第六話 黒森の怪物
この龍宮玉燐国の南には、貿易港で栄えた港街『伴洋』がある。伴洋の港には多くの帆船が停泊し、人々の行き交う市には、あらゆる店が軒を連ねる。その光景は近隣諸国でも有名であり、この国を代表する景色のひとつとして知られていた。
日の出と共に馬で伴洋に向かった浪牙率いる先遣隊だが、伴洋の関所に着く頃には、すっかり日が昇っていた。
物音ひとつしない関所を、馬を引き歩いて通過する。何ヵ所も崩れた関所の塀。穴の空いた壁に割れた硝子。窓から覗く荒れた部屋には、どす黒い染みが飛び散っている。そこにはもう誰も居なかった。
関所の門は開いたままだった。ここで何があったのかは、想像に難くない。気味の悪い空気が纏わりつく。
「……着いてきて良かったのか。雅之。」
右竜爪軍大将 中村勝利が、雅之と呼ばれた若い武官に問う。
「私は……気を失って寝ていただけでして……体は…元気なんです。」
短い黒髪に童顔な雅之と呼ばれた青年は、申し訳なさそうに答えた。
「勘違いすんなよ雅之ぃ。戦場ではなぁ、危機的な状況であればある程、元気なやつがいなけりゃなんねーんだ。」
左竜爪軍大将 大田有利の言葉に雅之が涙ぐむ。
小川雅之が気を失い、目が覚めてすぐ見た光景は、血の海に沈む同僚達と獣の死骸の山だったのだ。
(死んで地獄に来たのだと本気で思った。)
頭にこびりついたその光景を振り払い、雅之は前を向く。
「生きているのなら、何かお役に立ちたいのです。」
力強い真っ直ぐな瞳が浪牙を見る。
「……そうか。」
浪牙は短く答えた。
浪牙には雅之の目が一瞬、あの夜の、姉を案じ蛍火の谷へ向かおうとする月世と重なった。
(……俺はこの目に弱い。)
「あんま気張り過ぎんなよ♪っとぉ……お前は平気か幸泰。」
幸泰と呼ばれた武官がニッと微笑み有利を見た。幸泰は灰色の短髪に無精髭を生やした、落ち着いた雰囲気の武官だ。物怖じしない態度は、この場の最年長に相応しい。
「何年アンタの部下やってると思ってんすか有利大将ぉ。ここで大将に着いていけなきゃ副将の地位返上っすわ。オジサンなめんな~。」
「わりぃわりぃ。やっぱ頼りになるわ幸泰の兄貴♪」
「んと調子良いガキ大将だわ。」
こんな時にも明るく軽口をたたくのは、左近衛軍の特色なのだろう。
左竜爪軍副将 大山幸泰は、幼い頃より有利の遊び相手をし、剣の稽古をつけ、共に成長してきたのだ。多忙な総大将を父に持つ有利にとっては、兄代わりであり家族も同然である。
そうこうしているうちに関所を抜ける。
「……これより伴洋に入る。先ずは人命が最優先だ。生きている者を探せ。……もし居なければ、長居は危険だ。すぐに塔まで引き返す。」
「「「「御意。」」」」
浪牙の指示の下、皆が頷き、意を決して伴洋の街へ踏み込んだ。
伴洋の街は流通が盛んな為、荷馬車を引きやすいよう、綺麗に石畳が引かれている。
街の入り口近くには商人や門番用に馬屋(馬小屋のこと)がある。しかし中に馬は一頭も居なかった。五人はその馬屋に、ここまで共に来た馬を五頭とも繋いだ。
馬屋を出て街へ歩き出して直ぐ、皆が違和感に気付き顔を見合わせる。
「……建物は……然程破壊されていない…………しかし何かがあるのは間違いないようだ。」
勝利が呟く。
「ああ……。なんだぁこりゃあ。……気味悪いぞ。」
有利が呟く。
「………………。」
浪牙の眉間の皺が深まる。
五人はそのまま暫く歩き、街の大通りに出た。この道を歩けば中央の広場へ着く。
本来この道は、商店街として年中朝から晩まで人々で溢れている場所だ。今では一軒の店も無く、人の影すら無い。
大通りを進み、中央の広場へ到達する。この広場は本来、伴洋の港で水揚げされた魚介類を卸す中央市場だった。今では見る影もなく、ぽっかりと街の中央に穴が空いたかの様な広い空間が存在するのみだ。
「……あの…これは……、どういうことなんでしょうか。」
雅之がおずおずと言う。
「あー……これ完全に俺たち……警戒されちゃってますね~。」
幸泰が飄々と言葉を続ける。
五人は広場の中央でぐるりと街を見渡す。窓には人影すら見えない。
