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第十二話 黒狼


 華江は着替え終えて暫く、小上がりに腰かけ部屋の窓から空を望む。


「異世界って言っても、空は変わらないですね……。」


 既に太陽は真上に昇り、時刻は昼を過ぎただろう。


「華江様、失礼します。」


「!…はい、どうぞ!」


 扉の外から掛けられた声に、華江は明るく返事をして扉を開けた。

 扉の向こうには、喜市が盆を持って立っていた。


「出発前に、お食事をお持ちしました。」


「!」


ぐゔぅ~!


「わわっ……。」


 盛大な腹の音で喜市を迎え、華江は照れながら慌ててお腹を押さえた。


「ふははは。さあさあ、お掛け下さい。野営ですので大したものは御座いませんが、握り飯と目刺しです。」


 爽やかな笑いと共に喜市は部屋へと入り、机に盆を置いた。盆には竹皮を皿にしておにぎり二つと目刺し三匹、それと竹筒の水がのっていた。

 こちらの世界に来て以来、浪牙に貰った干し芋しか食べていない華江は、嬉しさのあまり合掌しながら涙ぐみ席についた。


「白いお米が食べれるなんて。ありがとうございます!」


「どういたしまして。」


(確かに握り飯と目刺しは、野営飯の中でもかなりまともな方だが、これ程喜ばれるとは……。)


「いただきます!」


 華江は真っ白なおにぎりを手に取り、かぶり付く。塩おにぎりではなく、米本来の素朴な甘さが口に広がる。二、三口おにぎりを頬張り、目刺しを一口かじれば、ふんわりした米の甘さに芳ばしい香りと塩気が加わる。


(余程腹が減っていたのだろう……栗鼠(りす)の様だな。)


 喜市は大きめのおにぎりを口一杯に頬張る華江が、何だか小動物の様に見えてクスッと笑った。


「ハッ!…もぐもぐ……ゴクッ。……喜市さんはご飯食べられましたか?あの…これ……。」


 華江はひとり食べていることに気付き、もう一個のおにぎりをお盆ごと喜市に差し出す。

 喜市が差し出されたおにぎりを見て少しだけ驚いた後、嬉しそうに眼を細めた。


「お気遣いありがとうございます。私どもはもう済ませましたので、これは華江様の分です。道中お腹が空かぬよう、しっかりお召し上がり下さい。」


「…そうですか。」


「はい。城に着くのは明日の朝です。途中の村で一泊しますが、少人数ですので身軽に最低限の食料しか運べません。今しっかり食べておいて下さい。」


「分かりました。いただきます。」


 華江が盆を置き、もう一個のおにぎりも手に取る。


(握り飯と目刺しで喜んだり、自分の食事を差し出したり……『異界の御使い』と言われて想像したそれとはまるで違う。この方は……ごく普通の少女に思う。)


 喜市は自分の握ったおにぎりを頬張る華江の気の抜けた顔を見て、少し肩から力が抜けたようだった。


 華江は竹筒の水を仰ぎ飲み、一息ついて空の盆に手を合わせた。


「ご馳走さまでした。」


「はい、お粗末様でした。」


 喜市も和やかに返した。











「では、これより我等 右竜爪軍武官七名は、浪牙殿下の命により龍王の御使いであらせられる華江様を玉鱗城まで護送する!酉の刻(18時)には浜木綿(はまゆう)の郷に着き休息。早朝出立し、昼までに玉鱗城に到着する!」


 整列する武官に喜市が号令を掛ける。


「「「「「「はっ!」」」」」」


「よろしくお願いします!」


 華江は馬を引いて整列する六名に向かい頭を下げる。


「「「「「「はっ!」」」」」」


 華江は武官たちの勇ましい返事に少し仰け反る。


「華江様は私の馬に。」


 喜市が栗毛の馬を引いて華江の横に並んだ。


「はい。よろしくお願いします。」


「乗馬には不慣れだと伺っております。しっかり休憩を取りつつ向かいます。辛くなりましたら気兼ねなくお声掛け下さい。」


「ありがとうございます。」


 喜市が馬を座らせ華江を後方に乗せると、自身も馬に跨がる。馬が立ち上がると視界が一気に高くなる。


「しっかり捕まって下さい。」


「はい!」


「では、出発です。」


 七騎は風のように駆け出した。




 浪牙との夜間移動とは違い周囲は明るい。しかし流れる景色の速いこと。華江の眼には森の緑の残像だけが映る。


(浪牙さんの馬より速い!?)


