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 再び元の短躯に戻ったクロエは、銃撃で穴だらけにされたコートとつば広帽子をほとんど意固地なまでに身にまとい、背中に背負った(ひつぎ)をずるずると引きずりながらスクラップ工場を目指す。

 生き残った機族の兵士たちがどれだけいたのか知らないが、とっくに逃げ去ったらしい。動く人影は見当たらず、人と機械の残骸が獣にでも喰い散らかされたように辺りに散らばっていた。

 とっくに陽は落ちていたが、いまだに燃え続ける車輛の残り火などのおかげで辺りはさほど暗くない。

 やがてスクラップ工場の敷地まで辿りついたクロエは、(ひつぎ)を置いてその辺の燃え残りの資材を掘り返し始めた。火災は収まったとはいえ、普通の人間ならとても立ち入ることの出来るような熱気ではなく、燃え残りなぞ触れるものではない。

 だが、クロエは何も言わず、黙々と作業に没頭した。

 機械でできている部分はともあれ、生身の肉体の部分にとっては充分に苦痛であるはずだったが、クロエはうめき声ひとつ上げるでもなく、ひたすら作業を続ける。

 あるいはそれは、何かの贖罪の行為であるかのように──

「手伝おうか?」

「ああ……!?」

 不意にかけられた声にクロエが振り返ると、弟達をその身にすがりつかせたチャムが立っていた。

「でも、余熱が収まってからの方が安全だと思うけど」

「お、お前……?」

 驚くクロエに、チャムは苦笑しつつ話した。

「ウチみたいな商売やってると、たまに押し込んでこようとする機族なんかがいるのよ。それに引火すると危険な物質なんかいくらでも転がってるから、いざ火なんかつけられたら、見ての通りの有様でしょ。そんなわけで、ウチの避難壕(シェルター)は結構造りがしっかりしてて、近所に出入り口も用意してあったってわけ。

 まぁ、そうは言っても、あれだけの数の機族に取り囲まれてると、ドンパチの真っ最中には顔なんか出せなかったんだけどね」

 チャムの説明に、クロエは「そうか」とだけ答えると、帽子のつばを真深に引きおろす。

 その帽子の下でクロエが今どんな顔をしているのか覗いてやりたい気もしたが、やめておく。代わりにすっかり焼け落ちたスクラップ工場を見渡し、ぽつりと呟いた。

「全部なくなっちゃったわね」

「……すまん」

「何であんたが謝るのよ?」

「……今度の一件は、俺が招き寄せた。関係ないお前たちを捲き込んでしまった。すまない」

「そうなんだ」

 そう答えはしたが、そのことでクロエを責めようという気にはなれなかった。

 どういう理屈でそうなったのかの全体像がよく判らない、というのもある。

 だが、少なくともその分、この機人の少年は、全力で苛酷な現実と立ち向かい、傷を負ってここにいる。さっきの泣きそうな顔で焼け跡を掘り返している姿を見てしまった以上、この上、この少年を責めるべき言葉なぞありはしなかった。

「……これから、どうする?」

 クロエが訊いた。

「そうね。ま、工場は見ての通りだけど、当面、仕入れの心配はなさそうだしね」

 言って振り返るその先には、先刻の戦闘で壊滅状態に追い込まれた機族の残骸が、あちらこちらに転がっている。

「時間は掛かるかもしれないけど、きっとこの工場も立て直してみせるわ」

 力強く宣言し、逆にクロエに訊ねた。

「あんたは?」

「俺は行かなくちゃならない」ぼそりと告げ、語り始めた。

「俺には斃さなくてはならない敵がいる。

 そいつは俺の母親の身体を実験台として切り刻み、さんざん弄んだあげくに殺した男だ。そして母親の身体で試した技術で俺をこんな身体に改造した。俺だけじゃない。俺と一緒に、幼い頃から一緒に育ってきた仲間達も、同じように手に掛けた。

 そいつは今でも、この辺境のどこかにいて同じことを繰り返している。

 俺はそいつを見つけ出して、殺す──ずっとそのことだけを考えて生きてきた」

「ねぇ、その敵って、もしかして……」

「そうだ。俺の父親だ」

「……そっか……」

 苛酷で異常な物語だったが、違和感はない。何となく、そのくらいのものは背負っていそうな予感はあった。

 だが、そうか。彼はまだ旅の途中なのか、とチャムは思った。

 それは、ここでのこの激しい戦いくらいでは終わらない、長くつらい旅なのだろう。

 引き留めるべきか、彼とともに行くべきか……。

 一瞬、脳裏をよぎったその選択肢は、しかし不安気に自分を見上げる弟と妹の存在を思い出したとたんに消え去った。

 そうか。そうなのだ。

 そうであるなら、いま自分がやらなくてはならないことは、ひとつしかなかった。

 チャムは決意を胸に話し始めた。

「ねぇ、クロエ。あんたが外で機族の連中と戦っていたとき、銃声や爆発音がする度にあたしはこの子たちと抱き合って震えてた。怖くて怖くてたまらなくて、何度もここから逃げ出したいって思った。

 でも、逃げなかった。最後までこの子たちを守ることができた──それがあたしの勇気だって、あんたが言ってくれたから」

 そう言って、チャムはクロエに笑顔を向けた。

「あんたは間違ってない。あんたの旅がどれほどつらくて厳しいものか知らないけど、あの言葉をあたしに届けてくれた。

 でもそれはきっと、あんたがここまでの旅で、自分で見つけた言葉だったから、ああやってあたしに届いたんだと思う。

 だから、あんたがここへ来たことは、何にも間違ってなんかない」

 そう言い切って、最後にチャムは言った。

「あんたのその旅が終わったら、きっとここを訊ねてよ。それまでには工場だって立て直してみせるし、この子たちだって大きくなってる。あたしだって今よりずっといい女になってるわ──だから、きっと、絶対……生きて……」

 最後の方は、随分とひどい顔をしているだろうな、と自分でも思った。それでも、届けなくてはいけないものがあったのだ。今、ここで届けなくてはいけないものが。

 祈るようにその瞬間を待つチャムに、クロエが口にしたのはたった一言だけだった。

「お前は、本当に変な女だな……」

 だが、その時のクロエの穏やかな微笑みを、多分自分は一生忘れないだろうとチャムは思った。



 あれからいろいろあって、工場も前より大きくなった。

 この辺で最大の機族が壊滅したことで、多少は治安も良くなったのが効いてるみたい。暮らし向きは相変わらず大変だけど、自分も弟達も元気でやってる。

 たまに風の噂で「棺を背負った機人の子供」の話を聞くわ。仏頂面で、愛想なしで、口下手な機人の子供の話。

 そのくせ、苦しみをひとりで引き受けて、黙って地獄の底まで突っ込んでいきそうな、そんな危なっかしい男の子の話。

 でも、今にして思うと、本当は、ただのお人好しだったんじゃないかって思うこともあるわ。

 仕事の合間に手を休めて、そんなあんたが今頃どうしているんだろうって考える。

 ねぇ、まだ旅を続けているの?

 旅の仲間はできた?

 あんたが目指している場所へ、もうたどり着けたのかしら?

 そしてもし道に迷ったら、旅を終えて次にどこへ行くべきか判らなくなったら、ここへ立ち寄りなよ。

 たいしたもてなしも出来ないけど、愚痴ぐらいは聞いてあげる。

 ここまでなら、あんたの旅が間違ってなかったことを、あたしが保証してあげる。

 あんたがあたしの勇気を認めてくれたように、あたしもあんたの勇気を認めてあげる。

 きっとみんな、そうやって自分の旅を続けているのだから。




<Fin>

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