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第三話 琵琶と蛍


 段々と自身を包む強い光は弱まり、視界に色が戻る。雪菜(ゆきな)辺りを見回す。


 ここは……!?さっきまでいた場所じゃない!?


 全く見覚えのない大自然が目の前に広がり困惑する雪菜。入院着のまま出てきてしまったので、あまりに場違いな格好をしている。

 前方を流れる川の向こうに断崖絶壁が見える。振り向けば自身の後方にも高い絶壁がそびえたつ。とても道具や命綱なしに登れる高さではない。


 ……地形的には…谷の底?…なのかしら?


 谷の幅はそこそこ広い。見上げれば青い空に朱が混ざる。すでに傾いた太陽は、谷底からはとんと見えない。雪菜は遠い空を唖然と眺める。


 谷底で遭難なんて……どうなってるの?


 時間も場所もあり得ない。雪菜は困り果て、右手を頬に当て空を仰ぎ……つねってみる。


 「ふぇ!」


 痛い……夢じゃないのね……。なんて古典的な確認の仕方をしてしまったのかしら…


「はぁ……。」


 痛みで目に涙を浮かべながら、つねった頬をすりすり擦る。


 全て夢なら……。


 雪菜はやはり心身ともに疲労しているのか、その場にしゃがみこんだ。膝に額を当てて丸まる。そのままそっと目を瞑る。

 川のせせらぎと遠くの知らない鳥の声だけが耳に届く。体が動かない。動けない。







_____________________________。



 時は少し遡る。


 月世(つくよ)春姫(しゅんき)嶺岩(りょうがん)の三人は、浪牙の待つ『蛍火の谷』付近の森林を目指す。嶺岩は月世を背負い木から木へと飛び移る。続いて春姫も軽やかに木から木へと嶺岩の後を追う。


 月世は道すがらおおよその状況を春姫から聞いた。そもそもこの世界は月世のいた世界とは異なること。夢に出てきた大きな蒼い龍のこと。この世界の危機に呼ばれた理由。


 ……頭がパンクするぅ。龍王?あの龍が偉い龍なのはわかった。……資格のあるものを導くって?どうやって導くのよぉ……試練に挑戦できる資格ってなに!?


 今は月世の姉妹を捜索中のこの国の皇子と合流する為、猛スピードで森を駆けている。全てが漠然としすぎている。説明を聞いてもピンとこない。




 日が傾き始めた頃、森林の中に赤い柱に瓦屋根の高い塔が現れた。塔の外には数十頭の馬と馬数程の人。褐衣姿(かちえすがた)の人が馬に水をやったり、撫でたりしている。


「着きましたわ。月世様、こちらへ。」


 しゃがむ嶺岩の背中から降り、月世は春姫の後に続き歩く。

 塔の正面、入り口の前で紙を広げ何かを書き込む背の高い男がいた。長い黒髪を高い位置で纏めるその男は武官束帯(ぶかんそくたい)をしている。平安時代の位の高い武官のような衣で立ちだ。後ろから月世を抜かし追い付いた嶺岩が前を歩く春姫と並ぶ。そのまま塔の入り口まで真っ直ぐふたりの後を追って進んだ。周りの武官たちの視線が月世に集まる。


「浪牙様。春姫並びに嶺岩の二名、只今戻りました。」


 春姫と嶺岩が立ったまま深く頭を下げる。それを見て、一拍遅れて後方の月世も慌てて頭を下げた。


「龍王様の御使いを無事保護したとのこと。ご苦労だった。」


 春姫と嶺岩が頭を上げた気配がし、月世も恐る恐る頭を上げる。


 この人が………この国の…皇子様。えっと確か……浪牙…様?


 平安時代や陰陽師を題材にした作品で見る様な格好をした物静かで真面目そうな男が、静かにこちらを見据えている。男は手に持った紙を折り畳み、袖にしまった。


 ゆっくりこちらに近づいてくる浪牙に、春姫と嶺岩は各々左右に下がり月世までの道を作る。


 うわぁ…目の前に来た!背ッたっかぁ~!


