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第十四話 化かす


 ふさふさと靡く白い毛は月に照され煌めいて見える。聳える岩山の頂きで、妖しい半仮面と美しい白い装束を纏った喜市は、すっかり地形の変わった辺りを見渡し、気だるげに鉄扇を持ち上げ肩に担ぐ。

 喜市は瞳を閉じ、地形の変動に紛れて身を潜めた迅來の気配さぐる。


「………見ぃつけたぁ。」


 喜市は岩山の頂から滑り出すように駆け下る。岩肌を蹴り岩から岩へ跳躍しながら速度を上げて移動する。


(足が軽い。……風に乗っているようだ。)

 

 喜市は力いっぱい踏み込んで高く跳ぶと、振り上げた鉄扇で目前の岩山を粉砕した。


(力が……溢れる!!)


 砕けた岩山の陰から迅來が転がるように飛び出した。

 迅來は受け身を取り、その勢いを殺さずに高く跳躍し、飛び散る大岩ほどの破片を躱わして吐き捨てる。


「ちッ…化物めッ。」


「はは、……人ならざるお前が言うのだから化物(そう)なのだろう。」


 喜市は目を細目で自嘲気味に肩を揺らすと、また地面を強く踏み込む。喜市が踏み込んだ地面は割れて抉れた。

 次の瞬間、月に身をさらして高く飛んでいた筈の迅來に影が落ちる。


「ッ!!」


 迅來が空中で身を捻り振り返るより先に、喜市が鉄扇を一振りして迅來を真下に叩き落とした。


ズドン!!


 土煙が舞い、地面がひび割れる。


地天(じてん) 武刃自在(ぶじんじざい)


 「ちッ…。……!!」


 迅來は舌打ちすると、伏せた体勢から慌てて転がる。

 先程まで迅來の頭があった位置を、喜市は着地と共に右足で踏み抜いた。衝撃で地面は割れ、抉れて地盤が浮き上がる。


 転がった迅來は勢いのまま立ち上がる。


 「どんな強度の下駄だ!!」


 迅來は喜市に向かい距離を詰め、鋭い爪を振るう。


 喜市は袖で払う様に爪を躱して右にくるりと回る。そのままの勢いで迅來の側頭部目掛けて回し蹴りを繰り出す。

 迅來はそれを低い体勢で躱すと、爪で下から斬り上げる。すると、どうしたことか迅來の手の甲が裂け、血が吹き出す。


「!?」


 迅來は慌てて距離を取る為に後方に跳んだ。

 しかし喜市は迅來にピタリとついて間合を保つ。そして踏み込み、目にも留まらぬ速さで素早く抜刀する。

 闇を裂いた銀光の一線を迅來は身を翻し、間一髪で躱す。

 躱された一撃は迅雷の首を掠め、後方の岩を真横に両断した。


 迅雷の全身の毛が逆立つ。


(いつ小太刀なんて持っていた!?)


 相対する喜市の手には、確かに小太刀が握られている。


 手早く小太刀を鞘に収め、次は喜市から距離を詰める。


(斬撃が来……)


「!!!?」


 迅來は躱した。確かに躱したのだ。しかし小太刀の届かぬ充分な間合にも関わらず、迅來の右肩が裂けた。真上に高く血飛沫が舞う。

 迅來の肩に刺さった刃が、闇夜を裂く様に主の元へと飛び返る。


シャラン


 鉄の音を辿り見れば、喜市が器用に鎖を操り、くるくると刃を回している。


「鎖鎌だと!?」


(何が……いったいどこから!?)


 肩を抑えてたじろぐ迅來に喜市は回していた鎌の柄を掴み、一気に間合を詰めた。再び迅來に斬りかかる。


(鎖鎌でこの間合???………否!!)


 斬りかかる喜市の口元がニヤリと歪んだ。

 喜市の両袖から円形の刃が飛び出す。


「ぐぬっ!!!!」


ガキンっ


 迅來は左爪で辛うじて刃を弾く。


 「おや、見切ったか。……珍しいだろう。乾坤圏(けんこんけん)という。」


 喜市はそのまま舞う様な優美な流れで連続して五回斬り込む。


 (躱す!!)


