第十一話 知ることから
馬に乗り、夜の闇を切るように暗い森をひた駆ける。
横向きに馬へと座る華江は目を凝らすが、別段夜目が利く訳ではない。森は真っ暗闇で華江には景色が流れているのかさえ分からなかった。
馬は灯りを掲げているが、揺れる馬上から落ちぬ様にと前に聳え立つ硬い筋肉の壁にしがみつけば、華江の視界には浪牙の着用している袍の紺青色しか映らない。
(何も見えませんね。……見えたところで何処を走ってるかなんて、私には分かりませんが。)
視界を遮るゴツい背中だが、風圧から身を守る為ぴたりとくっ付けば、ほんのり感じる熱が心地いい。
華江は開いていても閉じていても大差ない視界ならばと眼を閉じた。
(姉さん達に会えたら、何から話しましょうか。……正直に全て話すと、流石に怒りますよね。……無茶をした自覚はあります。)
早く会いたいという思いとは裏腹に、一度は生を捨てたことに罪悪感が募る。
華江はコツンと硬い壁に額を打ち付け、長いため息を吐き出した。
「……どうした。疲れたか?」
浪牙に声を掛けられ、ハッと眼を開く。
「あっ…いえ……。」
(そうでした。これは壁ではなく、浪牙さ…浪牙様の背中でした。)
馬が徐々に失速する。
「休憩をとろう。」
浪牙は提案すると、先に馬から飛び降りて華江の左側から右手を差し出した。
「……ありがとうございます。」
(……心配させてしまっいましたね。)
華江が差し出された浪牙の右手を見て少し躊躇いつつ、控えめに自身の指先を乗せると、浪牙はガシッと華江の小さな手を包み、左腕で華江の腰を抱き上げて軽々と馬から降ろした。
浪牙は道の端にある木に慣れた手付き馬を繋ぎ、灯りを持って大木の根本へ行き、腰を降した。
「ん?どうした。こちらへ来い。」
まだその場に立ち尽くしている華江を見て浪牙は、自身の隣を手で叩いて招く。
「……失礼します。」
華江は硬い表情で浪牙の隣に並んだ。
(知らなかったとはいえ皇子様…なんですよね。)
華江の脳内に数々の不敬が過り、冷や汗をかく。
沈黙。
「こんなものしか無いが。」
浪牙は携帯食の干し芋を華江に差し出した。
「……有り難く頂戴致します。」
「…………。」
華江が包みにのった数個の干し芋から一つを取る。
浪牙は華江をじっと見つめた。
「???」
(あれ?これ貰っていいお芋ですよね?一番下のお芋を取るとか、小さいお芋を選ぶとか、何か礼儀作法があったりしたんでしょうか???)
変に意識をしてしまい、良く分からない思考回路に陥った華江は焦りながら眼を泳がせる。
「やはり気にするか。」
華江の様子を見て浪牙は静かに呟いた。その問いはどこか寂しい音で響く。
先程まで眼を泳がせていた華江だったが、浪牙の言葉を聞き、落ち着きを取り戻した。真っ直ぐに浪牙を見て反論する。
「……気にします。皇子様だなんて聞いてないです。」
今度は浪牙がバツの悪そうな顔で、華江の真っ直ぐな眼差しから顔を逸らした。
(やはり身分を明かす前に結納を申し入れたのが不味かったか。しかしな……正直この身分を理由に拒否されることなどあるのか。それはまぁ……驚きはするだろうが…ごにょごにょ)
浪牙は全く顔に出さず、内心で言い訳をベラベラ並べた。
「……次からは、隠し事は無しです。」
「!」
華江の言葉に浪牙が顔を上げる。
「大事なことは、ちゃんと言って下さい。」
「!!……ああ、分かった!すまなかった。」
先程と打って変わって浪牙の顔がパッと明るくなる。
「……それと……皇子様とは知らず、失礼が多々あったと思います。申し訳ありませんでした。」
「?いや……特には無かっただろう。」
おずおずと謝罪する華江に浪牙は全く心当たりがないと首を傾げる。
「本当ですか!?…あの…それならよかったです(?)」
浪牙の反応を見てホッとした華江が続ける。
「その…こちらの世界の事をまだ何も知らないので、失礼な物言いや非常識な振る舞いをしていたらどうしようかと……。」
「その様な事を気にしていたのか!安心しろ。そなたの発言は素晴らしく、振る舞いも愛らしい。」
華江全肯定botのような浪牙には、あの出会い頭の悪態など全く問題では無かった。
(異世界人だから気を遣ってくださって、そんなお世辞まで……。)
「……もし浪牙様さえ宜しければ、こちらの世界の事をお教え下さい。」
(『郷に入っては郷に従え』です。生き抜く為には知らなければいけません!)