しかし分かってしまうのだ。武人として鍛練を積んだ者なら、どうしようもなく分かってしまう。人の放つ気配がするのだ。
「……数としては……ほぼ住民に被害は出ていないのだろう。」
勝利が気配の数を探り、判断する。
「しかしこりゃ、どー言う分けだぁ。」
有利が少しイラつく。
浪牙が顔を上げ、一歩前に出た。
「我が名は和具浪牙!この国の現国王が嫡男、和具浪牙だ!伴洋には救援に参った!話せる者は居ないか!!!」
浪牙の声が広場に響く。
カタン
微かに窓がなった。直ぐ様五人は音の方に顔を向ける。一瞬子どもの手が見え、窓の向こうに消えた。
「…………。住民は何を隠している。」
浪牙が顔を顰める。
「分かりませんが……我々の存在が不都合なのは伺えます。」
勝利も解せない顔をする。
「とりあえず住民は生きてんだ。……直ぐに危険はないだろうし、任務は続行で良いですかね浪牙様。」
有利が浪牙に確認をとる。
「ああ…。…未だ現状が定かではない。……領主を訪ねる。」
「「「「御意。」」」」
街の中心からやや外れた郊外に建つ領主の屋敷は、立派な門構えに反して門番のひとりも居なかった。不気味な静寂が屋敷を包む。
「俺が様子を見てくる。」
有利が偵察を役を名乗り出る。
「任せよう。」
浪牙は頷き、応えた。
有利は身に纏う防具など無いかの如く、音も無く軽々と塀を越えて中へと入る。
後の四人は塀の外で待機している。しかし皆嫌でも察する。恐らくこの屋敷は既に。
「藻抜けの殻だ。」
程無くして有利が塀の上から告げた。
「やはりか。」
勝利が呟く。
「ご苦労だった。」
浪牙が有利に労いの言葉をかけた。
有利は塀から飛び降りて報告を続ける。
「荒れた痕跡は無く、生活の跡形も無い。金品や装飾など貴重品の類も見当たらない。」
「……忽然と消えた領主…かぁ。こりゃきな臭い話だ。」
幸泰が呟いた。
「現段階では情報が少なすぎます。どなたか話の出来る者を探しましょう。」
雅之が提案する。
「それならば、やはり彼処でしょう。」
思い当たるのか、勝利が歩き出しそれに続いて皆で移動する。
五人は目立つ行動を避けつつ路地に入る。路地裏での聞き込みは、情報収集をする上での常套手段である。
「…変だ。……綺麗過ぎる。」
勝利が眉を寄せる。言葉の意味が分からず浪牙は首を傾げる。
「どういうことですか。…お恥ずかしながら、私は伴洋に初めて来たもので……。」
雅之も浪牙同様、首を傾げながら勝利に問う。
「ああ…そうだな。浪牙様や初めてこの街に来たお前には分からないだろう。どんな街でもだが……路地裏にはだいたい『はみ出し者』が居るものだ。しかし……。」
「見あたらねぇな……。人っ子ひとり居やしねぇ。」
有利も顔を顰める。
「こりゃ...益々きな臭くなってきたねぇ……。」
いつもの飄々とした幸泰はどこへやら。軽い口調のふたりが重い空気を放つ。
「消えた者達が居る…と言うことか。」
浪牙も重く言葉を紡ぐ。
「ええ……恐らくは…」
「「「「「!!!」」」」」
勝利が言いかけた言葉は、近くに人の気配がした為に途切れた。
有利と幸泰が瞬時に動き、気配の主の首根っこを掴んだ。
「はなして!はなせー!!」
気配の主は小さな童子だった。十歳……にしては細く小さい。見るからに栄養の足りていない手足や体格から、年齢をはかるのは難しい。
ボロボロの布を着た童子は、有利にぶら下げられて大暴れする。
「はなせ!!!!たすけに行くんだ!!はーなーせー!!」
「………助けに行く…とは…どこに誰をだ?」
勝利が問う。
「うるさい!また邪魔する気なんだ!!今日こそは!絶対に!」
童子が泣き出す。
「あーあー埒があかねー。」
有利がげんなりする。
「…あー…えっと……大丈夫だ。…怖くない。」
雅之が困り顔で腰を曲げて童子に目線を合わせた。しっかり童子の目を見つめて話す。
「大丈夫だから。お前を捕まえたりしない。どこに行きたいか教えてくれるか?」
雅之の言葉に、童子は少しだけ泣く勢いを弱めた。小さく呟いた。
「黒森に……。」
((((……!))))
