐに撤退し、狼煙を上げろ。明日には大隊の援軍が到着する。命さえあれば明日また挑める。そう肝に銘じよ。」
勝利は浪牙に深く深く頭を下げた。
「「「「御意。」」」」
時を戻し、現在。
闇に浮かぶ巨大な目玉の位置を頼りに、各々が暗い森を全力で駆ける。
幸泰は前方の茂みに光る眼を捉えた。そのまま失速せず、魔獣が突進するより早く踏み込み距離を詰めると魔獣の眉間をひとつ突きした。体を左へ回転させながら魔獣の眉間から剣を引き抜く。遠心力で刀身の血を払い、勢いを殺さず更に森を突き進む。
(やっぱ親玉の周りを子分が固めてやがるか……大将たちは心配ないだろうが……雅之くんはどうだろうねぇ…。)
子どもを抱えて先頭を駆ける先ほどの雅之を思い返す。その迷いのない横顔を思い出しニヤける。
(いや……問題ないかな。若いっていいねぇ。)
ドン!!!!!!
「!?」
ガシャガシャガシャガシャ!!
森が大きく揺れた。幸泰は体制を低くし、地面を滑るように足を止める。
森が揺れたが、魔獣を恐れて鳥すら近寄らないこの島では慌てて飛び出す生き物もいない。
見上げた暗闇に浮かぶ赤い大きな目が揺らいで細まり、向きを変えた。
(あの方角は……。)
「さすが大将様だぁ!仕事早えなんて上司の鏡だぜ有利ぃ。……オジサンもさっさと済ませてさくっと帰るか。」
幸泰は森の揺れで立ち止まったことにより、魔獣に囲まれたが、進行方向を定めて強く地面を踏み込み駆け出した。瞬時に手間の一体を撃破し、空中で身を捻り続けざまにもう一体、着地のおりにもう一体と、計三体を撃破し進路を作って駆けた。
黒森へ上陸後、浪牙は左手に海を見ながら島の淵を辿る様に走る。
(隠すならば手元に置くか背に置くかだろう。どちらにしろ意表を突くなら回り込みだ。)
焦る思いが浪牙を加速させていく。
ドン!!!!!
轟音に森が揺れるが、浪牙は立ち止まらずに走りながら轟音の方を確認する。
「……有利か。…皆無茶はするな…。」
浪牙の前方に魔獣の目が五対光った。
浪牙は五体の魔獣を目で捉えた次の瞬間、魔獣の横を何事もなかったかのように走り抜ける。
走り抜けた浪牙の手にはいつの間にか剣が握られており、後方に遠退く魔獣たちは眉間から血を吹いた。魔獣たちが崩れる様に倒れる。
浪牙は足を一切止めず流れるような攻撃を繰り出した後、更に速度を上げて島の最奥・怪物の背後を目指す。
『……♪︎…♪︎』
(なんだ…)
走る浪牙は微かに音を拾い、足は止めないままに海へ目を向ける。
引き潮で現れた岩礁に何かがある。
暗闇に向けて眼を凝らす。
(なんだ?祠か…?)
微かすぎる音は、波音にかき消されつ直ぐに分からなくなった。
海上安全や航海安全で海の神を祀る祠は別段珍しくもない。浪牙は祠に気を止めること無く、前を見据えて走り去った。
雅之は子どもを抱えて暗い森を駆ける。狙うは怪物の左前足。
「連れてきてごめんな。怖くはないか。」
雅之は子どもに声を掛ける。
子どもは大きく頷いき、更にきつく雅之の服を掴む。
(本当は島に入る前に、岸辺においてく手筈だったが……。)
雅之は別れてしまえばもう会えないだろうことを分かっていた。この小さな手に助けられたのだと、忘れたくは無かった。
(護られたのだ私は。動けなかった私を……年端もいかない、こんな小さな子どもが庇った……。ならば!!)