「…『さん』がいい。」
「え?」
「呼び方だ。『様』ではなく『さん』だ。」
浪牙は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに言った。一見、浪牙の顔が整っている為に凄みがあるが、内容は幼子のそれだ。
「ですが皇子様に『さん』は流石に……。周りの目もありますし……。」
浪牙は態度を変えず不貞腐れたままだ。
「ん~……はぁ…分かりました。ふたりの時なら。」
悩んだ末に華江は折れた。
「ああ。……では、早速呼んで欲しい。」
期待に満ちた眼差しを華江に向ける。
(えぇ……。)
「……浪牙さん。」
華江が戸惑いながらも名前を呼べば、浪牙はほくほくとした顔で頷いた。
(なんと言うか……大きな犬みたいです。)
それこそ不敬である為、口には出さない。
満足気に隣で干し芋を齧る浪牙を見て、華江も手にもった干し芋を齧った。
華江が食べ終わると、浪牙が水の入った竹筒を差し出す。
「ありがとうございます。」
「ああ、飲んだら出発だ。」
また馬に乗り、暗い森を駆け出した。
そこからは休憩の度に浪牙が色々な話を華江に語って聞かせた。好きな色や好きな食べ物、親友の話や国の行事・季節の風景。浪牙は子どもの様に夢中で思い出を語った。
「本当に、この国が大好きなんですね。」
「そうだな。沢山思い出がある。そなたにも見せたいものが沢山あるぞ。」
「一番近い行事だと、先程話に出た夏の盂蘭盆会ですよね?」
わくわくしながら聞く華江だが、浪牙の顔が少し曇る。
「……ああ、だがもう二年ほど大々的な法会は出来ていない。形式的な最小限の儀式だけ済ませている状態だ。」
「そう…なんですか。」
(ちょっと不味いことを言ってしまったでしょうか。)
華江は少し俯く。
「……二年ほど前、突如として国中で瘴気が立ち込め、禍々しい邪見が跋扈しだした。穀物は枯れ果て、海は荒れて、漁業も衰退した。そして時を同じくして我が父である現王が病に倒れたのだ。」
「王様が!?」
「ああ。原因不明の病だ。数日に一度ほど意識は戻るが、寝たきりの状態が続いている。」
(王様が寝たきりなんて……。)
浪牙は黙って俯く。
「…あっ!浪牙さんこの霊薬!この霊薬を使えば、王様治るのでは!?」
華江が鞄を叩いた。
浪牙がガバッと顔を上げる。
「!!……ああ…そうだ!この霊薬があれば!!」
浪牙の顔が明るくなる。
「私がお城に着いたら王様に飲んでもらいましょう!」
「ああ、そうだな!よろしく頼む!」
「はい。」
笑顔を取り戻した浪牙に、華江も笑顔で返事をする。
「本に、そなたと出会ってからと言うもの良い方に流れているな。」
「ふふ、まだ会って一日も経ってませんよ。」
華江は照れながら笑った。
「今年は盂蘭盆会が出来るような気さえしてきたぞ。盂蘭盆会は先祖供養の法会だからな。今年は母上の供養を……。国がこの有り様では母上もあちらで心配しているだろうからな。」
「……お母様は。」
「ああ、……弟を産んですぐ亡くなったのだ。」
「……そうなんですね。」
「……母上は精霊使いとして城の寺院に遣えていたらしい。そこで父に見初められ、紆余曲折の末に一緒になったのだと聞いた。……聡明で強かでいて、とても温かいな人だった。」
母の思い出を語る浪牙の目は、遠くにある何かを探すようにスッと細められた。
「素敵なお母さんだったんですね。」
「ああ。明るくてよく笑う人だったんだ。……皆に愛される人だった。」