「……その黒森にはどうして行きたいんだ?」
「お姉ちゃんが捕まっちゃったの!!!」
大きな目に涙を溜めて、また泣き出しそうになる童子。
雅之は子どもが泣き出す前に慌てて言葉を続ける。
「そ…そうか。お姉ちゃんを助けに行きたいんだな。」
「うん!お姉ちゃんは私の代わりに連れてかれちゃったから!!!」
「……お前の代わりに?」
「うん!ここにいたみんなを順番に怪物にあげてたんだ。黒森の怪物に…。」
(((((!?)))))
五人は一様に瞠目する。
「……皆…を?」
雅之は慎重に聞く。嫌な予感がして生唾を飲み込んだ。手が震える。
「うん。段々みんないなくなってひとりになったの。……そしたら、不思議な服を来たお姉ちゃんが来て。」
(((((不思議な服!)))))
「それは本当か!!!!」
浪牙が童子の肩に掴み掛かる。
「!!!!う…うわぁーーーーん!!!!」
遂に童子が泣き出してしまった。
「あー…浪牙様…」
「気持ちは分かりますが……離れて下さい。」
勝利が童子から浪牙を引き剥がす。
「……すまない。泣かせるつもりは…なかった。」
浪牙は少ししょんぼりする。
「雅之くん任せたよ~。」
幸泰が降参とばかりに、ひらひらと両手を雅之に振っている。
「はい…。有利大将この子を降ろしてあげて下さい。逃げません。大丈夫です。」
雅之は苦笑いを浮かべつつも、もう一度、童子の前に屈むと今度は両腕を広げた。
有利が童子を地面に降ろすと、まるで吸い寄せられるかの様に雅之の胸へと童子が納まった。
「大丈夫だ。大丈夫。ほらもう恐くない。」
雅之が優しく両腕で童子を包み込む。包まれた安心感と優しい言葉で、徐々に童子が落ち着きを取り戻していく。
「……ひとりになってしまって寂しかったな。」
頃合いを見て雅之が尋ねる。
「んーん。お姉ちゃんが来たから大丈夫だったの。いっぱいお話して、そしたらお姉ちゃん、「こんなの間違ってる!」ってみんなに怒ったの。」
雅之は鋭く目を細める。
「ああ…間違っている……絶対に。」
その表情は腕に抱かれた童子からは見えない。
子どもはそのまま言葉を続ける。
「そしたらみんなが…「お前が行け」ってお姉ちゃんに言ったの。怪物もお姉ちゃんが欲しいんだって。……そしたら、お姉ちゃんが……。」
童子が涙を堪えて必死に言葉を紡ぐ。
童子曰く、その者は怪物と街の者達にこう言ったのだと言う。
『私が欲しいのならくれてやります。しかし金輪際、生け贄は出さないと誓いなさい。私が最後です。』
「つまりその方は怪物に連れていかれ……怪物に捧げられる者はいなくなったと…。」
「うん。」
「……そうか。」
「お姉ちゃんを助けに行きたいのに、街のみんなが止めるの。怪物を怒らせるなって。」
「その人が連れていかれて、どれくらい経つ。」
「んーと……3日くらい。」
「事情はわかった。…話してくれて、ありがとう。」
子どもを落ち着かせようとし背中をトントンと一定の拍子で叩くので、童子は微睡み、瞼がゆっくりと落ちた。
浪牙は右手で額を押さえて路地裏から狭い空を仰ぐ。
「面倒なことになりました……。」
「これ御使い様生きてんのかぁ!?」
勝利と有利も腕を組、首をもたげる。
浪牙は佩玉を取り出す。
「御使い殿に何かあれば佩玉を通じて報せがある……はずだ。……恐らくは生きているだろう。」
