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第一話 たまゆらの音の先に

龍王(りゅうおう)を奉りし都『竜宮玉鱗国(りゅうぐうぎょりんこく)』。


ある時、突如として現国王が病に倒れ、同時に国の各地で大地から瘴気(しょうき)が立ち込めた。木々は枯れ、海は荒れ狂う。次第に国の資源が枯渇していく。


未曾有(みぞう)の危機に直面した国を救うべく、国の崇敬する大海竜王(たいかいりゅうおう)の助言を賜る為、『水鏡(みずかがみ)の義』を執り行った皇子 浪牙(りょうが)仏官(ぶっかん) 水兎(みなと)


水鏡に映ったのは、なんと自国だけでなく世界中の混乱だった。


事態はより深刻と判断した浪牙は、大海龍王へ助力を願った。


すると近隣八か国に龍王の(ダンジョン)が突如として出現したのだ。龍王の門を攻略することで、この未曾有の危機を防ぐ強大な力を手に出来ると言う。


そして大海龍王は龍王の門攻略の手助けるになるよう、『異界の御使い』を三名召喚した。______________が、召喚が何者かに阻まれた!?


ハプニングから始まる『英雄機関創生記』。

呪術に妖術・武術もありの和風活劇ファンタジー

___________________________ここに開幕!!



「「「……また……この夢???」」」


 とても美しい夢なのに、こうも同じ夢が続くとそれはそれで不気味なものね。


 寝起きの気だるい体をベットから起こし大きく伸びをする。彼女は越賀雪菜(こしかゆきな)。至って普通の女子高生である。


 悪い夢ではないけれどスッキリしないわ。


 波打つ長い癖毛を抑える為ヘアバンドを着け、階段下の洗面所へ向かった。


「おはよー、雪姉ゆきねえぇー!今日はいつもよりちょっと早い?」


 元気いっぱいの挨拶か響く。挨拶の主は雪菜の1つ下の妹 月世(つくよ)。月世は既に学校指定のワイシャツとスカートを着て、ヘアバンドで前髪を上げて、洗面台の前にいた。


 癖の無い真っ直ぐな髪が羨ましい。


 今はヘアバンドをしているが、普段は切り揃えられた前髪と輪郭を覆うサイドの髪、長く伸ばした後ろ髪も真っ直ぐ切り揃えている。癖のない美しい絹のように滑らかな髪と大きな猫目に小さな唇。その風貌はさながらお姫様を思わせる。


 さぞ着物が似合うでしょうに…ね……。


 その見た目とは裏腹に、お淑やかとは程遠く、天真爛漫さで度々周囲を巻き込み騒動を起こす。巻き込まれて被害に遭うのは(もっぱ)ら彼女の姉妹たちなのだ。


「おはよう、月世。今日も朝から元気ね~。」


 月世の声はいい目覚ましになるわぁ。


「聞いて雪姉~最近毎日スゴい夢を見て起きるんだ!どんなだったか全然分からないんだけど。…よく分からないけど何だか不思議で……何だろ!?目が覚めるとキラキラする光が瞼の裏に残ってるんだぁ♪遠くで鐘の音がさぁ!」「あら?…それって…」


 雪菜はもしかしてと言おうとし、階段を降りてくる小さな足音に気づいた為、会話はそこで途切れた。


雪姉ゆきねえ月姉つきねえ、おはようございます。」


「おはよう、はなちゃん」

「おっはよー、華恵(はなえ)ー!」


 華恵は末の妹。雪菜とは三つ歳が離れた中学三年生だ。まだ眠いのか垂れ目がちな目をこする。ひよこ柄のパジャマがとても良く似合っている。前髪は雪菜と同じで癖毛だが、肩まで伸びた後ろ髪は毛先だけ波打つ程度だ。普段は左右の髪を編み込み、ハーフアップで後頭部に小さなお団子を作っいる。可愛らしい顔立ちに白いリボンがよく似合うのだ。



