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 チャムたちのいるスクラップ工場は、不発弾や燃料、機械油などの危険物質を取り扱うこともあり、村の中心からは外れた郊外の窪地の底にある。

 包囲する側としては見晴らしの良い場所をいくらでも確保できるという点で最良の標的で、機族の頭目以下、中核となる司令部部隊はもっとも高い丘の上に陣取っていた。

「戻ってきました」

 土煙を上げて一直線にこの丘に向かってくるバイクを認め、兵士の一人が車上の頭目に告げる。

〈帝国〉の主力戦車をベースに、大口径の動力機銃をハリネズミのように所狭しと搭載したこの機械車の車長席で、肩から両腕を機人化した頭目がふんと鼻を鳴らす。

 ほどなく、頭目の戦車のそばまでたどり着いたバイクからトランが転がるように下りると、膝をついて報告する。

「標的を確認しました。(ひつぎ)については確認できませんでしたが、既にこちらを警戒して武装しています。左腕に動力機銃、右腕にパイルと防弾盾。肩に無反動砲らしき発射機(ランチャー)を背負っています。家のもの人間の協力は得られませんでしたが、一〇分後に正面の門から出てくると──」

「そうかい」トランの報告を、頭目はつまらなさげに聞いていた。

「しかし、作戦前に敵に情報を洩らすのはいただけねぇなぁ」

「は……?」

 当惑するトランの身体を、横にいた兵士が引き起こす。

「おい、何しやがる!」

 兵士はトランの胸元をから小さなワイヤレスマイクを抜き取り、にやつく表情で目の前に掲げて見せた。

「つまんねぇ里心出すんじゃねぇかと心配して保険を打ってやれば、この様だ。つくづく使えねぇ奴だったな、お前は」

「ま、待て。俺は仕事はちゃんとこなしてきた! 奴の装備もこの目で確認したし、敷地内に立て篭もらないよう、手も打ってきた。文句を言われる筋合いはねぇ!」

「トラン、トランよ。俺は、そういうことを言ってるんじゃあねぇんだ」

 頭目は哀しげに首を振って告げた。

「部下思いの俺は、お前の心の問題を心配してやってるんだよ」

「……こ、心……?」

「そうさ。両親を人質に取られて、(トライブ)を挙げて実家に攻め込まれるとなりゃあ、誰だって心穏やかじゃいられねぇ。人間だものな、当然だ。

 おまけにお前は、機械いじりを理由に、普段から村の焼き討ちにも参加しねぇ、奪った女達にも手をつけねぇ、そういう底抜けのお人好しじゃねぇか。

 そして、そういう奴がここ一番って時に致命的なポカをやらかす。だからでかい作戦前にリスクをヘッジ排除しておくのは指揮官の当然の務めじゃねぇか、な? どうだ、納得してくれたか?」

「待て、待ってくれ頭目(カシラ)! 俺がいなくなったら、この(トライブ)の車輌整備はどうなる? こんな二〇〇台もの急な全力動員で、一台も故障なしでここに持ってこれてんのは、この俺が整備してきたからだろうが! 俺がいなくなったら、お前ら──」

「バカ、お前、腕のいい整備士なんて、金でいくらでも雇えるじゃねぇか。その金を稼ぐためのこの作戦で、それを成功させるために死んでくれって言ってるのが、まだ判からねぇのか?」

「…………っ!」

 憤怒で眩暈を覚えた。違う。理由なぞどうでもいい。要は、久しぶりの大戦(おおいくさ)を前に、血の匂いを嗅いで気勢を上げたいという、ただそれだけに過ぎないのだ、この獣どもは。それがたまたま自分になったのは、普段からこの野獣(ケダモノ)どものいかれた嗜好から距離を置いていたのが疎ましく思われたからに過ぎない。それで自分達の生命線とも言える整備士に手を掛けやがるか、こいつら。畜生、血迷いやがって。本物の野獣(ケダモノ)どもめ。

 怒りに(かお)を歪ませながら、それでもトランは頭目に訊ねた。

「判った。俺のことは、判った。……だが、親父とお袋はもう関係ねぇだろう。解放してやってくれ」

「心配はいらねぇよ」頭目は満面の笑みで微笑んで告げた。

「先にあの世で待ってるとよ」

頭目(カシラ)ぁーっ!」

 腰の拳銃を抜こうとしたトランへ、戦車の動力機銃のひとつが火を吹く。

 真正面から次々に襲い掛かる機銃弾に、トランの身体は狂った人形劇のようにくるくるとその場で旋回し、砂だらけの地面に叩きつけられた。

「奴が出てきました!」

 監視の兵からの報告に、頭目は双眼鏡をスクラップ工場の門前へと向ける。

 白いオンボロコートにつば広帽、背中に自分の背丈よりも大きな白い(ひつぎ)を背負い、あとはトランの報告どおりの重武装に固めた小さな機人の少年が、周囲を睥睨するような傲岸不遜な面構えで立っている。

