第四話 望月の友
雪菜と月世、それと浪牙率いる左竜爪軍一行は『蛍火の谷』を抜けて森を駆けて、捜索拠点の『紅梅の塔』に着く。
浪牙は手早く武官たちに現状を伝達する。未だ行方不明の妹 華江の捜索指示と外見的特徴を右竜爪軍に伝えた。
その後、朝餉にお椀一杯の粥を皆で啜る。特に具はなく薄味の白粥の上には、菜漬けが少し載っている。菜漬けの塩気が疲れきった体には大変染み入る。優しい味に雪菜と月世はホッとする。
そして各自一時間ほど仮眠をとる。雪菜と月世は警護室の小上がりで、ふたり並んで横になると、どちらからともなく手を繋いだ。疲れきったふたりは何を喋ることもなく、目を閉じれば直ぐに、意識は微睡みの中に溶けていった。
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「月世様、雪菜様、お目覚めを。」
春姫は小上がりの横から声をかける。疲れきった体に仮眠がたった一時間では、寝起きのよい月世も流石にきつい。起きるのが苦手な雪菜には尚きついだろう。
「月世様!雪菜様!お目覚め下さいませ!」
「んー………」
雪菜は唸りながら寝返りをうつ。
「あー……体がバキバキ……起き上がれないよ…きっつい~。」
月世は寝ぼけながら春姫の方へ腕を伸ばす。無理やりにでも引っ張り起こして欲しいのだ。
「月世様!雪菜様!!」
春姫は小上がりに上がると差し出された月世の手を両手で掴み、大きなカブでも引き抜くかのように引っ張りあげた。ぐわっ!っと凄まじい力で引っ張っられた月世は目を丸くする。
「うわぁ!?」
月世は布団から勢いよく飛び出し、宙を飛んで前転し小上がりの外に両足で着地する。完璧な着地!そして両腕を上げて決めポーズ!月世の脳は一気に覚醒した。
!!………そうだ…春姫ちゃん凄く力が強いんだった…!
「おっ…おはよー、春姫ちゃん!ありがとーね。……おかげで完璧に目が覚めたよ。」
戸惑いつつもお礼を言う月世。
「おはようございます、月世様!」
春姫は可愛らしく笑う。そして先程月世にしたように雪菜の腕を掴む春姫。
「うわわわ!ダメダメダメダメ!!雪姉は着地とか出来ない出来ない!!」
慌てて月世が春姫を止めた。
「雪姉!!起きろーー!起きないと吹っ飛ぶよー!!!」
月世は必死で雪菜を揺さぶり起こした。
まだ眠そうに目が開いていない雪菜を、月世は無理やり手を引いて小上がりから降ろし、机に座らせた。春姫が目覚めのお茶を入れてくれる。寝ぼけた雪菜がうっすら目を開けてお茶を啜った。雪菜はお茶を一口飲む毎に徐々に覚醒していく。
「スッキリ起きるのが苦手で……。ごめんなさい。春姫ちゃんの手を煩わせてしまったわね……。」
雪菜は申し訳なさそうに春姫を見た。
「いいえ♪︎昨夜はお疲れでしたもの。仕方のないことですわ。」
何だか嬉しそうな春姫を月世は不思議そうに見る。
しっかり者の雪菜様の意外な一面!はわぁ~これが!ギャップ!萌え!ですの!?