浪牙は佩玉を見つめるが特に変化はない。
「……街の者達は、生け贄行為と御使い様を差し出した事を罰せられると思い、我々を警戒しているのでしょうか。」
「まぁそんなとこでしょうよ。」
雅之の言葉を幸泰が肯定する。
「あの童子が生け贄に出されれば、次は自分達の番だからね。御使い様で生け贄が終わるんなら、差し出さない手は無いってね。」
幸泰はあーやだやだと言わんばかりに、大袈裟に肩を竦める。
「『黒森の怪物』はどんな怪物なんだぁ?急に現れたようだが…。」
有利が呟く。
「何者であれ、御使い殿が連れていかれた以上、取り戻しに行くしかないだろう。」
浪牙がまた眉間の皺を深くした。
「もう少し情報が欲しいですね。この子が起きたら、再度聞いてみます。」
「んじゃあ今のうちに順番に仮眠を取って兵糧食っとくか。仮眠は先ずは浪牙様と雅之だ。次に幸泰と勝利。最後が俺だ。」
有利が提案する。
「ああ。浪牙様も夜通し起きておられるでしょう。此処等で一度お休みになった方が宜しいかと。」
勝利が心配げに浪牙を伺う。
「ああ…。その怪物と対峙するにしても、皆万全でなくては。一度仮眠をとる。」
浪牙は焦る気持ちを落ち着かせよう拳を握る。
「私が最初に仮眠を取ってもよろしいのでしょうか。」
雅之が尋ねる。
「童子が起きたら、相手を出来るのはお前だけだ。今のうちに寝ておけ。」
困った顔で勝利が言う。皆子ごもの扱いには不慣れなようで、雅之頼みである。
「分かりました。では、お先に失礼します。」
童子を腕に抱えたまま雅之が礼をする。
浪牙と雅之は少し離れた路地裏の壁に寄りかかって座る。
「……浪牙様は見かけ以上にタフだな。俺らと打ち込み稽古したあと、野獣と戦って、寝ずにここまで来たんだ。」
干し芋を齧りながら有利が小声で話す。
「ああ。振る舞いや足運びから、腕は立つのだろうと知ってはいたが……まさかここまでとは。」
勝利も干し芋を齧りつつ、脳裏に昨晩の魔獣との壮絶な死闘を思い起こす。
「げっ!?昨日浪牙様、魔獣騒動の前にあんたらと打ち込み稽古してたの!?それはそれは……(この体力バカ大将に付き合えるのかよ)………やっぱ剣の師は父君 剛彦様なんすかね。」
小声で驚いた幸泰は興味のまま疑問を口にした。
「さあ。……浪牙様の父君は何分お忙しい方だったからな…。どれ程 稽古をつけてこられたかは定かではないが、……並みの努力でこうは成るまい。」
勝利が薄く笑った。
(……しかしどうにもおひとりで抱え込み過ぎる。)
「どうしたものか……。」
勝利がひとりごちる。
「んあ?」
「…なんでもない。」
有利が聞き返すが、勝利は素っ気なく答えて会話を切り黙々と芋を噛む。
浪牙と雅之の仮眠が終わり、幸泰と勝利が仮眠を取り始めて間もなく、泣き疲れて眠った童子がむくっと起きる。
「起きたか。」
雅之は笑顔で童子を迎える。童子は雅之の笑顔を見て、安心しきって抱きついた。雅之はすっかり懐いた童子に嫌な顔ひとつせず黒いボサボサ頭を撫でる。
「よく寝れたか。」
「うん!」
「そうか。……お前名は?」
「名?」
「そうだ…名前は?なんて呼ばれている?」
童子は不思議そうに頭を傾けながら体をも捻る。
「ん~……『ガキ』?とか…」
「……それは名前じゃない。」
頭を傾げ過ぎて上半身もだらんと傾く。