 三姉妹だと朝の洗面所は混雑を極める。三人とも6時に起きるが、いつの頃からか各々時間をずらして洗面台を使うようになった。


「よし終わり!お次どうぞ♪」


 先に洗面台を使い終わった月世は、ヘアバンドを外してテーブルについた。


 月世の夢……まさかね…。


 雪菜には夢に思い当たることがあったが、あるわけないと自分の思考を一蹴した。


「華ちゃん先に洗面台使って。今日は寝ぼけて早く降りてきちゃったの。」


「では、お先に失礼します。」


 雪菜に断りをいれて先に洗面所へ入る華恵は鏡に映る雪菜の浮かない顔を見る。


「雪姉…ちゃんと寝れてないのですか?」


 華恵に見抜かれ少し驚き、雪菜は困ったように笑う。


「ん~そんなことはないのよ。大丈夫。」


「……なら……いいのですが…」


 手持ち無沙汰な雪菜は洗面所を離れて、キッチンの母に挨拶をする。


「早く降りてきちゃったから食器洗うわね。」


「あら~助かるわ~♪いつも早く降りてきてもいいのよ~」などと言う明るい母の性格は月世と同じだ。


 笑い声のするリビング。


 いつもの朝。


 順番に支度をし順番にご飯を食べる。月世、華恵が出発し最後に雪菜が家を出る。


「行ってきます。」



 海に面したこの街は年中潮風に包まれている。太陽が海面にキラキラと反射する様を横目に見ながら通学路を歩く。


 キラキラ…。



 一瞬、雪菜は朝の月世との会話を思い出す。



 瞼の裏に残るキラキラ。



「おはよ……ゆ…ちゃ……??…ぃ…きな?どうし………おい……おい雪菜ゆきな!!」


「っ!?」


 雪菜は驚き縦に跳ねた。いつの間にか隣には心配そうに雪菜の顔を覗き込む赤毛の青年がいた。自転車を引いて歩く彼は|北沢隼人(きたざわはやと)


 隼人は小学生の頃に転校してこの地に来た。同じクラスの雪菜と仲良くなり、そのまま中学も高校も一緒だった。田舎だから小学校も中学校も1クラスしかなく高校ですら3クラスしかない。


 田舎あるあるでよく言う『嫌でも学年の全員が顔見知り』状態な訳で……。まぁ…嫌では……ないのだけれど…。


「朝から考え事か?(ゆき)ちゃんぽわぽわしてっから…危なっかしいんだよ。」


 ツンケンした物言いで口を尖らせてそっぽを向く。その仕草はまるで5歳児である。思わず雪菜は口に手を添えてクスクス笑った。


「呼んでたの気付かなかった。ごめんね隼人(はやと)くん。」


 雪菜が謝れば隼人は拗ねた仕草をやめて満足気な顔で並んでゆっくり歩き出す。


「で、なーに考えてたぁ?」


「ん、毎朝支度がバタバタだなーって。」


「ぽわぽわしてっからだろ?」


 ニッと意地悪く笑う隼人。


「そんなにぽわぽわしてないわ」


 今度は私が拗ねる番だ。


「悪りぃ悪りぃ」


 そう言いつつ隼人は、またニカッと笑った。


「ぽわぽわは雪ちゃんの善さだよ~。褒めてんだって。」なんて軽口を叩く。


「もう!」


 雪菜は顔に力を入れ笑い崩れそうになった困り顔を保つ。笑ってしまったら負けな気がするのだ。


「じゃあ私も意地悪る言うわよ。受験勉強!どうなの~捗ってる~」


 今度は雪菜が意地悪くニヤっと笑う。


「う"っ」


 隼人は小さく唸った。


「インターハイ予選勝ち進んで夏の大会もあることだし、優勝するって約束するなら私が勉強教えてあげてもよくってよ~?」


 口に手を添えてニヨニヨ笑う雪菜を隼人は複雑な顔で見る。


「……本好きのお前に勉強で敵うわけないだろ」


 隼人は少ししょぼくれ出した。


 二年の春から何だか勉強頑張ってるなって思ってはいたけれど……。


 行きたい大学も成りたい職業も雪菜は知らない。聞くのが怖くて聞けないまま三年の春が終わった。


 来年の私たちはどうなっているのだろう。


 過ったのは不安。しかし雪菜は頭を軽く振って暗い考えを振り払った。


 どんな道に進むとしても隼人くんを応援したい!