春姫は内心で萌え悶えた。
春姫はコホンと咳払いをひとつし、思考を切り替える。
「さて、もう出立の時間ですわ。急ぎましょう。」
雪菜と月世が外へ出ると、刻限よりやや早いにも関わらず、優秀な近衛たちは既に準備万端といった様子。
浪牙の元へ向かうと、ここへ残る右竜爪軍の捜索隊の大将と最終の打ち合わせをしていた。浪牙がこちらに気付き手招く。
「今から今日明日の大まかな段取りを話す。聞いておいてくれ。」
「はい。」
雪菜が返事をする。
「これより出立し、夕方までには豊湘へ帰還する。朝廷で各方面への現状の報告をし、左竜爪軍から捜索隊を再編成する。明日からは拠点をさらに南へずらして捜索にあたる。右竜爪軍捜索隊は本日申の刻までに『蛍火の谷』近辺を最終捜索し、南に位置する新たな捜索拠点『青竹の塔』に陣を張れ。明日、我らが到着するまで待機せよ。」
「御意!」
右竜爪軍の捜索隊の大将が返事をし、一礼して離れる。早速向こうで捜索隊に指示を出している。
「刻限だ。俺たちも出立する!」
雪菜と月世はひとりで馬に乗れない為、各々浪牙の指名した武官の後ろへ乗せてもらう。
「私と嶺岩は姿を変えてお供致しますわ。」
春姫と嶺岩の体が発光する。そして光るの玉の形となった。続いて丸い光が形を変え、ひらひら空中に現れた。
「え!?金魚!!???」
「!!?」
月世が驚き、声をあげる。雪菜も目を丸くした。
尾の長い琉金のような赤と黒の二匹の金魚が、水の無い空中を泳いでいる。
「水は?息出来てる!?」
月世が心配する。
「当たり前だろ?息くらい出来る。俺たちは本物の魚じゃないんだぜ?」
そう言って嶺岩はケタケタ笑う。
「この姿は小さいので、潜むのに最適ですわ。」
赤い金魚の春姫は雪菜の着る入院服のポケットへ、黒い金魚の嶺岩は月世の服のフードへと入った。
出発準備は整った!
「目指すは王都『豊湘』玉鱗城。夕方までには到着する。出立だ!」
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勢いよく出発し2時間が過ぎる頃。
慣れない長時間の騎乗に足も腰も尻も痛い。我慢ができず月世が休憩を進言した。
「ちょっと…一回降りたい…かも!………結構きっついよコレ!?…近衛の皆さんスゴすぎる!」
流石の雪菜も頷き月世の意見に賛同する。馬で走りながら喋る為、浪牙に声が届くように少し声を張る。
「そうね…。浪牙様、私たちは長時間の騎乗に慣れておりません。少し休憩を頂きたいのですが……。」
申し訳無さそうに浪牙を見る。
浪牙は先頭で前を向いたまま、ふむ……と少し思案た後ひとつ頷く。
「分かった。少し休憩を取ろう。」
そう言うと浪牙は馬の歩みを緩やかにていき、次第に馬は歩みを止めた。浪牙が馬から降りる。
早く降りたい月世は馬から飛び降りる。
「うわぁ!?」
疲れきった足腰のせいで着地に力が入らず体勢が崩れた。フードから黒い金魚が飛び出しケタケタ笑った。そして黒い金魚は光、いつもの男児の姿に戻る。
「ふふふ。月世ったらせっかちね。」
盛大に尻餅をついた月世を雪菜も笑う。雪菜は武官の人の手を借りてゆっくり馬から降りた。ポケットから赤い金魚が飛び出し、みるみるいつもの女児に姿を変える。
「お疲れさまです。雪菜様、月世様。」
「ほら。立てるか?」
嶺岩は尻餅をついた月世に手を差し伸べた。月世は差し伸べられた手を取り立ち上がる。
「ありがとぉー嶺岩。」
森の中だが、整備された平らな道が続く。道の横には細い小川が流れている。
雪菜と月世はふたり並んで木陰に座った。こうしてふたりで過ごすのはいつぶりだろうか。雪菜が受験生ということもあり、最近はお互いに気を遣ってか、ゆっくり話す時間はなかった。何だか少し照れ臭い。
「色々ありすぎてまだ夢の中みたい……。」
雪菜が静かに呟いた。
「そうだね雪姉。本当に……これからどうなるんだろう。」
月世は雪菜の横で膝を抱えて小さく踞る。
「これからの事を考えるにしても、あまりに情報が足りないわ。何かを判断するには、私たちはこの世界を知らな過ぎるもの。」
「そうだね。…………華江は…無事かな?」
月世は目線を落として地面を見つめる。月世にしては珍しく気弱な発言が続く。
月世ったら……あの鐘の音を辿ろうと言い出したことに責任を感じているのかしら。
「……分からないけれど……ひとつ気になることがあるの。」
