第二話 異形と勇者
勇者さんには体力と魔力が足りないですね。
シェルターから出ると直ぐにもう異形が取り囲み始めていた。
「――こい!」
それぞれの胸部を薙ぐ様にブレードを振るうと数匹が纏めてその体を塵へと変える。が、ブレードも其処で限界を迎えて消える。
何度も呼び出し直しているうちにそのブレードから拳大の弾へと分裂させ、分裂させた数だけ核の場所へと打ち込むようになっていく。一度の呼び出しで倒せる数が少しづつ増えていく。
ダメだ。まだ無駄がある。背後では同数より少し多いくらいの数をシェラドさんが屠っているのが解る。身ごなしが流石獣人と言うべきか恐ろしい速度で立ち回り、攻撃を受ける隙など与えていない。私は近づかれる前に倒しているので危険はない。
それに対し、ヒットアンドアウェイのシェラドと言うべきか。
凡そ異形の残りは300ほど。薄く。斧の刃のように無駄の無い形で。
今度はブレードを呼び出さず、集めた光をそのまま薄い刃として形成し、それぞれの核へ打ち込んでいく。
倒れた異形が塵になるまで待てない。邪魔だ。
そう思うと同時にシェラドの太い腕が腰に回り、ぐっと頭上まで投げられる。見えた奥の異形まで刃を打ち込み殲滅していく。ヒュウ!と背後から口笛が鳴った。
回転しながら見える範囲の全ての異形に刃を打ち込んで着地する。これならば無駄なく打ち込めれば100発、80~100匹を屠れる。
「お嬢ちゃんにゃ追いつけないな。凄い戦力が来てくれたもんだ」
そう言いつつ私を片腕で抱いて残りの敵が集まっている場所へと移動を手伝ってくれる。
「こい!」
ふっと頭上に投げられる。呼び出した光を斧状の刃として放つ。私が正面から奥の方まで異形を始末し、サイドに漏れた敵をシェラドさんが瞬速で始末していく。
「クリア、だ」
最後の1匹を始末しながら、シェラドさんがニヤリと嗤う。
ふうふうと息を切らしながら、私はぐらりと体を傾がせる。シェラドさんが受け止めて腕に抱いてくれる。
「お疲れさん」
「は、い…っ」
この小さい体には体力も魔力も足りない。常に外部から魔力を吸収させて補填した端から使用するのは体に負担が掛かる。
体力と魔力の増加は急務だ。とはいえ、今の無茶でそれなりに魔力の器が強制的に広がった様子ではある。
鍛錬せねば。心地良い揺れと高い視点。少し止まって貰う。森の中、ビル群が見える。
あれは元の世界からの破片が定着したのだろうか。どうやらそういう都市群が点在するようだ。だが電気水道ガスが通っていない其処に、住めるわけがない。
しかも其処にもダンジョンの孔は空いている。都市群には気味悪がって現地の人間は近づかない。もう放棄する他ない状態だろう。
少し寝て休んで体力を戻し、3-8の応援に駆けつける。先に駆けつけていたシェラドの背後へ追いつくと、ぶわっと頭上へ投げられる。
癖になりそうなコンボだ、と心の中で笑いながら刃を振り撒く。
シェラドと3-8の戦士が闘って数を減らしていた事も有り、結構奥の方まで敵を駆逐した。残り数匹、戦士達が瞬く間に駆逐する。
1発撃っただけの私はシェラドの腕で抱えられて3エリアの他のシェルターを回る。片付けるごとに戦士の数が増え、最後の方にはやる事がなかった。
それぞれのシェルターの人間のリストを共有した。私は脇からそれを見ていたが、父も兄も名前がなくて悄然とした。
3エリアのそれぞれのシェルターへリストが行き届き、家族が居た者は同じシェルターへと移動する事になった。付近の異形は全て殲滅済みの為、次に湧くまでの間は行き来は安全だ。
頬を食い千切られていたおばさんは、無事息子さんと逢えたらしい。泣きながら抱き合っていた。
最後の班が3-10への移動をしている最中、大きな孔が開いた。泣き叫んで散り散りに逃げようとする人々を抑えるのに付き添い戦士の殆どの手が取られてしまう。
ここで散り散りになると生存率は絶望的だ。
3匹の異形を倒すと、あの日の私のような、平和な日常に紛れ込んだ異形の姿が見える。
カッとなって襲われている現代世界の人々を襲っている異形を倒す。
この人々はまだ平和な世界に残れるのだろうか。それともこちらにこのまま取り込まれてしまうのだろうか。それは解らないが、大学生らしき青年を襲っている異形を仕留め、お婆さんの足を齧り取ろうとする異形の核に光刃を叩き込む。