浪牙は複雑な顔をした。
「……だからだろう。弟は母上の死を自分のせいなのだと気にしている。祝福されることなく産まれてきたのだと思っているのだ。……子は大人をよく見ているものだ。言葉に出さずとも伝わってしまうものがあるのだろう。」
「そんな……。」
「勿論その様なことは無いのだと伝えてきたつもりだ。しかしそれがまた上手く伝わらぬ。……母ならば何と言葉を掛けたか。」
浪牙はひとり城の隅にある離宮へと籠る弟を思う。
「伝え続ければ、いつかちゃんと浪牙さんの思いが弟さんに届きますよ。」
「そうだな。伝え続ければ……きっと。」
「はい。きっと。」
東の空が徐々に白んでいく。もうすぐ日の出だ。
(……皇子様でも、ちゃんと好きなものも悩みもあるんですね。)
「……何だかこうして沢山話せて良かったです。」
(そうか。皇子様は只の肩書きで、本当の浪牙さんは……。)
華江はすっかり緊張が溶けたからか、眠気に誘われうつらうつら船を漕ぎだす。
「俺もだ。こうして沢山話せて良かった。……次は、そなたの話も聞かせて欲しい。」
浪牙はふらふらと眠気で揺れる華江の頭を抱き寄せ、自身にもたれさせた。
「……そうですね。次は、私の好きなものも……。」
華江は言いきる前に眠ってしまった。
(無理もない。見知らぬ世界へ飛ばされ、自ら生贄となり、……ずっと気を張っていたのだろう。)
浪牙は朝日に照された華江の寝顔を暫し眺める。
(朝を迎えて、心がこれ程までに凪いでいるのは久々ではないか。)
「……誠そなたは朝日より美しい。」
浪牙にとって、実に久々の穏やかな朝だった。
(はぁ~……まだ寝てたいんですが……そろそろ起きないと。今日は早く帰って雪姉に、数学の苦手なところを……。)
「…………。…!!」
華江が目を開けると見知らぬ天井があった。慌ててガバッと勢いよく起き上がる。
「うッあ!?」
「え!!?」
ごちんっ!
丁度華江を覗き込んだ誰かに、華江は思いっきり頭突きをかました。
痛む額を押さえて顔を上げるとそこには、顎を押さえてムスッと顔をしかめている見知らぬ美青年がいた。
(誰!?)
萌葱色の髪を烏帽子に納め、長い前髪が右目を覆い隠している。露になっている左目は、頭突きをした張本人を何とも言えないジトッとした目で見下ろしていた。
「すっ…すみません…!…あの…お怪我は!?」
華江は額を押さえたまま青年に問う。
「いえ……問題ありません。お気遣いなく。」
華江の言葉に青年は、ぶつけた顎を擦りつつ食い気味にぴしゃりと返した。
(わぁ……怒ってます…よね。)
華江はおろおろしつつも状況を聞く。
「あの…私、眠ってしまったようで…。」
「……ええ、浪牙様が貴女をここまで運びました。今は午の刻。浪牙様はすでに応援部隊と共に伴洋へ戻られました。」
(浪牙さんが運んで下さったんですね。次に会えた時、ちゃんとお礼をしなくては。)
「……すみません…午の刻って何時ですか?」
「……なんじとは……?」
青年は顎に手を当てて考える。
「あ……えっと……今は一日の内のいつ頃ですか?」
「ああ。……今はお昼前くらいです。」
青年は質問の意図を理解したようで笑顔で頷く。
「私お昼まで寝てしまったんですね!?大寝坊ですね……すみません。えっと……貴方は?」
すると青年は擦っていた顎から手を離し、膝を折って華江に拝礼をする。
「私は右竜爪軍 副将を務めております。藤谷 喜市と申します。」
(この人が城まで送ってくれる副将の方なんですね!)