「気になること?」
月世は顔を上げ、雪菜に視線を向ける。
「ええ。……私たちが病院を抜け出したのは、確かに夜中だったわよね。」
「そうだよ。空も真っ暗で完全に夜中だった。」
「私がこの世界に来た時、谷底から見上げた空に夕暮れが見えたの。」
「え!?私が来たのは……太陽がまだ高かったから、多分お昼過ぎたくらいだったと思う。」
「……これはまだ憶測でしかないけれど…私たちは場所もバラバラだけれど、この世界に召喚される時間もバラバラなのかも知れないわね。」
「それって!?」
「つまり極端な話、華ちゃんはとっくの前にこの世界に召喚されていたり、まだ来ていなかったりする可能があるんじゃないかしら……。」
「そんな……。」
「この事は華ちゃんを捜索する上で、浪牙様と共有した方が良さそうね。」
雪菜の言葉で月世は、辺りを見回し浪牙を探す。
「あ。いたいた!浪牙様ぁ!少し気づいたことがー」
月世は手を上げて浪牙に駆け寄る。その後ろを追って雪菜が歩く。
谷底で出会った白い人と琵琶の音色。そして龍王様との会話の内容を、雪菜は浪牙に話していない。雪菜の中には、まだ浪牙を信用しきれていない部分がある。
浪牙様……悪い人では無いのでしょうけれど……。どこか危うさのある方のような気がするわ……。
「……なるほど。召喚される日時の違いか。…分かった。この情報も全捜索隊に共有しよう。また何か気付いたら報せて欲しい。」
「はい!」
浪牙の言葉に月世が無邪気に返事をした。雪菜はそんな月世を見つめる。雪菜にとって裏表や計略の無い月世の真っ直ぐな性格は、羨ましく思うと同時に危なっかしくもある。
(傷付いて欲しくないから。ずっと真っ直ぐな月世でいて欲しいから。私が月世を護らなくちゃね。)
雪菜がそっと拳を握りしめことに、月世は気づかない。
浪牙の号令で約10分程の休憩が終わる。姉妹は、まだまだ続く馬での移動を思い、少し憂鬱な顔をしつつも馬の元へと戻った。
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五回ほどの小休憩を挟みながらも何とか日没前に王都『豊湘』の関所が見えた。関所からは長蛇の列が伸びている。この人数の最後尾に並ぶとなると関所の閉鎖時間を迎え、翌朝まで足止めを食らうことは明確である。
しかし浪牙率いる竜爪軍一行は、龍の紋が入ったの旗を高々と掲げ、並ぶ人々の列を横目に馬で関所前まで駆け抜ける。すると掲げた旗を見てか、役人がぞろぞろと関所前に出揃って並び、一様に頭を下げる。その中で役人がひとり前に出た。
「お帰りなさいませ。浪牙様。」
この関所の定番人(関所の専門官)だろう役人の男が、浪牙に深く拝礼をする。
「只今戻った。王都の状況に変わりはないか?」
先頭の浪牙が馬から降りながら問う。
「ええ…変わらず。……変わらず難民は増すばかりです。これ以上の受け入れは王都の経済維持に関わるかと……。」
定番人は隠さず苦い顔をする。
「そうか……。………………策は検討する。」
浪牙は淡々とそれだけを述べる。
「浪牙様。……お優しい貴方様のお気持ちも分かります。分かりますが……優しさでは誰も救えませぬ。………本に守るべきは何であるかを……今一度お考え下され。」
定番人はもう一度深く頭を下げ関所に戻っていく。ずらりと並ぶ役人の中からふたりの役人が駆け寄り、先頭で関所の門まで竜爪軍一行を誘導する。
関所を抜けるまでの間、重い空気を感じてか、月世も険しい顔をしている。雪菜はじっと浪牙の背を見る。浪牙が今どんな顔をしているのかは伺えない。
(……重いわね。これは……思った以上に大変なことに巻き込まれてしまったみたいね……。)
そう心の中で呟いたあと、雪菜は肺を空にするかの様に薄く長く息をはく。そして胸一杯に新鮮な空気を思いっきり吸って気持ちを切り替える。遠く前方に見える大きな滝と青い城門を見つめた。
豊湘の街は人で溢れていた。広い道を真っ直ぐ馬で進んで街の中央にある広場に出る。
人で溢れた広場は人の流れもぐちゃぐちゃで、さながらスクランブル交差点の様である。
「たったこれだけの塩で200輪か!!」
「こんなに痩せた大根しかないの!?」
「……買えるだけありがたい。」
「米も麦もどこも完売だってさ……」
「無いものは買えん…」
雑踏の中にそんな声が口々に聞こえる。