目の前の茂みが揺れて、赤い眼が光る。
「今度は私が、お前を護ろう!!」
雅之は子どもを左腕に座らせるように抱え直し、右手で抜刀し構える。
「しっかり掴まっていろ!」
雅之の言葉で子どもが首に腕をを回して、しがみつく。
直後、魔獣がミサイルのように突進する。
魔獣を左に交わしながらカウンターで眉間を突き、手首を返して剣を引き抜く。魔獣は勢いのまま雅之の後方の森へ突っ込み、木々を薙ぎ倒して止まった。
魔獣がゆっくり倒れる。雅之が左腰の鞘に剣を納めた。
「大丈夫か。」
雅之はホッとした顔で剣を納めた。右手で子どもの背中をトントンと叩いてあやす。
子どもはぎゅっと閉じた目を恐る恐る開き、倒れた魔獣を見て目をパチパチさせて驚いた。
雅之が魔獣を倒したのだと理解し、雅之に勢いよく抱きつき直す。
「お兄ちゃんスゴい!」
雅之は照れたように笑う。
「ははは。お前のお陰なんだよ。」
「?」
子どもは不思議な顔をしたが、雅之は照れて話さない。
「さあ、行こう。」
雅之が怪物の左前足を目指して、また暗い森を駆け出すと、轟音が轟、森が揺れた。
ドン!!!!!!
「!!」
「わッ!!?」
子どもが驚きの声を上げ、雅之にしがみつく。
雅之は立ち止まった。暗い中で浮かび上がる怪物の赤い眼が、揺れて向きを変えた。
「!…多分有利大将だ。……大丈夫、進もう。」
駆け出す雅之だが、すぐに行く手を無数の魔獣が阻む。
突進する魔獣の速度を冷静に見切り、交わしつつ突き刺すのがやっとだ。
(くっ……進めない!!)
確実に躱して攻撃をするが、魔獣は一向に減らない。
雅之は腕の中の子どもに一瞬目線を落として無事を確認し、直ぐに前を向く。
(ッ……。体力が…。)
雅之は必死に躱しながら、攻撃を繰り出す。
しかし疲労により反応速度が徐々に落ちる。ギリギリで躱し繰り出だした一撃は浅く、後方の森へ突っ込んだ魔獣は倒れない。
「ぜぇ…ゴホッ………ッまだっ……!」
ドン!!!!!!
またもや轟音が鳴り響いた。
しかし魔獣の動きは止まらず、右から飛んでくる巨体を雅之は間一髪で躱した。無理な姿勢もあり、迎撃できない。
次は左斜め後方から、次は左前から、真後ろから、右真横からと、四方八方からの突進は止まらない。雅之は躱しつつ轟音の方角を探る。
「……勝利大将だ!」
方角をみて勝利が後ろ足を削いだと分かる。
(これで怪物の右前足と左後ろ足を削いだ!!)
「もう少し…もう少しだ!私も……!!」
しかし気がつくと魔獣の数はどんどん増え、大量の赤い眼が雅之を睨む。
「……!!」
(怪物は足を狙われていると気がついている……。)
「……大丈夫。大丈夫だ。」
雅之は子どもを抱え直して呟く。それは自分に言い聞かせるように響いた。
しがみつく子どもが、悲痛な顔をする。
「……どうかお前には…俺より先に死なないで欲しい。……武官なんてやっているが、俺には特に護りたいものなんて無かったんだ。国の為にも、民の為にも、自分の為にすら戦え無かったんだ。」
雅之がぽろぽろとこぼす言葉は無意識なのか、いつもより少し口調が荒い。
子どもを強く抱き締めた。
(武官になったのは両親を喜ばせたかったからだ。俺は兄貴みたいに頭がよくない。家を継ぐのは兄貴でいい。だから親を安心させる為だけに安定した武官になった。当たり前に働いて、当たり前に食べて、当たり前に寝れば、当たり前に朝が来ると思っていたんだ。あの頃の俺は。)
魔獣が一体突進する。それが合図かのように同時に後二体突進する。
雅之はギリギリで躱し子どもを庇いながら地面を転がる。
続け様にもう一体魔獣が突進し、転がる雅之は地面を擦るように横に飛び、間一髪で躱す。
雅之は子どもを庇いつつ受け身をとり、直ぐに立ち上がる。
ドン!!!!!
