第十話 後片付け
豊湘玉鱗城の端にある龍王院 青龍堂。
夜も更けり、青龍堂を静寂が包む。龍の間の天井は高く篝火の灯りも届ぬ為、頭上には暗い闇が広がる。
薄暗い龍の間で水兎はひとり、龍王の門へと向かい合う。
夕刻、城へと駆け込んできた早馬の書状と友の顔を思い浮かべた。
(書にあった猪の怪物……恐らく土剋水。術者の関与があるとみて間違い無いでしょう。)
この国でも古くは精霊と調和し、精霊の力を借りて大功を成してきた。
それは精霊との対話を図り、関係を深めて協定を定め、決まりになぞって力を借り、あらゆる術を発動する者の存在あって成し得る。その者たちは俗に『精霊使い』と呼ばれた。
しかし文明の発展は信仰を薄めた。日々の便利さが当たり前となった今、人々はそこに有り難さを見いだせなくなった。忙しない日々の中で人々は忘れていくのだ。確かにあった『隣人』の影を。
水兎は暗い天井を仰ぎ見た。
「今はもう……この国には私だけとなりました。」
(他所の国には、まだ術者がいると聞くが…。)
「その私すらも龍王の門には選ばれない。……娑伽羅様のお考えは一体……。」
その時、後方で水鏡が強く光った。
「!!」
水兎は慌てて水鏡を振り返る。
ごーーーーん、ごーーーーん、ごーーーん。
「!?」
大きな鐘の音が龍王院に響き渡った。今は真夜中、鐘楼で行う時の鐘の時間ではない。
「水兎様!!」
慌ててすっ飛んできた嶺岩は、ぶつからぬ様、足でブレーキを掛けて床を滑る様に水兎の前で止まった。
「一体何が起きているんです!?」
嶺岩は慌てて水兎に告げた。
「娑伽羅様が顕現なされた!!」
「なん…!!??」
(娑伽羅様が直々に顕現!?そんな馬鹿な!……浪牙、一体そちらで何が起きてるんです!?)
「たった今、三人目の御使い様が見つかったことは確かだぜ。あのおふたりには春姫がすっ飛んで知らせに行った。」
「御使い様は無事…なのでしょうね。」
水兎はいつになく鋭い顔で嶺岩に尋ねた。
「……どういう状況かはわからねぇが、あの御方が顕現せざるを得なかったんだ。ただ事じゃねえんだろうな。」
嶺岩も険しい顔をする。
「夜分遅くに失礼致しますわ、水兎様。」
嶺岩によって開け放たれたままの龍の間入り口で春姫が軽く拝礼をして入室した。
春姫の後ろを追うように雪菜と月世も入室した。
「あの…これ。」
水兎の前まで行くと月世が独鈷杵を水兎に差し出す。
「?」
特に変わった様子のない独鈷杵に水兎は首を傾げた。
「さっき震えて光ったんです。そしたら、鐘の音が聞こえて……。」
「震えて光った?」
水兎が聞き返す。
「はい。私の錫杖も光りました。私はもう寝ていたのですが、遠く鐘の音が聞こえて目が覚めると、部屋の隅に置いてあった錫杖が光って振動していました。そこに春姫ちゃんが来たのです。」
雪菜は錫杖を両手で握っている。春姫が頷き、水兎に向き直った。
「私は三人目の御使い様の発見を報告しに雪菜様の元へ参りましたの。」
「つまり…」
水兎は自身の顎を掴むように手を当て、一つずつ情報を整理する。
「御使い様が見つかり、精霊具が謎の共鳴をし、娑伽羅様が顕現なされた…と。」
「そういう事だな。」
嶺岩が同意した。
水兎は眼を閉じ、更に思案する。
「…………うん、娑伽羅様がおわすのですから、御使い様の安否についてはひとまず大丈夫でしょう。精霊具の共鳴についてですが……。」
「あの聞こえた鐘の音は、この世界に来るときに聞いた音だった。鐘楼の鐘の音じゃないと思う。」
月世が雪菜に眼を向ける。
雪菜も月世を見て頷き同意する。
「導かれる……とでも言うのかしら。……もしかして、龍の門の挑戦者が現れたのかも知れません。」