 月世は迫力に気圧(けお)される。整った顔立ちの浪牙が月世を見下ろした。そして浪牙はゆっくりと丁寧な所作で拝礼の形をとり深く頭を下げる。


「この様な場所での挨拶となり申し訳なく思う。俺はこの国の現国王が嫡男。名を和具浪牙(わぐろうが)という。」


 皇子様が頭を下げたことに戸惑いつつ、月世も同じだけ頭を下げた。


「あ...えっと…越賀月世(こしかつくよ)…です。」


 頭を上げると浪牙と目があう。


 ふぇ~…ちょっと怖いけどイケメンだぁ…


 浪牙は何か言いたげに月世を見る。


「………?あの…?」


 聞かれて凝視していたことに気付き、ハッとする浪牙は、バツが悪そうに慌てて目を泳がせる。


「……いや……その…………俺には…」


 そこまで言って意を決したか、月世を真っ直ぐ見据えて残りの言葉を紡ぐ。


「…俺には!龍の門に挑む資格はあるか!」


 沈黙が落ちる。月世に突き刺さる無数の視線が痛い。


 えぇー………わっかんないよそんなの……。どうしよー……どうしたら???……皇子様に無いですって言ったらどうなっちゃう?…………打ち首!?


 月世は右手を口に添いガタガタ震え出した。様子がおかしい月世に春姫・浪牙は首を傾けた。


 どうしたんだ?これはどういう反応だ?


 浪牙は困惑し眉を寄せる。すると浪牙の顔が険しくなったことで、月世はさらに焦りだす。


 うわ……おっ…怒ってる!?怒ってるよね!??なっ何か言わなきゃ!言わなきゃ!殺されるぅ!!


 月世はきつく目を閉じ、声を絞り出す。


「わ……わかんない…ぴぃ………ははっ」


「「「………………」」」


 ああああ語尾!!語尾ミスった!タコのせいだ!!このターコターコ!!


 内心でタコに悪態をつき、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ月世。冷や汗が止まらない。


 私打ち首だーーーーー!


 しかし月世の思いとは異なり、頭上からは冷静な声が一言。


「そうか……。」


 あれ?


 月世は顔を上げる。しゃがんだそこからはそっぽを向いた浪牙の顔までは伺えない。


 「御使い殿。この時期は、遅くまで日が高いがもうそろそろ日没だ。全捜索隊が戻り次第、本日の捜索は切り上げる。俺と近衛たちはあちらで夜営を致す。……本来ならば龍王様の御使い殿をお通しするには、あまりに粗末な場所で申し訳無いが、御使い殿はこの『紅梅(こうばい)の塔』に設けた警護所の一室で休まれよ。」


「えっ………あ…はい。」 


 それだけ言うと浪牙は踵を返しその場を去っていく。


「月世様。私がご案内致しますわ。こちらへ。」


 春姫に連れられ紅梅の塔の中に入る。月世は春姫の後に続き廊下を進んだ。春姫はひとつの部屋の前で止まり戸を開いた。月世は開かれた部屋へ足を踏み入れる。部屋の中央には簡単な机に椅子が二脚置かれていた。壁際には棚が二つ。小さな窓がひとつあり、部屋の端には大人がひとり余裕で寝転べる広さの小上がりがある。


 月世は小上がりに腰を掛けた。一気に緊張の糸が緩む。


「はぁ~……怖かったぁ~」


 ?と小首を傾げる春姫。


「いかがなさいました?」


「だって!挑戦の資格なんてわかんないよ!皇子様に失礼なこと言って打ち首になっちゃうんじゃって……」


 月世は先程の浪牙の険しい顔を思い出し、目に涙が滲んだ。


「………大丈夫ですわ月世様。貴女様は偉大なる龍王 娑伽羅(しゃがら)様の御使いであらせられます。如何にこの国の皇子であっても、娑伽羅様には敵いませんもの。……浪牙様は……焦っておられるのですわ。皇子としてこの国を何とかしたいと思っておいでなのでしょう。責任感の強い、優しいお方ですわ。」