 隼人は剣道部主将で後輩にも憧れられ慕われている。雪菜以外からは文武両道でしっかり者なイケメン主将に見えているのだが、如何せんこの両人は気付いていないのだ。


 私は頑張っている隼人くんをずっと見てきたから、大会優勝も将来の進路も諦めて欲しくない!!


「勉強見てあげるから今日も夜ご飯食べにくる?」


 すると隼人はガバッと勢いよく顔をあげ、続いて照れたような顔で口を尖らせて目を泳がせる。タコのようだ。


「しょ…しょうがねーなぁ~。教えられてやるよ…」


 どういう日本語なのかしら。


 隼人は整った見た目に反して表情や仕草が幼い子供の様なのだ。


 これで長男だと言うのだから驚きよね。


 歳の離れた弟が二人いるらしいが離婚と同時に転校し、まだ幼い弟たちは母親へ引き取られた。隼人は父親へ引き取られ、さらにその父の転勤によりこの街へやって来た。


 嬉しそうに少しペースを早めて歩き出す隼人の後ろを呆れ顔の雪菜が着いていく。


 そんなに勉強に行き詰まっていたのならもっと早く言ってくれたらよかったのに。


 などと見当違いな事を思う雪菜。




 いつもの朝。


 いつもの登校風景。


 いつもの教室。


 いつものお昼休み。


 そしていつもの放課。……のはずだったのだ。


 いつもと違ったのは……



 真っ赤だった……


「隼人くん?……隼人くん!!?隼人くん!!!!!」


 同じくらい海も空も真っ赤だった。


 急ハンドルで横転したトラック。


 強く突き飛ばされ擦りむいた膝。


 血の海に沈む彼は……


「…あ...…無事?」


 そんなこと言ってる場合じゃ…


 潰れていた。腕が、肩が、腹が、どうしようもなく潰れていた。


 雪菜は駆け寄り身を屈めた。


「隼人くん!隼人くん!!」

 

 両膝をついて屈み、隼人に覆い被さるように縋る雪菜。


 そっ……そうだわ!救急車…!!


 雪菜は隼人から目を離さす、血濡れた手でスカートのポケットにあるスマホを探る。すると突然、隼人は薄く開けた目をカッと見開いた。雪菜の肩越しに『何か』を見たのだ。


 何だアレは!?


「隼人くん!??」


「!!…雪…逃げ……逃げ…ろ!!!」


 雪菜の肩を潰れた手で押し返した。


 肩を押されて雪菜は振り返った。


 何!?


 そこには_______『鬼』がいた。


 否。正確には兜を被った『鬼の頭』が浮いていた。黒い兜に黒い鬼の顔。眼光がこちらを見据えている。


 何にあれ!何にあれ!何にあれ!


 雪菜の全身を走る悪寒。ガタガタと体が震えるので歯がカチカチ鳴っている。


 震えが……止まらない……。


 瞬きの後に鬼の頭はスッと跡形もなく消えた。


 意識が遠退く。遠くで声がする。



_________遠く鐘の音が____聞こえる。




 あぁ…いつもの夢ね。



 暖かい光がさして眩しい蒼に反射して……鱗?


 勢いよく海から登ったのは水柱……じゃない!?天高く力強く蒼い巨大な龍が____!!