人々の中を馬がゆっくり進んで行く。それに気付いた人々は近衛軍一行を避けて一本の道を作った。民衆の目線がひどく痛い。
静かな行進の中、ひとりの幼女が通路を遮り立っていた。浪牙は幼女に気付き進行を止めた。すると幼女は浪牙の馬に近づく。
「あの………これ!」
幼女が腕を伸ばし、浪牙に差し出したのは小さな白い花だった。
浪牙は馬を降りてしゃがみ、幼女の手から花を受けとる。
「王さまがはやく元気になるようにって………」
悲壮な顔をした少女の頭を、浪牙は表情こそ崩さぬまま、くしゃりと撫でた。
「ああ。必ず王に伝えよう。……感謝する。」
「あ…アっ!うちの子が申し訳ありません殿下!大変失礼致しました~!!」
幼女の母親が慌てて駆け寄り幼女を抱き上げて道を開けた。
浪牙は人混みに消える親子を見送ったのち馬に乗ると、またゆっくりと城まで歩みを進めた。
城門前には白の狩衣装束を着て烏帽子を被った水色髪の青年が立っていた。その後ろには10人程の着物の女性が控える。
「お帰りなさいませ殿下。」
「「「「「「「「「「お帰りなさいませ。」」」」」」」」」」
水色髪の青年は深く拝礼をし、後ろの女房(女中のこと)がそれに続く。
浪牙が馬から降りる。
「ご到着早々ですが殿下、御使い様は龍堂にてお迎えする準備が整っております。殿下は一度、朝廷で現状の報告を。」
「分かっている。」
浪牙のより一層眉間に皺を寄せ、馬を引いて去っていく。
武官たちも月世と雪菜を馬から降ろし、馬を引いて去ろうとする。
「運んで下りありがとうございました。」
「お尻痛いとかいっぱい文句言っちゃったけど運んでくれてありがとうねー!」
雪菜は丁寧に頭を下げ、月世は元気に手を振った。各々の武官たちが照れ笑いをしながらお辞儀をして去っていった。
そして雪菜と月世は、目の前の水色髪の青年に向き直った。
雪菜の入院着のポケットと月世のパーカーのフードからぴょんと金魚が飛び出ると光り輝き幼児の姿に戻った。
「水兎様、春姫及び嶺岩ただいま戻りましたわ。」
春姫と嶺岩が深く頭を垂れる。
「お帰りなさい。ふたりとも無事で何よりです。御使い様も、よくぞご無事であられました。」
青年は明るい笑顔をふたりに向けた。
「私は城の御堂で仏官をしております間崎水兎と申します。水兎とお呼び下さい。」
彼の雰囲気は見るからに善人といった感じだ。雪菜と月世の警戒心も自然と緩まる。
「はじめまして。私は越賀雪菜と言います。こちらは妹の…」
「越賀月世です!よろしくお願いします!」
雪菜の丁寧の挨拶と月世の元気な挨拶に水兎はひとつ頷いた。
「雪菜様に月世様ですね。ご案内します。どうぞこちらへ。」
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城門を潜れば青い寝殿造りの建物が正面にあった。しかし正面の建物には入らず、玉砂利の庭を進む。
暫く玉鱗城の外観を眺めてつつ敷地内を進むと、正面に大きな寺院が現れた。
「城とは廊下でも繋がっておりますが、何分複雑な順路ですので、庭からの道でご案内いたしました。こちらが、龍王 娑伽羅様をお祀りする『龍王院』です。」
『龍王院』、ここは龍王 娑伽羅を御本尊とし、国の法会や法事・その他行事を請け負う。
雪菜と月世は水兎に続いて靴を脱ぎ、龍王院へと足を踏み入れた。
厳かな空気の中、長い外廊下を水兎に続いて歩む。
「薄暗くて分かりにくいでしょうが、あれが鐘楼。あれか講堂で、あちらが本堂『青龍堂』です。」
「ひっろーい……。」
月世が驚きながら庭を見渡す。
「迷子になりそうね。」
雪菜は困ったようにきょろきょろと見渡した。
「慣れればそれほど難しい造りではありません。明日の明るいうちに、もう一度ご案内します。」
新鮮なふたりの反応に水兎は笑う。
「おふたりともお疲れでしょう。先ずは庫裏(寺の居住部分)の風呂殿で身をお清め下さい。」
水兎の言葉に月世と雪菜が眼を輝かせた。
「くり?お風呂!?ヤッター!」
月世は大きく両手を上げて喜ぶ。
「かなり汗をかいたので、とても有り難いわぁ。」
雪菜の顔も、ぱっと明るくなった。
「風呂が済みましたら、本堂『青龍堂』へお越しください。何かあれば後ろに仕える女房達に申し付け下さい。」
水兎の言葉に月世が仰天する。
「女房!?ってみんな奥さん!!?」
(一夫多妻か!?)