「ほんと?」


「ふふ…本当ですわ。」


 春姫は袖から手巾(しゅきん)を取り出し、月世の涙を拭った。


「月世様、お疲れでしょう。少しお休み下さいな。夕餉(ゆうげ)の支度が整いましたらちゃんと起こしますわ。」


 涙を吹いていた春姫は、そのまま手巾で月世の目を覆う。月世の体からふっと力が抜ける。小上がりに座ったまま後ろへふらっと倒れる。頭を打つ前に春姫が月世の背中を支え、そっと寝かせた。


「お休みなさいませ、月世様。どうかよい夢を。」


 春姫は小上がりの端に畳まれた布団を敷き、そこへ月世を寝かし直すと、そっと部屋を後にした。





____________________________。




 どれくらい経ったのかしら。


 分からない。


 ……このまま死ぬのかしら。そしたら……あなたに会えるのかしら?


 雪菜は変わらぬ姿勢で(うずくま)っている。周囲の気温に反して何故だか雪菜の体は、芯がひんやりと冷えている様な寒気がし、震えた。閉じた瞼の裏で明るい赤毛が揺れ、制服を着た見慣れた広い背中が振り返ることなく離れて……消える。



 …………………………。





『__♪︎』


「!?」


 ひとつ音がした。川の音とも鳥の声とも異なる。弦を弾く音がした。


『__♪︎_____♪︎_♪︎___♪︎』


 続く調べに顔を上げると、辺りはいつの間にか暗く、無数の蛍が飛び交っている。


『___♪︎_♪︎__♪︎_♪︎_____♪︎』


 さらに続く琵琶の音。雪菜はどこからなのかと首を巡らせる。すると、少し離れた場所にある大きな岩の上で目が止まった。


「!!?」


 そこには、いつの間にか人がいた。いやあれは本当に『人』なのか。暗闇にうっすら白く光って見えるのは彼の全身が白いからだろうか。

 白く長い腰まであろう髪は、結いもせずに垂らしてした。白と紫の狩衣(かりぎぬ)だが烏帽子は被らず、少し着崩れている。白髪だがまだ若いように見える。しかし演奏の為、下を向く顔は髪で隠れて年齢までは伺えない。伏せた瞳も長い睫毛で隠れ、今は見えない。


 ………きれい。


 蛍が彼の周りを舞うように飛ぶ。その幻想的な光景に雪菜は目を奪われた。彼が何者かなどと考える頭は働かない。そこに恐怖心はなく、ただ目が話せないのだ。

 琵琶を引く彼が、ちらりと顔を上げ雪菜を見やる。先程まで睫毛で隠れていた瞳は、ゾッとするほど美しい青い目をしていた。目が合いすぐまた伏せられる。その間も途切れることなく琵琶の調べは続いた。