 無数の水飛沫が空中で弾け輝く。大きな金色こんじきの瞳が見下ろし、こちらを捉えた。




『_____拓けたぞ』



____________鐘の音が遠退く。



………また……同じ夢。


 目を覚まして先ず見えた知らない天井をぼんやり眺めた。体は暖かい。雪菜は上体を起こそうとするが、のし掛かる重さに気づいた。


「…雪姉?…雪姉!!」

「雪姉が…起きた…」


 雪菜は勢いよく抱きついた月世を受け止めた。まだふわふわする頭で、ベットの横で涙ぐむ華恵に手を伸ばしかけた時、いつもなら朧気な夢を今回はっきりと覚えていることに気づいた。


「龍……の…夢?」


「!!」

「え!?雪姉も見たの!?あの大きな龍の夢!」


「月姉声が大きいです。今、夜中ですよ。」


 冷静に月世を注意する華恵。どちらが姉でどちらが妹なのか。


 雪菜の思った「まさか」が当たったのだ。三人は夢を照らし合わせた。


「私たち三人とも同じ夢を…!?」


「でもさっきは『拓けた』って言ってた」


「あの夢で言葉を聞いたのは初めてなのではないですか?」


 まだ何か思い出そうと三人とも静かに記憶を手繰る。


「…………隼人……!隼人くんは!!?」


 雪菜から発せられた名を聞き月世と華恵は瞠目した。そしてくしゃりと顔を歪ませる。


「雪姉ぇ……隼人兄(はやとにい)がぁ……」

「……ッ」


 雪菜は泣く二人を抱き寄せた。助からなかった。三人で抱き合って泣く。


「隼人兄は事故からねえを守ったんだよ…」


 泣きながら発した月世の言葉で雪菜思い出した。あれは______。


「あれは事故じゃないわ」


 雪菜の声が静かに病室に響いた。


「えっ!?」

「!?雪姉それは…どういうことです?」


 雪菜はあの時見たものをそのまま月世と華恵に話した。____黒い『鬼の頭』。


 気が可笑しくなったと思われたかしら。


 話し終え、病室に静寂しじまが落ちる。


 しばらく続いた重い空気を破ったのは月世だった。強く雪菜の目を見つめて話し出す。


「私信じるよ、雪菜姉さん。」


 続いて華恵が言葉を続ける。


「私たちはさっき同じ夢を見ていたくらいなんです。あり得ないことは既に起きているんです。私たちには雪菜姉さんの言葉を否定しようがありません。」


 不安気に強張った雪菜の表情が少し緩まる。


「月世、華恵。信じてくれてありがとう。」



『ーーーー♪︎』


 鐘の音がひとつ響いた。三人は同時に顔を上げた。


「ねぇ今。」


「…ええ聞こえたわ。」


「鐘の音…ですよねコレ。」


「「「夢と同じ音…」」」



『ーーーー♪︎』


 またひとつ鐘の音が響く。


「いったい何処からでしょう。」


 華恵が問い、三人で耳を澄ます。


『ーーーー♪』


 また響く鐘の音。


「あっちだね。あっちの方から聞こえた。」


 月世が病室の外をゆび指す。病室の外______窓から望む海の方を。



『ーーーー♪』


 さらに響く鐘の音。


「なんだか呼んでいるみたいね」


 そう呟き雪菜はハッとした。自分でも不思議な事を言ったと思う。月世と華恵も少し驚き三人で顔を見合わせた。


「雪姉もそう思ったんだね!」


「何故だか私もそう思いました。」


 『ーーーー♪』


 また鐘の音が響く。


「雪姉、華恵。この音を辿ってみようよ♪」


 こういう提案はいつも月世からだ。好奇心を抑えきれずわくわくした顔をしている。


 「ですが雪姉は入院中で」と冷静に月世を静止する華恵の言葉を遮ったのは珍しく雪菜だった。


「行きましょう音の方へ。」


「雪姉!?」


「大丈夫よ立てるわ。大した怪我はしていないもの。……あら?」