 先頭を喜市が走り、他六騎が後方を付かず離れず着いてくる。

 風圧も揺れも、あの夜間移動の比ではなかった。前方にしがみつくと、浪牙よりやや小柄ながらも全くぶれる事のない力強い背だった。

 

(喜市さん…スゴい…!)



 移動を始め暫くした頃、先頭を走る喜市が首からかけた小さな笛を短く吹いた。馬たちは徐々に減速して止まった。


「休憩です。」


「はぁ~……。」


(やっと……やっと降りれる……。)


 華江は髪も服もぐちゃぐちゃだった。喜市に必死でしがみついていた手を離す。


「……この様にかなり荒い道となりますが、大事ないでしょうか。」


 喜市は馬から降りると華江を抱え上げて降ろす。


「な…なんとか。…昨晩よりかなり早くて……驚きました。…おわッ!」


「おっと。」


 喜市は抱えた華江を降ろすが、華江は足に力が入らず上手く立てなかった。崩れる華江を喜市が支える。


「すみません。」


「いいえ。私は早駆けが得意でして、単純な速さならば竜爪軍一を自負しております。この六人は右竜爪軍内で、なんとか私に着いてこれる精鋭達です。」


 喜市に支えられながら華江が武官達に目を向けると、皆げっそりしながら馬から降りていた。


「副将、これでも本気じゃないでしょ。」

「久々にこの速さでこの距離……。」

「まだ…揺れてる……。」


「華江様の前で、だらしないぞお前たち。」


 喜市は涼しい顔で部下の愚痴を一蹴した。


豊湘(ほうしょう)に近づくに連れて、徐々に瘴気が濃くなり邪見(じゃけん)も増えます。そうなれば安全の為、休息も減らします。休める時にしっかり休憩して下さい。」


「……はい。」


 喜市は華江の苦笑いに爽やかな笑顔を返す。


「水分補給も忘れずに。」


 喜市が竹筒の水を華江に渡した。


「ありがとうございます。」


「………では、私は少々水を汲んできます。」


 喜市は荷物から別の竹筒を取り出すと、軽く振りながら茂みを掻き分けて森の中に入っていった。


(喜市さんは凄いですね。振る舞いもスマートで格好いい。)


 華江は離れていく喜市の背に尊敬の眼差しを送った。





『恐らく()は、華江殿を標的としている。』


 浪牙が重々しく告げる。


『敵…ですか。』


『ああ。あれは明確に人為的なものだった。』


 領主の失脚に怪物の召喚、そして鬼門封じと土剋水(どこくすい)の術。


『厄介な相手のようだ。……必ず道中に妨害があるだろう。気を付けろ。』


『……御意。』


(浪牙様。貴方様の敵とあらば、この私が……。)


 喜市は木陰で音もなく抜刀し瞬時に二体、飛び掛かる邪見を葬る。しかし続々と茂みから湧くかの如く邪見が現れる。


「殲滅してみせましょう。」





 暫くして水汲みから喜市が戻った。


「休憩終了です。さあ、出発致しましょう。」


「「「「「「「……はい。」」」」」」」


 げっそりした武官と華江の返事はハモった。






 この日、五度目の休憩ともなれば日は傾き空が赤らむ。


「もう一踏ん張りです。」


 華江は口から魂魄でも飛び出たかの様に、空を仰ぎ喜市に背を預けてぐったり座る。喜市は華江のぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で梳いて綺麗に結い直した。


(手先まで器用だなんて……。)