 琵琶の演奏が終わる頃には雪菜は立ち上がっていた。全くの無意識に、琵琶の彼に拍手を贈る。


「…………」


 琵琶の彼は無言で雪菜に目線を寄越す。はっきりと見えた顔立ちは二十代前半…だろうか。その整いすぎた顔立ちは女性にすら見えるほどに儚い線を描く。


「……すみません…その…とても素晴らしい演奏でした。」


 雪菜は会話がしやすいよう近づこうと踏み出すが、それに対するかのように琵琶の青年が立ち上がった為、雪菜の歩みは一歩で止まった。


空間(そら)を裂くとは不粋なと思い、一応覗いて見れば……そこに『汚濁』があったまで。蛍どもが困っていたのだ。……………帰る。」


 それだけ言うと琵琶の青年は顔を伏せた。


「?…あ…あの!」


 雪菜の呼掛けに青年は伏せていた顔を再度上げた。


「琵琶の音で……少し元気が出ました!ありがとうございました。」


 雪菜は丁寧に頭を下げた。


「……………。」


 琵琶の青年の瞳が少しだけ、本当に少しだけ、揺らいですぐ閉じられた。




 雪菜が頭を上げると、青年の姿はどこにもなかった。

 静かな暗がりに変わらず蛍が舞っている。まるで夢でも見ていた様な心地に、雪菜は空を仰いだ。谷が切り取ったいつもより狭い空は、目を見張る程の満天の星空だった。


 雪菜はひとつ深呼吸をする。今は心が凪いでいる。


「明日には…またこの空に太陽が昇るのよね……」


 雪菜はそっと目を細め呟く。不思議ともう寒くはなかった。

 ふと雪菜は喉が渇いていることに気づいた。


「私…喉が……」


 琵琶を聞く前は気にも止めなかったこと。まるで雪菜の時間が動き出したかのようだった。


 ……いくら綺麗な川だからって川の水をそのまま飲むのはちょっと危険かしらね。


 しかし水を求めて無意識に、そっと目の前の川に手を伸ばした。すると水に触れた指先が突如、青く光りを放ったのだ。


「!?」






_________________________。




 両手で盆を持った春姫が戸の外から声を掛ける。


「月世様、夕餉をお持ち致しました。」


 月世はうっすら目を開けて、見覚えの無い天井を眺めた。


「……?」


 暫くして頭が冴えてくる。


「ああ…そっか」


 異世界なんだった。


 月世は起き上がると靴を探す。小上がりの横で揃えて置かれた靴を見つけるとそれを履き、戸まで歩いていった。


「ごめんね、春姫ちゃん。お待たせ。」


 戸を開けると、湯気のたつ盆を持った春姫が微笑みながら立っている。


 春姫ちゃんを見ると何だかホッとするなぁ。


 月世も微笑み春姫を部屋に入れた。


「少しはお休みになれたようで、安心致しましたわ。先程よりお顔の色が良くなっておりますもの。」


「春姫ちゃんのお陰だよ♪ありがとう。」


 和やかな空気の中、春姫が盆を机に起きお茶の準備をする。


「夕餉は近衛たちの夜営から、焼き魚と大根汁と玄米のお握りを頂きました。」


「あ…私がお城に行かないって言ったから……皆さんのご飯…」


 心配をする月世を見て春姫が得意気に答える。


「大丈夫ですわ。だってこれは浪牙様の分から頂きましたもの。」


 え。


「そっ…そそそれって!!皇子様のご飯!?大丈夫なの!?」


 慌てる月世に春姫は落ち着いた様子でニコリと笑った。


「月世様がここに来ることを許可したのは浪牙様ですわ。浪牙様が(いな)と申せば、ここに来ることはなかったでしょう。元より了承は得ております故、お気になさらずお召し上がり下さいませ。」


 春姫は分かっているのだ。浪牙が共に探すと言う月世の申し出を許可したのは、自分が試練を受けるに相応かをいち早く知る為だと。


 お疲れの月世様を泣かせたのです。ご飯抜きでもぬるいくらいですわ。


 春姫は何を気にする風もなく茶碗にお茶を(そそ)ぐ。


「さあ覚めないうちにお召し上がり下さい。」


 月世は自分だけ温かいご飯を食べることに気が引けた。


「春姫ちゃんは?」


 春姫は一瞬何を聞かれたか分からず首を傾げ、思い至った。


(わたくし)は人ではありませんので食事は不要ですわ。」


「!?」


 月世は薄々思っていた。春姫も嶺岩も明らかに見た目以上の力があるのだ。人並みを外れているとは思っていたが、そもそも人並みという枠に並び立つ存在ではなかった。


「説明が遅くなり申し訳ございません。(わたくし)も嶺岩も物から産まれた…謂わば『精霊』に近い存在なのですわ。私は金剛鈴(こんごうりん)から産まれ、嶺岩は如意宝棒(にょいほうぼう)から産まれましたの。この度は異界からお越しの御使い様方のサポートを、龍王 娑伽羅(しゃがら)様より仰せつかっておりますわ。不安も多かろうと思います。どうか何なりとお申し付け下さいませ。」


 春姫は改まって頭を下げた。


「顔を上げて春姫ちゃん」


 月世は困ったように微笑む。


「春姫ちゃんと嶺岩くんがいて、私すごく心強いから!ありがとうね!」


 春姫の顔がぱぁっと華やぐ。


 月世様は、なんと真っ直ぐなお言葉を下さるのかしら!