 初めて見る変則的かつ予測不能な喜市の動きを、それでも迅來はしっかりと見切って躱す。

 しかし躱しきった先、間髪入れずに脚を払われ体勢を崩した。顔面に鉄拳を着けた拳が振り下ろされる。手に持っていたはずの乾坤圏は跡形もなく何処かへと消えていた。


「!!?………ぐっ!!」


 迅來は頭を咄嗟に右腕で庇った。骨が砕かれ、筋繊維の千切れる嫌な音が体を伝い振動として迅來の耳に届く。迅來の右腕は完全に潰れた。


 迅來は左へ回避し、左腕で地面を押して跳び、立ち上がって喜市と向かい合う。


 迅來の体勢が整うより速く、再び喜市が間合を詰める。その手には、またも新たな暗器が何処からともなく現れた。


「狼の俺に『猫手』だと!!」


 喜市の手には爪型の暗器『猫手』が装着されていた。迅來が振り下ろされた爪を躱しつつ、喜市の腹を目掛けて蹴りを繰り出す。

 喜市は後ろに上体を反って蹴りを躱し、両手を地面へついて逆立ちで開脚すると、クルッと自身の両足を迅來の足に巻き付けてた。喜市はその体勢から腕の力だけで起き上がり、迅來を地面に叩きつける。


「うぐっ……。」


(やはり……この肩幅、手足、腰、これは術による『身体強化』ではない。)


「……肉体が変化(へんげ)しているのか。」


「……。………どおりで動きやすい。」


「………。」

(気付いていなかったのか………。)


 ブンっと迅來がもう片方の足を振るって喜市に蹴りを撃ち込む。

 喜市は両足をほどき、蹴りを躱してバク転で距離を取ると、地面を強く蹴り岩山の頂きに跳び乗った。


火天(かてん)仙火(せんか)』。」


 青い無数の火の玉が星の無い空を白々と照らし、一斉に迅來に降り注ぐ。

 凄まじい轟音と爆風から、喜市が通常時に見せた仙火をはるかに超える威力が伺える。


 土煙が辺りを包む。

 喜市は岩山からひょいと飛び降り、土煙へと落下しつつくるりと宙返りをする。再び喜市の手に現れた鉄扇で、真下をひと扇ぎすれば、辺り一面の土煙が瞬時に鎮まる。


 土煙の鎮まったそこには、広範囲に渡りゴロゴロと大小の岩が転がる。その散乱する岩の只中に、巨大な円形の窪みが一つ見てとれた。


「まさか、まだ焼け死んではおるまいな。」


「………ぐっ…ぬぅ。……何故だ!こうまで強いお前が!!何故従っている!!!」


 迅來は窪みの中から叫ぶ。


「ん?」


 喜市は首を傾げた。

 

「強ければ自由なのではないのか!!?」


「………くふふふふ。あははははは!!!」


 迅來の問に喜市が腹を抱えて笑った。


「犬っころが何をほざくかと思えば!自由?自由とな!?」


「何が可笑しい!!!!」


 迅來が吠える。


「はぁーあ………自由とは『権利の執行』か?自由とは『無法』のことか?お前の言うその『自由』とは何だ?」


「!!…自由…自由とは………。」


「分からぬものを必死に追う様は、尻尾を追って回る犬のそれだ。ちゃんちゃら可笑しい。」


「可笑しい……だと?」


「自由とは『無』だろう。文字通り『無いもの』を追いかけ、何を必死なのだか。」


「『無い』…だと?」


(では、この息苦しさは……。この渇望は…!!)


 迅來を黒雲が包み、黒雲はみるみる膨れあがった。黒雲が晴れるとそこに岩山より巨大な化け狼が出現した。狼の額に赤い宝玉がぎらり光り、その怪しい風貌は三つ目の怪物を思わせる。


(この衝動(きば)は……何のために……どこに向ければ……。)


アオォーーーーーーン!!!