水兎は聳え立つ龍の門を見上げた。
「……いずれにせよ、事は遠く伴洋で起こっているのでしょう。」
水兎は龍の門へと近づくと、そっと手を触れる。
バチッと静電気のように稲妻が走り、門は水兎の手を弾いた。
「「!?」」
雪菜と月世は驚き眼を見開いたが何も言わず、水兎の普段とは少しだけ雰囲気の違う背を見つめた。
水兎は慌てるでもなく無表情でゆっくり眼を閉じた。
(悪足掻き…か。)
眼を開き、水兎は勢いよく振り返る。
「さて、我々に出来ることは待つことのみです。」
振り返った水兎は、いつもの柔らかい笑顔だった。
「明日の昼までに軍の応援も伴洋へ到着します。浪牙様を信じましょう。」
雪菜も月世も、水兎の笑顔にホッとする。
「寝付けなければ桃でもいかがです。ここには桃の木が沢山あり、何分 娑伽羅様の好物だという言い伝えがあります。」
「やったー!私も桃好き♪」
月世が万歳する。
「寝付けそうにないのでご一緒させてください。」
ふふっと雪菜も笑う。
「では皆で厨へ参りましょう。春姫と嶺岩も是非。」
名前を呼ばれ、ふたりは眼をぱちくりさせた後、照れたように笑った。
「おう。」
「ではお言葉に甘えて、ご一緒させて頂きますわ。」
先ほどとは打って変わって和やかな雰囲気で青龍堂を後にする。
(ああ…無力はどっちだか……。)
水兎は皆が退出し閉まる青龍堂の扉の向こうに、そっと思いだけを置き去りにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「浪牙様!それは誠ですか!!」
いつも冷静な勝利が声を上げて驚く。四人は信じられないものでも見るかのように、眼を見開き浪牙を凝視する。
「ああ。俺が結納するのであれば、この者以外おらん。俺は本気だ。」
浪牙は堂々とし、全く揺るがぬ態度で臣下たちに告げた。
「おお!それ程までか!」
キリッとした浪牙の勇ましさに、有利が感嘆の声を上げた。
(やばいです……話が纏まってしまう!)
浪牙の衝撃発言に固まっていた華江だったが、再びバタバタと手足を動かし、何とか浪牙の腕から抜ける。
「あ…あの~。私まだ…その……。」
華江が発言し五人は一斉に華江へと眼を向ける。
(ひッ………。)
華江は顔が引き吊るの必死で押さえて続ける。
「あっあの!初めまして。私は越賀華恵と言います。……浪牙さんとは会ったばかりで、お互いにまだよく知らないですし、…その……ちょっと早いかなっと…思います。」
勢いに圧されかけた華江だったが何とか言い切った。
「うむ。確かに俺とそなたは出会って数刻。戸惑うのも無理はない。」
うんうんと浪牙が頷く。
(分かってもらえたぁ!)
浪牙の言葉に華江が喜び、俯いた顔を上げる。
「ではこれからお互いをもっと知っていこうではないか。先ずはここにいる臣下たちを紹介しよう。」
浪牙が勝利に眼を配る。
(あれ?これ本当に分かって貰えてます?分かって貰えてないような?)
勝利は華江を向くと、微笑み恭しく頭を垂れる。
(綺麗な人!王子さまみたいです!)
華江は勝利の切れ長の目とスッと通った鼻立ちの美しい顔に感動を覚える。
「お初に御目にかかり拝謁至極に存じます。」
勝利の言葉を合図に四人は見事なまでに揃った動きで、華江に深く拝礼の姿勢をとる。
(……はわわわ~……すごいです……。)
華江は圧に気圧され仰け反った。
四人のあまりにも畏まった対応に驚き、ぱちぱちと瞬きをした。
「私、龍宮玉燐国 右竜爪軍大将 名を中村勝利と申します。この龍宮玉鱗国 国王 和具剛彦陛下及び、ご嫡男であらせられます浪牙殿下の臣下にございます。以後お見知りおき下さい。」
(ん?嫡男?…今この方、殿下って言いました???)