「月世さまぁ~✨春姫頑張りますわ!」


 ふたりで笑い合う。すると月世の腹から低く地を這う呻き声の様な音が響く。また顔を見合わせてふたりは笑った。


「ふふふ…さぁ月世様。どうぞお召し上がり下さいな。」


 笑ったらなんだが元気出たかも。頑張れそうな気がしてきたよ雪姉(ゆきねえ)華恵(はなえ)


「じゃあ春姫ちゃん。ひとりで食べるの寂しいから、ここ座って?話し相手になってよ。」


「はい。喜んでご一緒致しますわ!」


 やはり一人だけ食べるのは忍びなく、棚から茶碗をひとつ取り出し、月世は春姫にお茶を()いだ。


「ありがとうございます。月世様。」


 お優しい人ですわ。


 春姫はお茶注がれた茶碗を見て、そっと微笑んだ。ふたりで向かい合うように席に着く。


「いただきます。」


 月世は手を合わせた後、目の前の盆に手をのばした。

 大根汁は薄味だが出汁が効いているといった風。鯵に似た焼き魚には軽く塩が振ってある。海辺出身の月世は、綺麗に魚を食べることにはかなり自信があった。

 食べながら春姫に話すのは元いた町の話。つい昨日のはずなのに、まるで随分前の事のように何故か遠く感じるのだ。海の見える学校や漁港の景色。神社前の海や祭りの様子をぽつぽつと話した。

 話ながらでも月世はしっかり味わう。食べ慣れない玄米ご飯だが、焼き魚の塩気がよく合うのだ。焼き魚はみるみるうちに骨だけを残し綺麗に平らげられた。


「御馳走様でした。」


「お粗末様ですわ。」


「全然粗末じゃないよ~お腹いっぱい♪これで明日も頑張れそう♪」


 月世と春姫はまた笑い合う。春姫が盆を下げ、食事後のお茶を入れる為に立ち上がったその時だった。窓の外で強く青い光が発生した。


「え!?なに!?」


 春姫が弾かれたように顔を上げた。そのままの勢いで慌てた様に外に出た春姫の後を追い、月世も外に出る。光源は近衛たちの夜営。そこには青く光る佩玉(はいぎょく)を持って、浪牙と嶺岩が立っていた。