 巨大な化け狼が高らかに吠えた。


「遂に言葉も捨てたか。」


 喜市は焦るでもなく左腰にある大きな瓢箪の栓を左手で外し、瓢箪の中身を仰ぎ飲んだ。すると喜市に青い炎が纏わり、白い装束に甲冑の胴が現れた。


「くっ……これはなかなか…()()。」


 喜市は一瞬顔を歪めたが、直ぐにその様子は消えた。


「さあさあ狼退治だ。」


 喜市は鉄扇を担いで構えた。





「あの瓢箪の中には、このわしが六百年こつこつ貯めた力が入っとる。……まあ、今の喜市(あやつ)では一口仰ぐが精一杯といったところじゃろうが……。」


「喜市さん………。」


 心配そうに門の上から身を乗り出して見つめる華江。


「まぁ…でかい(わんころ)と遊ぶ程度。一口飲めば充分じゃわ。」






 化け狼となった迅來が飛び掛かかった。噛み砕かんと喜市に牙を剥いた次の瞬間、顎下に強烈な一撃をくらい、迅來は仰向けにひっくり返った。


「!!?」


「犬は腹を見せたら降参だろう。」


 喜市は鉄扇を高く掲げたまま唱える。


「『天部権現(てんぶごんげん)星落(ほしおとし)』!!」


 すると夜空に赤と黄色の光で巨大な曼荼羅が二重に重なり画かれた。その曼荼羅からは爛々と炎を纏った巨大な岩が出現する。







「隕石……!?」


 華江は空を見上げて口をあんぐりと開けたまま呟く。


「いきなり奥義炸裂とは恐れ入ったわい。」


 何とも呑気な響きに聞こえるが、弥又は眼を見開き興奮の止まらぬ様子で空を仰ぐ。


 離れた里の砦からでもはっきりと分かるその巨大さは、正に隕石のようであった。





 「ほーら、犬っころ。取って……こーーーい!!!」


 喜市が掲げた鉄扇を振り下ろす。

 巨大な火球は迅來に目掛けて落下した。


 


ドゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!


 凄まじい衝撃に大地が揺れる。

 里の砦がら身を乗り出すように戦いを見守っていた華江は、激しい揺れにバランスを崩すが、すかさず弥又が風圧から庇うように華江を包み込んで壁となる。


 衝撃が止んだ。

 辺りは静まり返り、静寂に飲まれた。


 きつく目を閉じて縮こまっついた華江が、恐る恐るといった風に顔を上げた。目線の先には笑みに歪む弥又の口元が映る。


「?」


 不思議に思い弥又の視線の向く先を見た華江は絶句し言葉を失った。


「!!!!」


 先ほど喜市が術で出現させた岩山は消し飛び、ぽっかり巨大な大穴(クレーター)が空いていた。


「…………喜市さんは!?」


 華江はハッとして弥又の影から飛び出し、焦ったように喜市を探す。


「ふはは。ぶっ倒れておるわ。」


 明るい月光に照らされて、遠く大穴の端に、大の字で仰向けに寝そべる人型と風に靡く白い布が、何とか華江の目にも認識出来た。


「……生きて…ますよね?」


 華江は今にも泣き出しそうな声音で弥又に尋ねた。


「うむ。」


 弥又は確信に満ちた真っ直ぐな眼差しで華江と目を合わせ、深く頷いた。


「……はぁ……良かった…喜市さん生きてるんですね……。」


 華江の目からは安堵の涙が溢れ、頬を濡らした。


「本当に…本当に…良かった!」


「さて、迎えに行くかのう。……英雄を。」


 弥又はひょいっと華江を肩に座らせる様に担ぐ。


「え?」


 何の躊躇いもなく、流れるような動きで砦の縁に足を掛けて飛んだ。


「え"!?」


 華江は涙が引っ込んだ。


「ひぃやぁぁぁぁあ!!!」


 心構えをする暇もなく、突然訪れた浮遊感に華江は弥又の頭にしがみついた。


 落下の途中、弥又は空気を蹴り、高く跳ね上がった。


 「!!?」


 風を感じるが浮遊感はなくなり、華江は恐る恐る片目を開けた。弥又は、ふさふさの尾を靡かせて空を駆けていた。

 華江は両目を見開く。


「これ飛んでます!!?」


「駆けておる。」


 確かに空中を走るように、何もない空気を蹴り進んでいる。


 「おお。居った居った。」


 喜市の姿が見て取れ、弥又は大穴の斜面に着地した。


 「喜市さん!」


 華江は弥又から飛び降りると、喜市に駆けより屈んで抱き締めた。


「喜市さん!喜市さん!!」


 再び華江の頬を涙が伝う。


「ん……。」


 喜市から微かに反応が返り、華江はホッと胸を撫で下ろす。


「喜市さん…。」


ざしゅっ


(え?)


 華江の後方で筋繊維の裂ける音がした。


ブシャア


 続いて吹き出る鉄の香り。


 気がつけば華江は喜市に抱き寄せられ、喜市の胸の中にいた。


 月明かりに鋭く光る爪は、(すんで)の所で華江に届かず、喜市の握る剣と交差した腕は溢れ出る赤に染まり、爪先まで血を滴らせる。

 頭を抱えるように喜市の胸に抱き寄せられた華江に後方は伺えない。

 しばらくの沈黙後、ドシャっと倒れ込む音がした。


 仰向けに倒れた迅來からボンっと紫の煙が上がる。




 「やはり自由は……無い…か……。」


 人狼の様な姿から人型に戻った迅來が、絞り出すように呟いた。

 迅來の遠い記憶の中で子どもの笑い声が響く。




『将来さ、一緒に旅に出よいぜ。』


『!!』


『仲間を集めて、魔物を倒して、宝を見つける!』


『いいな!行こう!』


『ああ。俺たちは自由だ!』


『自由…。』


『そうだ!大人になって、強くなったら自由!』


『自由!』


『約束な!』


『!約束だ!』




 檻の中から出られない俺たちは。


 (何でみんな殺しあっているんだ。)