華江はわなわなと震えながら、口をぱくぱくとさせて浪牙を見る。
「?どうした華江殿。」
浪牙はきょとんと首を傾げる。
「浪牙さん…いいえ、浪牙〝様〟。……貴方は…この国の…?」
「皇子という立場だ。」
(…………。)
絶句である。
((((言ってなかったんかい。))))
四人はツッコミをグッと堪えて飲み込んだ。
「……ごほん。ご挨拶を続けましょう。」
勝利は呆れ顔を何とか取り繕う。
「私は、龍宮玉燐国 左竜爪軍大将 名を大田有利と申します。以後お見知りおきを。」
先ほどの勝利の非の打ち所のない優美な挨拶とは違い、有利の挨拶は無骨だが隙がない。繊細でいて無駄がなく、その為に美しいとさえ感じる。
「は…はい。」
何と返せばいいか分からず、とりあえず返事をする華江。
「この両名は代々軍を統括している中村家と大田家の者だ。この者たちの父が各々右竜爪軍と左竜爪軍の総大将を務めている。後に会うことになろう。」
浪牙は軽く説明を挟み次に幸泰に目配せをする。
幸泰は察して頷いた。
「続きまして私、竜宮玉鱗国 左竜爪軍の副将を勤めさせて頂いております。 名を大山幸泰と申します。以後お見知りおき下さいますと光栄です。」
幸泰は言葉選びの丁寧さに反して、一切気負いせず飄々と挨拶を済ませる。
「はい。よろしくお願いします。」
幸泰のあまり固くなりすぎない軽い雰囲気のお陰か、華江も緊張せずに自然に返す。
最後に肩書きのない雅之の番がきた。
「お初に御目にかかります。私は、わわわわ!」
『お姉ちゃーん!!!!!』
挨拶をしかけた雅之の剣が青く光り、突如青く輝く童子が飛び出した。宙を飛んで華江に抱きつく。
「「「「「!!」」」」」
『お姉ちゃん!……無事でよかった。』
青い童子は華江に抱きつくと、えぐえぐと泣いた。
「こら、水の精。まだお前の説明をしてないんだ。」
焦ったように雅之が言った。
『我は…我はずっと悔いていた。恥じていたのだ。怪物の元へ自ら向かう優しい貴女様を、止めることさえ出来なんだ無力な自分を。』
「!」
華江は気づいた。髪も瞳も服装も違うが。
「あなたは街で会った!」
「「「!!」」」
華江の言葉で皆が気づいた。
「そなたは…あの童子か……!」
浪牙も眼を見開き驚いた。
『我は……国中に溢れた不浄に追いやられ、力なく海まで流れついた水の精。弱り切って手足は縮み、この有り様。そのまま消えるだけの存在だった。』
水の精は華江から体を離し、雅之に向き合い笑いかける。
『汝に出会うまでは。』
雅之も微笑む。
「私もお前に出会えて……変われた。」
雅之は再び姿勢を正して仕切り直すと、水の精は雅之の左後ろに控え、ふたりで華江と浪牙へ向いた。
「私は、右竜爪軍所属 名を小川雅之と申します。この度、こちらの水の精と契約を交わし精霊具を賜った次第。」
雅之は腰に差した剣を抜き、横向きに持つと頭上への掲げた。
「今この場を借りて、国を護り主に忠義を尽くすことを、この剣に誓い申し上げる。」
これはこの力で国に刃向かうことは無いと言う意思表示であり、国の為に力を振るうという雅之の決意である。
浪牙は雅之の前まで行くと、頭上に翳した剣を手に取り眺めた。
「実に素晴らしい精霊具だ。……これからも励め。」
剣の柄を雅之へ向け差し出す。
「御意。」
雅之は顔を上げ、真っ直ぐに浪牙を見て剣を受け取った。
「お前は本当にいい眼をしている。」
そこには、あの夜怯えて縮こまっていた青年はもういない。
いつも難しい顔をしている浪牙だが珍しく優しく眼を細めた。
「…ありがとうございます。」
雅之は照れたように笑った。
水の精は光の泡となり、剣についた勾玉へと入った。
「精霊具の扱いについては城に戻り次第、龍王院の仏官 間崎水兎に聞くといい。この国唯一の精霊使いだ。先に保護した御使い殿ふたりも、龍王院で扱い方を学んでいる筈だ。」
浪牙は友を思い浮かべた。えっへん!と胸を張り得意げな顔でアホ毛を揺らす、何とも陽気な友の姿が目に浮かぶ。
「姉さんたちはそこに居るんですね!」
華江は姉たちの話が出て、食い込みに身を乗り出した。
「ああ、早ければ明日の夜には城に帰れるだろう。」
浪牙の言葉に華江は眼を輝かせる。
「話したいことがたくさんあります。早く会いたいです。」
嬉しさで華やぐ華江の笑顔に、浪牙は顔を押さえて後ろを向いた。
(可憐だッ!!!)