月世はあんぐりと大きくあけた口を、慌てて手で覆った。
(あら…見かけによらず、凄い……。)
雪菜も笑顔こそ絶やさないが困惑している。
水兎はふたりの反応を見て頭に『?』を浮かべる。
(あれ?私は何か変なことを言っただろうか。)
「えーっと……。女房達はこの度あなた方御使い様の身の周りのお世話の為に雇い入れた『世話係』です。私やここに勤めるもの達だけでは至らぬこともあるかと思いまして。」
それを聞き、月世と雪菜はどうやら誤解だと気づいた。
「な…なーんだ。びっくりしたー。」
「そうよね。女中さんよねぇ。」
ふたりの反応に水兎はホッとして笑った。
「どうやら何かしらの誤解は解けたようですね。今後も戸惑うことは多いと思いますが、どんな小さなことでも気軽にお尋ね下さい。」
「そうだね。ここは違う世界なんだから。気を付けなきゃ。」
月世が困った様に頬を掻いた。
雪菜は頷き、水兎に向き直った。
「既にお尋ねしたいことがたくさんあります。」
「では風呂の後、本堂で伺いしましょう。女房の皆さん、よろしくお願いします。」
雪菜と月世の後ろに控えていた女房へ、水兎が声をかけた。
「「「「「「「「畏まりました。」」」」」」」」
女房たちは揃って返事をし、雪菜と月世の後ろで、深く頭を下げる。
水兎は会釈をしてその場を去っていった。
「では雪菜様はこちらへ。」
「月世様はこちらへ。」
ふたりは別々の部屋へと案内される。
衣服を脱ぎ風呂殿(昔の蒸し風呂)で女房たちにお湯を浸した布で体を清められる。さっぱりするが、人に体を洗われるのはかなり恥ずかしい。髪はお湯を張った桶に浸して埃と油を流す。
湯上がりに髪を乾かし油をすり込む。
(はぁ……。緊張してしまって逆に疲れたわ。)
雪菜は長い外廊下を歩き一際大きな本堂を目指す。御堂の引戸を開けると、自分と同じ小袖に紺色の袴を来た月世が水兎と談笑していた。
初対面の人とよくそれ程までに盛り上がれるものだと雪菜は面食らう。
水兎は先程と違い烏帽子を脱いでおり、笑うとアホ毛がぴょこぴょこ揺れている。
(……月世は相変わらずのコミュ力ね。)
月世は姉妹の中でも圧倒的な友人の多さだ。しかし月世は人に深入りせず、人からも自由人でトラブルメーカーと認識されている為、基本的に浅く広い付き合いが多い。
「あっ来た来た~雪姉遅いよー」
「あなたは何故慣れないお風呂でそんなに早いのよ……。」
雪菜は呆れならがらも笑い、中へと入って引戸を閉めた。
呆れながらも慣れている雪菜の物言いに水兎が笑う。
「ふふ。月世様のお話の通り、大変姉妹仲がよろしいようですね。」
「月世……変な話はしてないわよね?」
水兎の言葉に、慌てて月世を問い詰める雪菜。月世はへへっと笑い、目を逸らした。
「さて、明日からおふたりには朝廷の高官から順に謁見をして頂きます。謁見するにあたっておふたりには、この国の事とこの世界の事を知って頂く必要があります。」
真剣な面持ちで水兎が話す。分かりやすく半紙に筆を滑らせ、単語を書きながら話す水兎はまるで教師の様である。
「今この国は未曾有の危機にあります。一昨年に突如として現国王が病に侵され、病床に伏せました。時を同じくして国のあちこちで瘴気が湧き、海は荒れ、邪見や魑魅魍魎が跋扈し出したのです。この国だけではありません。近隣諸国の八国が各々に現在危機に晒されております。」
雪菜も月世も城に着くまでに見たものを思い出す。禍々しい邪見と瘴気の塊。民たちの縋るような目。目。目。目。その眼差しを一身に受ける皇子の背中。
しかしそれはほんの一国での出来事に過ぎないのだと言う。雪菜も月世も言葉を失う。
(……8つもの国が…危機に!?)