またしても轟く音に森が前二回より大きく揺れた。
(幸泰殿だ。ということは……。)
魔獣が更に増える。
(……集中砲火か。 )
「お前が俺より少しでも長く生きるなら、俺が今立ち上がるには充分な理由だ……。」
雅之の言葉は、まるで自身を鼓舞するように響く。
子どもが目を見開いた。空洞の様な目で自分を抱える雅之を見上げた。
「何故?」
「ん?」
急に子どもが問うた。その意図が読めず雅之は聞き返す。
魔獣が二体突進する。互いがぶつからないよう走る軌道をややずらし突進する二体。二体での突進は雅之の躱す範囲を広げ、まるでなぶり殺すかの様に確実に体力を削って追い詰めていく。
一体躱した後、間髪いれずに来るもう一体を、前に飛んで躱し転がる。
雅之は剣を杖のようにして地面を突いて、また立ち上がる。
「何故……こんな子ども放り出して、ひとり走れば助かる。……気付いているでしょう?」
子どもが嫌に冷静な声で雅之に問いかける。
「……護りたいと思った。お前みたいな優しいやつが生きる国なら、護りたいと。……初めて思ったんだ。」
「…………。」
子どもの諦めに染まった大きな瞳が、瞬きと共に光を宿した。
「我は……、終わらせるつもりでここに来た。……これが最後の力だったのだ。」
「?……どうした。」
子どもが呟いた言葉の意味が分からず、雅之が問う。
子どもは決意した顔で雅之の腕をほどいて降りた。
雅之の正面に向かい合って立つ。
魔獣が数体、突進しようと体を低くするが構わず、子どもは言葉を続けた。
『清らかなる心の者よ。願え……何が欲しい。』
雅之の正面に立つ子どもが目を閉じ雅之に問う。すると子どもの体は青く輝き、雅之の目線の高さまで浮いた。
「!?」
徐々に強くなる光に魔獣たちが後退る。
光を纏う子どもは、いつの間にかボロ布ではなく衣裳姿(日本神話の女神の服装)をしていた。ボサボサの黒髪は縹色の角髪へ変わり暗い森の中にも関わらず光を受けた水面のようにきらきらと輝いている。
「!……お前は…いったい…。」
『我は「水の精」。この国の水の記憶。不浄に追いやられ海まで流れ着いたもの。』
「水の…精霊……!?」
雅之は驚き過ぎて口を開けて固まっている。
(精霊…だって!?物語や伝承でしか聞いたことないぞ!?)
水の精は瞳を開けて真っ直ぐに雅之を見た。美しい水面に移る満月の様な瞳をしている。
『さあ…願え。汝は何を望む。』
水の精に促され、雅之も腹を決める。
「……俺は!護れる力が欲しい!」
叫ぶ雅之に、水の精は微笑む。
「水の精霊よ!どうか俺に!お前を護らせてくれ!!」
『契約のもと、汝に力を授けよう。』
水の精が空中に手を翳すと光が集まり、翳さした手の先に勾玉が現れた。
雅之の握る剣がひとりでに手からすり抜ける。
(…剣が!?)