くるっと後ろを向いた浪牙だが、またくるりと回り、キリッとした顔で華江に告げる。
「俺が無事にそなたを姉君たちの元へ送り届けると約束しよう。」
(姉君たちへ、再びしっかりと挨拶をし此度の報告をせねばな。)
「ありがとうございます。」
生きて再び姉たちに会えると思うと心が踊る華江は、大事なことがすっかり頭から抜け落ちていた。
突如、華江の身体がふらりと傾く。
(あれ…?)
「なっ!?」
慌てて浪牙が華江を抱き止めた。
「?…?けほっ…こぽっ。…!!」
華江は咳と共に吐血し、手足が痙攣し出す。
「「「「!?」」」」
華江のただならぬ様子に一同は戸惑う。
「!!……そうだ、霊薬を!!開けるぞ。」
浪牙は思い出し華江の鞄を開けて中を探す。
「霊薬?」
勝利が訪ねる。
「ああ、華江殿の魂はどうやら弱っているらしい。飲むよう龍王から霊薬を賜ったのだ。」
鞄からペットボトルを取り出した。
「これが、霊薬!!」
有利が驚きの声を上げた。美しい透明な容器に皆が一様に目を丸くした。
「飲めるか?」
浪牙の腕の中でぐったりとした華江は、浪牙の問いかけに答えない。華江のさくら色の頬はみるみる蒼白に染まっていく。
浪牙は蓋を捻って開けるとペットボトルを傾け、華江の口に霊薬を流し混む。
「ごほっ!!…コポッ。」
閉じた喉に流れ込んだ霊薬は咳と共に逆流し口から溢れ出た。
「……ッ。」
(やはり飲み込めぬか。)
意を決した浪牙は、半ばヤケになったように勢いよく霊薬をあおった。華江に顔を近づけ、自身の袍の袖で口元を隠し、口移して霊薬を流し込んだ。
一瞬苦しそうに顔を歪ませるも華江の喉がゆっくり上下する。霊薬が流れ込むと蒼い光が華江の身体を包んだ。
浪牙は名残惜しくも唇を離し、華江の容態を確認する。頬には徐々に赤みが戻り、手足の震えは落ち着いた。
混濁した意識がはっきりしていく中で華江は、甘い桃の香りに朧気ながらも(霊薬になっても味はそのまま……。)なんて的外れな感想が頭を過った。
華江がゆっくり眼を開けると、心底焦った浪牙の顔が覗き込んでいた。
「間に合ったか。……よかった。」
浪牙は安堵からか力が抜け、華江を抱えたままその場に尻を付き座り込む。華江を抱えた浪牙の鼓動は未だ早く、かなり焦ったことが伺える。
「まだ飲めるなら飲んでおけ。」
浪牙はペットボトルを華江に差し出す。
「……助かりました。ありがとうございます。」
華江はペットボトルを受け取り、霊薬を仰ぎ飲む。
華江の白く細い喉が動くのを見て取り、ギョっとした浪牙がドキマギしながら袖で顔を隠した。
「……そなたは心の臓に悪い。」
「?……驚かせてしまってすみません。」
噛み合っているようで噛み合っていないふたりのやり取りを見守る四人から笑みが溢れる。
「大事なくて何よりです。」
未だ座り込んだまま華江を抱える浪牙に目線を合わせるべく、勝利は片膝をついた。
「龍王様の霊薬をお持ちたぁすげーな!そりゃ万能なのか?」
有利が興味深気にペットボトルを見た。
すると減った筈の霊薬がボトルの中から湧き出て、また満タンになった。
「「「「!?」」」」
「こいつはたまげたぁ!無くならない霊薬…ねぇ。すごいじゃないの。」
幸泰が顎を掻きながらまじまじと霊薬を見つめた。
「ええ、流石は大海龍王様。こんな素晴らしいもの授けて下さるなんて太っ腹ですね!さぞや素晴らしい御方なのでしょう。」
雅之が興奮ぎみに感心する。
「「………。」」
華江と浪牙には『そうじゃろう!そうじゃろう!ガハハハ!!』と調子よく笑う娑伽羅が容易に思い浮かび、何とも言えぬ表情で顔を見合せた。
「「……ふふ。あははは!」」
ふたり仲良く吹き出し笑った。
浪牙の珍しい顔に臣下四人は少し面食らうが、漂う柔らかい空気に眼を細目て微笑んだ。
(善き出会いなのだと良く分かる。……どうかふたりの道行きがこの海の様に、幾ばくか凪いでおりますよう。)