雪菜は動揺し瞳が揺れ、手が震えた。
「私たちには何が出来ますか?」
雪菜の動揺をかき消したのは、月世の真っ直ぐな声だった。
「私が今、出来ることを知りたいです。」
真っ直ぐに水兎を見つめて月世が問う。
月世は浪牙に花を渡した幼女を思い出し、目を閉じる。白い花を差し出した幼女の手は、震えていた。
(私はあの子に何が出来るのか……。)
月世はそれが知りたいのだ。
水兎はそんな月世を見て少し驚いた後、一瞬だけ顔が綻ぶ。また直ぐに真剣な面持ちに戻り、説明を続けた。
「龍王様曰く、八国各々に『八大龍王の宝剣』というものが存在するそうです。その『宝剣』というのは八大龍王様の御力の媒体であり、その絶大な力は厄災をはね除け、人々に安寧をもたらすとのこと。そして『宝剣』を手に入れるには、八大龍王様方が各々にお造りになった『龍王の門』を突破する必要があるようです。ですが、その『龍王の門』自体が誰でも挑めるものではないようで………、各龍王様に認められしものだけが御使い様に導かれ門の中へと招かれる。と、そう伺っております。」
「『龍王様に認められしもの』……。」
雪菜が呟く。月世も難しい顔をする。
「それが分かんないんだよね~。『認められしもの』に会ったら何かピンと来るのかなぁ?合図とかあるの?」
困った様に月世が水兎に尋ねるが、水兎も首を横に振る。
「こればかりは私にも分かりません。試練を受ける資格が誰にあるのか分からない以上、あらゆる人と会うしかないでしょう。」
「現状は大体わかりました。……その龍王様にお会いした時に頂いたあの道具は一体。」
雪菜が龍王 娑伽羅から渡された錫杖について尋ねる。
「あれは『精霊具』と呼ばれるものです。この世界でもかなり珍しい。」
「精霊具?」
「はい。現在は殆ど居りませんが、太古の昔には精霊と言葉を交わし契約をして精霊の力を使役する『精霊使い』と言う者たちが居りました。その者たちが使う精霊の造りし道具が『精霊具』です。」
「……精霊の力。」
雪菜は蛍火の谷での一線を思い返す。
「ええ。あなた方の持つ精霊具には、龍王 娑伽羅様の力が宿っておいでです。」
「あれは龍王様の力なんだ!」
月世も蛍火の谷で巨大な邪見に与えた一撃を思い返す。
「そうです。ですが精霊具の性能は、持ち主の力量にかなり左右されます。只者では扱えませんよ。……それにあなた方はまだ強くなれます。」
「「!!」」
「明日からは謁見と並行して、学びの時間と精霊具の修行を行います。」
「え!!修行!?…ちょっと燃えるかも。」
わくわくした面持ちの月世。
「よろしくお願いします。」
(今出来ることを精一杯。……そうよね。)
「お任せ下さい。大変だと思いますが、私も共に励みます。……さあ明日から忙しくなります。本日はもうお休みなさい。」
「はーい。…なんだか先生みたい。」
月世が笑う。
「師匠ですか。……そうなれるよう努力します。」
水兎は笑って返した。
「ではお休みなさい。」
雪菜は軽く頭を下げ、女房について部屋を出る。
「お休み~。」
月世は手を振るりながらそれに続く。
「はい。お休みなさい。」
水兎は小さく手を振り返して見送った。
姉妹は隣同士の案内される。
女房が灯りを消し、部屋を出ていった。ひとりの空間に静けさが広がる。昨日から続く寝不足と、馬での長距離移動で疲れ果てた身体が布団へと沈む。ふたりが眠りに落ちるのは一瞬だった。
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夜が更ける。