 華江には喜市が知れば知るほど隙のない完璧人間(スーパーマン)に思えた。


 「さて……。」


 喜市は華江の背から立ち上がり、華江は背もたれを失う。


「!………喜市さん、喜市さんはちゃんと休めていますか?」


 立ち上がった喜市に、華江が問う。


「?」


 喜市は、はてと首を傾げた。


「その…休憩の度に姿が見えなくなるので……。」


 喜市は変わらぬ爽やかな笑顔で返す。


「お気遣いありがとうございます。しっかり休めております。ほら、その証拠に……。」


 喜市は瞬速で抜刀し華江の背後の木ごと、背後の茂みから飛びかかった黒く巨大な獣の首を切り落とした。


「私はまだ、こんなにも動けます。」


 ドゴンと木が華江の後方に倒れた。首を無くした獣は重い音と共に茂みに落ち、飛んだ首はゴロンゴロンと地面を転がった。


「え…。」


 華江は何が起きたか分からず座ったまま呆然(ぼうぜん)とする。


「御使い様ー!」

「御使い様!こちらへ!!」


 木の倒れる音を聞きつけ、武官達が華江に駆け寄る。

 武官二人が急いで華江の肩を支えて、茂みと向かい合う喜市の後方へと避難させた。


 喜市は横目でちらりと首を確認すると、一層眼を鋭く細めた。


「……!黒狼だ!皆構えよ!!!」


 喜市の号令で武官達が一斉に剣を構えた。


「わ…私も!私も戦います!三鈷杵(さんこしょ)!」


(守られるだけは…嫌です!)


 鞄から取り出した三鈷杵が宝弓(ほうきゅ)に姿を変えた。武官達が驚き感嘆する。


「おお!なんと!」

「あれが龍王様の!」

「精霊具…初めて見ました!」


(だが、しかし…。)


 喜市は持ち前の冷静さで状況を図る。


「華江様は御下がりを。黒狼に弓矢では不利です。」


「ッ!………はい。」


 猛スピードで接近するであろう狼に、この距離で弓矢は使えない。華江は構えた宝弓を渋々下ろした。宝弓は三鈷杵に戻る。


 飛んだ黒狼の首は黒い煙になり消えた。首のあった場所には血溜まりだけが残った。

 茂みが微かに揺れる。姿こそ伺えないが、息を殺して隙を狙い定めているのだろう。


 張り詰めた沈黙が重い。


「頭数が分からんが……。小嶋、仲戸!華江様を護りしつつ馬まで後退。」


「「はっ!!」」


 華江が一歩後退ると同時に茂みから一斉に黒い狼が飛び出した。その数八頭。


「行かせん!」


 喜市は一振で二頭の首を薙ぎ払い、左手で袖に忍ばせた柳葉飛刀(りょうようひとう)を二本投げた。飛刀は二本とも黒狼の眉間を的確に射貫いた。


「はぁあぁぁぁ!!」

「ほあああーー!」

「えいいいい!!!」

「やあぁアーーー!!」


 他の武官四人も勇ましい発声と共に、黒狼の牙を避けて各々見事に胴を裂いた。

 あと一頭。


 華江と武官二人は振り返ることなく走り、馬まであと少し。

 すぐ後ろに迫りくる獣の呼吸と足音。

 武官二人が意を決し、華江の後方で壁となって立ちはだかったが、黒狼はひとっ飛びに武官たちの頭上を越えた。


(来る!!もう!ダメ!)


 恐怖で振り返れない華江はその場で頭を抱えて屈み込んだ。



ごぱぁ……びしゃ…びしゃ…



「……お怪我はございませんか、華江様。」


(……え!?)


 華江の耳に、普段と全く調子の変わらない、落ち着き払った声が届く。頭を抱えて屈み込んでいた華江は、屈んだまま後ろを振り返った。

 すぐ後ろには、いつもの爽やかな笑顔を張り付けた血みどろの喜市が立っていた。喜市の剣には深々と喉を貫かれ絶命した黒狼が刺さっている。

 一見壮絶な光景だが、喜市は何食わぬ顔で黒狼の刺さった剣ごと腕を振り、投げ捨てるように黒狼の死体を剣から抜く。その振る舞いが余りに『普段通り』であり、その振る舞いが華江の焦りや恐怖を拭う。