勝利はそっと心の内で大海龍王に願った。
空は晴れ、眩い月明かりが六人を照らす。
「さて、街に帰りましょうか。……後片付けもありますから。」
勝利の言葉で皆が街への帰路につく。
「あの……雅之さん。」
まだふらつく雅之の後ろ姿に、華江が声をかける。
「はい。いかがなさいました、華江様。」
まだ座っている浪牙と華江に合わせて、雅之は膝をついた。
「この霊薬を飲んで下さい。」
「!良いのですか!?」
「はい。少しは楽になるかと思います。あ、私が直接口を付けてしまったので洗い流しますね。」
華江はいそいそとボトルを傾けて手に霊薬を溜めながらボトルの口を洗い流す。
雅之は浪牙を伺う。
「そうだな。かなり消耗しているだろう。飲むといい。」
「では、お言葉に甘えて頂戴致します。」
雅之が袖を払い右手を差し出すと、華江がペットボトルを傾ける。
ペットボトルから流れ出た霊薬が雅之の手に溜まる。すると雅之の掌は青く輝き、擦りむいた傷や潰れたタコがみるみる消えていく。
「!?傷が!」
華江が驚きの声を上げて、注いでいた手を止めた。
「これはすごいですね!」
傷の消えた手を見下ろして、ぐうぱあ動かしながら雅之が感嘆の声を上げる。
「外傷にも、これ程効くとは。」
浪牙も驚いて雅之の手を見つめた。
「あ、すみません。もう一度注ぎます。」
再度、華江が雅之の手に霊薬を注ぐ。
(この薬は本当に誰かを救えるかもしれません。けれど……。)
注ぎながら華江は少しだけ怖くなる。
すごい力と言うものは人を救うと同時に、必ず危険な面もあるのだと、華江は理解しているのだ。
(この薬の扱いについて、少し考えた方が良さそうですね。)
華江が雅之の手いっぱいに霊薬を注ぐと、雅之が口をつける。すると雅之の身体は青く輝く。
「身体が…軽い!」
ぱぁっと雅之の表情が明るくなる。
『わあっ!?霊力が溢れてくる!!』
雅之の剣に納まった水の精が、元気いっぱいといった面持ちで剣から飛び出した。
「成る程。契約を交わした精霊にまで影響が及ぶんですね!」
雅之は立ち上がると、元気に宙を一回転する水の精に両手を広げた。水の精は雅之の腕に飛び込む。
「ありがとうございます!華江様!」
雅之と水の精の喜び様を見て、何だか華江も嬉しくなる。
(気をつけて使う分には…大丈夫そうですね。)
水の精を左腕に乗せて、雅之が歩き出す。
「さて。」
浪牙は華江を抱えたまま軽々と立ち上がる。所謂お姫様抱っこだ。
「わわわ大丈夫です!自分で歩けます。」
「この森は足元に岩や木の根など障害が多い。暗い森を進むのだ。慣れていなければ危険だろう。」
有無を言わせぬ浪牙の物言いに華江は渋々従う。
「なーにイチャついてんすか殿下ー!置いてきますよー!」
暗い森の先で有利が手を大きく振って叫んだ。
勝利も幸泰も待ってくれている。
しかし浪牙は慌てる訳でもなく、一歩一歩踏み締めて歩く。まるで今夜の出来事を噛み締めるかのように。
黒森を出て街に着くと、浪牙一行は街の中心へ向けて大通りを進んだ。
姿こそ見えはしないが、自身に向けられる街の人々の視線が全身に絡み付くように華江は感じた。
その行進は凱旋パレードのような熱い歓声も労いの喝采も無く、只静かに街の中央を目指して進む。
「これより忙しくなりますよ有利。」
「わぁってる。面倒だがこの二年、地方にまで手が回らなかったのは事実だ。放置したツケだなこりゃ。」
「そうですね。甘んじてキリキリ働くとしましょう。」
ふたりは軽口を叩きつつ、これから降りかかる膨大な仕事を思い腹を括った。
もう直に日付が変わる頃、一行は中央の広場へ到達する。
浪牙は華江を抱えたまま前に出た。臣下四人は浪牙の後方で膝を付いて控え、水の精が雅之の横に座る。
浪牙は大きく息を吸い、腹から声を出した。