ここは玉鱗城の高台に作られた離宮『月見亭』。隣国の要人や高官の接待以外にはあまり使われることの無いこの宮から浪牙は大きく丸い月を望む。
「………。」
静寂をかき消けして砂利を踏む音が近づく。
「豊湘の外は……やはり堪えましたか?浪牙。」
水兎は庭から濃紺直衣を纏った浪牙に声を掛けた。
水兎は直衣をやや着崩して烏帽子のを外し、普段は烏帽子に納められている触角のように飛び出た毛を揺らしながら庭から屋内へ上がる。
浪牙は水兎の問いに応えず黙り込んでいる。
「隣失礼しますね殿下♪」
浪牙は顔をしかめた。
「……よせ。いつもは断りもなくずけずけと座るだろう……。」
「私なりの気遣いです。」
「………………。」
水兎は浪牙の隣へ腰掛けた。
「…………………。」
ふたり共に何も話すことなく月を見上げて時間が流れる。
ふと見上げた月に雲がかかった。
「……………俺は何時まで無力なのだ。」
不意に浪牙が小さく吐き出した。
城へ来る途中で会った白い花を手にした幼い子どもの姿が、浪牙の脳裏に過る。あれほど幼い子どもでさえも、この国の未来を憂いている。
浪牙の言葉に水兎が目を伏せた。
「それは私も同じこと。」
水兎が淡々と言葉を返す。
「恐らく今この国の皆が同じ想いでしょう。この国を想っているのは貴方だけではありませんよ浪牙。」
「そう……だな。」
力無く浪牙が応えた。
「なんです…また朝廷で嫌味でも?」
「……いつもの事だ。」
「はぁ…貴方は優し過ぎます。」
呆れた様に水兎が言う。
「お前が言うな。」
呆れたジト目で浪牙が返す。
「いっそ貴方、突然 結納でもして、あの狸ジジイどもの度肝でも抜いてやってはどうです。」
水兎はケラケラ笑う。それに応じて楽しそうにアホ毛も踊る。
「……他人事か。」
「他人事ですとも♪実際、貴方なら選び放題でしょうに。」
浪牙は苦い顔で目を伏せる。
「女など……よく分からん。」
「おや…『よく分からん』とは?」
浪牙の眉間の皺が深まる。
「女どもは何とも……腹が見えん……。」
水兎はまたケラケラ笑う。
「女とはそういうものです。我々には理解の及ばぬ部分があって当然でしょうよ。」
「……しかし」
「ではこういうのはどうです?『騙されても良い』と思える女を選ぶのです。」
「……『騙されてもいい』…と…?」
浪牙は訝しげな顔をした。
「はい。」
水兎はゆっくり瞬きをし頷いた。
「……尚更わからん。」
「あはははは。」
雲に隠れた月がまた顔を出し、ふたりを照らした。
水兎はひとしきり笑って浪牙に目を向けた。
水兎の脳裏に古い記憶が過る。
庭園の桃を取る国王と今は亡き王妃、それと籠を持ち、桃を受けとる幼い皇子。
親の居ない私には眩し過ぎた光景でしたが……。
ゆっくり瞼を降ろし、瞬きをひとつ。
「大丈夫。貴方は……。」
「…ん?」
「いいえ……なんでもありません。」
……いつか見たいものですね。
水兎はその言葉を口にせず、思うだけに留まった。
「明日は早く立つのですか?」
「そのつもりだ。」
「澪丸様には会っていかれないのですか。兄者兄者と貴方を慕っておりますよ。」
「知っている。…………しかしだな。」
黙る浪牙に水兎は呆れた笑いを浮かべた。
「弟に不甲斐ない姿は見せたくない…と……プライドだけは一人前ですね。」
「うるさい。俺はもう寝る。留守の間……弟を頼む。」
それだけ言い残してそそくさと去る浪牙。
「本当に尻拭いばかり押し付ける……。」
浪牙の去った闇を見つめ、ため息をつく。
全く…手の掛かる親友ですね。明日から私も忙しくなると言うのに……。
衣替えで半袖から長袖にするタイミングってムズい。