 喜市は華江を瞬時に観察し、怪我や過剰な混乱がないと分かると、座り込んだままの華江に目線を合わせて屈んだ。


「急いでここから離れます。お召し物が汚れますがご容赦を。」


 喜市はそう言うと、華江を抱き上げて馬に乗せ自らも飛び乗り、直ぐに駆け出した。


(あの黒狼は武官(ふたり)を避け、やはり華江様を狙った。……浪牙様、これは……。)

 




 血みどろの喜市にしがみつき血でねっとり濡れた華江の手は、風圧で次第に渇き、血がパリパリとこびりつく。

 先程までより更に加速する喜市を見て悟る。


(まだ…安全じゃないんだ。)


 華江には夕日を通さぬ薄暗い森が何とも不気味に思えた。


 喜市が歯を食い縛る。


(日が沈む前に!なんとか!!)


 暗い森での黒狼との戦闘は何としても避けたい。喜市は自身の最速で、一切の休憩を挟む事なく一気に森を疾走する。


 急に視界が開けた。


「!!抜けたか…!」


 森を抜けた先には、広大な平野と広い空が現れた。

 喜市は速度を下げずに、そのまま平野を突っ切る。広く続く緑の大地と茜の空は何とも幻想的だが、喜市の背にしがみつく華江には眺める余裕などなく、風圧に耐えながら俯いて強く眼を閉じる。



 遠く黄昏の空は徐々に紺に染まり薄い月が昇る頃、前方に山と集落の灯りが見えた。郷の門が近づき、やっと馬が減速する。喜市のずっと後ろから他の武官もやっと追い付ついてくる。





 暗い奥座敷、御簾(すみ)の向こうでひとり、気だるげに肘置きにもたれて座っていたが、ふと顔を上げて(くう)を見る。


「……きやったか。此度の命運をかけるに値するか否か。」


 パチンと閉じた金の扇を口元に当て、にやりと牙を剥き笑った。





「頼もう!我は龍宮玉鱗国近衛軍 右竜爪軍副将 藤谷喜市と申す。(さき)の早馬が告げた通り、御使い様をお連れした!門を開けよ!」


 喜市の声が響く。


「……早馬など来ておらん!」


 門の見張り台から男が叫んだ。


(やはり黒狼に潰されたか……。)