「私は越賀 華江と言います。よろしくお願いします。」
「……………。」
華江が座ったままでお辞儀をして顔を上げると、じっと華江を見下ろしている喜市とバッチっと目があう。
「?」
(何か変でした?)
疑問に思う華江を他所に喜市はズイっと顔を近づけた。
「ふふ……随分と可愛らしい方だ。」
喜市は布団が敷かれている小上がりへと乗り上げると、華江の頬に手を添えた。
(あわわわわ!どうしました!喜市さん??近いッ!?)
「仏頂面の殿下など辞めて、私にしてはどうです。」
喜市が妖艶に微笑む。華江は絡み付くような眼差しに背筋がぞわりとした。
「妃になんてなると、何かと誓約に縛られますし、良いことなどありません。」
喜市は自信満々と言った様子で、自身の胸に手を添えて毒のようにどろりと甘い言葉を吐き出す。
「その点、私ならば地位こそ殿下には劣りますが、こう見えて近衛軍の副将です。不自由の無い生活はお約束しましょう。」
にっこり笑う喜市だが、その発言に華江は戸惑う。
(えっ?えっ?この人、何を言って……???)
「それに私、些か顔には自身があります。どうです?貴女さえよろしければ今…ここで……ねぇ。」
喜市の顔が徐々に近づき、唇が重なる既所。
「ぎぃやぁぁぁぁあぁぁあ!!!!」
がごん!!!
華江は大きく頭を縦に振り、再び喜市に頭突きをかました。繰り出した頭突きは、またも喜市の顎にヒットする。
「いッ………!!?」
「何事ですか!!?藤谷副将!!!」
華江の悲鳴…否、奇声を聞きつけ武官達が六人、どたどたと部屋へ雪崩れ込んだ。そこには額を押さえて布団の上で踞る華江と、顎を押さえて端で踞る喜市がいた。
「これは…?」
「ぐっ…いや、いい。……大丈夫だ。御使い殿を怖がらせ過ぎてしまった。……皆下がれ。」
「はあ……左様で…。」
武官達は反射的に構えた剣から手を離し、皆一様に訳がわからないといった様子だ。
喜市は華江に向き直ると、小上がりの上で正座をし深く頭を下げた。
「図るような真似をした。誠に申し訳なかった。」
所謂土下座である。恐らく部下であろう武官達がどよめく。
「え?何??」
意味が分からず、額を押さえたまま顔を上げる。
「殿下から伺っている。その……貴女様は殿下と結納なさると。」
「!!!??」
驚愕に口をあんぐり開けた華江。華江を他所に再び武官達がどよめく。
「私は…いや、ここに居る皆が殿下に忠義を誓いお慕いしていれ。ですのでその……誠に勝手ながら貴女様のお心を試させて頂きました。」
(???本っ当に勝手ですね!?と言うか、私は結婚なんてする気は……。)
喜市が頭を下げ直す為、一度顔を上げる。
「……!…!」
華江は抗議しようと口を開き、喜市の顔を見て言葉に詰まった。正確には喜市の顎を見てである。
(あ…あご!?顎が!顎がぁ!!)