「浪牙様!今回も?」


「ああ。御使い殿が見つかったようだ。」


「!!」


 驚く月世に春姫が説明する。


「月世様の時もこうして龍王様がお見つけになり、知らせて下さいましたの。」


「!……じゃあ直ぐ行かなきゃ!私みたいに危ない目にあってたらどうしよう!?」


 佩玉の光が一点を指す。森の向こう。


「『蛍火の谷』の方だ。俺は他の近衛と馬で光を辿る。春姫と嶺岩は先に行け。」


「「御意。」」


 春姫と嶺岩は即座に消えた。否、消えたように見えるほどに速く、夜営地を発ったのだ。


「私は……!!」


「………御使い殿はここで待機を。」


「ッ………いやです!!」


 月世の声が夜営地に響く。


「こんな暗い中で!知らない場所で!!きっとすごく心細いよ……。大切な家族なんだよ。待つだけなんて私は嫌!!!!」


 しっかりと顔を上げて前を見据える月世。その意志の強い目が、浪牙の目とかち合う。月世は一歩も引かなかった。


「………貴殿は御使いなどより武官の方がよっぽど向いているとみえる。」


 ふっと浪牙が笑った。予想外の反応にきょとんととする月世。


「馬の経験は?」


「…ッ…無いです……。」


「そうか…ククッ……そうか!馬にも乗れぬのに、この俺を前に…よく言った!」


 ククッと浪牙は噛み締めて笑う。そんな浪牙を月世はキッと睨んだ。しかしどこ吹く風と涼しい顔で浪牙が申し出る。


「後ろへ乗れ…確か名を…」「月世よ。越賀月世(こしかつくよ)。」


 自分の言動が理解出来ないと、可笑しそうに浪牙は笑う。


「月世殿。この和具浪牙(わぐろうが)が責任を持って家族の元に送り届けよう!」


「!!……お願い!」


 浪牙は声を張り、兵たちに告ぐ。


「右近衛軍はこの場で待機し、陣営を護れ!」


「「「「「はっ!!!」」」」」


「左近衛軍は俺に続け!」


「「「「「はっ!!!」」」」」



 月世は浪岩の手を借り馬の後方に跨がった。浪牙が手綱を引き、勢いよく闇夜に駆け出した。月世は振り落とされぬよう、必死で浪牙にしがみついた。




________________________。





 雪菜の指先から光る雫が落ち、ゆるやかな川の流れに光の波紋が生まれた。


『ようやっと見つけたぞ。』


「!?」


 川の底から光が放たれ、水面にホログラムの様に大きな龍が浮かび上がる。


『先程まで不浄な何かに覆われてか、お主を見失っておったようじゃ。』


「!!あなたは……!」


『我は龍王 娑伽羅(しゃがら)。この世界にお主を呼んだのは他でもない、この我ぞ。』


「呼んだ?」


『そう。お主たちは()()の声を聞き、伝える者として、此度(こたび)()我自ら三千世界を渡り御霊(みたま)を探し出したのだ。……古き友よ。』


「……友?」


 娑伽羅はニッと笑う。雪菜は何の事か分からず首を傾げた。


『おっと…この姿は本に不便よな……。時間が無い。要件だけ述べよう。先ず、真ん中の妹は無事保護されておる。』「月世!?」


 雪菜は嬉しさで言葉を遮り声をあげた。雪菜の顔がぱぁっと明るくなり、娑伽羅は目を細めて愉快そうに笑った。


『ほんに仲の良い姉妹よ。』


『…そして次に、遣いの者に知らせた為、直に迎えがくるだろう。』


 しかしここで娑伽羅の顔が曇り言葉を続けた。


『……しかしなぁ。この谷は通り道になっておる。あらゆる者が訪れ、通りすぎるのだ。』


「あらゆる者……?」


『そうだ。一度綺麗にしたところで、直ぐまた集まるだろう。……そこでお主にこれを授けておこう。』 

 

 雪菜の右手に光が集まる。雪菜は不思議そうに(てのひら)開き、見つめる。


「これは!」


 雪菜のてに錫杖(しゃくじょう)が現れた。


『上手く使いこなせよ。素質は我の折り紙付きよ。だが誰ぞの加護はあれど油断はせぬよう。ではの。』


「え…これは……」と雪菜は慌てて言葉を紡ぐが、すでに娑伽羅の姿はない。


「……どうやって遣うのかしら?と…効きたかったの……」


 また川辺は静まり返る。手元の錫杖がシャランと鳴った。


 不意に暗闇が蠢く。雪菜が暗闇に目を凝らすとそこには無数の目があった。


「!?」


 雪菜はぎょっとする。闇夜でも微かに分かる無数の何かが蠢いている。あちらも雪菜を視界に捉える。そして一斉に動き出した!!

 雪菜は慌てて逃げる。


「あれは何!?」


 大きさの不揃いな石がゴロゴロ転がる河原は走りにくいことこの上ない。無数の影が雪菜のすぐ後ろに迫る。


もう……駄目!!!


 雪菜は錫杖にしがみつき、きつく目を瞑った。


『__♪︎』


 琵琶が鳴る!どこからかともなく青い蓮華が現れ、雪菜に迫る影を弾いた!


「!!?」


 影を弾いた青い蓮華は、舞うように雪菜の手元へ落ちてきた。 


「いったい何が起きているの!?」


 また影が遠くから集まる。 


「ッ………。」


 雪菜は青い蓮華を握りしめて、また河原を走った。


 ……迎えがくるって言っていたわ。つまりそれまで逃げ切らなければいけないのね……。 


 疲れ果てている雪菜に持久戦は堪える。またすぐ後ろまで影が迫った。雪菜は苦し紛れに錫杖を振り上げる。そして、振り下ろした瞬間、錫杖は鉞斧(えっぷ)へと変わり、影を切り裂いた。


「!?」


 ……これは……斧!?