残り20。これ以上殺させない。
既に私が孔の内部に入った際には50名近くの食い散らかしが見られ、下手に全て食われるよりも凄惨な光景が広がっている。
首が残る死骸、腸のはみ出た死骸など、血と肉の広がる足元も非常に悪い。
魔法の燃費が悪いのを承知で、足の下から圧縮空気を押し出し、上から狙えるだけの異形をしとめる。後5、逃げ惑う人々の波に飲まれて異形が見えない。
もう一度空へ上がり、女性の片腕を噛み千切った異形とお爺さんを足で踏みつけた2匹をしとめる。残り3匹の方向を探っていると長身の男性が、震えながら私を肩車してくれる。
「見えるか、お嬢ちゃん!!」
「はい!」
それぞれ人の命を奪う直前でギリギリ核を破壊する。残りはもういないか周囲を見渡すが、どうにか一掃できたようだ。お兄さんの足が震え、へなへなと地面に座り込む。肩車した私の足は確り支えたまま強張った手から力が抜けないようだ。
辺りを見ると、逃げ惑っていた人々も何かに縋って膝をついたり、その場で座り込んだり壁に凭れかかったり。
あの数の異形に襲われたにしては結構な人数が助かったと言える。
ふう、とユーリは息を吐いてぽんぽん、と青年の手を叩く。やっと気付いたように手から力を抜いてくれる。それでやっと私は地面に降りた。
ふと気付くと歪んだ孔は消えており、都市部ごと異界へと転移で繋がってしまったようだった。
逃げ出した人々を押しとどめる事に成功した戦士達に、大量の追加人員を見せると、振り分けしないと3-10だけには収容出来ないと顔を顰められる。
「おにいちゃん、はやくいどうしよう」
へたり込んだお兄さんや他の人を激励して回り、シェルターへと移動するよう促す。
知り合い・友人同士などをある程度固めて、それぞれを別のシェルターへ振り分け作業をする。
其処からは特に突発的な孔は現れず、なんとか穏便に保護する事が出来た。重傷者なども居たが、相変わらず神官の数が足りていない。応急処置だけは先に受け、後は順番待ちになる。
問題は、この天災が終わった後にも待っている、と苦い味を感じる。これだけの人数が増えたのだ。どうやって何処で暮らし、食い扶持を維持していくのか。
増えた土地は現代建築物の並ぶ都市部ばかりだ。住めない。
ビルを取り壊し、アスファルトを剥がし、地面を出さないと此処では使えないのだ。
狩猟と農作、採取や漁をしなければならない。
家屋は窓を増やしてもっと自然光を取り入れればある程度住むに耐えるかも知れない。水道やコンロ、エアコン、ストーブなどは使えないが。
マンションなどはエスカレータが使用不可である為、3F以上の高層階は使えない。
孔が出来たときに逃げられない。結界がない場所では、高層階に直接孔が空く事もあるのだ。山などを見ていればほぼ確実だろう。
それでも、ただ今は、助かった命がある事を喜びたい。
私。私はどうすればいいだろう。戦士や騎士として雇って貰えるだろうか。狩りは出来るが、この世界の竈で調理などは出来る気がしない…。
「シェラドさん、ただいま」
「新たに大孔が空いたと聞いた。良く無事で退治してくれたものだ。ありがとうな」
「うん…まだつづくかな…」
「世界を一つ巻き込んでるからな…もう少し続くだろう。…問題はその後だがな」
「…やっぱりそう?」
「そっちの世界の人に生活力があるように見えない。ひょろひょろしていて戦闘も力仕事もこなせそうにない」
「ですよね…」
「お嬢ちゃんは戦士として充分やっていけるだろうけどな」
「それだけでも…ありがたいです」
この獣人の国ではダメだ。人間の国まで行って店などで雇って貰えるようにならなければ。雇用を生み出さなければならない。できればこちらの知識で作ったものを売る店を作られれば良いかも知れない。
その辺まで考えると少し未来に希望が持てた。
生き残るだけじゃない。私達は生きていかなければならない。
天災が収まるまでに、どれだけの人がこちらに来る事になるでしょうか。地球の人口を考えるとかなりとんでもないですが、日本に限るならまだどうにかなりそうな気がしなくもないです。
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