 ちょっとずつ何かが崩れるように。


 (何で俺たち殺しあってるんだ。)


 みんな壊れていった。


 (何でみんな居なくなったんだ。)


 徐々に数を減らし。


 (何でお前も居なくなったんだ。)


 お前がいつから居なかったのか。


(お前はどんな顔をしていた。)


 壊れた俺には分からない。


 (もう思い出せない。)


 




「自由など然程(さほど)いいものでもないだろう。」


 喜市の声が、迅來を脳裏に浮かぶ朧気な記憶から(うつつ)へと呼び戻した。


 迅來は倒れたままギロリと眼球を動かし、喜市を睨んだ。


「自由には少なからず代償が要るからな。」


「………。」


「誰しもが何かに縛られて生きている。名であったり、肩書きであったり、関係性であったり。……確かに、これは『(のろい)』だろう。自由とは程遠い。」


 喜市は無意識に、胸に抱く華江の頭を優しく撫でる。


「……だからだ!煩わしい繋がりなど壊せば!自由ではないか!!」


「だから、自由には代償が要るのだ。」


「……?」


「まぁ、代償を支払ったところで、自由になどなれる保証もない。詐偽だな詐偽。」


 喜市は迅來の潰れた四肢を眺めて淡々と言い放つ。


「……ッ!!」


「そう睨むな。この私が手を下して、まだ命があるのだ。……しくじったのは私の方だ。」


(本当に今日は………ついていない。)


 喜市は自嘲気味に口元を歪ませる。



 弥又の耳がぴくりと動いた。


「おーおー来た来た。」




「いいえ、喜市殿。この結果は大変都合がいい。」


 緊張感の欠片もない軽やかな声が響く。


シャン

リン


 錫杖と鈴の音が響く。


バシャ


 地面から水が沸き上がり、飛沫の中から一瞬で人が出現する。


 左に雪菜(ゆきな)を右に春姫(しゅんき)を従え、前方足元には如意宝棒(にょいほうぼう)を構えた低い姿勢の嶺岩(りょうがん)、後方は背を向けて独鈷戟(とっこげき)を構えた月世(つくよ)が固めている。

 不動根本印を結ぶ水兎は、皆の中心でにっこり喜市に笑った。


 「ここが浜木綿(はまゆう)の里?」


 月世がキョロキョロと辺りを見渡す。


「正確には里の砦前じゃな。」


 月世と雪菜は発言した弥又に視線を向け、弥又の近くに座り込む喜市と、喜市に抱えられている華江に気付く。


 喜市に抱えられて顔が見えなくても分かる。


「華江!」

「華ちゃん!」


 後頭部の白いリボンが揺れた。

 華江は涙をぐっと堪え、ゆっくり振り返った。


雪姉(ゆきねえ)月姉(つきねえ)……!」


 振り返った時には既に、雪菜と月世が目の前に駆け寄っており、勢いよく抱きついたことにより、喜市ごと華江はひっくり返った。


「ぐわっ!」


 疲れで一歩も動けない喜市は見事に巻き込まれて潰れた。


「やっと会えたよ~!!」

「華ちゃんが無事で…良かった!!」


雪姉(ゆきねえ)月姉(つきねえ)…私……生きてます。……生きてまた、…会えました!」


 喜市は自分の上で泣きじゃくる三人に少し戸惑った後、何だか温かいようなくすぐったいような気持ちになる。そんな自分に気付き可笑しくなって笑いが溢れた。


「ふふふ。」


(まぁこんな日も……あながち、悪くはない…か。)


 そんな姉妹感動の再会を、皆で囲むように温かく見守る。




(この空気)

「いや、普通に気まず……」


 迅來が呟いた。

 ボンと紫の煙を上げて迅來が黒い毛玉に変わった。

 正確には、丸まった黒い狼に姿を変えて縮こまったのだった。





 

 







 


2026年1月更新から執筆をお休みし、現在6月5日。

2月に転職し、丸4ヶ月。

見事に理不尽ダークネスな職場で横転。


帰宅後の執筆が捗りました。


ペースは遅いですが、執筆再会です。

よろしくお願い致します。



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