「街の安寧を脅かす怪物は!大海龍王 娑伽羅様の御力を借り、御使いである華江殿が討伐した!!!」
よく通る浪牙の声が、街に響き渡った。
「明日には我が軍が伴洋へ参る!!皆例外無く聴取に応じよ!!拒否権は無いものとする!!」
響く浪牙の声が暗い街に消える。
間近で聞いていた華江は、迫力に圧倒され心臓が早鐘を打つ。抱えられたまま見上げたその顔は、確かに王の風格をしていた。
「では私どもは西の門を張ります。」
「俺達は東だ。」
勝利と有利は手分けして街の出入口を見張ると言う。
「?」
華江は状況が分からず、浪牙に目線だけで意図を訪ねる。
「今回の件、この街の領主は早くに失脚していたようだ。それが状況をより悪化させた。恐らく後ろ暗い貴族どもは聴取を避けるべく夜逃げするだろう。それを特定して捕縛する。」
(…捕縛したところで口を割るかは怪しいが。)
「俺と華江殿は一足先に伴洋を出て、拠点である青竹の塔へ向かう。俺は援軍が到着次第、全軍と共に伴洋へ戻る。華江殿は青竹の塔で現在指揮を取っている右竜爪軍副将 藤谷喜市に城まで送らせよう。勝利、部下を借りるぞ。」
「ええ、構いません。彼ならば無事に華江殿を城まで送り届けますでしょう。」
我が事のように自信に満ちた顔をする勝利。
どうやら勝利に一目置かれる腕前の部下であることが見て取れる。
「じゃあ俺たちはここで、……後日またお会いしましょう!お妃様♡」
有利は華江に向かいニッと笑い幸泰は軽く手を振ると走り去った。
(あれ…今『おきさきさま』って言いませんでした!?)
「では我々も西門へ向かいましょう雅之。」
華江の戸惑いを他所に勝利と雅之、それと華江を抱えた浪牙は西の門へと続く大通りを猛スピードで走る。
(今『おきさきさま』って…!!?)
華江は浪牙に運ばれる間、宇宙猫のように思考が銀河の彼方へと飛んでいた。
西の門に着くと浪牙はやっと華江を降ろした。
(……なんだが久々の地面な気がします。)
華江は照れ笑いながら足元を見て地面の固さを確認するように、右足の爪先でトントンと地面を蹴ってみる。
パカラっパカラっ
蹄の音に華江が顔を上げると、浪牙が馬屋から自身の愛馬を引いて出てきた。美しい鬣をした青毛の馬だ。
(きれいな馬……!)
華江は悠然と歩み寄る馬に一瞬見惚れたが、ハッと我に返り申し訳なさそうに浪牙に告げた。
「……私は馬に乗ったことが無いんです。」
「ああ、姉君たちも慣れぬ馬での移動に随分と苦労をしていた。適度に休憩を挟みつつ向かうので安心しろ。……俺に掴まれ。」
馬が座り低くなった状態で浪牙が華江の腰を掴み持ち上げる。華江は慌てて、バランスを崩さぬように浪牙の肩を掴んだ。長いスカートを履いた華江を馬の後方に横向きに座らせると、その前に浪牙が股がる。
「俺の腰に腕を回して、しっかりしがみつけ。立ち上がるぞ。」
「えっ?うあっ!?」
馬が立ち上がった揺れで、慌てて前の浪牙に抱きついた。
(おっ…思ったより高いですね?!)
再び離れた地面を見下ろす。
(さよなら地面……。)
「殿下。華江様。どうか道中お気をつけて。」
勝利が馬上のふたりを見上げて笑った。
「ああ。お前たちも碌に休めていないのだ。無理はするな。」
「「御意」」
ふたりの返事を聞いた後、浪牙は馬を走らせた。
伴洋の門を勢いよく潜る。
華江は振り返り、遠退く門を見た。この世界に来て初めて伴洋の外へ出るのだ。
(少し…ドキドキしてます。)
そんな緊張を紛らわせるように、前に回した腕で強く浪牙に抱きついた。
完全に体調不慮でした。
急激に寒い。
皆様も体調には呉々もお気をつけて、お茶でも飲みながら温かくしてお過ごしください。
柚子茶がオススメです。
疲労回復効果と安眠効果、ビタミンとれて風邪予防にもなるので、冬はよく柚子茶を飲みます。
年末年始に向け忙しくなると思いますが、どうかご自愛ください。