 華奢な雪菜だが、厳つい斧を軽々と持ち上げる。


「全然重く...無いわ。……不思議。」


 雪菜は斧を構え影を睨んだ。その様子に影が怯む。




「「御使い様!!」」


 その時、不意にふたつの声が響いた。暗い中、雪菜の前にどこからともなく小さなふたつの影が現れたる。


「御使い様!お迎えに上がりました。(わたくし)どもが助太刀致しますわ。」


「昼間のあれじゃあ暴れたりねぇ。一丁派手にやるぜ!」


 どうやら味方のようで雪菜は少し安堵する。


「いくぜ!如意宝棒(にょいほうぼう)鉄砕破(てっさいは)ぁ!!」


 男児は次々と影を吹き飛ばしていく。


(わたくし)も!金剛鈴(こんごうりん)(みずのえ)(けつ)!!」


 川の水が塊で宙に浮き、雪菜の前にシールドを作った。

 しかし闇夜は奴ら邪見(じゃけん、)どもの領域である。あまりに数が多過ぎる。


 水の壁に護られて気が抜けたのか、雪菜の持つ鉞斧が錫杖に戻った。しかし雪菜は今が好機と、冷静に戦況を外から見やる。恐らく天女の様な格好の女の子はサポーター。棍棒状の武器を持った男の子がアタッカーなのだろう。


 ……彼のサポートが出来れば!


 しかし雪菜が斧を振ったところで、恐らく嶺岩の足手まといになるだけだろう。雪菜は考える。自分に何が出来るか。


 どうかお願い!


 地面をひとつ突き、シャンと強く錫杖を鳴らす。


「どうか!どうか!彼に力を!!」


「「!!」」


 すると嶺岩の体が輝き出す。春姫と嶺岩は顔を見合わせた。これは!


「力が漲る!速度があがる!!御使い様の祈りがオレに力を与えている!?」


 嶺岩の動きのキレが明らかに変わる。前にも増して一撃一撃が重くなる。


「いい調子だ!はぁー!!虎鉄乱激波(こてつらんげきは)!!」


 嶺岩の振るう如意宝棒から一度に無数の衝撃波が生まれ、圧倒的な数の影たちを瞬時に消し飛ばす。


 !!……すごい!!


 それを見て影たちがまた怯む。雪菜は威力の増した嶺岩の技に少しの勝機を見いだした。

 するとその時、遠くから馬の蹄の音が近づく。


「え!?」


 驚く雪菜が振り返ると、後方で馬は止まった。


「前方、龍王様の使者とお見受けする!!俺の名は和具浪牙(わぐろうが)!この国の現国王が嫡男!和具浪牙が加勢する!」


「浪牙様に続き、我ら竜宮玉鱗国 左近衛軍!加勢致します!」


雪姉(ゆきねえ)━━━━!!!」


 浪牙の後ろからひょっこり月世が顔を出し、大きく手を振っている。


「月世!!!」


 月世は馬から飛び降り、雪菜に駆け寄った。勢いのまま抱き締める。


「雪姉!心配したよぉ!!」


「月世……あなたが無事でよかった…!」


 抱擁もそこそこに、ふたりは黒い無数の影へ目を向けた。月世が昼間見た邪見より遥かに多い。


「うわぁ…すごい数……。」


「ええ…月世たちが来てくれて本当に心強いわ…。」



 無数の邪見たちと睨み合う。お互い動き出さない。張り詰めた空気が続く。

 この緊迫状態を切ったのは一匹の邪見だった。なんと自分の前の邪見を食らい始めたのだ。するとその邪見を別の邪見が食らい…邪見同士がいたるところで食らい合う。暗闇に薄気味悪く短い悲鳴がいくつも響く。そうして邪見はあっという間にひとつの大きな影となった。



