7
「…………っ!」
目の前でいきなり爆発を始めた戦車から、クロエはとっさに後方に跳躍して退避しようとした。
だが、爆炎を突っ切って、巨大なバイクが飛び出してくる。
空中にいるクロエはそれを回避できず、モンスターバイクの前輪を真正面から受け留めて弾き飛ばされた。
「く…………っ!」
長い手足を振って猫のように身体を捻り、ダメージを最小にして着地する。
その姿を、モンスターバイクにまたがった男が見下ろしていた。片手に構える長槍の穂先は、クロエの右腕の刀身と同じ青白い燐光を帯びている。
男は喉を引き絞るように笑い、言った。
「その棺にも、いい感じで馴染んできたようじゃないか、クロエ。やっぱり何でも実際に使ってみなきゃ、だろ?」
「……Ⅹ(ツェーンテ)……これは全部、貴様が……っ!」
吹き上がる怒りもあら露わに、クロエはバイクの男を睨みつける。
Ⅹ(ツェーンテ)と呼ばれた男は愉快そうに肯き、両手を大きく広げて見せた。
「そうさ。苦労したんだぜ。この辺で手頃な規模の機族を見繕って、適当に煽ってけしかけるのもひと仕事でな。といって、半端な連中が相手じゃあ、お前がその姿になるまでもなく片がついちまうじゃないか。
それなのにお前ときたら、あれだけ追い詰められても、まだ棺を使うことを躊躇いやがる。
おかげで、わざわざ俺がじきじきに手を下さにゃあならなくなっちまっただろが」
そう言って顎をしゃくった先に、スクラップ工場から立ちのぼる赤黒い炎を認め、クロエは絶叫した。
「Ⅹ(ツェーンテ)っ!」
「火がつくのが遅すぎんだよ、お前はよぉっ!」
クロエは大地を蹴ってⅩ(ツェーンテ)へ吶喊する。
Ⅹ(ツェーンテ)もまた、予備動作抜きでモンスターバイクの出力をいきなり全力に叩き込み、弾丸のような勢いでクロエめがけて突っ込んでくる。
「「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」」
二匹の獣は、互いに一歩も引くことなく激突した。
「Ⅹ(ツェーンテ)っ!」
クロエの刀身がまっすぐにⅩ(ツェーンテ)の喉を狙う。だが、その刃が届くより早く、Ⅹ(ツェーンテ)は長槍の穂先をクロエに突き出していた。
クロエは穂先の付け根を左手で掴み、そこを軸に身体を旋回させてⅩ(ツェーンテ)の頭部に蹴りを叩き込もうとする。
それをⅩ(ツェーンテ)は異常な膂力で振り払い、クロエをバイクの後背へと投げ飛ばす。
一瞬の交差でまた距離が開いてしまったふたりだが、それぞれに即座に体勢を立て直し、反撃のポジションについた。
「へっ……いい感じに仕上がってきたじゃねぇか。あの『亡き虫クロエ』がここまでやるようになるとはね」
「……黙れ」
「それでもいまだにママの亡霊を振り払えずに、与えられた武器もろくに使いこなせない。いつまでも昔通りの甘ったれで、俺はうれしいぜ、クロエ!」
「黙れと言ってるんだ、Ⅹ(ツェーンテ)っ!」
再度、吶喊を敢行するクロエへ、Ⅹ(ツェーンテ)もまた咆哮とともにバイクを駆った。
「だから甘ったれだって言ってるんだ、手前は!」
再度の激突──一瞬の交差の後、クロエの身体は大きく宙を舞い、やがて受け身も取れずに背中から落下した。
「ふん。まだこんなものか──」
そう呟いたその時、不意にⅩ(ツェーンテ)の頭部を覆うヘルメットが縦に真っ二つに割れ、豊かな銀髪が背中に流れ落ちる。
そして、そこに表われたのは、怜悧な美貌の若い女の顔だった。
女は小さく鼻を鳴らし、倒れ伏すクロエの背中に目をやった。
「なるほど。一矢報いるぐらいには力をつけていたみたいだな」
その声は、やや低めとは言え、先ほどまでとは打って変わった女の声だ。あるいはヘルメットに変声装置でも仕込まれていたのか。
とⅩ(ツェーンテ)はかすかに眉を顰めると、戦塵に汚れる黄昏の空を見上げ、呟き始めた。
「はい。作戦は終了しました。クロエの現時点での能力限界値も確認済みです。……はい。はい。これより帰投します」
報告を終えたⅩ(ツェーンテ)の表情に、わずかな憂いの翳が差す。だが、すぐに元の醒めた表情へと戻り、クロエに告げた。
「今日のところはここまでだ。だが、おまえが自分の運命を受け入れない限り、こんなことはいくらでも続くぞ。おまえが望みの場所にたどり着きたいのなら、まずは己の棺を受け入れろ、クロエ」
そう言い捨て、Ⅹ(ツェーンテ)はモンスターバイクを駆って走り出す。
やがて残されたクロエは、傷ついた獣のような悲痛な慟哭をいつまでも上げ続けた。