「では、この龍宮玉鱗国国王が嫡男 和具浪牙殿下の名を御借りして入郷を希望する。」


 喜市は袖から龍の紋の入った旗を取り出し両手で広げて高々と掲げた。


「……法外だが止む追えん。うむ、今しがた(おさ)から許可もおりた。入れ!!」


 門が開き、喜市は馬を進めて門を潜った。

 喜市は馬を降りると鬼気迫る気迫で近くの門番に告げだ。


「急を要する!駐屯兵士長と郷長を呼んでほしい。」


「はっ…はい!」


 喜市は華江を抱えて馬から降ろし、馬を引いて馬屋へ入った。他の武官も順に馬を繋ぐ。

 喜市は華江の横に戻ると、竹筒の水で手拭いを濡らして差し出した。


「汚れたまま申し訳ありません。どうぞ。」


 華江の小袖は赤黒いシミがべっとりと着いており、手は爪の隙間まで血が固まってカサカサしている。

 しかし困り顔で手拭いを差し出す喜市自身は、もっと酷い有り様だ。


「あ…ありがとうございます。……喜市さんも。」


「いえ、私は慣れておりますので。」


 喜市は困り顔で笑う。


 「なんと!!如何された喜市殿!?……その格好は!??」


 慌てて現れた見るからに厳つそうなゴツい武人が、喜市の成りを見て声を上げた。


「お久しゅうございます、堂森(どうもり)殿。このような成りで誠に申し訳ございません。事は一刻を争います故、何卒ご容赦を。」


 喜市は礼儀正しく頭を下げる。


「それは構わんが……。」


「ありがとうございます。」


 困惑しつつも堂森と呼ばれた男は血みどろの喜市を受け入れる。


「単刀直入に申しますと、森で黒狼に遭遇致しました。」


「黒狼とな!?」


「はい。八頭ほど仕留めて参りました。 ……しかしご存知の通り、通常 この龍宮玉鱗国に黒狼はおりません。恐らくは召喚術の類いかと。」


 堂森が険しい顔をする。


「……何者かの差し金か!」


「目的は龍王の御使いであらせられる華江様の殺害かと思われます。」


「龍王様に、この国に、刃を向ける者がおると!?」


 堂森は眼をひん剥き瞠目した。顔の迫力は宛ら閻魔の様。


「ほう。狼とはまた……因果なことよ。」


 堂森の後方から歳を思わせる掠れた声がした。


弥又(やまた)様!!」


 振り返る堂森の後ろから、長い眉と長い髭を携えた見るからに仙人と言った風貌の小柄な老人が杖をつき現れた。

 その老人の不可解な風貌に華江は言葉を失う。


(耳!…と尻尾がある!?)


 老人の頭には長い白髪にふわふわの獣耳が着いており、足元にはふさふさの太い尻尾が揺れている。


「……こちらはこの郷の長老であらせられる 弥又様だ。」


 耳と尻尾を見て明らかな困惑を露にする華江を見て、堂森が老人の紹介をするが、この紹介内容では華江の困惑は一向に払拭されなかった。


「お初にお目にかかります。」


 喜市は小さな弥又に合わせて膝をつき屈むと、拝礼の形をとり深く頭を垂れる。合わせて後ろの武官六人も膝をつき頭を垂れた。


「私は右竜爪軍副将 藤谷喜市と申します。」


「ほっほっほ。よいよい、畏まっておる場合でもなかろう。」


 軽快に笑う弥又に、喜市は顔を上げた。


「滅多に表に出ない弥又様が出てくるんだ。ただ事じゃあ無い。」


 堂森が険しい顔で呟いた。


 弥又は華江の前まで進むと、ぐいっと小さな体を反り華江を見上げた。

 未だ困惑する華江。


「ふぉほっほっ。龍王様の『気』を放つそなたが御使い殿であろう。」


「は……はい。……あの、耳と尻尾が。」


「ほっほっほ。何、珍しいことはない。ここは化け狸の隠れ郷じゃぞ?」


「え……狸?」


 首を傾げる華江。


「そうじゃ。」


ぼんッ!!


 弥又は煙を放ち、(たちま)ち辺りは煙に包まれた。華江も煙に巻き込まれる。


(何も見えない…!)


 華江は煙の中で眼を凝らす。煙の合間に一瞬、間近に白いふさふさの毛がたなびく。


(…ん?)


 煙が徐々に薄まり視界が晴れると目の前に、見上げる程大柄な白い男が立っていた。


「な!?」


 華江は瞠目し固まった。


「くっくっく。何度見ても人の子のこれは飽きぬな!」


 驚く華江を見下ろして笑う男は、先程の小さな老人とは程遠い。

 見た目にして三十路前後の整った人間の顔だが、野性味のある好戦的な金の目に目尻の赤い化粧、口角を吊り上げた薄い唇からは牙が覗く。額には丸い眉、白髪は逆立つ毛質を長く伸ばし項で纏めている。