雅之はすり抜けた剣を慌てて掴もうとするが、剣は雅之から離れ水の精の前へと飛ぶ。
水の精は空中に現れた勾玉を摘み、剣の鍔へと押し込むと、勾玉は剣に吸収されるように溶け込む。
すると何の変哲も無かった剣が光輝き出した。柄と鍔は銀の拵に変わり、鍔飾りには青い勾玉がついた、大層立派な剣となった。
唖然とする雅之の元に剣が戻ると、まるで握れとでも言うように目の前に柄が差し出された。
「……これが…俺の剣……」
(いや…あの剣、軍の支給品なんだけど……。)
恐る恐る雅之が剣を掴むと、腰に佩いた普通の鞘が輝き、目の前の剣と同じ銀と青の拵に変わる。
『契約は成された。今より我は汝の剣。』
水の精は光に変わり、剣の鍔飾りについた青い勾玉へと入る。
「精霊の…剣!」
雅之は剣に目を落とし、宝剣の様な豪華な拵の装飾をまじまじと見つめる。
精霊の光が消えたことで魔獣が唸りならがにじり寄り、雅之は自分の置かれた状況を思い出した。
慌てて剣を構える。
剣から生じる徒ならぬ気配と気迫故か、魔獣が慌てたように一斉に襲いかかった。
(回避は不可能……ならば!!)
魔獣の一斉突進で辺りは土煙に包まれた。
次の瞬間、四方八方へ複数体の魔獣が吹っ飛ぶ。魔獣を吹っ飛ばしたのは、円を描くように地面から湧き出た大量の水だった。
「湧水壁羅。」
水の壁の中心で雅之が剣を構え直す。
魔獣が吹っ飛び出来た隙を逃さず、雅之は黒森の怪物の左前足を目指して駆け出した。
(体が…軽い!!)
雅之は驚くほど早く足が動き、流れるように森を駆けた。
魔獣へ剣を振れば、剣の軌道に水が湧き魔獣の巨体を水圧が押し流して切断する。
「水天の風波!」
雅之は魔獣が突進するより早く次々に魔獣を押し切り道を作る。
そうして森を走り抜けた雅之の目の前に、突如として絶壁が現れた。通常の絶壁と異なることがあるとすれば、この絶壁がびっしりと毛で覆われていることだ。
「……これが…黒森の怪物!」
雅之はその見上げるほどの大きさに息を呑んだ。
雅之は突如ガクンと力が抜け、片膝を付く。
「……!?」
ここへ来て雅之は重い倦怠感に包まれた。
雅之のもつ剣が光り、水の精が姿を表す。
『今の我と汝ではあと一撃。足を捥ぐ位しか出来まいが……。』
「それが出来れば充分だ。ありがとう水の精。」
水の精は微笑むと、また剣の中に戻った。
雅之は重たい体で何とか立ち上がる。
「さあ…これで任務完了だ!いくぞ!!」
答えるかの様に勾玉が強く光る。
「水天・大瀑布!!!」
雅之が剣を振ると今までの費ではない大量の水が勢いよく剣の軌道から湧き出て、怪物の足へと直撃する。まるで滝壺にいるかの様に、水飛沫が煙のように辺りに立ち込める。
その水圧で怪物の皮膚が裂け、血で水が赤く染まる。
そのまま大量の水は怪物の肉を削ぎ、骨をも砕いた。
ドン!!!!!!!!!!!
今までで一番大きな轟音と共に、怪物は地に沈んだ。
「おお!雅之もやったか!」
魔獣を裁きつつ有利が笑った。
「すごいじゃないのお宅の雅之くん!左竜爪軍にほしいねぇ。ねぇ大将さんよぉ。」
幸泰がいつもの軽い口調でニヤニヤと勝利を見る。
「やるわけ無いでしょう。右竜爪軍の雅之です。」
勝利が誇らしげにドヤ顔で答える。
「さっきまで慌てて雅之探してた癖によー。」
呆れながらもホッとした顔で有利が笑った。
保存忘れて寝落ちて、大半が消えて泣いた……。
でも書き直したやつの方が、細かい描写を増やせたので満足です。
『水の精』は古典の今昔物語集にある、捕まった老人が「水の精」と名乗り、たらいの水に消えたお話から。
技名にある『水天』は仏教天部衆の水天様から。