「おわっ!?」


 ベットから降りて立ち上る雪菜は、足に力が入らずふらついた。咄嗟に月世が支える。


「本当に大丈夫ですか雪姉!?」


 心配そうに眉を寄せる華恵に雪菜は目を向けた。


「ええ大丈夫よ。私はこの音がなんなのか、アレがなんだったのか、知らなければならない気がするの。」


 雪菜は強く床を踏みしめ、今度はしっかりと立ち上がった。

 華恵は諦めた顔で、雪菜の病室へ入る前に自販機で買ったのだろうペットボトルの水をいつも持ち歩くショルダーバックに突っ込んだ。。



『ーーーー♪』


 またひとつ鐘の音が響いて、三人はその音を頼りに病院を抜け出した。


 海の方へ。


 『ーーーー♪』


 鐘の音は浜の横にある古いお寺から響いていた。


「ここからかしら...」


「間違いなさそう!」


「そうみたいですね。」


 三人は差程長くはないお寺の階段を登り境内へ入った。正面から真っ直ぐ本堂へ向け歩く。


『ーーーー♪』


 本堂へ辿り着く前に、一際大きな鐘の音と共に境内の地面が青く光った。青い光は大きな梵字を地面に描いく。


 梵字の中心にいる三人は強い光に包まれる。


「雪姉ぇー!!」


「華ちゃん!??」


「月姉ぇ!?」


 各々強い力て引っ張られる。お互いに伸ばした手は空を掴み光に掻き消され姿は消えた。



_____________________________。



 ここは龍の都『竜宮玉燐(りゅうぐうぎょくりん)国』。


 南の海に面したこの国は代々龍神様を奉り、湧き出る豊かな水と海からの豊富な資源を糧に栄えてきた。


 _____________太古の昔。乾いた土の広がるこの土地は非常に貧しく、人々は生き抜く為に荒れ狂う海に資源を求めた。なす統べなく大波に飲まれる人々を見た海に棲む大海龍王たいかいりゅうおうはこれを憐れみ、その力をもって『一振』尾で海面を叩くと海は鎮まり、また『一振』尾で大地を叩くと湧水が溢れた。するとみるみる大地は潤い木々が覆い繁った。人々は木で船を造り男たちは凪いだ沖へと漁に出た。湧水を使い村人総出で穀物を育て、次第に家が増え店が増え、人が集まり都は立派な都市となった。こうして栄えてた竜宮玉鱗国は大海龍王に守られ、また民たちは大海龍王を慕い敬った。_______『龍宮玉鱗国創世記より』



 龍宮玉燐国は、山を背負にし大外は海に面している。海と一望するかのように海と対するこの山に、王都『豊湘(ほうしょう)』はある。


 王宮竜宮城の端、正堂(しょうどう)『龍の堂』は大きな宮造りの木造建築だ。城や御堂の柱は、潮風から保護するため特殊な塗料で青く塗られる。南を向いて建てられている御堂の中央には、『龍の間』と呼ばれる広い祭儀の間がある。龍の間の北の壁には玉座の様な階段があり、階段の頂に鞘に納められた『宝剣』が奉られていた。



「なんですと!?……そんなことが!」


 龍の間の中心にある大きな水鏡を前に 仏官(ぶっかん) 間崎水兎(まさきみなと)は声を荒げる。


 白の狩衣装束に身を包んだ彼は、薄い水色の短髪に烏帽子を被っているがまだ年若く、長い睫毛から覗く金の瞳が印象的だ。


「どうします?浪牙ろうが!」


 水兎はその美しい金色の目を見開き振り慌てた顔で振り返った。その目線の先には直衣(のうし)を纏ったこれまた若い男がひとり、腕を組み険しい顔で立っていた。

 浪牙と呼ばれたその男は長い深藍の髪を高い位置で束ねている。煩わしそうに左手で頭にのった烏帽子を取り、右手で長い前髪をクシャリと掻き上げ頭を抑えた。前髪を掻き上げ見えた翡翠の目は美しいが、今は眼光鋭く凛々し眉は眉間の皺で歪む。しかし歪んでも尚、損なうことの無い程に整った顔立ちをしている。