 頭目は薄く唇を舐め、小さく嗤った。

 たった一人で、この人数と本気で殺りあう気か、あのガキ。

「よおし、野郎ども! おっ始めるぞ!」

 頭目の激に応え、兵士達が獣のような歓声を上げる。いっせいに無数のエンジンが咆哮し、バイクや機車が次々と動き出す。

 地に伏したまま、目の前に近づいてくるキャタピラのパネルを眺めながら、トランはぼんやりと思った。

 畜生。戻ってくるんじゃなかった。やっぱりこの村はくそったれだ。

チャム、お前もさっさとこんなところから──



 最初に突っかけたのはスクラップ工場のそばの窪みに伏兵として潜んでいたバイク部隊だったが、ほとんどそれを予期していたかのようなクロエの機銃により、飛び出した瞬間に三台まとめて吹き飛ばされた。

 そこへ少し離れた場所からの機関砲の集中射撃。この辺りの一般家屋なら数秒で倒壊に追い込む破壊力の砲弾を、(ひつぎ)を盾に防ぎきる。

 あれだけの集中射撃をすべて弾きかえす(ひつぎ)の強度に驚いたのか、近距離に配置された装甲車群からの発砲が一瞬、止まる。

 そこへすかさずクロエは空へと向けた無反動砲から、数発のロケット弾を放った。曲射弾道を描いて標的上空まで到達するや、装甲の薄い車体上面に襲いかかり、形成炸薬弾頭によって装甲を喰い破って高熱の熱噴流(ジェット・フォイル)を流し込む。これで五台が喰われた。最至近からクロエを押さえ込む役割の部隊は、ここにあっさりと壊滅してしまったことになる。

 ここまで、始まって三分と経っていない。もっとも、彼らの役割は続く第二線の部隊が襲撃配置に就くまでの時間稼ぎで、全滅したとはいえ、クロエの初動を遅らせただけでも役目は充分に果たしたことになる。

 クロエもまた、その意図を正確に理解していた。

 無反動砲の発射後、クロエは(ひつぎ)を背負って即座に移動を開始する。先ほどの攻撃の間に距離を詰め、襲撃配置についた第二線部隊が、すぐに射撃調定を終えて攻撃を開始することが判っていたからだった。

 巨大な(ひつぎ)を背負い、全身を驚くほどの重装備で固めたクロエは、だがまるで羽でも生えているかのように軽やかに、門前の緩やかな斜面を駆け上がる。

 それを見た周囲のバイク部隊が一斉に発砲を開始するが、予想外のクロエの動きに追いつかず、一発も当たらない。

 あっ、と気付いたときには、クロエは第二線の装甲車の一台に取りつき、右腕のパイルの一撃で側面からエンジン部分を貫いていた。

 それに留まらず、即座に次の獲物を求めて移動を開始。バイク部隊の動きを左腕の機銃で牽制しつつ、無反動砲とパイルで次々と第二線の車輛群を屠ってゆく。

「くそっ、何だ、あのガキの動きは……」

「まさか、あれが機神(マシーナリー・ゴッド)──」

「バカ野郎! あんなちんけななりの神がいるか!」

 臆する部下に怒鳴りつけると、頭目は野線電話の受話器を取った。

「自走砲部隊の連中につなげ」

「待ってください、頭目(カシラ)。まだ第二線の連中が奴と交戦中で──」

「バカか、お前は?」頭目は参謀格の部下に冷ややかに言った。

「餌に喰らいついてる間に網を掛けないでどうする──よおし、全車一斉射撃、いいからぶっ放せ!」



 丘向うに配置された虎の子の自走砲五輌から放たれた大口径の砲弾は、急行列車がまとめて突っ込んでくるような飛翔音とともにクロエと第二線部隊の頭上に襲いかかった。

 (ひつぎ)をその場に放り出して、クロエはたった今、エンジンをパイルで貫いた装甲車の下に潜り込む。

 同様に反射的にバイクを捨てて物陰に隠れようとした者もいたようだが、大部分の機族の兵士たちは、上空でぶち撒けられた榴散弾のベアリングによって全身をずたずたに引き裂かれた。装甲車部隊はともかく、第二線バイク部隊は、これによって一掃された。