「あ…ははっ…あははは!はははははは!」
華江は堪らず吹き出した。
(ダメだ!これ……笑いが……だってこれ。)
「尖ってるw顎がwハンサム学…ぐっ…ははw駄目だwキリッとした顔しないで下さいw城ノ内くんwww ひぃいひひっwww 」
華江は二度の頭突きで腫れた顎を見て、笑いが止まらず腹を抱えだす。
我慢していたのだろう武官のひとりが華江に釣られて吹き出すと、その場に居た皆が笑いだしてしまった。
「ぶっぶはははは!!ひぃーwww 」
「あーははは!藤谷副将、顎!」
「顎ヤバいっすてw」
「副将、顔が良い分これはwひどいw」
副将はムッとしつつも、少々恥ずかしい様で赤く腫れた顎を撫でた。
「はあーーーーw息できませんw笑いすぎつお腹痛いですww」
華江は布団の上で笑い転げる。
「副将w早くその顎冷した方がいいですよw」
笑いながらも的を射た部下の進言に喜市は頷く。
「……川で冷してくる。華江殿も私の顎ほどではないが、額が赤くなっている。冷した方がいいだろう。」
「え…あっそうですね。冷します。」
まだ少し肩を震わせつつ華江は体を起こすと、喜市と共に小上がりから降りる。
「すまないが、まだ残っている野営の片付けと出立の準備を頼む。」
「「「「「「御意。」」」」」」
指示を受けて一斉に返事をする武官達だが、笑った後の為か皆顔が緩んでいる。
華江は喜市に続いて無言で川へと歩いた。空気が重い。
川に着くと喜市は袖から手拭いを取り出し、歯で手拭いの端を噛むと二つに裂いた。屈んで裂いた手拭いを川に浸ける。
「その…笑ってしまってすみません。」
無言に堪えかねて華江が口を開く。
屈んでいる喜市に近づき隣に立った。
「……謝らないで下さい。自身で招いたことです。」
喜市は川から手拭いを上げて絞ると、屈んだまま手を伸ばし、裂いた手拭いの一枚を華江に差し出した。
「……此方こそ大変失礼を致しました。あの浪牙様の選んだお方だ。間違いなどあるはずもない。」
喜市は自身の顎を手拭いで冷やしつつ、川の流れに目を落とした。目を細めて川を覗き込む喜市の横顔はどこか寂しそうに見える。
「あの……よかったらこれ…薬です。顎に塗って下さい。」
「?」
華江は鞄から霊薬を取り出し蓋をあける。
屈んでいた喜市が立ち上がり、興味深そうにペットボトルを覗き込んだ。
「随分美しい…瓶?いや硝子にしては透明度が…?」
「こちらの世界には無い素材かもしれません。」
華江は説明に困り、笑って誤魔化す。
「その手拭いに薬をつけますね。」
喜市は黙って手拭いを差し出す。
華江はペットボトルを傾けて手拭いに霊薬を垂らした。次に自身の持つ手拭いにも霊薬を垂らすとペットボトルに蓋をして手拭いを額に当てた。
すると手拭いを当てた額がほわっと青く輝く。手拭いを取ると額の赤みが消えた。
「腫れが!?」
「これは龍王様がくれた霊薬なんです。喜市さんも。」
驚く喜市を華江が促す。
「……霊薬!?」
喜市が手拭いを顎に当てるとほわっと青く輝く。手拭いを外せば顎はすっかり元通りだ。
「……すごい!こんな貴重なものを私などに…。」
「大丈夫です。また増えます。」
華江は得意気にペットボトルを振る。先ほど減ったはずのボトルの中は既に満タンになっていた。
「これが…龍王様の御力。天晴れです!」
「おでこも顎も治りましたし、もうチャラです。これにて不問!仲直りです。」
華江は鞄に霊薬をしまって、喜市に手を差し出して照れたように笑った。
喜市は差し出された手を見て一瞬驚いたが、直ぐに少し困ったような照れた顔になる。
「はい。……仲直りです。」
ふたりは握手を交わす。
「……きっと貴女様だからこそ、浪牙様の御心は救われたのでしょう。貴女様は妃に相応しいお方です。」
喜市の言葉に華江は慌てて握手する手を離し、わたわたと手足をバタバタつかせて弁解しようとする。
「わ…違っ!えっと私違うんで…わっ!!!」
つるんっ
ザバーーン!!!