「『おい』とか『お前』とかしか呼ばれてないよ?」
「……そうか。私は雅之。小川雅之だ。……泣いたら腹が減ったろう。」
雅之は童子に干し芋を差し出す。子どもは眼を輝かせて干し芋を受け取った。
「いいの?」
雅之を見て尋ねる。
「ああ。私は食べたから、それはお前が食べろ。」
「ありがとう!」
童子は心底嬉しそうに干し芋にかぶり付く。童子の笑顔を見て雅之も目を細めて笑った。
「……お前は黒森に行こうとしていたが、その黒森はどこにあるんだ?」
雅之が童子に尋ねると、童子は指を差した。
「あっちだよ。海の上の、木がいっぱいの島。」
「……島に怪物がいるのか。どんな怪物かは知っているのか?」
童子が両腕を広げる。
「こーんなおっきい猪みたいなんだって。岩よりも山よりおっきい!」
(((猪……。)))
「…やはり昨日の魔獣と関わりがあると見て、間違いないだろう。」
浪牙が静かに呟いた。
「山より大きな魔獣のボスってか……。笑えねー冗談だ。」
有利が苦笑いを浮かべる。
「黒森へ行く船はあるのか?」
雅之が再び童子に質問をした。
「船だとみんな沈んじゃうから、島へは船で行けない。夜に道か出来るのを待つの。」
「時間で島までの道が出来る…ってーと、潮の満ち引きってとこか。」
童子の言葉の意味を有利が推理する。
「怪物はいつも眼を光らせてこっちを見てるから、みんな怖くて外に出ないの。夜には、目が赤く光って森に火が付いてるみたいなんだよ。」
童子が震えながら話す。
「いつも見ている…?」
雅之は嫌な汗が出る。
「うん。怪物は街中が見えてるんだって。いつも見てるから、お姉ちゃんが来たのも知ってたんだ。」
(では我々は既に気付かれている!?)
雅之は有利と浪牙に目配せする。
「……伴洋の外の魔獣共は、伴洋から人を出さぬ為ではなく、……伴洋に人が来ぬよう足止めの為だとしたら、今夜間違いなく我々を始末しようとするだろう。」
浪牙の言葉に有利が頷く。
「そうでしょうねぇ。」
有利が考え込む。
「恐れながら申し上げますと、こちらから黒森へ赴き、交戦しつつ御使い様の救出にあたるのが最善かと。」
仮眠から目覚めた勝利が進言する。
「なんだよ勝利。わくわくして寝れねーってか。」
有利が茶化す。
「お前ほど能天気じゃないだけだ。しょうもないことばかり言ってないでさっさと寝ろ。」
勝利は呆れたように言い返す。
「やっぱ短時間でも睡眠は大事だねぇ。」
大きく伸びをして幸泰も目覚める。
「よし、俺の仮眠の前に今出揃った情報を共有すんぞ。」
雅之は童子を膝に乗せて、五人は円になって座る。
「まず御使い様『変な服のお姉ちゃん』の連れ攫われた黒森は、木が生い茂る島だ。あってるか?」
雅之が膝に乗る童子に尋ねると、童子はこくりと頷く。
「黒森へは船では行けず、引潮で道が現れるのを待つ他ない。」
童子がこくりと頷く。
「黒森の怪物は山の様な巨大な猪の姿をしている。」
また童子がこくりと頷く。
「怪物は黒森から街を見ているので、我々が街に入ったことに既に気付いている。」
童子は恐々と頷く。
雅之と童子のやりとりを聞いて、勝利が言葉を続ける。
「島のどこかに居るであろう御使い様の保護を最優先とした場合、やはり相手の出方を待つより先制攻撃に出るべきでしょう。」
浪牙が少しばかり思案した後頷く。