「…………ッ」


 不機嫌を絵に描いた様な険しい顔をしたこの男は現竜宮玉鱗国国王が嫡男、名を和具浪牙(わぐろうが)と言う。


「現国王 剛彦(たけひこ)様がお伏せになっておられる今、全権は貴方にあります。どうかご決断を。」


 水兎は浪牙に体を向きなおし正式な拝礼の形をとる。


「……ッ!……水鏡に映った御神託が誠ならば、一刻も早く対処せねばならん。龍王様の助力を賜りこの危機の回避に尽力する!!」


 正堂にこの国の意志がこだました。すると広い龍の間を青い光が掴み込んだ。

 北の壁にある宝剣を、まるで飲み込むかのようにして大きな門が下から競り上がった。宝剣は門の中へと隠れ見えなくなった。光が次第に止む。すると宝剣を包み飲み込んだ門の前には、いつの間にか男女の幼子が立っていた。

 続いて中央の水鏡が青く光った。水鏡から水柱が天井高く上がった。浪牙と水兎は水柱に注目する。そして水柱が徐々に降り、水鏡の中央には_______何もなかった。


「「?」」


 派手な割に何もなかったと、ふたりの目は水鏡の中央を見つめて点となる。


「何故だ!?召喚が!!」

「召喚が阻止されましたわ!!」


「「!?」」


 声を上げたのは門の前に立つ幼子ふたり。


 ひとりは右手に仏具である金剛鈴(こんごうりん)を携え、桃色の華やかな漢服(かんふく)に身を通す幼女。頭の左右に花の髪飾りをした、宛ら可憐な天女の様な出で立ち。しかし天女にしては些か若すぎる齢10を満たぬ体は細く、控えめに言っても脆弱に見える。


 ひとりは右手で仏具である如意宝棒(にょいほうぼう)を携え、袖の広い蒼の中華服を纏った幼児。斜めに流れる短い前髪、後ろ髪は高い位置でひとつに(まと)められている。宛ら勇敢な武漢の様な出で立ち。しかしこちらも武漢にしては若すぎる齢10にも満たぬ見た目。貧弱とまでは言わないものの、成人男性には劣るだろう小さな体だ。


 幼子ふたりはハッとし直ぐに居住いを正すと、浪牙と水兎の両名へ正式は拝礼をする。未だ唖然とするふたりを他所に、鎮まりかえる龍の間に幼子特有の高い声が響いた。


「お初にお目にかかり恐悦至極にございます。(わたくし)は『春姫(しゅんき)』と申します。大海龍王娑伽羅(しゃがら)様が御力(みちから)のほんの一端にございます。」


「このオレは『嶺岩(りょうがん)』と申す!大海龍王 娑伽羅様が御力の一端!よろしくな!」


 丁寧に礼をする春姫と、相対する豪快な礼をしニカッと笑う嶺岩。春姫は顔を上げ困り顔で「はぁ…」とため息をひとつこぼす。


「もう…がさつ過ぎますわ嶺岩」


「挨拶なんざぁ元気な方がいいに決まってんだろ春姫♪」


 嶺岩はニカッと破面した。屈託の無い爽やかな顔である。春姫は呆れ顔で嶺岩を見やるが、そんな場合ではないと気付き慌てて神官である水兎に駆け寄る。


「仏官様とお見受けいたします!事は一刻を争いますわ。お手を。」


「ええっと……」


 水兎は戸惑いながらも右手を差し出す。春姫はその(てのひら)の上で金剛鈴を一振する。すると、水兎の掌には赤い房のついた瑠璃の佩玉が現れた。


「「!?」」


 驚き掌の佩玉を覗き込む浪牙と水兎。


「あーテステス…マイクのテスト~……あーんんっ…繋がっておるな!」


「「!?」」


 佩玉から声がする!?