華江は足元の泥濘んだ岩の表面で足を滑らせ、高々と水柱を上げて川へと落っこちた。
「華江様!大丈夫ですか!?」
慌てて喜市も川へと入る。幸い喜市の胸下ほどの深さだった。喜市は華江を横抱きにして抱え上げた。
(あれ?)
「喜市さん…って!?」
水を被った喜市の顔を間近で見れば、若干眉や目尻が黒く滲み、色のついた水滴が頬を伝い首筋を流れた。
「女のひごモゴモゴモッ!」
両腕で華江を抱えた喜市は、自身の口で華江の口を塞ぐ。
「~~~ッ」
ゆっくり唇が離れた。
「ふふっ…声が大きいです。」
「ヒャ……」
微笑む喜市は、男としても女としてもこの上なく美しく。華江の思考は簡単にショートした。
固まる華江を余所に、喜市は濡れて重くなった服など感じさせぬ程に軽々と華江を抱えたまま川から飛び出る。
未だ唖然とする華江。
(ええ?……だってさっきまでは、どこからどう見ても……???)
「風邪を召される前に着替えましょう。」
華江を降ろすと喜市は豪快に袖で顔を拭った。滴る前髪を掻き上げれば、余りにも絵になるド迫力美人が顔を出す。しかし美しい見た目に反して仕草は荒い。
華江は未だ喜市を呆然と眺めて瞬きを繰り返す。
少し困ったように喜市が笑う。
「………説明は後程。こちらで着替えを。」
「は…はい。」
スタスタと歩き出す喜市の後を華江が慌てて追う。
喜市と華江は木の陰から野営地を覗く。
「……今です。こちらへ。」
他の武官の目を盗んで幕に入ると、喜市が幾つかある荷袋の中を探る。
「確か予備が……。ああ、ありました。これにお着替え下さい。」
袋から藤色の小袖を取り出し華江に渡す。
「私はこのまま支度を整えます。支度が出来次第に玉鱗城へ向けて出発します。それまで華江様は塔でお待ち下さい。」
「はい。………。」
気になるが聞けない華江を察してか、喜市が笑った。
「ふふ……私は性別を捨てております。少し家が特殊でしてね。現王と殿下・後は右龍爪軍総大将中村 必勝以外は皆知らぬことです。華江様もその様に接して下さい。他言は無用です。」
「……わかりました。」
華江は塔に戻ると濡れた服を脱いで、小袖を羽織る。細めての黄色い帯だが結び方が分からない。とりあえず脱げなければ何でもいいかと適当に結んだ。
(これ……着方合ってます?……誰か来たら聞きましょう…。)
小上がりに腰かけ少し考える。
(性別を捨てる……か。私には分からないけれど、色んな事情があって、色んな立場の人がいるのは当たり前で……。)
随分前の月世との会話を思い出す。
『月姉は型破りすぎます。もっと常識的に…』
『自分の常識だけが常識だと思っていると、世界は生きにくいぞ愚妹よ!』
ニカッと笑いガシガシと華江の頭を豪快に撫でる月世の手を思い出し、そっと自身の頭に手を置いた。
「…ホント月姉は凄いですね。」
全然気に入らなくて、ずっと読んでは書き直し読んでは書き直しって感じだったので、なかなか投稿出来ず。
伝えたいことのニュアンスが文字におこすと若干違ったりして、、ずっと悩んだ章でした。言葉にしない部分の表情や眼でのやり取りを表現するのは難しいですね。
しかし会って間もない人に対する距離感なら、最初からずけずけ言う人なんてあまりいないので、言葉より表情かなと思い、それの表現にチャレンジしました。
今後親しくなっていくに連れて、その辺の表現も変わっていくのではて思います。
年末は目まぐるしい程に、やることが多いですね。
しかし良い年を迎える為にも、しっかり片付けてスッキリするぞー!