「うわぁ…これ倒すの!?」


 月世が目を見開いた。これはもう巨人のように大きい。


「……やるしかないのよ。」


 腹を決めた雪菜が巨大な邪見を見据えた。


「我らが国の為!!!」


 浪牙が剣を抜くとそれに続き、近衛たちも剣を抜いた。


「何が何でもお守り致します!御使い様!!」


 雪菜と月世の傍らで春姫が金剛鈴を構え、嶺岩が如意宝棒を構え直す。


 そして睨み合いの均衡は_____崩れた。

 巨大な邪見は雪菜と月世を狙い、腕を大きく振りかぶった。


金剛鈴(こんごうりん)(みずのえ)(ばく)!」


 春姫が金剛鈴を鳴らすと、川の水が帯状になり、振りかぶった邪見の腕を縛った。


如意宝棒(にょいほうぼう)虎鉄乱激波(こてつらんげきは)(れつ)!!」


 嶺岩が如意宝棒で(くう)を衝くと、無数の波動が先程より広範囲に渡り巨大な邪見にヒットする。攻撃を食らい邪見はよろめくが、まだ倒れない。


 浪牙が騎乗駆けて邪見の足に切りかかる。続くように近衛たちが足を狙い邪見の体勢を崩す。巨大な邪見は片膝をついた。しかし、まだ決定打にかける。


 月世の脳裏に昼間の光景が過る。


 あれがもう一度出来れば!!


 月世は慌てて独鈷杵(とっこしょ)を取り出した。


「雪姉!見てて!!」


「月世!?」


 月世は前に出る。手にした独鈷杵は独鈷戟(とっこげき)へと変形した。 


「ッ…行くよ!!!」


 月世が独鈷戟を振りかぶり、思いっきり(くう)を切った!その瞬間、斬撃が飛んで邪見の胸にひとつ大きな傷を着けた。斬撃の勢いで巨大な邪見が仰け反る。邪見は仰け反った体を起こして、月世のつけた深い傷に(もが)く様に腕を振り回す。浪牙や嶺岩が間一髪で必死に躱す。谷の絶壁を巨大な腕が殴ると、崖が崩れて石が降り注ぐ。


「くっ駄目だ!もう一回!!」


「月世少し待って頂戴。」


 月世が再度狙いを定めて振りかぶった時、雪菜が静止を求めた。月世は振りかぶった体勢で雪菜を見る。


「どうか……!!あれを貫く力を!!!」


 雪菜は錫杖をシャランと鳴らし高く掲げた。月世の持つ独鈷戟が強く光った!!


「雪姉!?これは!」


 驚く月世に雪菜が微笑んだ。


「月世。……頼んだわよ。」


 月世も笑い返す。


「……任せて!!」


 月世は安全圏からではなく、巨大な邪見の前まで全力で駆けて行き、独鈷戟を振りかぶる。


 月世の頭に文字が浮かんだ。


(だい)明光斬波(みょうこうざんぱ)!!」


 月世は叫ぶと同時に独鈷戟を振り切った。光る斬撃波は巨大な邪見の腹を完全に切断し、谷の絶壁に巨大な傷痕をつけた!斬撃の当たった遠くの崖が崩れて岩が落ちる。こちらにまで土煙が立ち込めた。



「……すごい…すごいわ………」


 雪菜は驚き唖然とする。春姫と嶺岩は感嘆(かんたん)の声を上げた。浪牙は目を見開き広角(こうかく)を上げる。近衛たちもどよめく。


うっわ━━━━━っ!!!!!


 惨状を見て、月世は今さら震え出した。

 空が徐々に白んでいく。もうすぐ夜明けだ。


「御使い様は無事保護した!我らの勝利だ!!」


「「「「「おお━━━━━━!!!!!」」」」」


 浪牙の声を皮切(かわき)りに、黎明(れいめい)の空に勝鬨(かちどき)(とどろ)く。


 巨大な邪見は、灰のように崩れて消えた。




______________。



「夜通し馬で掛けた我が兵は疲弊している。一度、玉鱗城へ戻り体制を立て直す必要がある。捜索拠点で待機させている右近衛軍がこのまま残りひとりの御使い殿の捜索にあたる。お二人も一度城へご同行願う。」


「……分かりました。」


「雪姉………でも華恵(はなえ)が!」


 雪菜は目を閉じ考える。


「気持ちは分かるわ月世。けれど早く華ちゃんを見つける為にも、今は一度情報の整理が必要よ。」


「……わかった。」


 雪菜に言い切られ、月世は渋々といった風に頷いた。


「ではご案内いたします。目指すは王都『豊湘(ほうしょう)』。玉鱗城!!」



浪牙率いる左近衛軍と雪菜と月世、それから春姫と嶺岩で玉鱗城への移動を開始した。







乱文大変失礼いたします。誤字は徐々に直していきます故、どうかお目こぼし下さい。


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