「ああ。御使い殿を捜索するためには、島への上陸が不可欠だ。勝利、お前の案に乗ろう。」
浪牙は勝利の案を承認した。
「はっ!御使い様を探すまでの時間稼ぎは我々が致します。…と…その前に有利はまず仮眠に入れ。お前には仮眠後に段取りを伝える。」
「…了解。お前の作戦なんざ不安しかないがな。」
憎まれ口を叩きつつも不安な様子は微塵もなく、有利は端へ行きドカッと壁にもたれて座った。豪快に大きなあくびをひとつ落とす。
「ふん。お前よりは上手くやるつもりだ。」
勝利は軽く鼻で笑った。
何かと張り合うふたりだが、お互い技量は認めているのだ。『信頼』などと口にすれば、ふたりは凄い剣幕で否定するだろう。しかし有利には分かりきっている。こういう局面で、勝利は必ず合理的に最善を弾き出す。それがどんな選択であっても。
(お前は国の為なら迷いが無ねぇ……。そこだけは認めてやる。)
有利は黙って目を閉じ、仮眠に入った。
夜も更け亥の刻(21時頃)。童子に黒 森までの案内を頼み路地裏から出る。分厚い雲が空を覆うのか星も月も無い。
遠く暗闇に赤い光が見えた。炎の様に赤く揺らめくそれには確かに見覚えがある。
六人は皆動きを止めた。全身の産毛が逆立ち、嫌な汗が出る。知っている。
(あの炎は、あの光は、アレは、魔獣の眼だ。)
浪牙が唾を飲み込む。
(こちらを見ている。見られている。)
脳が勝手に混乱する程に圧倒的な重圧。六人ともが心臓を握られている心地がした。
(うっ……吐きたい……。)
雅之が真っ青な顔で、口を抑えて腰を折り屈む。
すると先程まで赤い眼に見られて固まっていた童子が、赤い眼から雅之を庇う様に立ちはだかったのだ。
雅之は眼を見開いた。小さな体全身を震わせて、今にも崩れ落ちそうな膝で、大きな目に涙を溜めて、それでも童子は赤い眼を睨み返した。
(ああ……私は…!!)
雅之は童子を抱き締め、小枝の様に細く、羽の様に軽いその小さな体を抱え上げた。抱え上げて走る。
浪牙や他の者たちも、赤い眼の恐怖を振りほどき雅之に続いた。
「次は右の道に入って。真っ直ぐ。……また右。」
夜戦訓練を受けている為、暗闇でも全員が童子の指示通りに夜の街を駆ける。赤い眼に段々と近づいていく。
一行は街を走り抜け海へ出た。
明かりは無く、黒い絵の具で塗りつぶした様な大きな森に、赤い眼が爛々と光っている。『黒森の怪物』と言う呼び名の由来通り、まるで森自体が大きな獣であるかのようにも見える。
それは見上げる程の大きなと、身が潰れんばかりの重圧を放つが、もう誰も立ち止まらない。
島への一本道はまだ潮が引ききっておらず薄く残る海水でぬかるむ。しかし皆止まらず勢いのまま島まで一気に駆け抜ける。
雅之に抱えられた童子が叫ぶ。
「私を!食べていいから!!食べていいから…だから!……お姉ちゃんを食べないで!!!!」
ぎろりと赤い眼が童子を睨む。
「ひッ!」
童子は縮こまり、雅之にしがみついて震える。
しかし震える童子を今度は雅之が庇う様に抱き包む。
「魔獣如きに喰わせるものか。」
雅之は赤い眼を睨み返して走る。
黒森に上陸し、五人は各々散り散りに走り出す。
この先も書き進めてましたが、長くなると読みにくいかと思い、一旦区切りました。
長袖出してくるのめんどくさくて、まだ半袖で働いているけど本当は少し寒い。10月に台風とかヤバい。