 しかし、その間に第三線部隊が襲撃配置に移動を終えていたことが、戦局を変えた。

 装甲車の下から這い出したクロエが移動しようと身を起こした瞬間、猛烈な一斉射撃に射すくめられ身動きが取れなくなった。

 やむなく装甲車の背後から左腕の機銃や無反動砲で反撃を行うも、周囲の窪みなどの地形を利用して濃密な火点を構築している敵にはなかなか当たらない。バイク部隊も、うかつに飛び出しては来なくなった。こちらの間合いが掴まれたのか。

 状況は完全な膠着状態に陥りつつあり──

「バーカ、膠着状態なんかじゃねぇ。機人狩りの必勝パターンじゃねぇか」

 愉快そうに頭目は嗤い、野線電話越しに自走砲部隊へ第二射の一斉射撃を命じた。



「やれやれ、すっかり追い詰められやがって」

 戦場全体を見渡せる小高い丘の上で、モンスターバイクにまたがった男は、モニターグラスを眺めながら、あきれたように呟いた。

 視線の先には、雨あられと降り注ぐ榴散弾や横殴りの銃撃の吹き荒れる暴風圏を、自身と(ひつぎ)の装甲性能で押し切ろうとして悪戦苦闘するクロエの姿があった。

 個体戦闘能力に優れ、時に火力や機動力にも優れる機人(マシーナリィ)を斃すには、ふた通りの方法がある。ひとつは同クラス、あるいはそれ以上の個体戦闘能力をもった別の機人(マシーナリィ)で対抗するやり方。もうひとつは、絶対に敵の有効殺傷圏内には入らず、その周囲から銃撃で射すくめて機動力を奪い、その隙に遠方から広域破壊能力のあるスタンドオフ兵器でまとめて吹き飛ばす──まさに今、機族の連中がクロエを相手にやっているのがそれだ。

 同時に、それを実行する側にも、柔軟な部隊運動能力が要求されるのだが、目の前の機族は充分にそれを持ち合わせていることを証明してのけている。加えて、味方を捲き込むような攻撃にもひるむことなく、依然旺盛な戦闘意欲を失わないとなれば、よくよく指揮官の統率能力が高いのだろう──勿論、どんな方法でその統率が保たれているのかまでは、彼の知ったことではない。

 結局、どんなに優秀な機人であろうと、こんな昼の日中に、遮蔽物もろくにない開けた場所で、良く経験を積んだ優勢な火力を持つ戦闘部隊と真正面から激突すればこうなる、という見本のような話に事態はなりつつあった。

 だが、それはやる前からクロエ自身にも判りきっていたはずだ。

 足元の戦場で、至近距離で炸裂した砲弾にクロエが吹き飛ばされる。そのまま地面の上をごろごろと転がり、露出した岩肌に背中からぶつかって動きを止める。立ち上がる余力もないのか、そのままぴくりとも動かない。

 それを見て、機族達も攻撃の手を止めた。代わりに慎重に部隊を前進させ、包囲網を狭めてゆく。

 ここまでか。

 だが──

「なぜ、(ひつぎ)を使わない、クロエ?」男はひどく冷たい声音で告げた。

「そこまで追い詰められて、なお避けるか。しかし、それではたどり着けんぞ」

 男はモニターグラスを下し、クロエが必死に距離を稼ごうとしていたスクラップ工場に目をやった。

「なるほど。確かにこれは俺の仕事だな」

 男は引き絞るように喉を鳴らすと、バイクのグリップに組み込まれたボタンを強く押し込む。

 バイクの車体後部両脇に据えつけられたサイドケース上部のスリットが開き、平べったい弾頭のミサイル群が顔を出す。

「クロエ! 俺がおまえの(かせ)を解き放ってやる!」

 哄笑とともに叫ぶ男の言葉とともに、二〇発以上ものミサイルがサイドケースを飛び出して上空へと跳ね上がる。ミサイルはある高さまで達すると、軌道変更用の側面ブースターによってほぼ直角に進行方向をねじ曲げ、今度は男によって指定された地上の目標へと殺到した。

 チャムと子供たちが息を潜めて待つ、スクラップ工場の敷地上空へ──

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