 驚き呆ける華江の顔を腰を折りまじまじと見た後、男は高らかに笑う。


「はははは!実に愉快!どうにもこれが辞めれんのは、化け狸の性分故かの。」


「華江様!」


 喜市が華江に駆け寄ると、姿を変えた弥又はスッと身を引いた。


「弥又様、この様な事をされては困ります。」


「許せ許せ。わしは本来の姿に戻ったまでよ。」


 見ていた駐屯兵や郷の者たちも皆がどよめいている。


「俺…弥又様初めて見たぞ。」

「……一体なにが起きてんだ。」

「あれが真のお姿!」

「なんと神々しい…。」

「曾ばあちゃんの話、本当だったんだ……。」




「さて、急ぎ策を講じねばの。」


 弥又はいたずらっぽく笑った。




 郷の屯所、奥の間にて対黒狼の緊急会議を執り行うこととなった。


「此度は御使い殿の一大事、延いては国の一大事。わしも力を惜しんではおれん。協力させてもらうぞ。」


 片膝を立て、肘置きに崩れた様にもたれて座る弥又は愉快そうに笑う。


「しかしまあ……なんとも相性の悪いことじゃ。我ら狸は術に長けた種族だが、黒狼(やつら)はごりごりの戦闘種族よ。どうするか…のぉ。」


 緊張感のない弥又の口調だが、目が笑っていない。


「弥又様、先程狼に因果があると。」


 喜市が尋ねた。


「……左様。わしの曾祖父さん…つまり初代様の代に狼と戦った記録がある。」


 一同がどよめく。


「!…この国に狼が居たのですか!」


 喜市が驚き声を上げた。


「居たとも居たとも。伝承では銀の毛並みをした狼だったそうじゃが。」


「……銀色の…狼。」


「太古の昔から、森を統べり君臨しておったそう。しかしある世代を境に狼たちは、調和を嫌い争いを好み、どんどん孤立していったのだ。森に入るもの全てを襲ったそう。長らく対話を試みたが、次第に狼たちは森を出て人々を狩るようになった。そして当時の国王の命により朝廷が森を制圧した。当時朝廷に遣えておった初代様も出陣したそうじゃ。制圧後、狼たちは朝廷に下ることなく国を去ったと聞く。」


「では、去った狼たちが…?」


「分からぬ。もう千七百年以上も前の話じゃ。当事者は誰もおらん。狼たちに何があったのか、本当のところは誰にも分からん。」


「そうですか。……当時朝廷はどの様に戦ったのでしょう。」


「……精霊使いじゃよ。当時は、精霊使いが軍規模でおったそうじゃ。」


「……精霊使い……今の我々では…。」


 喜市は苦い顔をし俯く。


「相手の規模は分からんが、相応の犠牲は覚悟せねばな。」


 弥又は他人事かの様に、あっさりと言いきる。


「まあ相手の数が分からねば作戦も何も無かろうが……。」


 弥又は悩む素振りで扇を開き口元を隠した。俯く喜市をまじまじ見つめて口を開いた。


「お主らのそれは『(しゅ)』か。」


 「!?」


 喜市が顔を上げた。何を言われているのか分からず、他の武官たちはお互いをキョロキョロと見る。

 華江は聞き慣れない単語に首を傾げた。


 「しゅ…?」


「そう、『呪』じゃ。恐らくは…その血かのぅ。皮膚に触れると発動する。……目印(マーキング)とは、実に犬っころらしい。」


 血溜まりだけを残して煙の様に消えた狼の頭を思い出し、喜市が苦虫を噛み潰した様に顔を歪めた。


「では我々はまんまと敵の術中にはまったと。」


「うむ。……しかし朗報もあるぞ。」


 弥又がパチンと扇を閉じ、にやりと笑った。唇から覗く牙が光って見える。


「朗報…ですか。」


 今のところ良い情報などひとつもない状況。半信半疑といった様子で喜市が聞く。


「そうともそうとも。見るに術式はひとつ。つまり術者は同一人物じゃ。」


「!!」


「そう。……敵は一匹じゃな。」


 弥又の細めた眼が弧を描いた。








明けましておめでとうございます。


私事ではございますが、昨年末に経営していた小さな喫茶店をたたみました。

運営体制や体調の管理など、

今の私では経営を続けるにあたり力不足を感じ、

自身のレベルupの為に、この度の決断に至りました。


本当ならもう少し更新頻度を上げたいところですが、転職したての内は覚えることも多く、当分は思うように更新が出来ません。


途中で放置する事はなく、

必ず最後まで書き上げる所存でございますので、

本年も気長にお待ち頂ければ幸いです。

何卒よろしくお願い致します。


本編の内容についてですが、

浪牙の馬の速度については、別に遅い訳ではなく華江ちゃんを気遣った夜道の安全運転です。

しかし喜市の場合、最短ルートの荒い道にも関わらず高速で馬を走らせているので、やはり相当な腕前ではないでしょうか。

浪牙も喜市の腕をかって華江ちゃんの護衛を任せたのでしょう。

喜市さんかなり優秀ですね。

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