 突然聞こえた(イケボ)に驚き、水兎は極限まで腕を伸ばし自身から佩玉を遠ざけた。浪牙は上体をそらし水兎より後ろに下がった。


「ごほんっ!我が名は龍王 娑伽羅である!」


 ………驚き過ぎて両名ポカーンである。


「おい聞いておるか?これちゃんと聞こえておるのか!?ええい反応をよこせ分からぬ!」


 ハッと我に返り慌てて浪牙を揺する水兎。浪牙もハッとして我に返る。


「きっ……聞こえております大海龍王。私は貴方様の築き上げたこの竜宮玉鱗国 現国王が嫡男 和具浪牙(わぐろうが)と申します。」


 そう言いながら浪牙は、腕を伸ばす水兎の正面に移動すると佩玉へ膝をつき深く拝礼をする。その後ろに控えるように春姫と嶺岩が膝をつき拝礼をした。


「うむ。本来ならば我が直々に出る予定はなかったがな……(いま)(がた)少々トラブルが発生した。貴様らも気づいておる通り、世界が〝(かげ)〟に傾き出しておる。(なが)らく続いた均衡(きんこう)が崩れだしよった。」


「ッ……はい。」


 国の惨状を思い出し静かに返事をする浪牙。


「古来よりこのような事態を想定し幾度となく話し合いを重ね、()()はある仕掛けを造った。今回それを発動した訳だが……」


 突如歯切れが悪くなる。はてと浪岩は顔を上げた。水兎も不思議そうに佩玉に目を落とした。


()()は強大な力故に直接は下界に干渉できん。そこでだ!もしもの時に力を貸せるよう力の媒体になる『宝剣(ほうけん)』を世界各地に配置したのだ!!」


 宝剣!


「厄災を絶ち切り人々に安寧(あんねい)をもたらす為の宝剣だが、しかし!宝剣を媒体にしようとも、莫大な力を扱えるものがおらねば意味がない。ましてや善からぬものが持つことのないようにと策を講じた。宝剣を持つに相応しいかを定める為、()()は各々で試練を用意したのだ。名を『龍王の門』!!」


「宝剣を得る…試練……!?…それは!それはこの私も受けることが可能なのでしょうか!」


 龍王様の宝剣(ちから)があれば!!


 浪牙は前のめりになり尋ねた。


「挑戦する資格があれば我の寄越した使者に導かれ門が開く。……のだがぁ。」


「使者?」


 浪牙と水兎は、はてと顔を見合わせる。


「そうなのです。本来ならば(わたくし)どもがお仕えするはずの異界の御使い様が三名、こちらに召喚される手筈でしたわ。」


「なんかに妨害された。どっかに弾かれたみたいだ。」


 落ち込む春姫の言葉に焦った嶺岩が続けた。

 

「弾かれたって!?」


 水兎の声が響く。状況を飲み込めた浪牙と水兎も焦り出す。


「龍王の使者はいったいどこへ弾かれた!?」


 春姫は目を閉じ金剛鈴を揺らした。龍の間に鈴の音が響く。


「三名とも生存は確認出来るのですが……。申し訳ございません。正確な位置までは……。」


 頭を振って下を向く春姫。水兎は春姫の前に屈み目線を合わせて微笑んだ。


「分かりました。大丈夫です。必ず探しだしますから。」


 水兎は立ち上がり浪牙へ振り返った。


「こちらも急ぎ捜索の準備をしましょう浪牙。」


「ああ。そのつもりだ!至急兵を集めろ。国中を隈無く探す!」




拙い文章ですが、秋の夜長のお供にどうぞ。


服装は平安時代をイメージしていますが、異世界なので全然平安時代じゃないです。貨幣もあるし、横文字も使います。


本当は『巫女』とか『神官』とか『神殿』とかのような親しみやすい言葉を遣いたかったのですが、題材が題材ですし、仏具や明王様の武器が好きなので、それらの要素を取り入れたいが為に、出来るだけ仏教用語に統一するような形になりました。


分からない言葉などがあれば、調べながら読んでくだされば幸いです。


打ち込み方がまだよくわかってませんので、更新速度が遅いです。

気長にお待ち頂ければ幸いです。

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